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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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219.灰は灰に

 一人の少女が居た。

 まだ十になったばかりだろう少女。

 髪は銀色で、瞳は赤く、肌は人形のように透き通り仄かに染まり。

 成人男性の胸にも届かないちっぽけな彼女は、その容姿に相応しい鍛えても中々肉の付かない細い腕で巨大な剣を振るう。


「づあぁ――!!」


 まるで悲鳴を上げるように声を発し、敵群を散らすため特大剣に振り回されるよう二度回転を行う。

 一人の男の武器が退避に遅れたのか巻き込まれ砕け、別の敵が振り終えた隙を狙うが唯一の仲間である同胞であったはずの男の刃に押し返される。

 自分を守ってくれた友人、それに一々相手をしていられないと判断したのか漏れていく敵兵達。あの程度の数ならばきっと二人は大丈夫だとカレットは判断し、再び武器を振るうために全身へと力を入れて襲い来る苦痛へと備える。


 敵一人を狙い距離を詰めた勢いをそのままに切り上げる。


 ――少女は己に問う。何故このような戦場に自身は居るのかと。


 頭上まで持ち上げた特大剣を地面に触れないよう斜めに振り下ろす。


 ――数年前までは人形だったのに。ただ自身の所有者が望むよう、可愛らしい存在で在ろうとした。


 振り下ろした刃は後方へと体を引っ張りそうになり、それを押さえつつ大きく後方から弧を描いて体を宙で回転させて刃を振り下ろす。


 ――そこには暴力など無かった。血が出る痛みも、土の味も、死の恐怖も。


 ドスンと地に叩きつけられた特大剣が仕手の手を痺れさせる。

 少女は慣れ親しんだその痛みに堪え、反動で浮いた体を剣の前へと移動し隙だと思い近づいてきた敵をもう一度無様に武器を振り上げ、ただ重量に任せ落として叩き潰す。


 ――気づけば住む場所が変わっていた。育て親と名乗る自身とあまり年齢も身長も変わらない少女に元来備えていた器に心を吹き込まれ、世界には争い含めて楽しいものばかりだと気付かされた。


 ぐちゃりと肉を潰す音に、今度こそ地面にめり込んだ剣に隙を見せるカレット。

 土で出来た魔剣は振動でかひび割れ、崩壊した直後に周囲の敵へと散弾のように襲い掛かる。


 ――カレットはカレットなりにお礼がしたかった。育て親であるアメに世界を教えてくれたありがとうと。


 間近で敵と肉薄していたシュバルツはその攻撃を予期し、敵を盾にし破片が背中に刺さった直後怯んだ相手の喉元へと刃を突き立てる。

 昔馴染みの顔がもはや何も見えていない事に気付くと、死体を蹴り離しカレットへと近づく陰へと雷を撃ちながら自身へと近づく二つの陰から一旦離れるため腕からチェーンを木に伸ばして位置を調整する。


 ――心が生まれたばかりの少女は、目の前に居る存在を模倣しようとした。使用人の仕事をしているのであれば自分もメイドになろう、その育て親が戦っているのであれば自身も戦えるようになろうと。


 迫りくる敵はカレットが柄だけで振り上げた魔道具に疑問を覚え、遅れながらも宙で土を集め特大剣を生成し鈍重な武器を振り下ろすだけで良い攻撃に体を削られる。


 ――命を張るという行為がどんなものかまだ知っていない心で、アメに対しての気持ちの整理も付かず己の衝動に身を委ねて。その行為が人として自然だと、異常ではないと勝手に盲信し。不器用にもそれ以外の選択肢を知らなかったのだ。


 二つの刃が命を狙う。

 カレットは一つを魔力で保護した手のひらで逸らし、もう一つ対応できなかった刃はシュバルツが縮地で距離を詰めて肉に刃を沈める事で防ぐ。

 突き立てられた剣を抜き去り、敵を蹴り飛ばし、カレットに接近している相手を見様見真似の夢幻舞踏で痺れさせると、身動きが取れなくなった相手をカレットはゆっくりと魔剣を振り上げて潰す。


