206.狂犬の
目が覚めた。
視界を覆うのは持って来ていた大きな布を広げて簡易的に作られた質素な屋根で、何時か過ぎ去ったあの日を思い出す。今回戦った偽竜は別の種類で、屋根の下に居る人間も変わっているのだけれど。
「おはようございます」
「夜だけどね」
すっかり元気で、ただ僕の様子を見守っていただろうココロに挨拶をする。
自身の体を確認するが、意識を失う前に走らせていた魔法以外に干渉した形跡は無い。誰の手を借りるまでも無く治りきったことは良い事だが、出来るのであれば最後まで起きている根性は欲しかった。
「被害は?」
「零です。ソシレも今は偽竜の肉を食べて元気に力を蓄えています」
その言葉に二人で体を起こし、少し離れて焚き火を囲んでいる皆に近寄る。
「皆、無事で良かったです」
「一番瀕死だったアメがそう言うのなら間違いないわね」
確かにとヒカリの軽口に皆が笑い、僕は苦笑いを浮かべる他無い。
僕が倒れた後は覚えている通りにアレンがこちらを庇い、呼んだソシレが間に合い加勢。急に走り出すソシレを咄嗟に追ったフェルノと、馬車の見張りについたレモンの代わりにライムが走り、先に進んでいたヒカリが未だに追いつかない味方に憂いを感じて引き返した。
ここで気を失い、代わりにココロが意識を戻して動けるようになった。あとは後方で一人偽竜の追撃を食い止めていたヨゾラ含め、僕を抱えながら馬車のある仮拠点まで引き返して現状だ。
「流石に死ぬかと思った」
「……そう思うなら、もう少し早くソシレを呼んでください。倒れている二人を見た時自分まで倒れそうになりましたよ」
嘆願するように瞳を潤わせて文句を言うフェルノ。
「両手が塞がっていたからしょうがない」
大体ココロを支えていたか、たまに雷を撃つ時などに一瞬手を離すだけだ。走っている状況で指笛等吹こうものなら、転びでもしたら自分の指を噛み千切り食べかねない。
「胸を張れ。上手くいったんだし、今更そう庇護欲掻き立てるような可愛らしい姿は見せるな」
「既に言いましたが自分は男ですっ」
気軽に肩を叩いてくるレモンに、記憶よりは少し気さくな様子でそう高い声を上げるフェルノ。
「性別なんてどうでもいいさ」
レモン本人は気楽に言っただろうに、その言葉にフェルノはどこか救われた様子に感動し口を噤んでしまう。
何かマズい事言ってしまったとフォローに入るレモンに、何となく事情を把握するリーン家組は二人を会話の輪から外して雑談を続ける。
「私が到着した時には既に手遅れかと思ったが、どうにか一命を取り留めて本当に良かった。
ソシレもよく来てくれた」
アレンに名前を呼ばれたソシレは一瞬そちらを見てから、今更無事だった僕に安心してか駆け寄り顔を舐める。
「おい、やめろ。血生臭い」
我慢しようかと思ったが、流石に食事を中断して顔を舐められるのは堪えられなかった。
ソシレは叱られたようにしょんぼりとし、偽竜の死体をむさぼるのに戻る途中ヨゾラに捕まって慰めのためか撫でられる。
「私が着いた時にも絶望感が酷かったけれどね。立っている人数の方が少なかったし」
「ヒカリは大丈夫だったの?」
思わず訊ねた言葉にヒカリは年相応に唇を尖らせる。
「大丈夫じゃなかった、すぐに援護が欲しかった。
初めすぐ戻ろうとして、崖に張り付いている無数の偽竜に気付いて前に逃げて、一向に……そう一向に来るはずだった助けが来ない事に不安を覚えて無理に戻ったら、アメとココロは重なって気絶しているし、ソシレも重傷で、アレンも立っているのが不思議なほどだし。
後ろからついてきてしまった追手に、フェルノが加勢してもあぁこれは本当に大変な事態だなぁと」
何も付けていない自身の首を指輪を填めた指を含む手でぽんぽんと叩いて、これのおかげで早く合流できたと言わんばかりにこちらを見てくるヒカリ。
それともこちらに魔道具を使えという事か。僕あの状況でチョーカー外してられなかったんだけど。
そんな皮肉気な彼女を理想の一つを見たとでも言いたげな表情でココロは褒め称える。
