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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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25.失う怖さ

「アメ、少し退いてください」


 いつものようにエターナーと談笑していると、彼女が急にそう言った。

 この職場、仕事さえなければ職務中にいくらでも好きなことをしていいのは早い段階で理解していたので、人が少ない時間帯には仕事の間であっても構わず彼女に会いに来ることにしている。


 そんな彼女の言葉を聞き後ろを見ると、二人の子供が近くに立っていた。

 周りを見ると珍しく他のカウンターも埋まっており、明らかに仕事の話をしていないこちらの間に入るしかなかったのだろう。


「ごめんなさい、どうぞ」


「ありがとう、すぐ済むから」


 こちらが悪いのに礼を言うとは律儀な子供だ。

 桃色の髪に、碧い瞳。十四ほどで、似た容姿の少女と共にいる男の子。何度か町や案内所で見たことがあるが言葉を交わした事は初めてだ。


 仕事の話を聞くのも悪いだろう。

 距離を離し、声が聞こえない位置で二人が会話を終えるのを待つ。

 その二人の姿に違和感を覚え、何が原因かと探るとすぐにわかった。新品の武器を持っていたのだ、鞘すら綺麗なほどの。

 最後に彼らを見たときはそんなものを持っていた記憶は無く、おそらく最近買ったばかりのものだろう。



「あの二人、帰っては来ないかもしれません」


「え?」


 二人が去ったのを見届け、エターナーに近づくと一言目がそれだった。


「なんとなく、わかるのですよ」


 彼女の言葉は本当だろう、今まで実際何度も仕事に向かう冒険者を見届け、そして帰ってこなかったのだ。

 そういう空気を彼女は理解しているのかもしれない。新品の武器というのも僕は気にかかった。


 死ぬ、か。

 名前も知らず、初めて今日声を交わした人間が。

 同年代の少年少女、そんな二人がもう、帰って来ない。


「……行ってきます」


「どこへですか?」


「あの子達のところへ」


 僕の言葉にエターナーは目を閉じる。


「アメ、しかたのないことなのです」


 人が死ぬのがしかたない?

 確かにしかたのないことだろう、冒険者は当たり前のように死に、村は竜が飛んできて突然滅ぶし、生き残った僕たちも常に危険と隣りあわせだ。

 だから、だからこそ、どうにかできる可能性があるのなら、僕がそれをどうにかできるかもしれないのなら。


「それでも、それだから」


 答えになっていないそれに、彼女は諦めたように呟いた。


「……北門です」


 一応職務中に冒険者と雑談を許されているような役所仕事でも守秘義務というものがある。

 エターナーがそれだけでも伝えてくれたことに感謝しつつ歩こうとする。


「あなたは早死にする人間ですね」


「うるさい……です」


 ルゥのような皮肉に、思わず敬語が取れかかる。

 もう彼女に構ってはいられない、時間がどれほどあるのか僕には知らないのだ。


「ご武運を」


 決まり文句を背中に受け、僕は走り出した。

 その言葉に諦観の念が込められているのは何に対してか、そんなことを考えながら。



- 失う怖さ 始まり -



 そろそろ衣替えの季節だろう。

 町に来てからそろそろ二ヶ月が経とうとしているのだろうか、徐々にだが暖かくなっていると実感できる風を体で斬りながら北門に向けて走る。


 人ごみを掻き分けながら、二人の姿を探しつつも前に進む。

 何も仕事を請けた直後にすぐ現場に向かうとは限らない、足りないものに気づいて町で買い足している可能性もあるのだ。

 宿に荷物を取りに行っている可能性も無くはないだろう、だがわざわざ武器を持ち町中を歩いている辺りその可能性は低い。

 そもそも二人が泊まっている宿を僕は知らない、ならば最低限北門に行く道に気をつけつつ、見つけられることを祈りながらあえて人の少ない脇道ではなく大通りを走るしか術はないのだ。


