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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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218.土は土に

 そろそろ冬の訪れを実感していた頃。

 間接的にヒカリの秘書となっているシャルラハローテがかつてないほど焦り一つの手紙を持ってきた。


『大至急最大戦力を持っての迎えを望む』


 今回も一人、リーン家の人間として王城の召集に応じていたユリアンからの手紙だった。



「時間が無いけれどまず情報の整理」


 服だけを着替え、あとは私室で武装を整えているヒカリが口を開く。


「情報の精度」


「限りなく確実に近い。

情報を持って来たのはユリアンさんの護衛に就いていたフェルノ、傷を負いながら手紙を持って来たため信憑性がある。彼が言うにはレイニス東へ約二時間ほどの場所でテイル家と思われる兵に囲まれたとの事。

大至急、最大戦力。僕の知るユリアンさんはあまり誇張表現を用いない、そして命令ではなく望むという表現。追加の兵を足しても手遅れ、あるいは焼け石に水の可能性が高いと当事者は判断している」


「今まで召集絡みでテイル家が接敵してきた過去は無い、護衛に付けている兵を圧倒するほどの兵をレイニス付近で動かせる人数も所有している様子は無い。

故に、此度は例に無い数の兵を雇い、召集帰りという国の反感を買いかねない限りなく黒いグレーを狙い、レイニスの近く、それも街道沿いで仕掛けて来る形振りの構わなさ……恐らく、これでケリをつけるつもり」


 特に準備を行えるものが無い僕は身に付けている装備に不足が無いかだけを確認し、ヒカリの判断に頷いて肯定を示す。


「既に発っている兵は?」


「未だ半数も。ユリアン様には今回シィルが選抜したメンバーが護衛に付き、今現在はツバサが屋敷内で早急に動ける人間を作り次第送り出す構えです」


 つまるところ増援の最前線は僕達でもある可能性が高いと、シュバルツは武具を身に付けながら宣言する。


「……今回の作戦、俺は完全に聞かされていませんでした。

けれど、個人的に届いた手紙には普段よりも強くテイル家へ帰るよう記されていたと今ならば思います。

リーン家とは違い先代から変わらず一足先に老いていくテイル家の家長、アメの加入により激化した活動、現国王との密接な関係を臭わせ、実際に経緯は違うものの盾を生み出せるだけの魂鋼を入手。恐らく今急に(こしら)えた作戦では無いはず、長い年月小競り合いを続ける中決定打を生み出す方法を考え、遂に前時代の敵であった調律者を伝説という枠から引きずり出し、争った痕跡がありながらも穏便に事を収めることの出来た事実が引き金を絞るに至った」


「未然に防げたかもしれない後悔が背中を押すならばあなたは屋敷の護衛に加わりなさい」


「確かにそれもあります。けれどどうせ朽ちるならば主の傍が良いです。

それにどちらかが滅びるしかないほどの戦闘ならば、これ以上無い明確な決別の機会でしょう」


 キュッと副武器である短剣や携帯食を結んであるベルトを背中から垂らしつつ、ソファーへと足を乗せて靴の紐を固く結んでいるカレットに僕は近づく。


「カレット、ごめんね。

今回は本当に死んでもらう必要があると思う。

でもこれだけは覚えていて欲しいんだ。カレットを身代わりにしたり、戦わせるために僕はカレットの事を身請けしたわけじゃない事を」


「わかってるよ。

それに、後悔なんてない。ユリアンはわたしに良くしてくれた、アメとヒカリの身代わりになれと言うのならわたしは自分の意思で望んでそうする。これでも、親衛隊の一員だしね」


「ありがとう。死んだら怨んでいいよ」


「わたしを身代わりにしたのに、すぐにアメが後を追って来るようなら怨むよ」


 時間も装備も少ない。兵の数だってきっと足りていない。

 でも僕達は家長を守るため、ヒカリという最大戦力を率いて前線に向かう。それがどれほどの戦禍をばら撒く事が知り得もしないのに。



- 土は土に 始まり -



 ソシレは万が一屋敷を奇襲され、カナリアや非戦闘員も巻き込まれる事を想定した場合獣として鼻が効く方が良いと思い残して、ツバサが選抜したメンバー……ココロ、アレン、ヨゾラといった顔馴染みに、僕達四名も加わりすぐに動けるようになった私兵も引き連れて東へと駆ける。

