24.魔法はあるけど遊園地はないんだよ
まとまった金が入ったらしばらくは休みたいもの。
レイノアに借金があるとはいえ、返すのはいつでもいいらしいし、昨日挨拶に来たということはもうこの町から離れているのだろう。
隣町にどれほど滞在するかはわからないが、往復で二ヶ月以上はかかるだろう。今無理に稼ぐ意味はない。
休息の重要さは理解しているつもりだし、連続して命を賭けるのも神経をすり減らすから避けたかった。
じゃあ遊ぼう! と考えても、この世界は娯楽が少ない。
寝る前に一人でやっていたゲームは無いし、動物園や遊園地なんて気の利いたものはない。
あえて言うのなら町の外に出たらそこは既に動物園だ、檻の無い間近で見られる動物達は躍動感溢れるだろう。
躍動感溢れ首元を狙ってくる辺りは遊園地らしいとも言える、安全装置の無いアトラクションだ、気を抜いたら死ぬ、最高にクールだ。
そんな中他の冒険者達はどう過ごすのか、となると案内所や酒場に溜まっている連中を思い出す。
酒にタバコ、あとは女だろうか。全部今の僕にはまだ早すぎる。
なら後は食べるぐらいか。でも一昨日ぐらいに思いっきり食べた気がする、それに三食の生活に未だに慣れていない。胃が大きくなるまでは食を楽しむことも難しい。
「ひーまー暇だよー」
今日は休息に当てる、そう宣言してから全員で朝食を取っていたのだが、食べ終わったら何をしようかと考えると憂鬱になる。
「アメがおかしくなっちゃった、溶けてるよ……?」
「冬なのに不思議だね」
コウ、お前が今話しかけている人間のほうが普段からおかしいぞ、なんて言ったって溶けなくてもおかしいからな。
「あらあら、アメちゃんどうしちゃったの? まるで夏場の飴玉みたいじゃない、冷やしたら元に戻るかしら」
仕事が一段落し、息抜きに来たのだろう。ユズが笑いながら裏から出てくる。
アメと飴、上手い事言ったつもりなのだろうか。溶けた飴はきっと固めても不味いぞ。
「ユズさんは休みの日何をして過ごしているんですかー?」
「私? 買い物したり、友達とお茶しながらお喋りかなー」
普通に女の子だった、僕には真似できそうにない。
「ベルガさんはー?」
「私も仲のいい連中と喋るのが好きだね……あぁ後は町に出て芸を見たり音楽を聴いたりするのもいいね」
天啓にも似た電流が全身を走る。
人はそれを直感、気まぐれと呼ぶのだが。
「音楽をしよう!」
僕はベースが弾ける、似たような楽器なら多分大丈夫だろう。
「わたし笛とトライアングルが得意だよ」
ルゥは宣言するがなんて微妙なチョイスだ。その二つを演奏できるようになった経緯が非常に気になる。
コウを見る、彼は楽器に触れたことも無いだろうが何でもできる彼だ、きっとすぐに演奏できるようになるだろう。
「私は別に気にはしないんだけどね、時間には気をつけてね」
ベルガの一言で硬直する。
他の利用者や、近隣住民の人間が音に敏感かもしれない。
防音なにそれ、な世界だ。好きなときに楽しめない趣味は問題だろう。
「好きなときに楽しめる趣味ってなんですかー」
技術の発展がないことは罪だ、退屈は人を殺すのだから。
いっその事僕がゲームを作ったり、防音技術を発展させるか。
……やめておこう、もしそれをやるのなら前世の知識を十分に活用することになる。
それは世界の流れを大きく変える行為だ、ルゥの、そして僕の好まない行為。
「一つあるじゃない」
諦めかけていた時にルゥが可能性を提示する。
「アメも一つ持っていたはずだよ」
相変わらずすぐには答えを教えてくれない、使わない脳は腐るとでも言いたげに。
持っていた、か。村と一緒になくなったのか。
「本?」
「正解」
「でもあれって……」
高いのだ、夜にランプを点けることがじゃない。ランプは無駄使いしなければ自由に使っていいし、何より一階の広間は基本明かりがついているから夜に読みたくなったら下に降りればいい。
高いのは本自体。造本技術が存在しないこの世界では本は人の手によって創られ、もしくは模写される。
紙自体も高級品な部類だし、一つ一つ作るそれは相応の値段になってしまう。
「丁度いい人を知っている、ご飯食べ終わったら会いに行こう」
- 魔法はあるけど遊園地はないんだよ 始まり -
朝食を食べ終え、ルゥと二人町を歩く。
コウは別行動だ、もう僕が見飽きた町をまだ見て回っているのか、一人で特訓しているのかはわからない。
慣れた道を歩き目的地に着く。
途中でルゥが言う丁度いい人が誰かは思いついていた、まさか休日までこのタバコ臭い建物に来るとは思っていなかったが。
「エターナー、私用だけど今大丈夫?」
「……」
朝から本を読みふける彼女、どうみても大丈夫だがルゥの声に反応しないのは大丈夫じゃないだろう。もう少し仕事に意欲を向けて欲しい。