 赤系統の髪色を見つけるたびに確認するが、どれも二人のものではなかった。

 期待して確認し、違っていることに不安を募らせながら、そのまま北門についてしまう。

 西門より人は多いものの、開拓地側である北は、南や東よりは人が少ない。

 関所がある東ならば人に聞くことも考えたが、人が少なく見晴らしの良い北が幸いしたのか二人の子供の姿を確認できた。


 慌てて声をかけようとして名前を知らないことに気づく。

 見つけられたのだし問題のない距離だ、不自然な言葉で呼び止めるよりも走って追いつき声をかけた方が速い。


「あのっ」


「ん? あぁ、案内所にいた子か、どうかしたのか?」


 四歳ほど上の人間からしてみれば僕は十分子供なのか、精神年齢は遥かに上なのだけれど。

 ……そんなことよりかける言葉を考えていなかった。

 心配だから様子を見に来た、と正直に伝えても不信がられるだけだろう。

 何の接点も無く、挙句心配と上から目線で言われても怒りを買うだけだ、どうしよう。


「……? ええと、忘れ物でもしていましたか、私達?」


 声をかけてから黙り続けている僕に不安を覚えてか、少女がきっかけを与えてくれる。


「はい、そうなんです。エターナー……受付の人が伝えてくれと、伝言を預かってきました。お仕事の報酬が一割増加、掲示板に貼られていた内容を更新し忘れていたとのことなので案内所で直接受け取って欲しいとのことです」


 我ながら苦しい、苦しすぎる。

 だが他に思いつかなかった、仕事内容も知らなければ報酬の額も知らない。

 しかも報酬の渡し方が依頼人から直接、となるとここまで複雑にしなければどこかで矛盾が発生してしまうと思ったからだ。


「案内所で毛皮の納品をするのだが、その時に伝えればいいのか?」


「はい、できれば仕事を受け取った彼女のほうが助かる、とのことです。税金が絡んでくるので、ちょっと面倒らしいようです」


 もちろん嘘八百もいいところだ。

 僕は彼らの仕事が終わり次第、急いで案内所に戻りエターナーに事情を説明し自分の懐からお金を出すしかない。


「わかった、わざわざありがとう」


 少年はそう告げ背中を見せ、少女はお辞儀をして少年の背中を追う。

 このまま見逃すわけにはいかない、これからが本題だ。


「ちょっと待ってください。毛皮の納品って言いましたよね? 僕、最近毛皮の加工覚えたので少しでも試してみたいと思っていたんです、ついていってもいいですか?」


「……報酬は分けられないぞ?」


「はい、構わないです」


「……」


 少年の顔はこいつはなにを考えているのだ、そういった表情だ。

 僕の言動に怪しい点は非常に多い、疑うのも無理はない。


「お兄ちゃん、いいんじゃない? せっかく手伝ってくれるっていうんだしさ、私達毛皮の処理なんてしらないでしょ」


「……まぁそうだな、よろしく頼む」


「はい」


 疑うことを知らない、もしくは人の善意を信じる少女の言葉に感謝する。

 少しでも疑惑を減らそうと、僕から自己紹介を始めた。



 少年の名はジェイド、少女はスイというそうだ。

 親が病に倒れてから冒険者として働き始め、最近ようやく金銭的に余裕が出てきたので装備を買いハウンドを狩りに来たらしい。

 今までは町の中で人手が足りていない仕事を手伝い、細々と生活していたそうだ。


「戦った経験は?」


「いや、ないな。剣は何度か握ったことがあるが」


「……もう少し慎重になったほうがいいのではないですか? 例えば誰か大人についていって、狩りを手伝うところから始めるとか」


「……?そんなに危険なのか? 大人達は皆平気で狩れると言っていたが」


 スイを見る、彼女も僕の言動にどこか不思議そうな表情を浮かべていた。

 二人とも中途半端に物を知りすぎている、そんな印象を受ける。

 読み書きが出来たり、一応冒険者として他の人との交流があったせいなのだろう。

 だからこそ二人は知るべきだ。

 平気で狩れるといっている大人達の中に、町の外から帰って来ない人々がいることを、今こうして目的地に向かって歩いている道中僕だけが探知の魔法を張り巡らしていることを。


