216.調停と呼ばれぬ本質
どうにか加勢するため集まってくれた人々をもう大丈夫だと諭し、調律者を案内したのは応接室の一つ。
こちらを武力にて測る真似をしてきた存在をプライベート混じるヒカリの私室という空間に入れたくなかったのもそうだが、何より体の大きな彼には部屋が狭く座る椅子等の家具も無い。
「どうぞ」
「うむ」
僕とヒカリ、そして唯一室内に居るもう一人のシュバルツが大きめのコップへと淹れた紅茶を受け取り、調律者は礼を言わずに何やら興味深そうにシュバルツを眺めただけ。
ちなみにカレットは追い出した。何をしでかすかわからない。
「それで対話と言っていたけれど、何か話したい事柄でもあるのかしら。
特筆して無いのであればさっさと屋敷から出て行って欲しいのだけれど。家全体が緊張状態に包まれて困るの」
「簡潔に済まそう。まず虚言の訂正に、正しい意思表示を」
「ふむん?」
言い回しに興味深い何かを覚えたのかヒカリはそう唸り、調律者は一口紅茶へ口を触れると本題に入る。
「竜の討伐はこのまま続けてもらっても構わない。先に述べたのはあくまでそちらを焚きつけるための虚言であり、我々が人類に対して関与する事はもうあり得ないからだ。
無論個人的意見を述べるのであれば竜という種全体に対しての宣戦布告は避けてもらいたいが、例えそうなったとしてもこちらには抑止する意思も力も残っていない」
「それは調律者という種、存在を纏める者としての意見、群全体の絶対的な方針として間違い無いのかしら」
「幾つか情報不足による避けられない誤解が混じっている。まずはそこから認識を正していこう」
あくまで態度は紳士的であり、人間を劣等種として見下しているような様子は伺えない。
「"一より生まれ出ずるもの"これが本来我々調律者を呼称するに相応しい名称であり、起源を示すのに適切な表現でもある。
遥か昔、そう最終戦争が勃発するよりも数え切れないほど遠い昔の話だ。この星が誕生し、初めて知性と文明を兼ね備える存在が生まれた後に我々調律者が、星を生み出した一なる存在から十七の存在に分裂した」
「その一なる存在とやらは所謂神というものですか?」
「星一つを生み出しただけの存在なのでそう大層な物では無いのだが、人によってはそう呼ぶ者も居るかも知れない。
実態としてはただの大きな力の塊だ。星に活力を与え、自然と発展するようになった惑星にはもう不要なほどの」
漠然とイメージが掴めてきた。
なんか凄いエネルギー体が、なんかの拍子で十七に分かれて調律者になった。
当然本来星を支える力の全て、最低でも一部だったのだから十七分割されようと人間一つ一つよりは遥かに優れた個体。伝説も残るし、時代によっては天使や神とでも呼ばれた事があったのかもしれない。
「一なる存在が分裂した理由はシンプルだ。ただ人の感情を知りたい、星がそう願っただけ。
十七の個体の内の多くは私同様に遠くから人類を観察、見守っているだけだったが、個体によっては直接人類とコミュニケーションを取ったり、人に混ざり生活をしている個体も存在した。
……あぁ、お前達が、アメが別の世界から移動してきた原因もこの問題児にある」
「はぁ……えっ?」
何やら大層な話をしているなぁと聞き流していたら、唐突に僕が今この世界に送られてきた原因に触れられて動揺を隠せない。
「我々は一から分かたれた際役割や特徴を表すために名を、私の場合は"調律の"と他の個体から呼ばれているし、その問題児は"我欲の"と呼ばれている。
その我欲の奴は何を思ったか隠し持っていた前時代の道具、遺物と呼称されている物品でアメの魂を引き寄せたようだな。その事実に気付くのは大分遅れたが」
「私がコウの記憶を持っている事、アメが同じ世界に再び生を授かった事もその我欲さんが関わっているという認識で正しいかしら」
「概ね。
私も全容は把握しかねるが、アメに関しては完全に我欲の奴が好きにやった結果だ。ただしヒカリに関しては別の調律者も関与している。別の個体"慈愛の"と呼ばれる存在を我欲が焚きつけて所持していない遺物の起動に繋げたようだな。
世界中に存在している危険度の高い遺物は既に破壊済みであり、こうして私が所持している楽器やあやつらが所持している遺物も万能ではない。
