21.慣れるまで一息
夢を見ていた。
夢の中、おそらく村があっただろう平地に僕は一人立っていた。
辺りは暗く、薄ぼんやりと周囲は見えるものの建造物や木々はない。何もかも竜が消し飛ばしたのだろう。
空を見上げる。月、なのだろうか。霧か雲かわからないがよく見えない、光源として正常に機能しているとは思えず、何故こんな深海の底のような場所で辺りが見渡せるのか気になる。
足を下ろしている地面に、灰が積もっていたのでそれをすくい上げると声が聞こえた。
懐かしい、父親の声だ。
「アメ。俺達は死んだのに、お前達は生きてベッドの中で安らいでいるのか」
母親の声も聞こえる。
「アメ。あなたは私達の雨じゃなかったのね」
その言葉に心が傷つく、でも我慢できた。
「うん、ごめんなさい。お父さん、お母さん。まだ僕は、そこにはいけないみたいです」
灰をすくい、ふーっと息を吹きかける。
舞い散るそれは父親と母親をかたどり、その表情までも読み取れる。
二人は、笑っていた。
「それで、いい」
「三人、仲良く生きるのよ。私達の子供たち」
「ありがとうございます、もうしばらくそこで待っていてください」
空から光が差し込み、僕はそこへ吸い込まれていく。
意識が浮上するように、朝に体が向かうのだ。
全ては、幻想。
二人とも怒ったり、笑ったりはしない。死体も、その灰すら残っていないのだ。
死後の世界がどうなっているかなんて、一度死んだ僕にすらよくわかっていない。
けれど、それでもだ。
二人なら生き延びた僕達を見届けてくれていると信じるし、いつかどこかでまた一緒になれるとも信じている。
光が全身を包み込む。
深海のような闇の中、二人を置いて僕は現実に戻る。
目が、覚めた。
目を開けると、コウが僕の顔を覗き込んでいた。
「こら、なに見てるの」
異性の寝顔をまじまじと見るとは何事だ。
「ごめん、アメが珍しく幸せそうに眠っているから」
珍しい、確かに珍しいだろう。
村が滅びる前も僕は毎日夢を見ていた、その多くが悪夢だった。
村が滅びた後は更に酷かった、寝ても起きても地獄だった。
どんな夢を見ていたのかもう思い出せないけれど、はじめて悪夢だったそれを自らの意思で克服できたと思う。
「コウはどんな夢を見た?」
「……どんなだったかな、忘れたや。でも、懐かしい夢だった気がする」
「そっか」
ルゥを見る。
彼女はまだ寝ていて、辛そうな表情を浮かべていた。
ルゥも悪夢を見るんだろうか、そう思いその考えが間違っていることに気づく。
僕が上半身を起こしたことで毛布がずれ落ち、寒がりな彼女は体温変化に不満を抱いているだけだ。
ベッドから抜け出し、しっかりと肩まで毛布をかけてからのびをする。
久しぶりに柔らかい場所で眠ったおかげで、体調は万全だ。
さて、今日からはなにしようか。
- 慣れるまで一息 始まり -
人が生きるには金が要る。
まぁ文化的な生活がいらないのであれば、そんなもの無視していくらでもサバイバルをすればいいのだが、できるのであれば屋根がある場所で寝てちゃんとした食事を取りたいというのが三人の意見だった。
流石に干し肉の味がするお湯を、冬空の下大切にすするような生活は当分勘弁して欲しい。でれきば二度と味わいたくない体験だが、突然空から竜が降ってきて村を滅ぼすような世界だ、あまり期待はできない。
安定した収入があるに越したことはないのだが、せっかく戦う術を持っているのだ。
町でお店を手伝ったり、何かを作るのもいいが冒険者として一気に稼げるのならそっちのほうが楽だ。
楽、といっても命をかけるわけだが、村で狩人としても働いていたせいか、どうも自分達の命を危険に晒すことにあまり迷いがない。
しっかり気を引き締めていこう、その辺の犬に食い殺されるような無様な最期だけは勘弁して欲しい。
ということでコウ念願の、そしてルゥが名乗っていた冒険者として働くことにした。
僕は特に憧れていたり、わざわざ命をかけて稼ぐ必要性は薄いと思うのだが、やぶれかぶれで冒険者になることにした。
一人町で地道に働いている間に、外でコウとルゥが気づいたら死んでいたなんて事態は避けたい。
守れるのなら守りたい、幸せになるのなら三人で、どうせ死ぬのなら一緒に。
仕事が勝手に向こうからやってくるなんてことはなく、自分達で探す必要がある。
ただ幸いにも案内所という施設、というかシステムがあるのでそれに頼る。
軽く宿で朝食を取り、前世でのハローワークを思い出しながらその案内所の扉を開けた。
タバコの煙と、酒の臭いが密集していた。
……まだ朝早いんですけど、皆さん元気ですね。そもそもここにいる人はまだ寝ていないのだろうか。
