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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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223.代償

「え、なんですかこの置物。えっ、なんかキノコ生えてるんですけどこれ洋服ですよね?」


 何故か今日はシィルの部屋の掃除を手伝わされている僕。

 もう二度とメイド服は着ないと思っていたが、まぁ雑務しかせず汚れる仕事ならばとクローゼットから引っ張り出して来てみたが、その選択が良かったのか悪かったのかここは戦場だ。

 一言で言ってしまえば汚部屋に分類され、厳密に表現するのであれば本人曰く適切な場所に物を保管している雑多な部屋で……それが手に負えなくなったため人手が欲しいとの事で僕が駆り出された。

 正直巣のように寝床と思われるスペースが空いている事を見た時点で帰りたかった。でも。


「他のメイドの子なんかが触ったら危険な物があるからね、アメが丁度いいんだよ」


「じゃあカレット寄越すんで帰らせてください」


「カレットちゃん一つ一つ興味津々にして作業進まなそうじゃん」


「……」


 カレット自身の部屋の片づけの際、荷物の思い出に浸り全然手が進まない彼女の様子が明細に思い描いてしまい、返す言葉を見失った点で僕の敗北は喫した。

 ちなみに彼女の尊厳に関わる事なので宣言しておくが、別にカレット自身の部屋は物こそ多い物の誰が見ても丁寧に管理されている。



「……居なくなるんですか?」


「どしたの」


 思わず手を止めてシィルに尋ねると、彼女は手を止めないどころか視線すら混じらわせずに適当に手を動かし続けている。


「大きな敵も居なくなって、人の出も多い。

シィルさんにしては退屈な家になったのでは、そう思っている時にようやく部屋を片付けると言うので」


「まぁそう受け取られちゃうかー仕方ないよねー」


 何事でも無いように囀りながらガチャガチャと不穏な音を手元で立てる。


「当然考えたよ」


「考えたんかい」


 こう、言葉の流れというかそういうものを守って欲しい。


「楽しく戦える相手も居ないし、新しい出会いも少ないし。

でもさ、あたしだってもういい歳で、そろそろ安定した職が欲しくてそれを隊長なんて格好つけてくれる家があるって言うのなら悩むよね。当然だね」


 そこで世界の真理に気付いたようにはっと目を丸くして、にやにやと笑いながら続きを語るシィル。


「ま、たまには帰って来るさ。家も人も気に入っているし、冒険者稼業も再開しようかなぁと」


「……結局出ていくんですね」


「アメちゃん達と似たようなもんだよ。ここは家で、仕事は冒険者。必要なら家の手伝いだっていくらでもするさ。

まずは部屋を留守にする事が多いから自室の整理からしないとね」


 そこからしばらくは無言でお互いに手を動かす。

 ゴミはゴミ袋に、価値がありそうなものは保留スペース、危険物は別でまとめて。


「アメこそどうしたんだい?」


「何がですか」


「普段ならこんなくだらない仕事、適当に耳障りの良い言い訳で逃げていく癖に引き受けてくれるだなんて。

まさかあたしにそんなこと聞きたかっただけじゃ無いだろうし」


 思わず逃げたかった、そう口にしようとして止まる。

 自分が望んで歩んでいる道程、例え道中に望ましくない石が落ちていても逃げたい、そう表現するのは何か間違っている気がして。


「ボスを倒す伝説の武器が見つからなくて」


「にゃるほどなー」


 悩んだ末に冗談にも聞こえる言葉しか出てこなかった。

 ずっとずっと探してきた。

 竜の外殻を貫ける武器を。魂鋼製の武器や、魔砲剣は必ず効果がある。

 でもそれ以外に何かが欲しかった。ヒカリの魔砲剣は素材が優秀なため本来必要とされる安全性を保つ魔砲機構の一部を取り外したり、刀身部分を削る事で余剰の魂鋼を出す事も考えたが、その余った魂鋼で実際自分が魂鋼製のナイフでも持って戦う事をイメージしてもどこかしっくりこない。

 魔砲剣や雷といった遠距離手段は更に望むものから離れる気がする。破壊魔法はかなり近しいと思われるのだが、いろいろ工夫してみても竜信仰者から提供された甲殻を破壊するに至れていない。

