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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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227.想貫者

 表面上普段通りに振る舞っていたが内心居た堪れなく仕方なかったのか、午後の空いている時間にアメはヒカリの私室へ寄らずにどこかへ消えていった。

 部屋に集まったのはいつもの三名。主であるヒカリに、執事のシュバルツ、アメ同様に複雑な立場ながらもすっかり屋敷へと慣れたカレット。

 戸惑っている当人が居ないのであればと、シュバルツはヒカリへと躊躇いなく尋ねた。


「良かったのですか、答えを決めない選択肢を明確に教えなくとも」


 アメは言っていた。自分とヒカリが一線を超えるような行為、関係を作ってしまい、それに何時か答えを出すと。

 ただもう一人の当事者であるヒカリはそう深くは考えておらず、一時の気の迷いがああした行為として表面に出たのであればそれも良し、逆に言葉にせずとも深まっていく関係を示すような行為が自然と互いの間で増えていくのも、特にお互いの関係を定めることなく移ろって行こうが問題ないと感じていた。


「まぁね。ただアメが"答えを出す"どんな経緯にしろそう口から出たのであれば私はそれを尊重してあげたい」


「報われない無償の愛ですね」


「報われているわよ、これ以上ないほどにね」


 事情を知りえど立場が異なる故に出て来る感想の差だと二人は笑いあう。


「ヒカリはアメが好きなの?」


 そんな様子にまたそうした話題を行っても良いのだと、カレットは好奇心に身を委ねてヒカリに問いかける。


「そうね、アメと同じぐらいには」


「どうして? どうして好きなの?」


「どうして、か」


 そこでヒカリは一度膝を抱えた。

 あまりにも自然過ぎる感情で改めて考えた事など無く、確認のため記憶をなぞる行為がとても心地良くてしばし無言で思考に耽る。


「たまたま気に入ってもらって、優しくしてもらえている。

たまたま幼馴染で、ずっと傍にいる。

故郷を亡くして、復讐を誓って。大切な人たちを失い続けて、無茶して殺されて。同じ世界で生を授かって、また出会って。

そうした経験や記憶を唯一共有している。ただ一人、共感して心の底から泣いて笑いあえる存在、気づいたら好きだった、でももっともっと好きになってる、当然だと思う」


 当人は特別な事など何も言っていない自覚があるのだろう。けれどそれを見る人皆が皆に共感などさせてたまるか、そう感じるほどの強い信仰にも似た愛情を感じさせる。


「……アメがどうとか、人間そのものについては深く聞かないけれど、同じ立場だったらアメじゃなくとも誰でも良かったの?」


 例えばシュバルツとか。

 そうカレットは視線を向けて、ヒカリも彼と視線を交わして、何でもないように笑って見せる。


「アメ自身も凄く好きだよ。

感情豊かで一緒にいて楽しいし、気まぐれで振り回されるのも好き。

でもそうだね、誰でも良かったのかと言われたら誰でも良かったんじゃないかな」


 立ち位置が同じならば、別の性格や容姿をした誰かでも。

 ヒカリは笑う。もしかしたらそんな世界もあったかもしれないと、もしかしてもそんな世界など無いから今アメを愛しているのだと。


「運命とかそういう言葉がかすんで見えるね」


 その深みを理解できず、カレットは感じたままの感想を言葉にした。


「そう?

無数にある確率の中から偶然に、そして私の意思で掴み取った運命だよ。

これが運命じゃなければ、それこそ運命という言葉は霞んで消えるよ」


 例え別の人間を愛していたかもしれないと受け入れつつも、ヒカリは今愛すると決めた少女、運命を抱きしめる。

 しばし無言で時が流れる。

 シュバルツは己の主がどれほどの深みを持った感情を抱いているのか理解し、カレットもまた未だ言語化できないほどにしか理解できない愛に対して、所謂雰囲気に気圧され口を気づけば閉ざしていた。


「甘やかしたらすぐ堕ちる、ちょろい」


 そんな重苦しくも感じる空気を吹き飛ばしたかったのか、本人が居ない事を良い事にヒカリは言葉を選んでそう言い放つ。


「主は誰かに甘える様子はありませんね、苦しい時は無いのですか」


「コウの記憶が流れてくる時期はあったっけど、今は安定しているしアメが居るから。もちろんシュバルツも支えてくれて助かっているわよ。

シュレーこそ大丈夫なの? そちらこそ誰かに甘えている様子は見られないけれど。最近はシャルと食事したり仲良くしているみたいだけどさ」


 流し流され、掴むべき場所は掴みシュバルツはよりにもよって心臓を掴み取られ。


「誰かを慕い仕え、友人と呼べる存在が居る日常の、なんと普遍的で――尊く有り難いことか」


 己の過去を振り返り、今をそう受け入れるシュバルツにかける無粋な言葉など無く、アメが居ない分普段よりも静かに皆は空いている時間を過ごすのだった。



- 想貫者 始まり -



 ――その頃のアメはと言えば、特に用事が無いにも関わらず逃げ出したのではなく、身辺整理、親しい人への挨拶を特別ヒカリが同行する必要のない人々と済ませていた。



 どうせ死んでも特別悲しんだりするほど覚悟が足りていない間柄でもなく、今までありがとうございましたと改めて簡単にでも伝えると、アレンは僕に対してそろそろ新しい嫁でも探そうかと冗談半分で教えてくれた。