「そういう意見もあると思います、でも徐々に段階を進めていくのも大切だと、頭のどこかにでもしまっておいてください」


「わかった」


 絶対に聞き流しているだろう反応を聞きつつ、自分の価値観も疑う。

 初めて戦った相手がウェストハウンドだ、本来狩りとはその辺の子供が武器を持った時点で行えるほど簡単なものなのかもしれない。

 もしその推測が違ったのなら、二人には身を持って現実を知ってもらうほか効率的に危険性を伝える方法はないだろう。


「……九時の方向から三匹。僕は何かあるまでは手を出さないでおきますね」


「あぁ。スイ、俺が前に出るから、スイは魔法でどうにかしてくれ」


「うん、わかったよ」


 元々報酬は分けないという話で着いてきている、ここで初めからでしゃばって後からもめるのも嫌だ。

 スイの右後ろで待機し、何があってもいいように構える。

 構えるといっても武器なんて持っていない、すぐに魔法を撃てるように心構えをするか、もしくは体を武器にしてなんとかするか、そのどちらかだけだ。


 程なくしてハウンドが三匹現われる。

 一匹180リル、という話だ。三匹も狩れれば二人にとっては今まで手にしたことの無い額が一気に手に入るのだろう。

 無論生きて帰れれば、の話だが。


 コウが持つようなロングソードよりも少し長いバスタードソード。

 刃は細く、叩き切るよりも切り裂くや貫くに適している汎用性のある武器だが、少年が持つには片手では重いし、両手で持つしかなくその利便性を失っている。

 両手剣として扱うには刀身の細さが問題だ、この世界の魔法は直接武器の切れ味を増やすことは出来ない。

 あくまで武器を固くし、それを扱う肉体を強化し叩き切るか叩き潰すかのどちらかになる。

 その点バスタードソードは不利だ、元となる基礎重量が少ないせいで両手持ちでしか扱えないのであれば長所が薄くなるからだ。

 おそらく世界に向いていない剣として、安くで売られてでもいたのだろう。


 そのバスタードソードを持ち、三匹同時になぎ払おうと大振りした刀身は二匹には難なく避けられ、残り一匹には牙で受け止められた。

 すぐに刀身を引き戻し、その一匹と対峙する彼の目には残り二匹の動きなど見えていない。


 二匹はこちらに真っ直ぐ向かってきていた。

 当然だろう、男よりは女のほうが肉体的にどうしても不利がつく上、明らかに後衛のポジションを取り片方は武器すら持っていない丸腰だ。

 その二匹にスイは炎を放つ。

 ただ焼き尽くす、それ以外の指向性を持たないそれは速度も不十分で回避され、スイが次弾を装填する前に十分飛びかかれる距離まで近づいてしまった。


 何かあるまでは手を出さないといったが、十分これは何かが既に起きてしまっている。

 ジェイドは傷を負いつつも致命傷は避け、相手をしている一匹程度ならもうしばらく時間をかけたら仕留める事は出来るだろう。

 けれど隣にいるスイは、接近戦に持ち込まれ短剣を取り出すのに手間取っている彼女はそうじゃない。

 僕がいなければすぐにその命は散り、一人を仕留めた二匹は三対一でジェイドを追い詰めるだろう。


 スイとハウンドの間に体を挟む。

 流石にこの距離だと効果的な魔法を行使することは僕も出来ない、ならば肉弾戦だ。