建物の内部は酒場に、申し訳程度の役所っぽさを足したような酷い空間だった。
左を見れば仕事の疲れを癒しているのか冒険者達はテーブルを囲み、食事や談笑を楽しみ、その間をお店の人が注文を取るためや、空いたテーブルを片付けるために小走りで駆けていく。
右を見たらカウンター席がいくつも並び、その奥には書類の並ぶテーブルで仕事をする人々がいる。
奥だけを見たら前世での会社や、役所、あるいは学校の職員室を連想させる。
ただカウンター席で冒険者とやり取りをしている役人と思われる人は、ある人は隣の仲間と雑談で盛り上がり、ある人は気に入らないことがあるのか怒り狂っている冒険者に負けずとも劣らない勢いで怒声を返して、その隣に座っている役人は怒声など慣れた様子で明らかに書類じゃない本を読み読書を楽しんでいた。
「……酷い場所」
「仕事はどうやって探せばいいの?」
「わたし達はこっちだね」
僕の悲痛な呟きは無視され、混沌とした空間に気後れせず先導するルゥと、それに続くコウにおいていかれないよう僕は慌てて後についていく。
たどり着いたのは隅にある大きな看板。いくつも貼り付けられている紙を見てみれば、仕事の内容と報酬の金額が簡単に書かれていた。
この付近には誰も居ない辺り、直接カウンター席で望む仕事がないかを尋ねている人が多いのだろう。
冒険者の識字率と、月の死亡率が非常に気になる。
おそらく共に五割ないのだろう、多くの人は文字が読めず、二人に一人は月を跨ぐと生きていない。
文字を学んでいてよかった、きっとさっき見た人のように怒鳴りあいながら仕事を探すことになっていたかもしれない。
戦えるようになってよかった、村が滅んだ時きっと町まで生き延びることはなかっただろうから……いや、戦えなかったら村で過ごしていたところを竜に襲撃されて死んでいたか。
あったかもしれない可能性はどうでもいいや、今ほしいのは仕事だ。
今のところ旅の疲労は抜け切っていないので、しばらくは町でのんびりし体調を安定させる方針で、今は情報収集しにきているだけだ。
疲れているといっても足は動く、戦いたくはないだけなので少しでも町を歩き、慣れることが重要だと思う。
方針と考えを再確認しながら、紙を一つ一つ見ていく。
一つ目。
下水道の掃除、150リル。
……却下。何時間掃除すればいいのかは知らないが、酷く汚れたらその日一日は満足に動きたくない。
にもかかわらず150リルだと、今の宿を基準に考えると一泊と一食しか取れない。
あの大型犬程度の小さいハウンド一匹狩ったらこの二倍以上は懐に入ることを考えるとわざわざ僕たちにこの仕事を選ぶ理由がない。
二つ目。
遺物の納品、200,000リル~
「ねぇルゥ」
「ん?」
「遺物ってそんなに危険なの?」
「……手にとって生きていたらいいね」
遺物というは遺跡から発掘される様々な道具だ。
国が買い取っていると以前ルゥから教えてもらった記憶があるが、ここまでの金額とは。
ウェストハウンドを一匹2000と考えると、その百倍は危険な存在ということになる。
手にとって生きていたらいいというのはマシな表現かもしれない、視界に入ったり、近くによるだけで命を失ったり、それ以上の何かに襲われる可能性のほうが高いのではないか。
遺跡に関わるのはなるべく避けよう、犬に食い殺されたほうがマシだ。
というかこの二つを並べて貼っている辺り、案内所は清掃活動をさせる気があるのだろうか、金額差がありすぎて誰もやりたがらないのでは。
三つ目。
害獣の退治、特定地域のハウンド一頭につき50リル。頭部以外は持ち帰り自由。
これなんかは中々いいのではないか、地域が限定されているのがどれほど面倒になるかは知らないが、一匹狩るごとに体とは別に追加料金をくれるというのは美味しい気がする。
頭は狩った証拠として引き取るのか、あまりにも被害が大きい地域で頭を吊るしてハウンド避けにでもするのだろう。
四つ目。
ウェストハウンドの毛皮を納品。一頭分のみ、1500リル。
これも中々良さそうと思ったが、レイノアが提示した2000という数字よりかなり劣る。
仕事を仲介している案内所に手数料を取られたり、相場のぶれでこの金額まで落ち着いて居るのだろうか。
1500というと三人が宿をとって三食食べると三日程度しかもたない、しかもウェストハウンドが居る場所まで移動し、狩りをしてから町まで往復するとそれだけで一週間以上野営することになる。
それからいろいろ仕事の内容を把握して、僕たちは酷い臭いのするその建物から逃げるように出た。
「結構冒険者で稼いで生活するのって大変なんだね」
コウがしみじみと感想を漏らす。
