224.伝説の剣
一人で根を詰めても竜を倒す要の手札は思いつかず、誰かと接し様々な刺激を得てもあと一つ届いていない感覚。
息抜きついでに、普段とは違う環境でのんびりしようと一人で郊外に出て近くの小川にやってくる。
せせらぐ水の音は焦る心に優しく、近くに脅威となるような水を求めてやってきた獣が居ない事を確認して木陰に荷物を置く。
そのまま川に触れようと腰を半分まで浮かして、どこか既視感を覚えて体が止まる。
思い出のあの日と違い、傍に誰も居ない実感を抱いてしまったらあまりにも体が重くて、僕の体はそっと陰に吸い込まれるよう腰を下ろした。
- 伝説の剣 始まり -
さて、竜の装甲を貫く手段を見つけるには、一体何から考えたら良いのだろうと改めて自分の内側と向き合う。
既に手元に存在するのは魔砲剣という機械、魔道具であり、それを構成している魂鋼という希少価値の高い素材。
自身がそれらを振るうとイメージしてみれば違和感が残り、では己が竜を討伐できないかと言えばそうでは無いと断言できる。
何か答えはあるはずだと、目を閉じて深呼吸。
真っ先に浮かんだのは色だった。青白い色。
僕の髪の毛のように水色と言うには彩度が強く、瞳のように青と断定するには淡い色合い。
当然と言えば当然だった。
魂鋼も、魔砲剣が放出する砲弾も、遺物や魔法陣や魔刻だって類似した色合いだ。どれもが強力で、これを無視し偉大な技術を見つけられるかと問われれば否と僕は答える。
ただ必ずしも青白い存在が絶対的優位性を保っているかと言えばそうでもない。
魔砲剣は緑色の竜鋼どころか普通の金属でも作成できるし、うち滅ぼすべき忌まわしき炎竜の体表も赤熱に染まる。
目を開けた。
瞳に映ったのは陽光を反射し輝く川。
眩しいと素直に思った。けれど川を流れる水そのものが眩しいわけではないとも知っている。
水単体では目立つような外観にはならないし、一瞬水色に染まっていると錯覚するその液体も青く見える碧空を映し出しているに過ぎない。
単体では無色である空に、それを映して色づくように見える川や海。
何色でも成れる……そう意味を持たせて名付けたカレットを思い出す。
衝動的に身請けしたカレットだが、結果僕と肩を並べて戦うようになっている。まだまだ経験が少ない故の過ちは犯すが、好きな色のガラスに加工できるような素直さで僕よりも素質があり、あの体躯には見合わない剣を振り回す彼女に背中を預けるには安心できる頃合いだ。
魔剣"カレット"
土色の、伝説や幻想的な武具には程遠い無骨な剣。魔剣と呼称しているのもただ魔道具で生成される剣というだけで他意は無い。
御伽噺の竜や、ゲームに出てくる魔王を倒す伝説の武器には剣が用いられる事が多い。実際無骨なあの特大剣も命を磨り潰すには適切な形をしているし、ヒカリが扱う魔砲剣も驚異的と言えるだろう。
ただ敵を倒すための武器に剣とこだわる理由は無いと思う。命を奪えるのならば槍でも斧でも短剣でも鎌でも、何なら僕は自分の体で敵を殺すし。
手を伸ばす。
死ぬ度にどんどん幼く、成長は衰える体になっているが、まぁ戦うには不利と言っただけで無理ではない。
手の甲まで伸びる魔刻の印に、この腕が操るアレンが築き上げた生壊術という武術。
破壊魔法は竜の甲殻に敵わなかったが、生壊術で竜を滅せ無いかという命題を己に投げかけると魔砲剣や魂鋼で出来た短剣のような微妙な違和感が生まれる……つまり、絶対に不可能ではなく、的外れなアプローチのかけ方では無いという事だ。
靴とソックスを脱いで、湿っぽい地面を転ばないようペタペタと踏みしめながら浅い川に立つ。陽光を反射し、少し熱を持つ体が足元から冷やされて気持ちが良い。
こうしてみると水という存在は便利で有難い存在だ。飲み水に、料理、炊事洗濯、風呂場やトイレといった水場にも必須。