 戦いの気配は逃げるように東から移動してくる人々と、離れていても見えたり聞こえる戦いの様子で嫌というほど理解でき、まずは手遅れになる前に最前線にという優先事項を守るため僕達は体を魔法で強化して急く心を抑えながら走り続けた。


「忌々しいわね」


 街道が戦場になる。

 人が死に、血肉がまき散らされ、整えられた道は善意ではなく傷跡を残し。

 そうなる事も辞さない覚悟を決めたテイル家に、それを防ぐことのできなかったリーン家。危害を加える事は無いものの、誰かが救う事も出来ない貴族と貴族の争いに巻き込まれて身動きの取れなくなってしまった関係の無い人々。

 何もかもが、ヒカリが言う通り忌々しい。


「お父様」


「来て、くれたのだな」


 一瞬言葉を選んだのはただでさえ現存していた戦力の三倍ほどいた敵の数が、増援である僕達が到着した事により五分程度まで落ち着くと思いきや相手の増援も到着し戦力比が揺るがなかったためか。

 単純に敵の到着も遅れたのか……ユリアンを生餌にヒカリを引き込んだのか。


「シィル、退路はまだ確保できているはず。お父様を連れて町へ退いて」


「あたしはまだまだ戦えますぜぇお嬢。

スクハ、傷が深いだろう。他に継戦が難しい人間を連れて退きなよ、この様子だと町はそれなりに安全だ」


 浅くは無い傷、返り血や己の血液で真っ赤に体を染めながら、一部致命的な傷の証として白い物を肉の合間から見せているシィルが、まるで意に介さず同等に傷を負っているユリアンや部下を見送る。

 敵の中にはイルやクアイアも見え、最近雇ったか今まで隠していただろう見ない顔も多いが本命はこの場だと理解できる。


「どうかお気をつけて……!」


「あいよ……んでヒカリ様。何か策は持って来たので?」


「そんなものあるわけないじゃない。かき乱して時間を稼ぎ、さっさと逃げる。初めから負け戦よ」


 こうして最小限の言葉を交わしている間にも武器と武器がぶつかり合う音は絶えず、攻撃のための魔法はヒカリ目がけて飛んでくる。

 可能な限り迎撃していたものの魔砲剣による砲撃が飛んで来たため回避運動を取り、ヒカリとシィルの間に空間を生み出す様に軌跡を残す。

 撤退した仲間を無視しても人数差は三倍、一人当たり三人の敵が介入できる。魔力が残っている限りその装甲の恩恵によりすぐに死者が出るわけではないが、瞬く間に乱戦に持ち込まれ味方の姿等見えなくなってしまうほど取り囲まれる。

 それでも僕達は抗う。平地で現状を維持してしまえば数により圧倒される摂理を回避できないのはわかりきっているため、主目標であるヒカリを中心に街道を避けて木々に紛れていく。


「二つ……三つ……」


 奪った命の数を祈りのように口で呟く。

 本来このような大規模戦で僕のような徒手格闘と隠密技術に長けた存在は無力極まりないのだが、幸いと言ったところか不意を衝けさえすれば即死に至らしめる事の出来る破壊魔法に雷魔法が身に沁みついている。

 誰かが引きずり倒した防御に専念している敵の頭を潰し、他へと注意を向けている敵の背中へと雷を突き立てて心臓を止まらせる。

 破壊魔法はともかく、閃電は轟音を伴い、そもそも僕の姿は魔刻化されているせいで乱戦でも青白く目立つ。例え体躯の小ささを利用し人と人の隙間を縫えど、羽虫のように敵からしてみれば目立って見えるのだろう。

 振り下ろされたロングソードを防ぎ、背中から組み付かれようとした段階で限界だと悟り戦況を俯瞰するためにも一度敵を踏み台にして上空へと跳ぶ。目と耳の魔刻を活性化、未だこちらの主戦力が健在な事を瞬時に把握したところで、何かがこちらへ高速で飛翔する音を耳が捉える。