 不用意に近づけば挽肉にされる。距離を詰め切っても群がる前に引き剥がされる。

 敵の半分はテイル家で鍛えられた立派な兵だったが、もう半分はならず者風情を急ごしらえで雇った中途半端な戦力だった。

 理論上は勝てると知っていながら、二人相手に死んでいく仲間たちに敵は慄き遠距離で安全に余力を削る事にしたようだ。


「あとどれぐらい活動できる?」


 魔法を迎撃しながらシュバルツは特大剣を壁にして休息を取っているカレットに尋ねる。


「……もうとっくにげんかい過ぎてる」


 極限状態、あるいは内心燃えゆる心が通常以上の魔力を引き出しているのだろう。

 カレットは肩で息をしながらも魔力で維持している特大剣を欠けさせる事なく敵の遠距離攻撃が止むのをただ待っている。


「ふんっ!!」


「――っ!」


 飛び交う魔法の中詰め寄ってきた敵の手斧がカレットの肩に突き刺さり、咄嗟に引き抜いた短剣が敵の間接部へと抉り込む。

 痛み分けで追撃しようとした行動はカレットが早く、膝を蹴り上げると股間を潰された相手の足元を器用に掬い、壁にしていた魔剣を引き抜くと体の中心へと沈ませる。

 特大剣という得物を扱う際、極至近距離が弱いという事で徒手格闘をアメに習っていて良かったと、盾にしていた壁を失い、魔力防壁を超えて体へと刺さる魔法に堪えながら実感する。

 死体に突き刺したままの特大剣に再び身を隠し、遠距離魔法を飛ばして来る相手へと適当に補足し手斧を投擲しながら地中から迫り来ていた土魔法を相殺する。

 少し、特大剣の刃が欠けた。


「くそっ」


 飛び交う魔法の中、回避と相殺を繰り返し、隙あらば近寄ろうとする敵を散らしているシュバルツの片腕に土の槍が突き刺さり、もう片手で迎撃していた短剣が手から離れる。

 即座に槍を引き抜き、傷は深いながらも腕が動かせることを確認し、満足に動く空いた片手へと短剣を移動させるとカレットが自身の短剣を投げ渡す。


「使って」


「助かる――っ!!」


 受け取ると同時に二人の敵へと肉薄され距離を離していくシュバルツに、カレットは自身を守る短剣も仲間も無くなった事を知り鞭を打つよう体を引き上げ特大剣の柄を握る。

 できるのであればもう少し相手の魔力を無駄に消耗させたかったが、相棒が離れた今それも難しいだろう。不利な間合いに、劣る体格へ付け込まれ命奪われる未来は容易く想像できる。

 弾幕が途切れ、こちらへと敵が近づいてくる絶妙なタイミングを見測ろう……そう息を潜めていたタイミングで二つのこちらへ近づく気配を察知した。シュバルツを仕留め、敵二人が帰ってくるのには大きな気配。


 血塗れで、それでも逃げている時よりも生気を満ち溢れさせている二人の少女に、カレットは安堵の息を吐いた。



- 灰は灰に 始まり -



「おそいよ」


「来るのが?」


「決めるのがだよ、ばか」


 全くだ。

 気づけば見失っていた僕達の本質。

 心持ちが曖昧なせいで忘れていただけで、決して失っていたわけではないので取り戻すにはそう時間は必要無かったはずだ。


「……シュバルツは?」


「大丈夫、助けてあるわ。この場は私達に任せなさい」


 不安気に尋ねるカレットにヒカリは微笑む。


 カレット達が漏らし、追ってきた敵は既に皆殺しにしている。

 ウサギを追っていたのかと思えば、そのウサギが唐突に無茶な人数差に反転し首を撥ね始めたのだ。意表を衝けたからかだいぶ手早く事を済ませられた。

 ここにもイルは居ない事と、幾つかの死体を確認しながら僕達へと向けられる遠距離魔法を迎撃していると、察知できなかったのか風魔法が軽く肩に傷をつけて来る。


 肩を抉った痛みを実感すると僕を楽しくなってしまった。

 死ぬかもしれない、でも今はまだ生きているんだって。

 他者を傷つけるその本質の一部、今その真髄に対峙している相手を向かわせている実感。これだから戦いはやめられない、血の流れない人生なんて物足りない。

 僕にもっと争いを、傷を、痛みを、咎を、怨嗟を、罪を――死を!!