ただ水が脅威と化すのも僕はよく知っている。扱いを誤ってしまえばすぐに牙を向く炎よりは目立たないが、前回イルを追って飛び込んだ滝壺の圧は強く、魔法が使えなければ窒息死していた可能性が高い。悪天候による津波から、梅雨に見られる些細な湿気の多さからくる不便など扱いようによっては利にも損にもなる典型だ。
《氷柱》
不要とわかっていながら詠唱を行い、水を足元から汲み上げて一本の槍を生成する。
人間が遠距離攻撃の魔法にと扱うものは大概周辺から水分を集めたり、魔力を多少変換して生み出す氷柱や、土を槍状に抉り出して飛ばすものになる。炎は意図しない災害が恐ろしいし、風は十分な威力を生み出すためにはある程度の重量がある武器を素振りなどして下準備を行った方が効果的。何時でも、どこでも、となったら土か水に落ち着く。
ただ水がそれだけ脅威と知りながら、直接的な殺傷力を持った水の魔法は今まで見たことが無い。物理的な効果を求める場合液体ではなく、分子の動きを押さえ冷凍し氷に変化させた方が理にかなっているからだ。
違和感が、生じる。人が扱える殺傷力のある水は存在しなかっただろうか?
氷柱を融解させ、本来槍状に固められる水をそのまま魔力で固めて振り回す。
不安定に宙を切り、地面へと叩きつけたら大した感覚も無くばしゃんと爆ぜる。これではまるで武器になどならない。
《水柱》
クジラの潮吹きや、間欠泉をイメージして川から水柱を魔法で立たせる。
勢いを持って吹き上げられた水柱は二メートルほど川から聳え立ち、手を入れてみたところ根元の方は結構勢いが凄いものの末端はシャワーや霧吹き程度まで衰えてしまう。
詠唱を行ってこれか。結構水の量に、限界まで時間単位に出力できる限界の魔力を注ぎ込んでみたがこれでは竜どころか林の中で戦う犬相手にも実用的な効果は厳しいだろう。
けれど、方向性がどこか間違っていない確信を持てるのは何故だろうか。
魔砲剣の最低限にしか視覚的に感じる事の出来ない様子に、反して扱う人間には生半可な制御を行えば身を滅ぼしてしまう反動。
見た目が全てではない、形に囚われてはいけない。
水柱の末端が児戯に等しい様子は、魔法を扱う際気に掛ける距離による濃度減衰と似たようなものではないか?
水を扱った魔法に、生壊術のような武術を組み合わせた場合、破壊魔法のように条件付きながらも絶大で、距離減衰どころか源泉の違う魔力同士が反発し合う性質すら無視、利用できるのではないか?
今ここに居る僕。川の中で立っている己は、穏やかに流れる小川を邪魔する投げ込まれた石のような異物であり、水流により身を削られ滅びる存在では無いのだろうか?
集中し集まった意識が霧散していく。何時か苗床を破壊した強力過ぎる霧吹きの様に、役目を終えて。
《アメ降って、血固まる》
水刃。
異物が唱える、異常を経つための刃。
構えた手刀を包むように細かく、大気の塵を混ぜながら高速で噴出される霧状の水。
有効射程は恐らく二センチも無いだろう。ただ扱う魔力も相応に少なく、水分も僅かなうえ末端で大気へ消えゆく水分は再び手刀に纏わり刃と成る。
ここまで短い射程ならば当然魔力の距離減衰等気にする必要無い、魔力反発も現象が発生するよりも早く勝手に水刃を構成する魔力は散り、残るのは肌から射出されるよう飛び出した物理的な殺傷力だけを秘めた水達だけ。
ウォータージェットだっけ。前世で確か似たような技術があった気がする。
「手に入れた、かも知れない。
竜を殺すために必要な、僕のための伝説の武器」
木々や岩石をまるで構えた手刀に触れる前で易々と切り裂く水刃を見て、僕は吸うようなため息を吐いたのだった。
- 伝説の剣 終わり -