「利用させてもらおう」


 何時か僕を貫いた土の槍。

 それを放った巨大な弩を構える人間を左目で補足したが、あまりにも距離が遠い上基本乱戦なので優先順位は低い。

 下で僕を相手にしていた人間がそろそろ落ちて来るだろうこちらを待ち構えているので、短剣を太ももから抜いて巨大な矢に突き刺し少しばかり横へ移動する。


「カレット、休憩は?」


「……少し、欲しい」


 上空から見た限り混戦の中、異常なスペースを生み出している一つに僕は降り立つ。

 ヒカリ、シィル、イル、あとは大きな得物を持った敵味方の周辺に、ここに居るカレット。

 特大剣という武器は一対一で扱うにはあまりにも動きが遅すぎるが、乱戦の中無造作に横へ振るえばそれだけで複数の命を奪っていきかねない特筆する武器になる。

 二つ欠点があるとすれば、近くに居たシュバルツが補っていたように武器を振った後の隙に敵が潜り込んでカレットが沈められる事と、その当のカレットが武器を振る行為そのものに尋常じゃない魔力を消費し一度の戦闘でも短時間の休憩を挟まなければならない事だ。


「戦況はどうだった?」


 今まで戦っていた少女が、唐突に地面へと剣を突き刺してそれを背もたれに丸まるよう休息を取り始めたのだから、当然それを明確な隙だと認識し襲い掛かって来る敵相手にシュバルツと共に時間を稼ぐ。


「俄然不利。そろそろどちらかに動きがあると思うけど」


 後は口を食いしばり、多少の傷も辞さない姿勢でカレットを守り、そろそろ休息を中断してでも彼女に動いてもらわねば押し切られるといった段階で轟音が響く。

 雷とは違う、爆発の魔法。

 一瞬炎竜撃の再来と錯覚するほどの爆発が発生し、その中心点に居ただろうヒカリは巻き込まれたと思われるココロを抱え、自身は爆発を推進力に使い長距離を跳躍、そしてこちらへ物理法則を歪める魔法でふわりと着地し駆けだした。