誰もが嫌がるような仕事をして日々地道に稼いだり、あるいは遺跡探索や、まだ開拓されていない地域の獣を討伐し、建物を建てるといった危険に触れたり、力の必要な仕事をこなす。
そのどちらも嫌で、村での生活のように狩りを基本に暮らしたいのであれば、いくつかの仕事を並行して行い、効率よく町を出入りする必要もあるだろう。
「レイノアが持っているような馬車っていくらぐらいするの?」
「二万は超えるんじゃないかな、それに維持費もついて来る」
ルゥの答えに悩みは尽きない。
馬車があれば一気に獲物を狩って、一気に売る、ということも出来たかもしれないが元手がかかりすぎる。
家も安くて一件五万はするんじゃないかとのことだった、前世の相場より遥かに安いが、宿代をケチるのも難しい。
レイノアを守るシンのように誰かの護衛をするのもいいと思ったが、護衛を三人も必要とする人を見つけるのも時間がかかりそうな上、十歳になったばかりの子供達にそんな仕事をくれるような物好きも少ないだろう。
「まぁしばらくはのんびりできるんだし、悩むのはその時でもいいよ。最悪野宿したらお金は貯まるしね」
町で生活するために野宿するとか不毛なことはしたくない。
レイノアに返さなくていい多額の借金もあるし、できれば今のような柔らかいベッドで寝て過ごしたいものだ。
「それより装備買いに行こうよ、わたしの短剣ももう限界だし」
そう言うルゥの腰にぶら下がっている短剣は、彼女が当初村に来た時に持っていたものとは違う。
戦いの中で武器は消耗品だ、骨を断つ度に零れた刃を必死に整えても、いつか無茶な使い方をしないといけないときには簡単に折れてしまう。
魔力で強化された強い力で振るわれ、同様に強化された強靭な肉体にぶつかる。
そんな使い方をされるこの世界では、たとえ武具に魔力を込めて戦っているとしても、結果的に前の世界よりも武具のコストは増えてしまう……争いとは無縁な日々だったので正確にその差はわからないが。
武器屋に行き、コウは剣と盾を、ルゥは短剣を二本新調する。
僕は魔法をメインに戦うので、短剣の消耗はそこまで酷くはなく、減っていくお金を見ていると節約しようと思ったが、武器のコストを削って自分の命を削るような真似になることを考えたら新しい短剣を一本買っておいた。
もともと持っていた剣はまだ使えるので引き取ってもらわず、解体などに使うため荷物の奥にしまっておく。
武器屋の次は、コウと一旦別れ衣類を買いに行く。
膨らみつつある胸を守る下着も必要だし、町中でいつまでも無骨な服装でいるわけにもいかない。
「……ねぇ、本当に必要?」
地味な下着を四セットほど買おうとしたところ、ルゥに半分は可愛い物にするべきだと強く主張され値段が一回りも二回りも違うだろう色鮮やかなコーナーに連れて行かれる。
「わたし達は人間だけど、その前に女の子だからね」
それを言うなら逆だろう、理屈では語れないと言いたいのか。
薄い水色の下着を服の上から好きなように合わせられながら戸惑う。
異性が身につけるものとした惹かれる自分は既に居ない、男だった自分がこんな可愛らしいものをつけることに抵抗がある段階でもない。
今ここに居る僕はその先と、完全に女性になってしまった自分との間に居る何かだ。
具体的にその感情を言い表す言葉を今は見つけることは出来ないし、冒険者のようにやぶれかぶれで女性に成りきれるわけでもない。
ただ今は戸惑い、思考を止めるだけだ。感情と理屈なんて結果の後から勝手についてくるだろう、気づいたら可愛い下着を着けて、気づいたらそれが当たり前になっているのだろう。
実用的な服と、町で着る可愛らしい服をいくつか。それに下着を買い宿に戻って早速着替えさせられる。
短い、スカートが。
ルゥの趣味だろう、いつの間にか買わされていたそれは普段僕とは無縁なもので戸惑う。
スカートなんて穿いても長かったり、ワンピースタイプのもので、狩りに出る僕にはミニスカートなんて必要が無かった。いつも似たような服で、しかも短いスカートで狩りに出るルゥが異常なのだ。
それに彼女が選んだにもかかわらず、スパッツが無い、不公平だ。
これはどうやって生活をしたらいいのだ、椅子に座る一つの動作すら気を使う。前世の女性達はどう過ごしていただろう、思い出せない。
私生活でミニスカートを着る女性なんて少なかったし、そもそも十年以上前の記憶になる。そんな細かいこと覚えているわけがない、でも今の僕には細かいことではないのでできれば思い出して欲しい、頑張れ僕の脳。
……脳って、完全に男だったそれと変わっているのだから、本来覚えているわけがないのではないか?