 人同士で争ったり、競技としてその分野を伸ばしている余裕は未だ無いこの世界では、それは知らぬものからしてみれば下策というものだろう。


 徒手格闘。

 己の肉体のみを頼りに戦う術。

 効果的に肉体を殴る術はあまり知られていない、勢いと力を込め、多くの人はそこで満足し終わってしまう。

 けれど僕は知っている、その二つを合わせ、体を突き出すように物体の奥へ拳を突き出したら瓦すらも割れるのだと。


 ハウンドの助走と、僕の腕を振る力。

 それにこちらから距離を詰める勢いと、体の動き、それに魔力。

 その全てが合わさり、咄嗟の動きについて来れなかった一匹の顔に拳を叩き込む。

 手応えはあった……が、命を、いや意識すら奪うことは叶わない。

 まぁそうだよね、僕は空手で黒帯を結ぶことは無かったし、何より瓦割りなんて割るための瓦で行うものだ。

 木の板を割るパフォーマンスもあるが、あれも持ち手が丁寧に割れやすい木目を合わせ、力を入れて待ってくれているから叶うものだ。


 一匹を素手で足止めしたことで、スイに向かっているもう一匹のハウンドもこちらに向かう。

 おそらく未だ動きの無い少女を相手にするよりも、こちらを二匹がかりで仕留めたほうが安全だと感じたのだろう。


 拳を打ちつけた一匹が未だに体勢を整え切れていないのを確認しつつ、襲ってくるハウンドの首を掴み地面に叩きつける。

 刃物が無いのは不便だ、今こうして効果的に相手を沈黙させる術が無いのだから。

 拳を眼球目がけて突き出すがそれは流石に避けられ、逆に右腕を噛まれそうになり焦る。


「……援護は!?」


「えっ!? えぇ……??」


 スイを睨みつける、僕が戦い始めて彼女が何かをした様子は無く、未だに短剣を持つ手は震え、予想以上に凶悪だった敵に動揺し逃げるために動くことすら出来ていない。

 一人でやるしかない、ジェイドを見るがまだ時間はかかりそうだし、初撃でダメージを与えたハウンドは今にも起き上がりそうだ。


 土を集め、魔力で固めて単純な石の塊にする。

 スマートさも欠片もない、ただの鈍器だ。拳なら無理だが、これなら下敷きにしているハウンドに致命傷を与えることも可能だろう。


「……っ!?」


 石を振り下ろそうとして、迫り来る脅威を肌で感じ全身を魔力で硬化させる。

 殴りつけたハウンドが既にこちらに追いつき、その勢いをつけたまま仲間を殺そうと振り上げている右腕に噛み付いたのだ。

 体は引きずられ、押し倒していた優位さも失い、今は腕に少しでも食いつこうと頭を振るハウンドの勢いに振りまわれる。

 魔力で肉体を硬化しようとも完全に牙を防げるわけではない、相手も同様に噛み付く力に魔力を使うからだ。

 頭を振るたびに徐々に牙は肉に食い込み、痛みが体を襲う。

 正直諦めたい、一人で逃げ出したい。

 でもそれはきっと後悔するから、死ぬほど後悔するから、諦めない。


 圧倒的に不利な位置関係を改善するために、体を強く左右に振られる勢いを利用し立ち上がろうとする。

 足を地面につけた瞬間、今度は自分から地面に倒れ自身を中心に弧を描き、右腕に噛み付いているハウンドも大地に叩きつける。

 噛む力が緩み、右腕が自由になったのを実感しつつ違和感。

 もう一匹はどこだ?さっきまで組み伏せていた一匹は?