「でもヒカリ様凄かったじゃないですか。爆発でどんどん偽竜倒すし、風魔法はまるで魔法が勝手に避けるように当たらないですし」
「両方できれば使いたくなかった。爆発は殺傷力が高くて素材が減るし、制御を間違えば山火事になって大変。
後者は最近できるようになって不安定な技術だったから、結果からは見えないけれど綱渡りしていた状態」
最近できるようになった、か。
風魔法を相殺するぐらいは元から独自にコウからできていたが、何か新しくリターンの大きい技術でも身に付けたのだろうか。
「ヨゾラはどうだったんだ。はぐれてから心配だったが」
「本当に、ぎりぎり。相性が良くないとすぐに死んでた。
やっと援軍が来た、そう思ったソシレにフェルノも私を置いて走って行くし」
アレンが尋ねるとヨゾラは珍しく愚痴のようにぶつぶつと呟く。どこもかしこも余裕が無かったようだ。
「俺は残ったじゃねえか」
ライムはそう笑いながら場を明るくしようとヨゾラに語り掛ける。
「……あなたは慣れるのが遅かった」
「でも慣れた、違うか?」
「えぇ、それは本当。でもようやく擬態を見破れる段階になった時、残っていた敵は何匹?」
満足のいく事実を持っていなかったのだろう。ライムは両の手を上げながらギブアップだとフェルノをようやく宥める事が出来始めたレモンに合流する。
恐らく能力が無かったわけじゃなく、単純に到着が遅くて谷付近で戦っていた戦闘が終わる頃に戦力に換算できるようになったのだろう。
「ヨゾラもありがとうね、あれ以上追ってきてたら間違いなく死んでた」
「……いいよ、別に」
しっかりと正面から礼を告げたら、どこか居心地が悪そうに視線を逸らしてヨゾラはそれっきり無言になる。
どいつもこいつも拗ねたりして大変だと、アレンと肩を竦めて笑い、隣に居るココロの体に問題が無い事を確認し笑顔を交わすと、ヒカリがじとっとした視線でこちらを見ていた。
「まだ助けに来てくれなかったこと怒ってるの?」
「さぁね」
最大戦力なのだからもっと目に見える所で頑張ってくれと内心思ったが、初めに囮を買って出てくれたことを思い出してこれ以上は何も言わない事にして激戦の後の休息を楽しんだ。
「それじゃ俺達はこれで」
「楽しかったぜ、また一緒に仕事できることを待っている」
ライムとレモンは情報に、馬車へ詰め込んだ偽竜の素材を持ち帰りローレンへそうあっさりと入って行った。
多分彼らの頭には仕事を終えた後のお楽しみしかもう詰まっていないのだろう。初対面から知っていたが、中々に同じ時間を過ごしていて愉快な連中だった。
今回事の発端となった商人、カンナギ相手にも再び二人で顔を見せに行った。
「――偽竜の情報はこれで以上。あとは討伐した遺骸を目立つ場所に置いて来たから、運が良ければ幾つか追加で回収できるでしょう」
情報の伝達に、可能ならば素材の受け渡し。
ヒカリは初めからこれらを行うつもりで事を進め、手土産にと馬車に入っていた分とはわけて持っていた鱗や牙を袋に入れたまま手渡す。
名目上で独占を謳っていないのだから、別に国ではなく一介の商人が先んじて新しい偽竜について情報を売ったり、素材を扱っても構わないでしょう理論。
正式に国との独占契約を行ったわけでもないし、相手方の名分はこちらに味方をするのでカンナギはこれから国が十分に動くまで荒稼ぎを行うはずだ。
心情的にはグレーゾーンだが、商売人としては極めてホワイト。国からしてみれば面白くないやり方だろうが、今回顔を合わせた時から既にこうした計画を練り上げていた二人……に恐らくレイノアからしてみれば難癖を付けられようともそれ以上のメリットが返ってくる算段が立っているのだろう。
かなり危うかったがこれで仕事は一つ終わり、魂鋼という必須の手札が一枚増える。多少全てが明るみになった際ごねられるかも知れないが、個人的には最悪これだけでも巻き上げられれば他は知った事では無いので問題は無いだろう。
確かな前進している実感に、僕は焦りを抱いたのだった。
- 狂犬の 終わり -




