203.繋がり因縁途絶えて
その笑顔を見ていると、私は狂いそうな感情の波に襲われる。
大切なモノを奪っていった者の顔。友人も、縋るしかなかった信仰でさえも。
ただ、その子が笑うと私も少し嬉しくて、彼女以上に狂っているのは自分じゃないのかと不安を覚える。
彼女に対する感情を一言で言い表すのなら『愛憎』
初めてこの言葉を知ったとき、私は一体どういった用途で使うのだろうと考えたことを今でも覚えている。
あぁ、でも、私にとって炎竜様は、そういった言葉が適切だったんだ、そう今では思うことが出来る。
彼女は私に友人を失うつらさを教えた。けれど、友人を得る幸せも、教えてくれたんだ。
自分で奪って、自分から近づいて。
それがどれだけ独善的なものかと知っていながら、私は喪った友人を思い涙を流し、喪わせた新しい友人との日々に、今までより少しだけ素直に笑える。そう思うのは錯覚なのだろうか。
そんな事を毎日考える。今もまた、私と同じ立場のソシレという名を与えられた獣の頭を撫でながら。 ――ヨゾラ
- 繋がり因縁途絶えて 始まり -
ローレンへの道のりは順調だった。
テイル家に感づかれている様子は無く、まともな男性がアレンしか居ない十代の集団だったので野党が寄って来る頻度は多かったものの、適当に誰かが暴れて見せれば死者も出ずに事を終わらせることができた。
僅かな不安要素だったソシレも教えに従順に動き、時折他の人々と歩を同じく進めると初めは人に飼われているウェストハウンドに驚くものの、噂で聞いていたりあまり細かいことには気にしない豪胆な冒険者や旅商達。特に目立ったトラブルも無く、しばらく近くの郊外で過ごしておいてと伝えながらソシレに持たせていた荷物を預かり僕達はローレンに入る。
「これはこれは。リーン家のご息女様が直接来て頂けるとは」
宿を取ったり物資を買い足している他のメンバーとは別行動で僕とヒカリはミスティ家と仲の良いカンナギという商人を訪れる。
予め来訪を予期していたのか大した待ち時間も無く顔を合わせることができたが……イマイチぴんと来ない声に顔。ヒカリが言うには知り合いらしいが、そうとまで言われても何か特段と思い出せるわけでもなかった。
「その方が何かと都合が良いのでね。私や仲間の実力は信頼してもらえていると思っている、安心して事を片付けるわ」
まぁ僕達は姿等全部変わってしまっているので黙ってヒカリが交渉を進めるのを見ているだけだが。
「えぇ。新種の偽竜の情報を纏めた資料はこちらになります」
「ありがとう。
謝礼と言うにはなんだけれど、例のレイニスへそちらから送られる海産物の流通二割はリーン家が契約するわ。それに――」
何やら最後に不穏な単語がぶつぶつと伝えられ、二人が嫌らしい笑みを浮かべた段階で僕はその出来事を忘れることにする。
「承りました。ではまた後日」
「また会いましょう」
「やたらスムーズに終わったね」
「ここに来るまでに段取りはレイノアがほとんど決めていたから。あとは仲の悪い人間ではないし、お互いの利害が一致したのならばこんなものよ。
さて、国の方にも連絡を取りましょうか。今日中に双方が済ませられるのであれば明日はゆっくりと休めるわ」
そうして僕達はローレンへ着いたその日で王政の施設へも足を向けるのだった。
各施設でたらい回しにされ、ようやくここだと目星を付け赴いた施設で話を出したら出てきたのは、良くも悪くも冒険者のような雰囲気を全身から出している男二人。
「あー話は聞いてます。あんたがリーン家の……?」
「……おい、馬鹿! なんて口を利いてやがる。このデカい方の子供はリーン家の一人娘じゃねえか!」
「おぉマジじゃねえか……すみませんでした! 俺達、いや私達は今回の件を担当させて頂く……」
「……適当でいいわよ。上に報告したりしないから」
見るに堪えなかったのかヒカリがそう呟くと、心底救われたように男二人は表情を明るくする。
……この二人はどこかで見たことがあるような気が。
「助かりますっ! 俺はライムで、こっちはレモン」
「私はヒカリ、この子は……」
互いに名前だけでも伝え合おうという段階で男二人は僕へと注目し、一旦呼吸を忘れたように呆ける。
「お前、あの時の――!」
「例の狂犬か! 道理で!!」
「あ゛!? 誰が狂犬??」
何やら納得した二人を、僕は思わず全力で睨んで問いかける。
思い出した。この二人城で暴れた時僕を取り押さえて来た二人だ。
「まぁまぁ……それで、リーン家の人間として私達はここへ来たのだけれど、国としてはどう対応するように命令されているのかしら?」
子供をあやす様に僕を宥めつつ、子供に物を尋ねるように相手方へと声をかけるヒカリ。
「あぁ、俺達は特に何も知らされていない。
リーン家の人間が渡す情報資源を確保しろ、それだけだな」
バカの扱いを心得ているな。
それならば不要に情報を漏らす心配も無いし、バカに伝わるほど情報を噛み砕いて整理しろとこちらに仕事量を増やしてくる。
「なるほど、ね。あなた達自身が働く義務はあるのかしら?」
「それはどういう……」
「……荷物持ちや、護衛は頼めるのかって聞いているの」
少しヒカリの声のトーンが下がった。男二人はそれに気づかず、噛み砕いて説明された言葉に相槌を打つ。
「まぁその程度はやるぜ。現地で働きぶりをみは……見守るよう言われているし、流石に最前線は勘弁だが戦力として扱ってもらって構わない。
そういえば馬車を二台使って良いと言われているしな」
「ならあなた達はそれを率いなさい、それぐらいできるわよね?」
遅れて来た情報にヒカリは不機嫌さを隠す事なく命令口調で会話を進める。
仕方ないよね、今までのやり取り全部ぱーだもん。
「わかったわかった、馬の扱い方は騎士団でしっかりと学んだしな」
「……お前、最後の訓練時落馬していたじゃねえか。今まで何とか見られる成績だったから教官に泣きついて見逃して貰っていたが」
今度責め立てられているのは初めとは違う方。この二人どっちもどっちらしい。
「ちょおま、あれは俺は悪くない。
前日町に遊びに出てちょいと夜更かししたせいか、揺れる体が気持ち良くてうたた寝してしまっただけだ」
「――明後日の朝! ここに顔を出すから郊外に出る準備を済ませているように。以上!!」
終わらない馬鹿共の宴に付き合ってられなかったのか、ヒカリは既に話は終わったと背中を見せた。
まぁ文明人らしく会話が進んだ商人相手の後、冒険者でも滅多に見ないほど脳が足りていない連中が国の使者として手を振って出て来たわけだ。冒険者を相手にバカ騒ぎするならばまだしも、未だ後ろでやんややんやと騒いでいる二人にこれ以上付き合っていられない。
何というかあの二人と居ると頭痛が痛い、その言葉が丁度良く合う。
- 繋がり因縁途絶えて 終わり -