「ははっ!!」


 未だ残る大勢の敵を前にして体が震え、乾いた笑いが込み上げる。


「アメ、またどうかしちゃった?」


「違うよ、既にどうかしていたから笑っているんだ」


 一度目を伏せて、深呼吸をする。

 まだ、口角は自然と上がってしまった。


「正気で人を殺せるかよ」


「違いない」


 先ほど既に同数以上殺してきたと、僕達は躊躇わずに二人で敵の集団に切り込んだ。





「随分とこの短期間で腕を上げましたね」


「くっ!」


 以前はルナリアがイル本体を押さえ、ヨゾラがその補助に入っていたが今回はココロが正面からヨゾラと共にイルとぶつかり合っている。


「おまたせ」


「アメさん!? 何故ここにっ!!」


 僕の声に思わず反応してか、隙を見せたココロとイルの間にヨゾラが割り込み、全身に負っている傷から血液を散らしながらも槍を薙いで距離を作る。

 アレン、ココロ、ヨゾラ。三人とも虫の息だが存命だ。

 残っている兵で三名をすぐに潰そうとした敵の合間にヒカリが入り込み、最大の目標である彼女を狙うため咄嗟に訓練が足りていない敵が群がる。


《奇跡を紡ぎ》


 詠唱を歌い、歌は刃へ魔法として乗る。


《想いを連ね》


 一人、二人目今爆ぜた。

 万全だっただろうに、成す術も無く体内へ刺し込まれた刃が爆発で肉を喰らう。


《理想を重ね》


 多くの人々にとって爆発は忌み嫌う事象だ。

 以前の竜害然り……先ほどの爆発然り。


《――飛べ、羽虫が》


 群がる敵に爆発する刃を振り下ろす際、確かにヒカリは嗤った。

 ルゥが僕をいたぶる時のような、嫌らしい笑みを、確かに吹き飛び死に逝く敵共に手向けたのだ。


「……どうしてあなたは、周りも自分も傷ついている戦闘の渦中で、そんな笑顔を浮かべていられるの?」


 止まった時間、爆ぜて死んだ肉体のみが動く中で、イルが咄嗟に刃を抜いてヒカリと鍔迫り合う。


「どうして? どうして、ねぇ。私からしてみれば皆に尋ねて周りたいほどだわ『ねぇ、どうして笑わないの?』って」


「狂っている、の……?」


「そうかもしれない。けれど誰もが一部でも共感しているものだと私は思っている。

強敵と戦う時に湧き上がるこの感情。今まで積み上げてきた努力が全て否定され、負けて、死ぬかもしれない。そう考えると私は笑みを浮かべずにはいられない、その無慈悲で残酷な摂理がこの身に降りかかると想像したのなら、その不幸を味わえる幸運を、不条理の最中抗い続けることができる自分を想像すれば笑みなど殺せない。

天才と謳われる自分が苦戦するほどの相手に勝てるかもしれない希望。努力の肯定、勝って、殺して。それでも同じ、私は笑う。飛び越えることの難しいハードルを超える事のできた充足感がそこにあるのなら、そうした期待で私は笑う。

一方的に蹂躙できる相手もそう。人ってそうしてできているの、他者をなぎ払い、自身の優位性を示すことのできる出来事は、自身に自信、満足感、あるいはただの愉悦を覚えさせる。人は傲慢の罪と称し戒めるけれど、欲望を否定しきることこそ人が成し得る最大の罪に他ならない。欲望こそが、人を前に進ませることができるのだから」


「……悔しいことに全てとは言わずとも、あなたが言っていることの中に幾つかの正しさが存在していることは事実。

でも私には笑うことなど到底叶いそうにない。積み上げてきたものが今壊されるかもしれない、周りの期待に背くかもしれない。

敗北は、死は目的を、私自身の目的をけっして手の届かない場所まで遠ざけてしまう。笑うなんてありえない、それどころか今にも震えそうな体を抑えることで精一杯で」


「それも一つの正しさなのかもしれない。現に私が殺そうとして殺せない数少ない人間にあなたは分類される。もしその臆病さがあなたの力になっているのであれば、こうして剣戟を重ねる度私は更に見識を広げられる……更に高みへと登ることができるっ!」