 僕はカレットを引っ張り、近くに居たリーン家の兵と共に森へと逃げる。


「あの、私、死にかけました。隣でいきなりドカーンって、ドカーンって……」


「そうならないよう守ってあげたじゃない」


 うわ言のように呟くココロ。後方を見ると他の皆もついて来ているようで、思っていたより現状の消耗は少なく、逆に相手の損害は大きい。

 まだ人数差を覆せるにはだいぶ遠いが、追撃が追いつくまで少しばかり休む事は出来るだろう。


「爆心地は酷いものだったよ。敵の死体を起点にしたからか、巻き込まれた相手含めてどこもかしこも臓物まみれ」


 ココロ同様ヒカリの近くで戦っていたのだろうシィルは、煤けた頬を拭いながら面白いものでも見たかのように地獄絵図を笑顔で語る。


「兵の半数は脱落したようですね。屋敷からもう少し増援が来る手筈ですが、合流する前に引き殺される可能性が高いかと」


 ようは現状ここに居るメンバーでヒカリを守り屋敷まで引き返せと。

 二十に満たない数。追って来る敵は希望的観測を含め五十前後か。その中にはヒカリでしか対抗できないイルが含まれる。


「定石は地形を利用した奇襲と機動戦。外法は……」


 可能性が高い手段が一つある。

 対象だけの生存を目的に行う術が一つだけある。


「どうしようか?」


 こちらへと近づく無数の足音の中シィルは笑顔でヒカリへと尋ねた。その彼女は僕を見て、何も言わなかった。


「あたしはこれより遊撃(・・)に移る。宴に参加したい愉快な人間は続け!」


 その言葉に彼女を長年支えていたツバサに、親衛隊の皆が加わり分散して来た道を反転していく。

 残ったのはヒカリにカレット、シュバルツ。ココロ、アレン、ヨゾラの比較的新参組。


「往くわよ。迷わずにね」


 ヒカリの宣言に無言で頷き、背後で鳴り響き始めた戦闘音から逃げるように僕達は駆ける足を速めた。





「全くもって貧乏くじだ。

友人から薦められた貴族の家で、アイツの姪を守るために命を捨てなきゃいけないだなんて」


 敵兵を待ち構えるシィルは言葉とは裏腹に表情を明るくしてそう歌った。

 今まで楽しかった、だからこれからもきっと楽しいのだろう。想い馳せると声を躍らせずにはいられなかったように。


「愚痴を言っている暇はあるのか? 俺はこの場で朽ちるつもりなど毛頭も無いぞ」


 それに付き合うツバサも絶望に()せている様子は無い。誰よりも現実的に戦局を見られているだろうに。


「あたしもそりゃないけどさ、今際(いまわ)(きわ)まで追い詰められたら流石に我慢してきたことが零れるのもしょーがないって。

猛者と戦いたかっただけなのに、隊長だなんてかたっくるしい肩書も与えられて日々の生活も……」


「これまで俺にほとんど押し付けていた人間が何を」


「これからも、の間違いだよ。

さて、レイニスへ帰ったらルナリアの奴に今まで貯めた分散々文句を言ってやろうじゃないか」


 足音は近い、探知魔法がリーン家親衛隊の肌を撫でる。

 戦闘音が先行したアメ達に届くのも、そう遠くは無い。





「……敵の追撃?」


 背後の戦闘音が徐々に散発的になり、それにしても早すぎる足音にヒカリは眉を顰める。

 僕は咄嗟に左耳を地面に付けて、魔刻を活性化させて具体的な数を数える。


「三十未満」


「なるほど。別れさせたのね」


 シィル達の人数を割り出し、全員で確実に仕留める事よりも最小限の戦力を置いて追撃を優先したのだろう。

 その言葉にヨゾラがざっと土を蹴り、その場へと留まった。


「……どうしたの?」


「ここなら比較的開けている。槍を振り回すには十分」


 思わず止めそうになった。これ以上はもうやめてくれって。

 でも僕はヒカリを生き延びさせる具体的な手段が思いつかなくて、申し訳なく顔を伏せる。


「ならば我々も残るとしようか」


「はい」


 ヨゾラの隣にアレンとココロが並ぶ。


「……っ」


「そんな顔しないでください、また後で会いましょう」


 優しく微笑むココロから顔を背け、僕達四名は再び逃走を始めた。





 その姿が見えなくなった時、ようやくココロは肺に溜めていた空気を吐き出す。


「あぁー流石に今回ばかりは命運尽きたと言えますかねぇ……」


「どうした。ココロらしくない弱気な発言だな」


「いやいやいや、感情の問題じゃなく論理的な物です。争いに絶対勝つ方法って知ってますか?」


「物量差だろう」


「そうです。四倍の資源や人員を用意すれば十中八九戦闘に勝つことができます。そして私達は三人で、相手は?」


「同等以上の能力と装備を秘めた三十名の兵士だ」


「無理、どう考えても。でも」


 乾いた笑みで軽口を叩くココロとアレンに、ヨゾラは一人青く燃える。


《私はここに居る!》


 展開された魔法陣がそのまま炎になったかのように、詠唱を終えた時残ったのは二つの槍、その矛先で燃える青白い炎。

 かつて信仰し、忌み嫌っていた炎竜が扱う赤い炎とは違う熱の塊。


《誰に指示されたわけでも、流れでそうなったわけでもない!

己が望んで、自ら戦う。そう決めたの!!》


 かつて弱き者が為の神に縋っていた少女はもう居ない。

 弱さも無かった、躊躇いも無かった、迷いなどある筈もない。

 ただ、大切な誰かが自分よりも先に倒れる事を想像したら、溢れ出そうになる身を包む恐怖で前に進む事を決めた。


「私もだ。せっかく手に入れた余生、この程度(・・・・)の戦場で手放してなるものか」


 妻子と共に過ごしていた男は死んだ、死んでしまったのだ。

 その後何度も死に、殺し、生まれ変わり。

 辿り着いた未来(いま)がここにある。

 一度折れ、世界の底を舐めた存在が敗北を招くだろうか?

