220.虚ろは現に成り代わる
テイル家との決戦の処理は冬の間に済まされた。
今まで貴族間の戦闘は人目が少ない場所で行い、決して部外者を巻き込む事は無かったが今回は仕掛けられた場所が場所だったため国が仲介役として出てきた。
発展都市レイニスから僅かな距離、それも街道の破壊や死肉により汚してしまったせいで民間からの苦情も強く、リーン家は召集帰りに襲われたところ応戦しただけと表明した所、テイル家は素直に自分達に非があったことを認めた。
そして戦果がどうなったか……実際にあった戦力比で、どちらが勝利を手にしたのかという情報を得た途端国は中立からリーン家側につくことを決めたようで、国から貴族間争いの被害はテイル家に問題があり、自衛を目的にしない大規模な戦力の保有の禁止、及び今後年に一度ある召集にテイル家を呼ぶことは無いという声明まで出した。歴史は勝者が刻むというが、今回リーン家としては別に相手が一概に悪いと言い切るつもりは無いので、勝手に国がテイル家をまるで悪のように扱う対応はどこか釈然としない。
何はともあれテイル家との長い争いはこうして終止符を打たれることになった。
数で勝った上不意打ちをしたにも関わらずユリアンどころか最前線にいたヒカリの命すら奪えていないので、貴族間に存在していた信頼も没落。国の指示を無視してまで兵を集めるような資金力ももう貯められないだろうし、何より勝てない軍に兵は集まらないため今後テイル家は竜信仰者同様敵対勢力として数えなくて良いのだろう。私怨により寝首を掻かれないかは当然今後心配していかなければならないが。
「歴史ある家の終わり、ね。
もし私かお父様の命が無ければ、国が加担する家も違い我々が悪で貴族としての終わりを意味する可能性があったと考えると怖いものがあるわね」
全くもって同意見だ。
今まで好きに動かせておいて、一線を超えてしまったら利を重視し片方を切り捨てる判断。もはや明確な敵は存在しないものの、次に戦うとしたら国そのものが相手になるのかも知れないと嫌な想像まで掻き立てる。
今後良くも悪くも不必要に目立たない事は大切なことなのだと深く理解させる流れだった。
「ここも空き部屋だったわね……」
シャルラハローテがシュバルツの秘書に移った今、午前に行うメイド業はクローディアと二人。そして今過ぎ去る扉の前で彼女はぽつりと呟く。
先の戦結果として勝ったのはリーン家だったが、亡くなった兵の数は今までの小競り合いで失ったものとほぼ同数まで上がる。
空き部屋が唐突に生まれ処理に困り、また今後空いた部屋が埋まる事も無いのだろう。テイル家が敵として居なくなった今、リーン家が保有する兵の数は他の貴族と同等に抑える方が無用な混乱を招かずに済む。
そして減った兵の分だけ使用人も減る。唐突に解雇等は必要無いが、徐々に他の仕事を紹介し新しい職場へと人員を移動せねば採算が取れなくなってしまう。
まだ人材移動が済むには時間がかかるだろうが、こうして僕やカレットが使用人の手伝いをする日はすぐ訪れなくなるだろう。リーン家から血の匂いが薄れたのは好ましいが、屋敷に慣れたり僅かながら金を稼ぐ手段が無くなるというのは今までの生活が変わる事もあってか寂しいというのが本音だ。さいわいと言うべきか僕が特別親しい人は誰も犠牲にならなかったので、他の人より喪失感が少ないという身勝手な幸せが胸に満ちているのは悪くない。
平穏が増え、親衛隊と使用人に所属しているカレットにも当然休暇が増える。
彼女はよく空いている時間を色々な人とコミュニケーションを取ったり、読書に費やしている。
「今日の本はどうだった?」
昔の習慣が残っているのか、カレットの手により整えられた髪質の良い長い頭髪を撫でながら尋ねる。
「普通」
カレットはいつも何かを探している。
彼女が言うにはそれは「心」だという。
けれど僕には、どうみても「自分らしさ」を探しているようにしか見えない。
「でも主人公が食べていた肉詰めは美味しそうだった」
僕が幼い頃……この世界に来て初めの頃もアイデンティティを得るためにいろいろな仕事を手伝っていたのを思い出した。
気づけばそれを意識することはなくなっていて、狩りをして命懸けの戦いの中で僕はそれを見つけたのだろう。
だから僕は彼女にこう言いたいと思う、それを探している自分も自分らしさに入ることを。
だから僕は彼女に何も言わない、言葉で伝えてもきっと伝わらない、自分でそれに気づいてほしいから。
「いつか食べてみたい……」
「たまに昼食に並んでいるよ」
「うそ……」
文章と実際に見て味わう食事は彼女にとって別の枠組みだったのだろう。
本気で驚いている様子のカレットに僕達は三人で思わず笑みを零す。
守るべき人、帰るべき場所があると思った。そしてそれを確立するためにはあと一歩必要だとも。
- 虚ろは現に成り代わる 終わり -