一応、といった声でした挨拶を無視され、ルゥは以前のように問答無用で本を取り上げる。
「あら、これは失礼しました。ルゥ、お久しぶりですね」
「全然久しぶりじゃない」
本を返しながら突っ込むルゥ。
突っ込みどころはそこじゃないと思う、前とセリフが一切変わっていないのは僕の記憶違いだろうか。
「それで、私用とは何の用でしょうか?」
「エターナー本一杯持ってるよね? アメが読みたがってるから、貸すか安くで売ってくれない?」
「……本を?」
彼女の瞳に初めて感情が宿った気がした。
それも動揺や、希望、好奇心といった様々な感情が混ざったものだ。
「はい、お願いします。なんでもいいので」
「今まで本を読んだことは?」
エターナーの問いに妙な緊張感を覚える、面接のような。
「……一冊だけしかないです」
だから答えは慎重に告げた、嘘は言っていない。この世界では一冊しか読んだことがないのだから、そう答えるのが正しいだろう。
「どんな本でしたか? 内容と、それを見て感じたことを教えてください」
何故僕は本を読みたいだけなのに、こんな圧迫面接のような対応をされているのだろう。
まぁ彼女がそれを望むのなら、僕はそれに答えるしかないのだろうけれど。
考えをまとめる。読書感想文のようなテンプレートでいいのだ、簡潔に内容をまとめ、自分がそれをどう感じたのか。小学生でもできることだ。
「文明の発展しすぎた人々が人間同士で争い、竜と調律者が戦いに加わり最後に竜が勝つという話でした。
あくまで史実に忠実に、なおかつ書き手の意図、というか想いが、何を伝えたいかという感情が伝わってきて歴史の教科書としても、物語としても傲慢さが身を滅ぼす恐ろしさを理解できておもしろかったです」
「……その本のタイトルはなんでしたか?」
エターナーは僕の言葉に考えをまとめるように、そしてある種のひらめきからくる確信的な発想を、自身の思考と認識するように、時間をかけてそう尋ねてきた。
「いえ、タイトルは無かったですね。何も書かれていない浅黒い絵本でした」
「……っ!!」
それを告げると彼女は、僕を存在していることが信じられないような、まるでツチノコでも発見したかのような表情でこちらを見る。
絶句、という言葉が正しいだろう。僕は何か大変なことを言ってしまったのだろうか。
「あぁ、あと! その本は僕に、僕達にとって大切な意味があったんです。
その本に出会うまで僕達は文字を知らなくて、その絵本が無ければ僕達はきっと文字を読めなくて大変な思いをしていたと思います。
……残念なことにその本は村が竜に滅ぼされた時に無くなってしまったのですが」
「……」
慌てて付け足した言葉にも彼女は言葉は発せず、自身の手を組み胸に押し付けていた。
まるで祈るように、まるで手に包んだ大切なものを慈しむように。
これ以上はもう何も伝える言葉を思いつかないし、何を伝えても無駄だろうと思い、僕も口を閉ざしエターナーの反応があるのを待つ。正直何が起きているかわからない。
二分ほどそのまま三人で硬直していると、エターナーは立ち上がり、自分の作業机だと思われるスペースから二冊の本を持って戻ってきた。
「この二冊を差し上げます。よければまた感想を聞かせてください、そして語り合いましょう」
「……いいんですか?」
差し出された本は、一つはそれなりの厚みで読み応えがありそうなもの。もう一つは薄く、絵本のようだった。
この二つで1000リル近い値段がしてしまうだろう、それを譲ってくれる理由が僕には読めない。
「えぇ。あなたは、アメは私にそれだけの価値ある経験を与えてくれました。
それに私の本はもう置き場所に困ってるほど自宅にスペースが無いのです、彼らを望む者がいるのならその方の元に届くのが一番だと思います」
「読み終わった本はどうしてもいいんですか?」
「はい、読んでさえいただければ。それこそ売りに出してもいいです」
そう告げるエターナーの言葉に迷いはなく、瞳は僕に対して必要以上の好意で溢れている気がした。
どんな言葉でも、そこまでの好意を受けるには相応しくないほど。
きっと彼女の中で独自の価値観が築かれ、琴線を揺るがす言葉を伝えられたのだろう。
理解できないが、理解する必要は無いのかもしれない。好意とは、人の感情とはそういうものだと思うから。
「わかりました、ありがとうございます」
二冊の本を受け取り、胸に抱える。
「レイノアが言っていた村から生き延びた子供達、とはあなた達のことだったんですね。
国は竜が村を滅ぼしたことを重要なことだと認識しています、すぐに事実の確認と竜がまだ村周辺に滞在しているかを確認するための先遣隊が組まれるでしょう。
そして脅威と判断されたのなら、大規模な討伐隊が組まれることも既に話にあがっています。だからどうか安心してください」