 是である。世界の摂理は揺るがない、不可能は可能と呼ばれない。ただ、折れたものは二度折れず、底に辿り着いたのであれば這い上がるのみ。


「私も、ですよ。

戦力差が何ですか、あの人はそれ以上の物に、どうあがいても勝てそうな未来が見えない存在に本気で立ち向かおうとしている。こんな場所で足踏みしていたら、何時まで経ってもあの背中に追いつけなんかしない!」


 ココロという少女の道はあの日々で定められた。

 手を差し伸べられ、そこがどのような地獄かを血反吐を漏らしながら前に進み。

 そして見つけたのだ。

 遥か彼方、孤独に別の(ことわり)を歩む彼女の背中が、自身の目指すべき道だと決めた。



 アレンは娘のような少女達を守るため数歩前に立ち塞がり、ココロは収められた鞘の中、刀を風で纏わせ力を溜める。

 僅かな隙間を用い空いた穴に通る風で、魔刀"風鳴り"は喜ぶようにその刀身を震わせる。

 近づく敵の中、抜刀による衝撃波で木々がなぎ倒され、林が割れた事を合図に戦闘は始まった。





「行けるなカレット」


「うん」


 足を止めたシュバルツに、カレットは続いて魔道具を起動させ崩していた特大剣を生成し始める。


「二人は――」


「敵の数はどれほどだ?」


 開いた口をシュバルツは問いで塞いでくる。


「二十……」


 それほどの数しか削れなかった。

 皆を陽動に使い、未だ半数近くの敵がヒカリを狙って追ってきている。


「ならば勤めを果たすのみ」


「でもっ……!」


 もやもやとした胸の中、ふと脳裏に過るのは四人でだらだらとお茶を楽しんでいた日常。


「でもじゃない! 言うべき事を今言え!!」


 シュバルツの怒気に僕は強く強く歯を食いしばる。

 本当につらいのは僕ではなく彼らなのだろうから。


「カレット」


 僕は彼女の名前を呼んだ。


「シュバルツ」


 ヒカリは彼の名を呼んだ。


「死んできて……」


「死んできなさい」


 自分達が生き延びるための囮として、明確な決別を告げる。


「御意」


「うん、いってくるね」


 今にも胃がひっくり返りそうな胸焼け。

 僕はそれを抑えるよう胸を鷲掴みにしながら、ヒカリと共に駆け出す。

 大切な人達を囮にして、竜へと向かい。





 肩を並べて居た人々はもう居らず二人きり、無言で駆け続ける僕達。


「ねぇ」


「どうしたの?」


 尋ねた言葉に彼女は優しく答える。


「本当にこれでいいのかな」


「これ以外何かあったかな」


 そう尋ねるという事は、ヒカリも僕と同レベルの選択肢しか思いつかなかったという事で。

 無茶を承知で反撃するか、小出しで戦力を犠牲にして逃げ続けるか。


「最良じゃなかった」


「でも最善ではあった」


 遂には駆ける足も止まってしまう。

 今向かっている方向は正しいのかと、迷いが無視できないほど大きくなってしまったから。


「何か大切な事を忘れている気がする」


「アメが思い出したいのなら教えてあげる、それがどんなに残酷な事だったとしても」


 その言葉に僕はこくりと迷いながらも頷いた。


「私達が竜に復讐を果たす原点は何?」


 竜が故郷を滅ぼしたから。

 ――違う。

 竜が友人達を奪ったから。

 ――違うっ。



 竜が大切な人達を奪うかも知れないから。



 そうだ! これ以上犠牲を出さないため、僕達は無謀にも復讐の道を選んだのだ。

 狂っていて、道理など通じない人生という道程。でも確かに言える事が一つだけあった。


「復讐を果たすために、今大切な人を犠牲にするのは間違っている」


「犠牲にするしか生き残って復讐できる道はない」


「やってみなきゃわからない、なんとかする。

……できないのなら! 竜に辿り着く前に燃え尽きて野垂れ死んでしまえ!!」


 そこまで言えるのならと、ヒカリは笑った。


「行こうヒカリ。今からでも取り戻すんだ」


「行こうアメ。例えその道が絶望に彩られていようとも、可能性は竜に勝つより遥かに高い」


 そうして僕達は駆け出した。

 仲間を囮に逃げて、逃げて、逃げて。

 遅くなったけど迷わず歩ける道を見つけて来た道を戻るんだ。遠回りで醜く足掻く無様な様子。でも僕達にはきっとそれが相応しい。

 ずっと、そうしてきた気がする。



- 土は土に 終わり -

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