 ハウンドはスイを押し倒していた。

 必死に抵抗する彼女の首筋を、今にも噛み千切らんと。


「……させない」


 全力で距離を詰め、もっとも効果的で確実な手段を取る。

 自分の右腕を間に入れることだ。

 距離を詰めることに魔力を集中したせいで硬化が足りず、牙が深く肉に刺さる。

 もともと受けていた傷から血が溢れ、下敷きになっているスイの顔に僕の血が散りばめられる。

 肉が噛み千切られる前に硬化は間に合い、深く刺さった状態で事態は膠着、しない。


 左腕を噛まれる。

 さっきまで交戦していたハウンドが追いついてきたのだ。

 ただこれは予測できていたので大した傷にはならなかった。


「借りるよ」


 噛み付いているハウンドを引きずりつつ、左手でスイから短剣を奪う。

 そのまま彼女に乗っているハウンドの喉元に深く突き刺した。

 更に少女を血で彩り、徐々に力を失っていくハウンドを蹴り飛ばしスイを自由にする。


 残ったハウンドを左腕に噛み付かせたまま体を起こし、右腕で鼻っ面を思いっきり叩く。

 噛む力が緩んだところを見逃さず、そのまま右手で喉元を握り、ハウンドの体重を支えている後ろ足二本の片方をブーツで蹴りつけ、もう片方を払い組み伏せる。

 あとはもう簡単だ、致命傷になるように短剣を突き刺すだけなのだから。



「本当に助かった、スイを助けてくれてありがとう」


「アメさん、ありがとうございます……私だけじゃ今頃どうなっていたか……」


 僕はボロボロ、ジェイドも酷い状態だ。

 スイは目立った傷は無いものの、僕とハウンドの血で真っ赤だ。

 全員無事だった、その現実を確認するとふと怒りが込み上げてきた。

 どうしてだろう?どうしてかわからない、でも、腹が立つ。無性に腹が立って仕方がないのだ。


「……もうさ、言っちゃうけどさ、はじめからこのつもりで来たの。二人が危なっかしいってエターナーと二人で思ったから、念のため様子を見ようってさ」


「そう、だったのか……いや、今なら言える、本当に」


 ジェイドの言葉を遮る。


「でもさ、いま凄く腹が立ってるの。何にかな?

無報酬でこんなぼろぼろになって人助けしてること?

何も知らない子供たちが危険に飛び込む無邪気さ?

そうしないと生きていけない世界に?