 今の今まで、死なないけれど殺せないという均衡をイルとの間で保っていたヒカリが、自ら態勢を崩してでも攻勢に打って出る。

 それに対応できず、思わず後手後手に回りながら交戦する隊長が危ういと思ったのか、敵側の兵が台風の目に飛び込む覚悟で近寄り、僕も仲間の内で真っ先に動いて近寄る。

 避けて、振り払い、それでも敵の数が多くて。

 腹部に背中まで貫かれた一本の剣、痛みに堪え、傷を広げられ抜かれる前に仕手の手を蹴り飛ばし、次いで肩に上から剣を振り下ろされ、振りほどこうとしたもう片方の手も肩を槍で貫かれて上がらなくなる。


「アメっ!!」


 誰かが僕を心配して呼ぶ声がした、僕はまるで僕の事を心配せず、とどめにと喉を狙う男にこちらから武器を体に突き刺されたままにじり寄り、喉笛を食いちぎる。

 まるで人間に口で攻撃されるなど想定していなかったと驚愕し、後退りながらも傷を押さえて回復魔法で喉を治している男を睨み、僕は口の中にあるものを咀嚼せず飲み込んだ。喉から胃に落ちていく、異物感。


「ねぇ、良いと思わない? 殺した相手を食べて、そのエネルギーで次の人間を殺すの」


 僕の声が聞こえた人間が敵味方問わず凍り付いたのを実感する。

 未だ体に突き刺さった武器達が、抜かれることなく震えたのがその証拠だ。


「まだ勝てるつもりなんだ。こちとら少人数で、満身創痍。

でもこうして一人ずつ欠けていくのはあなた達、いつかは勝てるかもね。うん、あなた達が最後には勝つよ。僕とヒカリは追手を皆殺しにしてきて、今ここでも戦っている。

……最後に立っている事ができるのは何人かなぁ?」


 僕に纏わりついていた敵含めヒカリに殺到する。早く彼女を仕留めてしまえばこの場から離れられるだろうと期待して。


「やめろっ、急くな!!」


 イルの声がした。多分僕達にしか聞こえていなかったのだろう。


《痛みを感じる間すら与えない》


 爆炎が辺りを包み込む。

 ヒカリを中心に風で近寄った敵を吹き飛ばし、草木と同様に死体や衣服に火花を飛ばす。

 混乱の最中一人だけ動く。

 全ての元凶、忌まわしき爆発の使い手がその影響を一切受けず水の中を泳ぐ魚のよう自由に血と炎で彩られた赤い世界で踊る。


 ヒカリが一歩歩く。

 火だるまになったり、体が爆発により欠如し混乱する防御も碌にできていない敵が標的にされその命を散らす。

 一歩歩く、散らす。

 歩く、散る。


「隊長」


 クアイアがイルを優しく呼ぶ。


「……」


「潮時だ。もうこの戦は、テイル家は終わりだよ」


「ぐっ……!」


 死者は多く、即興で雇っただろう敵兵はもう逃げ出し、顔を知っている私兵も戦意が失せている。

 人数差は二倍程度まで収まっていた。まだ合流していない敵味方も多く、こちらも時間を稼ぎ負傷し満足に動けない人員が多いがそれでも生きている命の数で数えてしまえばその程度まで収まっていた。

 恐らくここで消耗の少ないイルが暴れてしまえば多数の死者がリーン家では発生する。けれど悪あがきにテイル家の兵と、何より損害を齎したイルの死は避けられない。

 そしてヒカリを残っている兵で囲んで、絶対に勝てるかと言われれば今までならば肯定できただろう。けれど大人数相手に一人で立ち回る姿、実力で勝っていたはずのイルを乗り越えた彼女の姿を見てしまえば、死を恐れず勝ちを目指す事すら賭けになってしまう。イルも恐らくこれを理解しているはずだ、そうでなければあれほどまでに辛酸を舐める表情を浮かべる理由が無いからだ。