世界間転移、転生、記憶の複写。どれも一つの遺物でしか行えず、応用の余地もほぼ無くそれ以外の機能は有せない上、それほどの効果を発揮する物品ともなれば再使用には何十年以上もかかるだろう。
……念のため告げるが流石にこれ以上身近に疑似的にでも死を回避できる遺物は存在しないだろう。我欲の奴の興味がお前達から失せず、再び蘇られたとしても再充填までの長い月日を考えれば最後の命だと思った方が良い。わざわざ慈愛のを丸め込んだのだ、我欲の手元に使えそうな遺物が無い証明になるだろう」
次僕という意識が目覚めたとしても、世界はまるで別の存在に変わっているだろうから。
その点は別に問題は無い。元より次の生など考えておらず、悔いの無いよう動いていたのでこうした裏事情を告げられても行動方針は揺るがない。どちらかというと次死んでも蘇らされる可能性がある方が怖い、いい加減死んだら死なせてくれ。
僕達が三度生き返った遺物の性質の内一つを記憶の複写と言ったか。恐らくこれはヒカリに使用されたものか。元来一より生まれ出ずるものと名乗りながらも、現人類の認識に合わせて自分達を調律者という表現で統一したり、前時代の機械だか魔道具を遺物と呼び続けている彼の言葉。表現として限りなく正しい、つまりヒカリとコウは同一の存在ではなく、疑似的なものという確証も得られた。
ただしこれに関しても問題は無い。僕達は何度も話し合い、自分自身で様々な可能性を視野に入れ、それでもヒカリという存在を受け入れると決めたの気持ちは揺るがない。
「二点だけ質問いいですか?」
「答えられる範囲ならば答えよう。調律者に振り回されたお前達にはそれぐらいの権利はあるはずだから」
「一点目、ルゥという少女はご存知でしょうか」
「あぁ、確かに興味深い存在であった」
「ルゥに関して深く掘り下げる必要は無いです。
彼女が調律者、一より生まれ出ずるものの一人であったかどうか、特に我欲のと呼ばれる人物であったのかどうかだけ知りたいです」
「それは否と断言できる。
ルゥという少女は一度目視したことがあったが、調律者で無かった事は確かだ。我々には魂が見えるとでも表現したら納得してもらえるのか、少なくとも本来同一の存在であった個体を見間違える事は無い。
我欲のやつも彼の少女には興味を示していたようだしな」
「十分です。
二点目、竜の行動や僕達の行動に調律者が関わった事は一度でもありますか?」
これには少しばかり語気が荒くなった。
もしこの復讐劇が、自分達で踊ると決めたのではなく誰かに踊らされているものであれば、竜が故郷を襲った事実ですら何者かが関与しているのであれば……僕達が竜を討伐した後に滅ぼす存在が生まれてしまう。
「我々が関与しているのは三つの遺物の起動、そして今私がここに居る事実だけだ。
最終戦争時、調律者側ではなく時として人や竜と肩を並べて戦争に加わっていたあの我欲の奴ですら今回はきっかけを与え、人々が噂するような僅かなアメ達の情報を耳にして楽しむ程度に済ませていたようだ。
故にそのような行動に気付き、こうして実際に私が動くまで非常に時間がかかってしまったとも言えるが」
「そう、ですか」
思わず肩の力が抜ける。
誰かに踊らされているわけではなく、僕を世界に放り投げて間近で観察しているわけでもなく。
というかその我欲のとやらはどんな存在なんだ。やたら目の前に居る調律者に対して忌々しげに名を呼ばれるし、戦争時一人だけ状況を混乱させて楽しんでいたようだし、尋常ならざる問題児であるのは想像に難くない。
「私から伝える事はもうほとんど伝え終えた」
「私からしてみれば気になる点はまだ幾つかあるのだけれどね」
「何だろうか。あまり現人類が持ちえない知識は伝えたくないが」
空になったコップへ紅茶を注ぎ足そうとするシュバルツを手で制止し、帰り支度でも始めそうな調律者をヒカリは止める。
「あなた達調律者がどういった手段で情報を得ているのか。プライバシーの問題ね」
「……情報を得る手段は伏せるが、得られる範囲は噂話程度という認識で間違いない。
街中で噂されるものや、こうした大きな屋敷というコミュニティー内で語られるような物。
当然二者の間で交わされる密話や、数えられる程度の人間で行われる暗黙の了解はほとんど拾えない」
僕とヒカリで話す事、それにシュバルツ、カレットを加えた私室でのやり取り。あとはエターナー達に生まれ変わりを匂わせた程度はぎりぎり大丈夫、か?