でも覚えていることも多いのが現実、なら記憶とはどこに根付くものなのか、魂というものがあるのか、それとも一部だけでも脳が前世のそれと同じなのか。
って転生した僕の本質とかそういったものは今はどうでも良い、この短いスカートでどうやって過ごすかが問題だ。
何か変に傾いた天秤を眺めながら思考をしていると、ドアをノックする音が聞こえ、それにルゥが対応しコウを招き入れた。
「アメがスカート穿いてる……」
「……珍しいでしょ、おもしろい?」
目を丸くするコウに思わずそう言ってしまう。
「ううん、似合ってる。可愛いよ」
「……下で待ってる」
変に気取らず、自然に出たような表情で感想を告げるコウに、僕は逃げ出すように部屋を出た。
顔が赤いのが鏡を見ないでもわかる、可愛いと言われて僕は喜んでいるのだろうか、もしそうだとしたら完全に乙女じゃないか。
これ以上悩む要素を与えるのはやめて欲しい、本来無い記憶を持つ脳がジレンマで破裂しそうだ。
「あら、お昼食べる?」
後ろから着いてきたルゥと共に一階のカウンター席に座ると、ベルガが不在なのかユズが裏から顔を出して声をかけてくる。
「今コウが上で着替えていると思うので、彼が来てからで」
「はいはーい、何食べるか決まっていたら先に言ってね。下準備だけして、三人分一緒に出すから」
それだけ言うと再び裏に隠れるユズを見ながら、僕は子供には高い椅子から垂れる足をぶらつかせながらまた悩む。
長いソックスこそ穿いているものの、寒い冬にミニスカートは無謀だ。
それにトップをいつものキャミソールからブラに変えたことも忘れてはいけない、更に肌着としてシャツを着ているとは言え腹部が少し寂しい。
「アメ」
ルゥに呼ばれ、露出している足を見ていた顔を上げる。
「その服似合ってる、可愛いとわたしも思うよ」
「……?」
しっかりと目を見て告げるルゥ、発言の意図が読めなくて戸惑う。
褒めるならもっと前に褒めていてもおかしくはない。何故今それを言うのか、何がきっかけで、どんなタイミングを生み出したのか。
一つ、思い当たるきっかけがあった。
ルゥが相手でなければ、それがきっかけとは思いもしないだろう。
そのきっかけに気づいたとき、僕は筆舌しがたい複雑な表情をしたのだろう。
それを見て彼女は嗤う、嫌らしい笑みを浮かべ、表情を歪める。
「わたしが言ってもなんともないのに、コウが言ったらあんな顔するんだね。うらやましいよ」
揺らしていた足で、彼女のすねを迷わず二度蹴った。
一度目は羞恥で、二度目は相変わらず性根の悪いルゥに腹が立ったから。
「おまたせ……今度は何が原因?」
丁度蹴っているところにコウが降りてきたのだろう、疑問そうに尋ねながら隣に座るコウ。
「捻じ曲がった趣味が、蹴ったら治らないかなって」
「そっか」
このやり取りは今に始まったことではない。
ルゥの意地の悪さが僕の超えてはいけない一線を超え、暴力として表に出ることも。
そのじゃれあいをコウが目撃するのも今まで何度もあったことだ。
それより間の悪いタイミングで降りてきてしまった彼の、いつもとは違う服装について感想を言うタイミングを逃してしまった。
もともとコウは容姿に優れている、ブロンドの髪に碧眼はただでさえ絵になるのに、運動する体は見事に引き締まっている。
それが綺麗な服を着たらどうなるかは一目瞭然だ、僕に男だった記憶が無ければ迷わず恋に落ちていただろう。そんな少年が生まれたときから寄り添い、少なくない真っ直ぐな好意を向けてくれているのだ。
その気持ちに少しでも答えてあげたい、せめて似合っているねの一言でも伝えられたらよかったのだが、絶賛性別関連で悩み中の僕には何も言うことができなかった。
- 慣れるまで一息 終わり -