レイノアはしっかり役目を果たしていた。
国に竜の存在を伝え、また国も竜を確かな脅威と認識している。
村が滅んだことに意味など無かったかもしれない、けれどその無意味さから人類は竜に対する警戒を強めた。
意味があったから無意味な死が発生した、そして無意味な死から意味が発生した。
「教えてくれてありがとうございます、なんというか……救われました。本、読んだらまた会いに来ますね」
「また会えることを楽しみに待っています。
アメが、あなた達が生き延びてこうして出会った奇跡に感謝を、そしてこれからの道のりにご武運を」
"ご武運を"
エターナーがはじめてそれを口にした時、僕はなんて無感情で無意味な言葉なんだろうと思った。
けれど今発せられたそれは、確かに感情が込められていて。
……今日初めて感情が込められたのか、こうして会話を交わすことで込められていた感情に気づいたのか。僕にはわからなかった。
「アメは先に帰っていて、少しエターナーと話したい事があるから」
「うん、わかった」
ルゥを残し、僕は宿に帰る。
本に対する期待と、様々な理解、把握の及ばない不安を抱きながら。
宿に着き、部屋の窓際に座る。
少し薄暗かったがランプを点けるにはもったいないと思ったので、陽光を頼りに本を読むことにした。
まずは薄いほうからだろう。
そもそも分厚い部分は読みきれるかわからない、まだまだ僕にはこの世界の言葉は十分異世界の言葉だ。
小手調べ、というわけでもないが、自分がどれほど文章を読めるかを確かめるためにも薄い本を手に取る。
ページを開くと既視感を覚えた。
まるで違う見たことのない内容のはずなのに、何故そんな感情を抱くのだろうと考え気づく。
全てが似ていたのだ、タイトルのない無地の表紙も、可愛らしくもわかりやすい絵柄も、綴られている文字も。
今はもう無い絵本を想う、きっと作者が同じなのだろう。
読み進めるとどうやらこの本は竜、炎竜の生態を書いているものだった。
その多くは人から伝え聞いた風聞や、書き手の推測を主にいろいろ書かれていた。
上手く火を扱う原理から、飛ぶための体の構造、果ては音より早く動くだの、体自体を炎にできるだのまで書かれていた。
着眼点は面白く、推測はリアリティーを持って構築され、ファンタジーとしてみてもわかりやすく夢のあるように楽しめた。
まぁその夢のような存在は確かに存在していて、ここには書かれていない爆発なんてものを利用し村を滅ぼしたのだが。
悲観的になるほどでもないが、素直に楽しむには炎竜という題材は僕にはまだ重すぎる。
閉じた本をテーブルに置きつつ、物語を読み終えた感傷に浸りながらもう一つの本をどうするかと思案しているとドアをノックする音が聞こえた。
「おかえり」
「ただいま」
エターナーと話し終えたのだろう、ルゥが帰ってきた。
日もそれなりに高くなっているあたり、そろそろコウも帰ってくるかもしれない。
みんなが揃うなら三人で昼食を取ろう、揃わないようなら適当に済ましてしまおう。
「どんな話をしていたの?」
開きかけていた本を閉じ、ルゥに尋ねる。本は別に一人のときでも読めるのだから今は雑談をしよう。
僕の問いに、ルゥは目を閉じて答える。
「秘密」
そこには嫌らしい笑みはなく、ただ大切なものを見守るような表情だけが存在した。
「どんな奇跡や偶然、必然さえも、言葉にしてしまったら陳腐になってしまうだろうから」
急に何を語っているのだろう。
エターナーといいルゥといい、自分の世界に浸るのは良いがその状態で会話をされても困る。
その後帰ってきたコウと三人で食事を取りつつ、本の置き場所に困っていることを口にする。
エターナーは置く場所が無いと漏らしていたが、僕とて置き場所には困る。家のない僕は宿に荷物を預けるしかなく、その荷物も多すぎたら管理費を払わなければならない。
だからと言って許可されたように本を売り払うのは、たとえ本人が許しても僕は納得できそうにない。
そうぼやいているとベルガが一階のロビーに飾ることを提案したので、甘えてロビーに保管することにした。
あまり読む人はいないだろうけど、まぁ無いよりはいいだろう。最低インテリアにはなるし。
この日から僕とエターナーの不思議な交流は開始され、本を読むたびに感想を伝えに行くと新しい本を持たされ帰って来る日々。
いつしか宿のロビーは小さな図書館のような見た目になり、エターナー自身も休日度々もう一度読みたい本があったら顔を見せるようになった。
読書が趣味の冒険者も無料で本が読めるということで、好んで宿「雛鳥の巣」を利用するようになり、本と同時に客も増え皆が幸せな結果になりました、とさ。
めでたしめでたし、なんてね。
- 魔法はあるけど遊園地はないんだよ 終わり -