「喪った者は戻らない、空いた穴も塞がらない。けれどそれらに引きずられるのも……いや、引きずられながらも、生きる事が悪くないと最近思い始めてきた」


「いいんじゃないですか?」


 愛したという事実は消えない、守れなかったという罪も消えない。

 でも、それでも。そうした感情の中で、新しい人を探そうという気持ちを僕は特に責めるつもりは無い。

 少なくとも僕に恋人ができて、深い関係になったあと僕が死んでしまったら、何時までも死んでしまったこちらを引きずって恋愛をしないように愛する人が動いているのであれば、可能ならあの世からでも新しい人を探して……と言ってあげたい。

 あの世があるかもわからないし、もし死後に意識があるのであれば少なからず嫉妬や思うところは抱くだろうが、傍に寄り添えない愛する人が僕を原因としてそうした方面で幸せになれないのはあまりにも悲しすぎる。


「まぁ私も随分と老けた、そもそも相手が見つかるかもわからんがな」


 思わず僕の周りに居るいい歳をしてもパートナーを見つけていない女性陣を紹介しようとして、止まる。

 まぁみんな悪い女じゃないし、アレンと並べてみたら相性も悪くないと思うのだが、こうして仲介してもし不和でも発生したらこちらにまで飛び火してしまう。火傷は怖い、二度焼け死んだ僕が言うのだから確かな事だ。


「そういえばザザの奴から手紙が来ていたぞ」


「アレンさんが居なくなったあとの面倒ごとに文句でも書いてありましたか?」


 適当に相槌を打って話を流し、今日は去ろうとした所でそう言えば伝え忘れていたとアレンが懐かしい名前を出す。

 僕達が組織に居た頃の、奴隷施設の副リーダー。確かアレンが逃げ出した事でリーダーという首を物理的にでも切りやすいポジションに格上げされたんだっけ。

 全くもって不憫な事だ。それ相応の事を仕出かしてあんな場所に送られたのだと思っていたが、以前カレットを身請けする際ちらっと顔を合わせた辺りまだしぶとく生きているのだろう。


「いや、その逆で、まるで想像もつかない素晴らしいことが書いてあった」


 何度も読み返したのだろう。手紙の内容をスラスラと、本当に様々な人へ聞かせてやりたいような素晴らしい話を語る様子で伝えるアレン。

 今のザザは、奴隷として売られてきた子供達に、ココロの様に自分自身を組織相手に買わせることで、施設で学んだ技術で職につき買い取った資金を自身で返済をしていくシステムを、アレンが作り上げていたシステムの土台を元に昇華させたらしい。

 多少普通の子供達よりは不幸な境遇だろうが、しっかりとした技術を学ぶ場を与えられ、自身を身請けするお金も良い仕事先に付ける事から技術を買うお金だと割り切れる範囲。子供達に必要以上の不幸は無く、雇う上品な貴族や商人、警備隊、騎士団等の政府関連者からも僕らが居た頃施設に暮らしていた第一期生は好評で、組織も金銭的不利益を被るどころか様々な方面と繋がりを得られたおかげでザザ達職員も居場所を守れている。


「アイツは凄いな、私にはできなかったことを成し遂げたのだ。対して私はただ逃げ出しただけだ、同様に不幸な子供達を救うどころか踏み台にして、アメという剣、ココロという盾を掲げここへ逃げた。

けれどザザの奴は立ち向かったんだ。いつ首を切られるかもわからない場所で、誰もが不利益を被らない解決策を実際に編み出し実現して見せた」


 胸に広がる温かな感覚。

 これだ。

 僕がいつか感じた温かさ。僅かな火種は確かに、大きく様々な人々を温めた。

 ザザが管理するその施設は、この国で初めての"学校"そう呼んでもいいんじゃないだろうか。


「その手紙にはアメ宛ての文も書かれていたな」


『追伸:アメ、俺はやってみせたぞ。"それ"に進み、踏み込んで見せた。次はお前の番だ』


「アメが奴に何かを教えてやったのか?」


「……いえ、ユリアンさんが言うには僕には変な魅力があるそうです。僕を通して、別の何かを周りの人々は見つける。そんな魅力が。

だから今回のこれも、特別僕の存在が何かをしたとかそう言うのではなくて、ザザさんに元々あったものだと思います」


「そうか。我々も負けていられないな」


「そうですね」


 遠い遠い過去の人。

 もう僕達が同じ人生という道を歩む事は無いだろうけれど、僕は違う道からあなた達を心から祝福します。



- 想貫者 終わり -

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