自慢げにハウンド程度なら楽勝だと語った大人達も原因だと思うし、そんな大人達を軽蔑しながら犬ころ二匹に苦戦する自分も嫌だ。

もうわけわからない、どうでもいい、帰って綺麗な服に着替えてベッドで寝たい」


「アメさ……」


「いいよ、何も言わなくて。何も言わないで。

報酬は全部持っていっていいし、初めに約束したハウンドの解体も僕が全部やる。

だから黙ってて?町に着くまで話しかけないで?」


 言われたとおり口をつむぐ二人を見て、僕は三匹の解体を始めた。

 きっと僕が余計なことを言わなければ町に着いて別れるまで、二人は僕にお礼を言いきっとそれは気分が良い時間だっただろう。

 でも今こうして毛皮を剥ぐ時間すらもう嫌だ、臭くて、汚くて、面倒で、空気も最悪。

 何が十四程度の子供より遥かに精神年齢が上だ、そんな子供に当り散らして全てを台無しにするような人間が僕だ。



 町に帰る途中、一匹ずつ毛皮を運びながら、二人が後ろでぼそぼそ会話しているのを聞いて嫌になる。

 きっと愚痴を言っているのだろう、頭おかしい奴に絡まれたとかなんとか。

 少なくとも僕が二人の立場ならそうする。

 いきなり嘘を撒き散らして助けに来たかと思えば、何かにイラついて全てを台無しにしつつ帰る。

 我ながら関わりたくない人間だと思う、少しずつ冷えてきた頭でそう思う。

 流石に全部口に出すのはやり過ぎた、戦闘直後で傷を負っていたのだから感情的になるのも仕方の無いことかもしれないが、あれはあまりにも大人げが無さ過ぎる。

 というか我ながら意味不明だ、一体何に対して怒りを覚えたのかすらもうおぼろげな辺り虚しさしか残らない。


「アメさん、少しいいですか」


 町の入り口付近でスイが声をかけてくる。

 もう帰って好きなだけ美味しいもの食べて何があったか忘れたいんだけど。


「……何?あぁ報酬なら一割出すよ、期待させて落とすなんてつらいだろうしね」


「いえ、それはいいんです。ただ町に着いたので少しお話してもらってもいいですか?」


 門こそ潜っていないものの、町に着いたといえば着いたのか。

 律儀にそれまでこちらに話しかけてこなかった二人を意思を尊重し、会話の先を促す。


「ありがとうございます……私達はアメさんに助けてもらったので、恩返しをしたいんです」


「助けたって言っても僕はその後台無しにするようなことを言ってしまったよ?」


「それでも、それだから、です。今の私達には想像もつかないような、きっと酷く不快な思いをさせてしまったのでしょう。

助けてくれたお礼と、不快な思いをさせてしまったことに対する謝罪、その両方を私達は時間をかけてでもしていきたいんです」


 何か気づかぬ間に大ごとになっている気がする。

 何か二人で会話していると思ったら、変な方向に勘違いし、変な方向に向かって走っているようだ。


「わかったわかった、なら報酬の半分貰うから終わりにしよ?ね?」


 妥協案として適切な案を提案するが、すぐにジェイドが否定する。


「いや、それでは申し訳が立たない。俺達をアメの気が済むまで、もしくは俺達の気が済むまで自由に使って欲しい。

稼いだ金を渡せといわれたらそうするし、身を守る盾が欲しいなら俺達が代わりに盾になろう」


「いや、あの……」


 よくわからない申し出だ。

 舎弟になりたいとかそういった話なのか、そんなもの募集していない、これからも一生いらない。

 さっき自分自身を関わりたくない変人だと自己評価したが、この二人もかなり変だ、逃げたい。

 逃げるってどこだ、宿か、二人のいる場所か。ダメだ、ルゥもかなり変だ、コウもルゥのせいで目立たないがかなり変わっているほうだろう。

 僕のことを大切に思っているくせに、興味があるものがあればそれを忘れて僕を引きずって歩くような人間だ。

 変人から逃げても変人が待っていて、逃げようとする人間も変人。


 それでも、それだから、です。

 スイの言った言葉を思い出す、それはまさに僕がエターナーに告げて二人を追いかけた物言いに似ている。

 それでも、それだから。

 きっと理屈じゃ説明できないのだろう、僕が二人を追いかけたように、二人を助けて怒ったように、その怒りに報いたいと請う二人のように。


「仲間がいるから、相談、みんなで話し合って決めていい?」


 悩んだ末出たのはそんな言葉だった。

 コウとルゥに責任を押し付ける意味もあったのかもしれないが、みんなで考えればきっとより良い答えを見つけられる気がしたから。



 毛皮を納品し、仕事の後処理を済ませる。

 お金関連は後回しで、とりあえず二人を宿に戻し着替えを済まさせる。

 宿から出てきたとき、やたら入ったときより増えた荷物から目を逸らしつつ、宿「雛鳥の巣」へと向かう。

 ロビーのテーブルに二人を待たせ、僕は二階で着替えを済ませ、既に待っていたコウとルゥに事情を説明する。


「綺麗な服を台無しにして帰ってきたと思ったら、おもしろそうな話持ってきて、まったくアメは楽しませてくれるね」


「ごめんなさい」


 ルゥは笑う、どこまでも愉快なことは楽しいと。

 でもその言葉は地味に僕を責める、町で着る高い服を台無しにしてしまった、また出費が増えてしまうと。


「おもしろい、じゃなくてやっかいでしょ」


 コウは困った顔をする、何が起きているか把握しきれていない様子だ。


「ごめんなさい……」


「それに武器もなしにかなり無茶な戦い方したみたいだね」


 ボロボロになった服を見て呟くコウ。

 両袖は噛まれたせいで穴だらけで、上着とスカートは引きずられたせいでもう着れたもんじゃない。


「ごめんなさいぃ……」


「もう謝らなくていいよ、でも次無茶したらおしおきね」


 おしおきってなんだ、僕は彼に何をされるのか。

 そもそもコウのくせに生意気じゃないかその物言いは。

 ……というのが表情に出ていたらしく、珍しく怒ったコウに睨まれたから大人しくする。


「まぁとりあえず話聞いてみよう、二人ともこれ以上待たせたら可哀想だし」


 ルゥの言葉で、僕達は下に降りることにした。



「そこでお姉さまは自分の傷を省みず、私を庇ってくれたのです!!

