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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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217.幸福にて穿つ

 メイド業を終え、さぁ今日は何の活動をしようかと残っているタスクを考えながら自室へと入る。


「あぁ、そう言えばこんなのがあったな」


 着替え中目に入ったのは綺麗な手紙。

 毎年毎年僕を名指しで送って来るそれは、未だ封を切っておらずどうしたものか悩ましい所だった。

 前回は魂鋼関連の仕事で無視したが特に問題は無く、今回もユリアンは出向くらしいのでヒカリや僕はわざわざ参加しなくて良いのでは無いかと、魔刻化された体や魂鋼製の盾を手に入れた僕達は思案するのだった。

 そろそろ最終段階に入らなければならない頃合い。召集に出向くために束縛される時間でどれだけお金を稼ぎ、手札を増やせる可能性を試せるかを考えたら。


「よし、燃やそう」


 手紙は見なかったことにしよう。

 魔法で燃やし、適当にゴミ箱へ突っ込んでもいいが今日はお風呂が焚かれていた。せっかくだし微々たるものだが燃料にしよう、きっといい湯になるだろうから。



「奇遇だな、こんな所で」


 燃え盛る炉の隣、なぜかシュバルツがここに居て、僕が来たからか手に持っていた手紙をそっと隠すよう火の中に投げ入れ。


「なに手紙燃やしてるの」


 紙は高級品だ。品の程度の差こそあれども、そこに書かれていた言葉は重要性を孕み、保存を望まれていた可能性が高い。

 わざわざ僕と同じく気まぐれかここで出会った縁も気になり、こちらも同案件だと封を切っていない国からの書類をちらちらと見せる。


「くだらない文字の羅列がそこにあったからついな」


「それすっごいわかる」


 中身も見ずに捨てる。どうせ毎年同じ内容だ。


「顔を見て伝えられない言葉は須らくゴミだ」


「それは流石に理解できない」


「……そうだな、今の発言は珍しく俺が間違っていた」


 普段は大方正しいのかと笑うと、それも怪しいなと笑うシュバルツに釣られお腹が痛い。

 ヒカリに今年も行かないでおこうと告げた時には既に手紙の事、自分に届けられていたものやシュバルツが焼いた物など忘れて今日はどうしたものかと悩み始めるのだった。



- 幸福にて穿つ 始まり -



「アメ、お客様よ」


「僕? ヒカリじゃなくてですか?」


 明日の仕事の準備をヒカリと共にしていると、クローディアが私室の扉を叩いて廊下に来客が居るのかと顔を出してもそれらしき姿は見当たらず。


「誰ですか?」


「さぁ? あたしが知らない人で、本人も名乗らないでいいからアメを出せって高圧的に言って来るの」


 廊下の窓からは正門が見える。

 そこにはフードを目深く被った子供が一人佇んでいるのがわかり、僕は咄嗟に左目の魔刻を活性化させて容姿を捉えようとする。

 こちら側に視線を向けられたのがわかった。交わらない視線、口だけが何か告げたいようにパクパクと動いて。


「髪の長い女の子がね、では応接室に案内しますって言っても聞かなくて――って、何してるのよっ!?」


「行ってきます」


 僕は思わず窓を開いて飛び出した。

 所詮二階分の高さ。この程度ならば魔力すら要らず、全身を柔軟に使い衝撃を殺して速足で来訪者のもとへ向かう。

 さっさと来い。そう口の動きだけで僕を呼んだ少女に。


「よう、久しいな。随分と凄い有様じゃないか。アッシュのやつですら魔刻化の経験は語りたがらないのにそれが全身ときた」


 間近で覗くフードの中には憎き少女。リンカネート=リル。この国の王が居た。


「えー、誰かと思いきや一番面倒な客じゃないですか。

なんでよりによって僕を呼ぶんですか、ヒカリに押し……任せたほうがいろいろと都合が良いのに」


「……私相手にそこまで本音を曝け出す人間は初めてだな。

あの娘に頼まなかったのは忍んで来たからな。あいつにも立場というものがある、公の場以外で出会っても相応の対処をしなければならないからな」


「はぁ、それもそうですね。で、用件は?」


 先ほど召集の手紙を焼却したばかりだ。

 今年も参加しないとは面と向かって告げるのは苦しいものがある、さっさと本題に入りこの場をどうにかしたい。


「観光だ」


「観光ですね、わかりました」


「そう、観光と言ったが実質的な視察だな。身分を隠し、自分の足でこうして町から町を見て周る。面倒だが必要なことだ、わかるか?」


「ここは宿ではないですし、一般に公開しているお店でもないです。必要ならばおすすめの宿を紹介するので、さっさと立ち去ってもらっても構いませんか?」


 門は開いているが幼姫は入ろうとしていないし、万が一乗り込まれる前に追い出そう。


「一切話を聞いていないな。ここまで不躾な態度を一貫されるとむしろ清々しさすら感じてしまうのは何故だろうな」


「被虐趣味でもあるんじゃないですか? 気になるなら専門の人に見てもらってください」