 多分忘我魔法の時と同じ。既に手がかりは十分手元にあって、あとはゴールだけが見つからない状態。

 ただそのゴールも、今まで十分に時間を費やしてきたので期限を設けられてしまった。夏まで。

 今は春だが、夏の始まりから終わりなのかさっぱりわからないが、現状どれだけ頭を悩ませても打破できる様子が無く、こうして気分転換にシィルの手伝いを請け負ったのだ。


「攻めて守れる我らが姫様に全部任せちゃうのは違うんだよね」


「はい」


「伝説のなんて遠い存在じゃなくて、もっと身近な物で代用できないか考えてみたら?」


 意外と真面目に聞いてくれていた現実に、思わず深く協力を求めようとした所シィルの手が止まる。


「――やっと見つけた」


 シィルが指先で掴むのはチュッチュと鳴くネズミ。


「ひぃっ!」


「あれ、アメってばネズミ苦手だっけ?」


「……以前は大丈夫だったんですけど、最近小さい生き物がちょっと怖くて」


 虫とか鳥も結構怖い。

 郊外で過ごしている時は大丈夫なのだが、日常でそういった存在が近くに居ると何かの拍子で殺してしまわないか気が気じゃないのだろう。

 今更無用な殺生の一つや二つが何だというのに自分でも理屈がわかっていない。


「不思議なもんだ。

なんにせよ目当ての物は見つけたし外に出ようか、懐かしい気配がする」


 僕が見つけなくて本当に良かった。




「ほら、行っておいでー。

もうあたしがあんたの面倒見ている余裕は無いからさ」


 肩に大人しく乗っていたネズミはちょろちょろと地面に降りると、まるで別れを惜しむようにシィルを一度、二度振り向いて、もう振り向かず駆け出し始めた。


「はぁ。何度経験しても別れってのはつらいものだ。

でもアイツにゃアイツの人生ってものがある、もうあたしと同じ道は歩けないのさ」


「なんか感動に浸っているようですがいいんですか?」


「何が?」


「あの方向屋敷の敷地内というか、ソシレの小屋がある場所なんですけど」


「あのワンちゃんネズミ食べないでしょ」


「今の時間帯野良猫のたまり場になっているんです」


「……」


 一瞬本気で忘れていた、と動揺の感情を表情に溢れさせて、すぐさま何事も無かったかのように振る舞うシィル。意外な一面が見られた気がする。


「……まぁそれも自然の摂理ってやつさ。自分で選んだ道が敵だらけでも、望んで進んだのだからアイツは後悔しないはずだ」


 リーン家の息がかかっている人間ならばそうかもしれないが、僕が今日初めて存在を知ったネズミはどうなるのだろう。


「と、本当に来たね。あたしの勘もまだまだ鈍っていないのか、それとも赤い糸で結ばれているのか」


 視界を正門に向ければ、遠くから一人の女性がこちらに向かって来ていて。その記憶とは違う様子に僕は思わず駆け出していた。


「ルナリアさんっ!」


「アメ、ははっ! どうしたんだいその姿は。

ただでさえ瞳も髪の毛も青いんだからさ、肌まで青く刻まなくても。

話には聞いているけどそれってだいぶ酷いんだろう? よくもまぁ全身に、あぁ目だけじゃなくて耳もやってしまったのかい。ふふっ、目の色も変わってる」


 楽し気にルナリアは僕を片手でこね回すよう観察し、こちらが何かを言う間もなくまくし立てる。


「ルナリア。久しぶりだねぃ、右腕はどうしたんだい?」


 そう、なのだ。

 不自然に右腕だけ外套をかけており、明らかにあるべきものがその場所に存在しないのが隠されていてもわかる。


「一人で居眠りしたら熊に食われたよ」


「そりゃ永眠しなくてよかったな。どれぐらいかかりそうだい?」


「このペースだと一年半かなぁ。

私自身何時も見ているからか特に何も思わないんだけれど、治している最中の腕はちょっと不格好でね」


 まるで片腕を失ったことに苦しんでいる様子なんてなくルナリアは外套を揺らす。


「やっぱり厳しいですか?」


「まぁ最初はね。でも今じゃ利き腕も変えられたし、何より足で色々とできるようになった。

重心の変化や、片腕しかない世界ってのも悪くは無いよ」


 負傷したのであればそろそろ隠居を。

 そんな言葉が喉まで出たが彼女の様子を見る限りこれからも冒険者として生きていくのだろう。


「ほら、器用なものだろう?」


 庭にある長椅子に座り、荷物から取り出した櫛をソックスを脱いだ足で挟み、まるで猫のように髪を梳くルナリア。

 若干はしたない気もしたが、両腕が無くなってしまえばそうするしかないし、何時か僕もこのような姿になる可能性が十分にあることを考えたら負の感情を抱くのは間違いだと確信できた。

 だから素直に笑う事にする。まるで芸を見せるように嬉々とし髪を手入れするルナリアの姿を彼女が望むように。


「あぁそうだ、今日は礼を言いに来たんだった」


「……何のですか?」


 ヘアピンを口で挟み、片足を椅子に乗せたまま髪を纏めながらも真摯な目でシィルではなくこちらを見て来るルナリア。


「私の失態から始まった負の連鎖。その円環からテイル家を解き放ってくれて」


 まるで……リーン家ではなく、テイル家が救われたように微笑む彼女に目を疑う。

 そうであるはずがないのに、そうとしか思えない様子で。どうして、そんな価値観を持っているのか。僕には到底理解できなくて。


「……まだすべてが終わったわけじゃないです、両家にとって良い終わり方でも無いですし」


「それでもだよ」


「そう言い続けるのであればご自身の姪に伝えたらどうですか」


 姪という単語でこれは堪らないとルナリアは目をキュッと結んで笑い、その様子にあたしまでダメージが来るからとシィルも苦笑いする。

 ……ちなみに僕も結構年齢に関しては思うところがある。友人が幼馴染を産んだり、その姉にはヒカリが姪という立場で、何より僕はあなた方より実年齢が高い。


「あの子に直接告げるのはダメだ、真剣になり過ぎる。

あの子の友であるアメにこうして礼を告げるぐらいが丁度いい」


 何が丁度いいのかまるでわからず、僕は黙って話を聞く。


「ありがとう」


「はい」


「……さて、次に挨拶するのはと思ったけど、その本人が直接向かって来たようだね。

シィルもそうだけど、どうして私の来訪は予期されるのか……臭う?」


 騒々しく小走りで駆け寄って来る妹にルナリアは笑う。

 片腕が無い状態を心配するカナリアを片手で豪快に抱きしめ、ひとしきり振り回した頃合いにカナリアが指摘したのは腕の事ではなく最後に体を洗った日の事だった。


 その日ルナリアの体は隅々までカナリアが洗い、怪我を負ったのだから当分ゆっくりするようにという言葉をルナリアは笑顔で受け止め……その翌朝には皆の期待を裏切らずに脱走していた。今回はシィルも同時に姿を暗ましていたのでもう皆話題にする事すら避け、ただ副隊長のツバサの胃腸を心配していた。



- 代償 終わり -

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