その後の動きも素晴らしいものでした、剣を手に取ったお姉さまは正に水を得た魚!

赤子をあやすようにハウンド二匹を倒したのです! 私が瞬きをする間もなく二匹は既に息絶えていました!」


 下に降りると事情の説明、もとい演説がスイの口から開かれていた。

 いつの間にかお姉さまとか呼ばれている辺り、かなり彼女から美化されて見えているらしい。


「俺は自分の相手で精一杯だったからよく見ていなかったが、アメはそんな凄いことをしていたのか。

スイが言うなら間違いないだろう、そしてアメの実力もまた確かなんだろうな」


 この兄、薄々気づいてはいたが酷いシスコンだ。

 妹の幸せが全てというタイプだ。


「やってないやってない、そんな簡単じゃなかった」


 過大評価され失望されるのはつらい。

 早めに自分の評価を現実的なものに戻しておく必要がある。


「ほへーなるほどなるほど。アメはそんなに凄い子だったんだね」


 ユズも賑やかなスイの声につられてか、いつの間にか会話に混じっていた。

 今回の件には首を突っ込まないで欲しい、既に手遅れなほどにややこしいのだから。


「アメならやりかねない、アメは凄いんだよ」


 コウはいつも通りだ。

 一番僕を見ているのだからそろそろ気づいて欲しい、隣にいるルゥや自分自身がそのアメより優れていることを。


「そうか、アメは魚だったんだ……!」


 ルゥは変なところで感動を覚えている。

 彼女の感性がますますわからない、魚だったら何が凄いんだ。


「僕よりこの二人のほうが凄いからね?」


「なんと! お姉さまより凄いだなんてもうそれは神様なんじゃないですか!?」


 謙遜、というより事実を告げたらスイの思考は更に飛躍する。


「すとーっぷ! ストップ!!」


 アイスブレイクという言葉がある。

 会議や初対面などの重要で緊張する場面で、緊張をほぐすためにあえて気楽な会話や、簡単なゲームを行うことだ。

 なら今この場に必要なのは逆だろう。

 ヒートブレイクという言葉を今作ろう、過度な興奮は無理にでも抑えなければ何も話が進まない。



 昼食を頼んだことでユズをこの場から追い出し、各自飲み物を味わい興奮を抑えるのを確認して会話を再開する。


「つまり、言ってしまえば子分になりたいわけだよね?」


 ルゥが要点をまとめる。


「まぁそんなものだな。俺達は未熟だが、アメがいなければどうなっていたかぐらいは想像できる。

心から感謝しているし、それに報いるだけの働きをしたい」


 ジェイドを瞳はあくまで真剣だ。


「それはお金とかで解決できない問題なんだよね」


 コウが尋ねる。


「はい。物で納得できるものじゃないんです、お姉さまがではなく、私達のために、です」


 お姉さまはどうやら一過性のものではないらしい。

 これは適当にあしらったらストーカーになるタイプだ。


 僕達三人は迂闊に言葉を喋ることすらできなくなる。

 何が導火線に火をつけるか想像もできないからだ。


「はい、おまたせー」


 そんな緊迫した空気を無視して、新鮮な空気を流し入れるようにユズが料理を運んでくる。


「そんなに難しく考えなくていいんじゃない? 仲良くしましょーって話でしょ?」


 そう簡単な話なのだろうか……いや、そうなのかもしれない。

 手駒として使うという名分の上、実際は同等の立場として迎え入れれば良いわけなのだから。


「いや、それはわかってるんだけど」


「うん」


 コウの言葉に同調するルゥ。

 二人ともそこまで思考が進んでいたのか、ならば一体なにを考え口を閉ざしていたのか。


「ちょっといい?アメ連れてくね」


 僕の表情から理解していない様子を読み取ったのか、二人に確認を取りコウが僕を連れて少し離れた場所に移動する。