「……話が一向に進まんな。本題に入ろう、情報が欲しい。調律者と呼ばれる伝説の存在が以前ここに立ち入ったそうだな」


「それを聞いてどうするので?」


「どうもこうもあるか。伝聞に敵として残っている存在だ、何でもいいから情報が欲しい。対応はそれから考える」


「はぁ……で、対価は?」


「国相手に対価を求めるのか? 我々は自らの、国民の安全を守らなければならない。そして国民はそれに繋がる情報を提供するのは義務だ」


 前回の偽竜で互いの手法が曝されているにも関わらず、よく胸を張って言えたものだ。


「義務とか持ち出すのであれば西に居座っている竜をそちらで何とかしてくれませんかね」


「……」


「……」


「一理ある、我々は保護者とその保護対象ではない。対等な立場だ、いいな」


「だから、見返りは?」


「出すものを出してもらわなければ、報酬の提示をできるわけなかろう」


「出したらそれだけで価値があるものを、出せと言われて出す人間が居ると思いますか。あなたの民はそこまで愚かですか」


「五月蝿い愚民が。その辺りはお前が概要を提示して、私が報酬を提示する。そこで双方が納得いくのであれば情報と報酬を交わす制約を結ぶ。その程度頭を使え」


 一理ある。

 頭を使わず口だけで反射的に喋り続けていたらとんでもない会話になっていた。


「僕から言えるのは脅威を持つ存在では無いという事ですね、少なくとも国が現状の方針を維持するならば敵に回る事は無いと思いますよ。

この辺の情報は対価が要らないので、もう少し詳しく戦争の際何があったとか知りたいのであればリーン家に聞いてください」


 ユリアンは僕達が調律者と会話し知り得た情報を元に色々と悪巧みをしているらしく、ここで不用意に情報を漏らしてしまえば収入が減りかねない。

 ただ一国の王が定期的に各都市をその足で回っていたとして、そのついでだとしても僕へ直接調律者の事に関して尋ねに来たとなれば前回の偽竜の件といい国民の安全は本気で心配している可能性が高い。

 その心意気には最低限礼儀というか、接する人間にも相応しい何かが求められる気がしたのだ。


「そうか。再度確認する、すぐさま人類の脅威になるような事は無いのだな?」


「限度にはよると思いますがある程度ならば事前に言葉による警告をしてくると思います。

若干体の大きさ等は違いますが、言葉の通じる同じ文明的な人間と思ってもらって構わないかと」


「お前がそう言うのならば信用しよう。

後日礼と、改めて情報提供の交渉を求めにリーン家へ声をかけさせてもらう」


「……宿は大丈夫なんですか?」


 立ち去ろうとする姿に僕は思わず声をかける。


「あぁ。折角身分を隠しているのだ、当たり外れがあろうと自分の足で探すのも悪くはない。

それと、僅かで構わないからアッシュの奴と会話してやってくれ。あいつにしては珍しくお前に興味を示していたからな」


 ふらふらと手を振りながら去っていく背中に、代わって近づいてくる護衛として傍に潜んでいた眼帯の男。


「噂には聞いていたが何だその魔刻化の数は」


 人間嫌いで騎士団副団長まで成り上がった人間の耳に入るとは僕も随分気に入られたもので。


「魔刻化の数は自責の数に比例する。己が無力さを心から嘆き、死を超越せん痛みを幾度施せるのか、とな。

俺も随分自分を嫌っている自負があったが、お前を見たらまだまだ落ちきっていない自覚が湧いて来たな」


 アッシュは何故か救われたような表情で、僕を見てそう言った。

 左目、左耳、四肢の六ヵ所。

 物珍しそうに見る人間は多いがそうした視線を向ける人間は初めてで思わず本音が零れる。


「これが竜に届く一歩になるのであれば良かったのですが」


「魔刻化だけで全てを掴めると驕らない点も好感が持てるな。

直接助力する事は無いが祈っている事だけは告げておこう、お前達の望みが叶う事を心からな」


「ありがとうございます」


 真摯な態度に頭を下げたら、上げる頃合いには既に幼姫へ続いて立ち去ろうと歩を進め始めていて。

 急いでいるのか礼節を欠いているのか、なんにせよ面白い人達だなぁと僕はヒカリの私室へと戻るのであった。





 ベッドの中で思う。

 今日もまた何時もと変わらない平穏な一日だった。

 メイドの仕事をして、明日の冒険者の仕事をヒカリと準備して。

 少し珍しい来客があって、美味しいご飯に今温かいベッドに包まれている。

 竜に対しての最後の詰めが未だ決定的に行えない事に少し憂いは覚えるが、慣れ親しんだ人々と過ごした一日と思えばまだ焦る必要は無いと自分に言い聞かせる事ができる。


 体が、少し震えた。

 竜という存在は、竜に挑むという事は、僕達にとってそんな日々を壊す行為に違いなく。そろそろ訪れる変化を考えると怖くて堪らなかったのだ。

 でも、これでいい。幸福な日の最後には、何時か訪れるだろう絶望に怯えながら眠る事が相応しい。



- 幸福にて穿つ 終わり -

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