221.メメント・モリ
雪溶け、春が訪れても目下僕達を悩ませている問題が崩れる事は無かった。
「レイノアからの定期的な連絡は……俄然変化がありませんね」
「タダで甘い蜜を吸っているわけでは無いのでしょうけど、これ以上彼に期待しても無駄でしょうね」
魂鋼の捜索。
僕とヒカリが再会を果たしたタイミングから数えて良いのであればもうほぼ四年継続して行っているにもかかわらず、結局盾一枚分の魂鋼しか見つける事が出来ていない。
その唯一の入手手段であった国は、以前テイル家関連で連絡を取り合っている際『何でもやるので魂鋼持ってたらください』と告げたら『所持の有無は明かさないがこれ以上国を頼れば、お前達の復讐はお前達だけで済まされたと言えるのだろうかな』と多分幼姫直筆の文章が返ってきた。実際これに関しては実利より精神的な物が大きいと思っているので、そうして突っぱねてくれるのは正直助かった所。
「もう四年ですからね。三都市に加え、細かな村や集落を含めようとももはや国内に存在していない可能性も高そうですね」
パラパラと溜まった資料を捲るシュバルツの姿も、出会った当初から比べて見れば随分と成長したものだ。
まったく、まるで身長の伸びない僕も見習ってほしいものだ。どう見ても百五十無い、成長期って幾つまでだコラ。
「んーここまで来たら、例の心当たり探るしかないか」
ヒカリがぼそりと呟いた言葉に、シュバルツは不審気に目を細める。
「んーまぁ、仕方ないかぁ。
そもそもまだあるかわからないし、無かったら僕の攻撃手段含め同時に探さないといけないといけなくなるから有無を確かめるなら早く動いた方がいいだろうね」
「アメがそう言うのなら」
「つまりどういう事?」
小首を傾げるカレットに、ヒカリは良いものでも思いついたと人差し指を立てる。
「ピクニックしましょう」
- メメント・モリ 始まり -
まぁ実際の所ピクニックなんて可愛らしいものじゃないのだが。
一週間以上北に向かい、野営はもちろん町から離れる事でウェストハウンドの生息地どころか偽竜の住処まで押し入る羽目になる。
ただテイル家が存在していた今まで、気軽にこうして野営をできなかったヒカリにとってはそんな道程はピクニックのような物なのだろう。
シュバルツも仕事をシャルラハローテに頼み、何時もの四人で特に気負う必要のない様子で足を運んだ。
「やっぱこの辺は人の手が入るのも随分あとなんだろうねぇ……偽竜って難しい存在か」
普通の獣より強くて、ついでに素材も特筆する価値があるわけでもない。
そもそも曲がりなりにも竜の名を冠し、爬虫類という存在は竜に似ているだけで恐怖を抱かれない生命だ。物理的だけではなく、精神的にでもレイニスの北に作り上げた村より更に北へ開拓を伸ばすのは厳しいのだろう。
さっきもカレットが調子に乗り、適当に剣で姿を隠して攻撃を防ごうとしたら横から回り込まされた尻尾が横っ腹から反対側まで貫通して死にかけていた。
繰り返されていたテイル家との戦闘で自信を得たのか、以前話したここよりもっと東側に居る隠風型偽竜の話を聞いていたから油断でもしていたのか。
本人も反省していたし、僕達も強く注意したので二度目は無いが、一般的に命は一個しか無いと言われている。何かあってからでは当人にとって遅いのだ。
「あーやばい、方向見失ったかも」
「大丈夫、このままで合ってる」
「ヒカリは記憶力いいね」
「私にとっては数年前の記憶だから」
そう言えばそうだったと道案内を任せ、僕達は周囲を警戒しつつそろそろ近いだろう目的地を探す。
「……在った」
その言葉に視線を向けると僕達は言葉を失う。
周囲を綾なしている桜のような木々。以前訪れた時は冬で開花時期ではなかったからか、一面真っ白の雪景色から変わり舞い散る花びらにより地面まで桜色に染まる中でも、目立つよう一回りほど大きい立派な木が聳え立っていた。
――自然には不釣り合いなほどの青白い一本の武器を地面にあの日から突き刺したままで。
「幼馴染の墓標には荘厳過ぎるね」
「ならさっさと抜いて帰ろう……あれ、意外と深く刺さっている上、木の根が絡まってるのかな」
風情のふの字も無く引き抜こうとするヒカリが苦戦しているため、僕も手を貸して二人で目印にと突き刺さっている武器を抜き去る。
共に掲げたのは一本の槍。陽光を透かすように煌き、思い出のあの日から何も変わっていないと錯覚させるほど素材に劣化が見えない魂鋼製の武器。
「やり?」
「半分はね」
カレットの問いに答えるため、僕は魔力を流し込んで武器を変形させる。
その名も変形槍。グレイブ状から、大鎌に変形する魔道具。
「……ロマンしか詰まっていないな」
「実用性も二割ぐらいはあった気がするよ」
その実用性の部分、槍でも大鎌でも無い収納用のコンパクトにまとめた形態に変化させて僕は荷物にしまう。
槍と言えどかなり無駄な部分を省いていたので量に懸念があったが、どうやら魔砲剣一本作る程度なら変形機構が良い感じに流用できそうだ。
「貰っていくね、ルゥ」
出来れば思い出のままで、墓標のままで、過去には頼らず。
色々な言葉が沸き上がり、飲み込んでそれだけを告げて木から離れる。
「……っ。
名前、刻んでいたんですか」
シュバルツが感嘆に声を漏らし、墓を踏み荒らさないようにか慎重に近づくと木へ手を添えてそこに刻まれている文字を読み上げる。
「"ルゥ"そして"フルートの夫"……」
一瞬だけ感傷に浸るよう目を閉じて、再び開けた瞬間はシュバルツにしては珍しいとも言えるほど白眼視らしさが無くなっていて、そのまま優しく刻まれた文字を撫でると木に背を向け僕達と並ぶため歩き出す。
「もういいの?」
ヒカリがそんな言葉を彼に届けた。
「えぇ、俺には過ぎた出会いですから」
シュバルツは己が主の双眼を見据えて微笑んだ。
- メメント・モリ 終わり -




