231.始まり
ひとしきり二人で手を繋いだまま泣いた後、僕は指笛を吹いてソシレ達を呼んだ。
動かない竜の亡骸を見る三者の視線はそれぞれで、尊敬、好奇心、畏怖とまぁ誰がどれかは言わなくてもわかるだろう。
頭部を切り落とし、ソシレの体に負担がかからない程度まで牙や甲殻を剥いで荷台に乗せる。僕達の目標は復讐で、それはもう果たされたのだから残された竜の体などどうでも良かったのだが、これからの生活も考えるとせっかく倒した竜の体や存在は利用した方が便利だろう。
「僕達が初めて竜を見た時、竜が負っていた傷は二種類あったんだよね。
一つは竜が見せた身体強化による、内側から筋肉が爆ぜた事による不自然な傷。もう一つは……」
「同じ仲間である竜につけられたもの」
「うん」
レイニスへ向かう途中、雑談の種は尽きずに今まで内心考えていた推測を語って見せたらヒカリがその先を言ってしまう。
「仲間割れ、ですか」
「恐らくね。
今まで眼下に存在していた村を八つ当たりのように吹き飛ばすなんて感傷的な行為はそれだけで、それ以降は徹底して理性的な行動を努めていたからそう推測できる。言葉が通じないから断定はできないけれど」
二十年近く同じ場所に止まっていたのは村に何かしら思うところがあったのか、単に元の住処である山脈地帯から遠くない場所だったからか。
人間にさえ刺激されなければ仲間外れにされる程度には問題があるものの、大人しくあの辺で過ごしていた竜だったのかもしれない。
「すこし、寂しいね」
カレットがペタペタと今はもう瞬きすらしない竜の頭部を触りながら呟く。
そう思い少しでも復讐の刃が鈍ると考えたら、口外できなかった推測にしか過ぎないけれど。
あとレイニスまで二日といった所でシュバルツが一人先行する事を宣言し駆け出す。
三人で一日のんびりと歩いていたら、シィルや偶然居合わせたのかルナリア、そして彼女が率いる親衛隊の人々が馬車を引き連れて僕達とすれ違った。
「おやまぁ、何かとんでもない事を仕出かすとは思っていたけれど本当に成し遂げちゃうとは。
にひひっ、世の中楽しい事ばかりだ」
「これは、凄いな。
私達は胴体の回収に向かう、三人は町へ帰ってゆっくりするんだよ」
シィルとルナリアはそう笑い、一体胴体はどうなっているのだろうと嬉々として西へと向かった。
町へ入るとすぐにレイニス全体は騒然となった。
ウェストハウンドに荷物を曳かせているのも異常なれば、何よりその背負っている荷物が竜という絶対強者を撃ち果たした頭部という証。
僕達に崇拝の視線を向ける者、竜の頭部や、それを持って帰った来た化け物に畏怖し怯えたような様子を見せる者、好奇心に身を委ねる幼い子供や、単純に皆が騒いでいるから何が起きているか理解していないけれど楽しそうに笑う酔っ払い。
テイル家の人間か、それとも竜信仰者か、忌々し気に遠くから敵意を向けられるのもまぁ仕方ないと割り切りながらも、何故かあたかも自分が倒しましたよと自慢気に胸を張って歩くカレットに続いて僕達は屋敷にたどり着く。
「おかえりなさいませ、主。それとアメにカレット……ソシレもな。
良ければ食堂へ顔を出してください」
「……今はただ泥のように眠りたい」
出迎えてくれたシュバルツに僕は本音を吐き出す。
「いいから、アメ。きっと眠気も飛ぶはずだよ」
「ヒカリがそう言うのなら……」
渋々ソシレを小屋に戻し、竜の頭部を含めた荷台は屋敷の入り口付近に放置して、僕達は食堂に顔を出す。
「おめでとう、ヒカリにアメ」
豪華に整えられ食事も用意された中、今この屋敷に居るほとんどの人々が集まっているのだろう、見慣れた顔が多数ある中、代表としてかカナリアが口を開き僕達を祝福する。
遅れて鳴り響く拍手の音に、皆からまばらに投げつけられる祝福の言葉。もう誰が何を言っているのかもわからない。
「見事竜を討伐し、生きて帰って来た。
そして何より、お前達二人の成人になる日でもある」
ユリアンの言葉にそれを思い出す。
あぁそうか、そろそろ十五歳になるんだっけ。
「僕達が死んでいたらこの料理どうするつもりだったんですか?」
先に報告に走っただろうシュバルツへ視線を向けながらも、少し固い空気を解したくてそんな冗談を口にしてしまう。
「その時は二人の葬式で、皆で死を悲しみながらも食事を堪能しただろうさ」
あぁ、これはマジな奴だと、僕はヒカリと二人で苦笑いを浮かべる。
「どう? 初めて成人した気分は?」
耳元で囁かれる程度の微かな彼女の声。
「あ……」
笑いあって、そうヒカリから口にされてようやく気付く。
十八、十二、そしてようやく十五。どの世界でも成人に至る前に僕は死んでしまって、この世界でも竜により何時まで経っても僕達は大人になれないようあの日に意識を打ち付けられ、幼いままだった。
ようやく、肉体的にも精神的にも大人になれる日が来たのだろう、か。
周囲が動揺する。
周りを満たす僕の親しい人々が確かにそこに居て、こうして祝福してくれる事を意識してしまったら自然と涙が零れた。
僕を慰めようと手を伸ばしてきたヒカリを見上げてみれば、彼女もツーッと頬に雫をなぞらせ。
「涙って、嬉しい時にも流れるんだね」
あぁ、そんな事も僕達は忘れてしまっていたのだと二人で身を寄せ合う。
「ここだ。
僕の、僕達の居場所は、ここだ」
繋がる彼女の体が少し熱く、僕達を包む空間は温かく、そう心の底から本音が零れたのだった。
- 始まりはこれから -