「残存兵力を集め、総員撤退準備を。負傷兵を保護し、我々は撤退を開始する」


「りょーかい」


 頷いたクアイアはそのまま背中を向けるかと思いきや、一旦僕の方へと顔を向けた。


「おめでと、全身真っ赤で真っ青な狂犬ちゃん。

今回はあんた達の勝ちだよ、よくもまぁやってのけたものだ。もう敵として会う事は無いだろうね、んじゃ」


 軽く、それでいて全てを見透かしたような表情で去っていくクアイアに、この場に居る兵を集めて撤収していくイルの背中を見送る。

 その姿らが見えなくなると同時に、今まで立っていた味方、それに僕も続いて腰を地に落とし、まずは肩に刺さっている剣を口で挟んで抜く。

 腕を動かせるように回復した後は、もう片方に刺さっている槍……ではなく口の中に指を入れて、嘔吐を促しまだ消化されていなかった肉片を吐き出す。


「流石に人肉……それも生では食べたくないなぁ」


「胃に入った時点で、多くの人は食べたと認識するはずなんだけどね」


 唯一立ったままのヒカリが笑う。


「僕的にはまともに噛んでないし消化してないからセーフ」


「そうだろうか」


 木に体を預けているアレンがそう口を開き、僕はようやく全員が生きている事を改めて確認して肩の力を抜く。

 確かに殺しまくってきたが、ある程度二人で散らした段階で敵が逃走を開始してそれを追わなかったので厳密には皆殺しではなく、もう少しテイル家側は兵数が多いはずだ。

 僕はもう満足に治癒できないほど余力が無いし、ヒカリだって立っているのは皆を率いるための虚勢だと僕は知っている。

 如何に精神的に勝つかが可能性の高い勝ち筋であり、僕達はそれを掴んだためクアイアやイルはそれを知りながら退いていったのだろう。もう今更二人で立て直す事の出来ないほど崩れてしまった体制を整える事は不可能と判断して。


「おやま、援軍に来たのに敵が見当たらない」


「結局皆で対抗したので?」


 シィルに、着いていったツバサ。あとは親衛隊二人も生きているようで肩を並べて顔を出してきた。


「……結果的には、ね。私はもう倒れたい」


「町まで堪えてお嬢様」


 僕も何時までも倒れていられないと体を起こし、皆で戦闘が起こっていた初めの街道まで戻る。


「隊長! それにヒカリ様も。ご無事で何よりで」


 大量の死体に、重傷者、そしてそれを遠巻きに見ている道行く人々に、立ち止まりその場を整えているリーン家の親衛隊。


「状況」


「はい。後続である我々はここで敵の兵と衝突、勝利し敗走させたあと重傷者の管理に魔力痕を追って林へ入ろうとしていた所です」


「そかそか。あたし達も勝ったよ」


「……極端な戦力差があると聞いていたんですが」


「それも何とかなったわ。

とりあえず町に帰るわ。私が居なくて、代わりに警備兵に声をかければこれ以上不毛な戦闘は起きないでしょう。

余力が残っている人員は両家の重傷者に亡骸の保護をお願い。もしかするとあちら側も人員を送って来るかも知れないけれど協力的にね」


 その言葉にあぁ、戦いは終わったのだと改めて実感できる。

 かつてないほどの大規模な戦闘に、多大な犠牲。それぞれの仕事に移る皆を見ていると、ヒカリがそっと隣に並び立つ。


「多くの大切な仲間を喪った」


 そこに僕の大切な人は含まれていないけれど。


「多くの大切な人間の命を奪ったのだろう」


 敵として対峙した相手の事情を知る事はもう永遠に訪れないだろうけれど。


「それでも私達は生き延びた、生き延びる事が出来た」


 無数の死体と血肉の中、僕達は脈打つ己の体に喜びを覚えた。


「……行こうか。前に進むために」


「今日の所は休憩だけれどね」


 ここはまだ、通過点。



- 灰は灰に 終わり -

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