なんか表現を聞く限りそうした会話が行われていた推測は出来ているようだが、断片的な情報に調律者が独自に持っている知識を組み合わせて何とか紡ぎだされた程度で、特に誰かが口を滑らした様子も無いようだ。ありがとうみんな。
「戦争の事も気になるわ」
「それは必要な情報なのだろうか」
「いいえ、ただの好奇心よ」
屋敷の所有者として相応しく不敵に笑い、伝説上の存在と対等に渡り合うヒカリ。
「広められている伝聞はほぼ正しい物だ。
別の世界から人間を呼び込むなど日常と化していた前人類に我々は星を超えて世界の存命を危惧し、私を中心として行き過ぎた文明の破壊を目的に全面戦争を試みた。それが一より生まれ出ずるものが、調律の私を筆頭とした故に調律者と呼称される所以だろうな。
その後戦況は泥沼化し、このままでは我々が全滅し、人類も必要以上に犠牲を出してしまうといった段階で竜が介入。
……我々は敗者。彼らが戦争の勝利者であり、この世界の支配者だ。まぁ漁夫の利を得て好き放題するかと思いきや、戦火が落ち着いた後は自然に帰って行ったのだがな。戦争開始時十七揃っていた調律者も八名まで減ってしまったが、まぁその程度の犠牲で当初の目的を達成できるのであれば別に戦争の勝利者になる必要はどこにも残っていない。
今調律者と呼ばれる存在は各々好きに生きて、統率などどこにもなく。私はこうして行き過ぎ無いよう抑止、いや願いに顔を見せる事しかできない」
伝説の存在が語る過去は誰もが知り得たかった確証であり、誰もが想像もできなかった現在でもあった。
衰えたと言っても未だ十分に知識や技術も一つ一つの調律者が有しているのだろう。ただそう語る彼の姿は巨体よりも遥かに小さく見え、僕達は流れ往く時代を感じて口を閉ざす。その黒く焼け爛れしがみ付いているような翼が、何よりもその姿に相応しかった。
「そろそろ私はお暇するとしよう」
「えぇ。今回は興味深い話をたくさんありがとう、また会えることを願っているわ」
席から立ち、そう見送るヒカリに"調律の"は笑う。
「度の過ぎた事象が発生しない限り私が姿を見せる事は二度と無いだろう」
「そう、残念だわ」
まるで残念そうに聞こえない言葉に、僕は同意しつつもこうして伝えるべき事を伝えるため姿を見せた存在に敬意は払うが……まぁ今生の別れと言われても特に問題は無い。
調律者はシュバルツにより開かれた扉を潜ろうとし、一旦立ち止まった。
「……まだ伝えていなかったな」
振り向く彼に僕は小首を傾げる。
「この世界の調和を重んじてくれた二人には心からの感謝を」
あの炎竜を討伐するために僕達は暴れる。
でも別世界の知識や、生まれ変わった事は大々的に謳わず生きる。
その方針を違えていたのなら、今日という日の出会いは違った形で訪れていたのかも知れない。
- 調停と呼ばれぬ本質 終わり -