 エターナーから渡される本を置いておく場所、ベルガに相談しここを本棚として使って良いと言われたスペースまで。

 ここならば普通に話しても二人には声は届かないだろう、意図的に離れた僕達に不快感を抱いている様子は無く、ルゥと共に今この時間を過ごしているようだった。


「子分にして実際は仲良く仲間にする、ここまではわかってるよね?」


「うん」


「その先の何が問題かがわかっていないんだよね?」


「……うん」


 本人の理解が遅くて申し訳なくなる。

 コウはそれを責める様子は無く、真剣に言葉を告げた。


「仲良くなるってことは肩を並べられるように二人を育てないといけない、それがどんなに大変なことかはわかる?」


 交流を深め、共に訓練をして成長していく。

 僕達が何年にも渡って行ってきたそれを、新しい二人にも同じように接していけるのか、という話だ。

 コウの言葉に込められるような真剣さは必要ないと感じる。

 ようは恋人は無理だけど友達から、を実際に行えばいいだけだろう。

 時間をかけ相性があわなかったら自然に距離は開いていくだろうし、相性がいいのであればそれなりの関係になればいいわけだ。

 何もいま悩む必要は無い、あの二人が自分達にとってどのような存在になるかは想像できないが、まだ見ぬそれは悪いものではないはずだ。


「言葉を変えるね」


「……?」


 何も言っていないがコウは察する。

 いつものように、まるで呼吸をするように僕の思考を感じ取る。


「仲良くなった二人が死んでしまっても、アメは大丈夫?」


 そう、なのだ。

 コウとルゥが悩んでいたことは、それなのだ。

 村が、家族や隣人が皆死んでしまった時、僕は酷く傷ついて生き残った二人にも当り散らしてしまった。

 二人はもうそんなことが起きないのか、あれから二ヶ月程度しか経っていないのに僕には堪えられるのかと心配しているに過ぎない。


 二人が加わる。僕から見れば二人が、四人だ。

 大切なモノを失ってしまう可能性は二倍、いや未熟な二人を抱えるということは二倍以上になる。

 ちくりと胸に痛みが走る。

 もう見ることができない愛おしい人々を思い出したからだ。


「……でも、それでも、それ、だから」


 今日三度目のその言葉を口にする。

 思い出したのは失ってしまった人々だけではない。

 僕達を助けてくれたレイノアとシン、良くしてくれているベルガとユズ、気に入ってくれたエターナーを思い出す。


「いつまでも失う怖さに怯える必要は無いと思う、僕達は得る幸せも知っているのだから」


「アメがそう言うのならいいよ、早く戻って伝えてあげよう」


 覚悟を決める。

 失った時に泣かないことじゃない。

 失った時に泣いてしまう覚悟を決める。

 スイもジェイドも大げさなんだよ、仲良くなろう、それだけでいいのだ。

 コウもルゥも大げさなんだよ、僕は僕が思っているより強くはないけれど、僕は二人が思っているよりは弱くはないのだ。

 失うことが怖くて、出会うことを避けるのなら、きっと人は生きてはいけない。それは当たり前なんだから。


 コウの手を少しだけ握る。

 今ある温かさを確かめ、いつかこれを失うことを想像し震える。

 だからどうした、戦わずして町の中だけで生活し、平穏を求め生きるのか。

 そんなもの、とうに忘れてしまった。

 村にいたころから命懸けで、今更その生活をやめようとは思わない。

 そしてそのリスクが二倍以上になったとしても、こんな温かさを覚えてしまったら引き返せるわけなどない。


「行こう」


「うん」


 手を離し、三人のもとへ行く。

 これからよろしく、それを伝えるために。



- 失う怖さ 終わり -

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