202.白鳥の足
「入るぞ」
その声を聞いた段階で僕達は話題を中断し、シュバルツは既に立っていた背筋をより一層伸ばした。
入って来たユリアンに、続くようシャルラハローテが居て僕は慌ててソファーから立ち上がる。隣を見ると来客を確認しながらも、変わらずのんびりとくつろいでいるカレットが視界に入り、訪れた二人も彼女を認識したのかそちらに視線を向けた段階で僕は有無を言わせず脇に抱えて彼女をソファーから剥がした。
「……本を離して、自分の足で立って」
どうして? とこちらを仰ぎ見るカレットに今は無理だと判断しユリアンを見ると、何も見なかったように彼はヒカリへと視線を移すと二枚の手紙を差し出した。
恐らく今年の召集の招待状か。前回、前々回も似たような物で呼びつけられた気がする。それが渡されるもの二つともなれば僕もか。
「例年通りの物だ」
「ありがとうお父様、そしてそちらは?」
立ち上がっている僕達とは違い、一人優雅に今腰を上げたヒカリは手紙を受け取ると、何故共に来たのかとシロの方へと視線を向けた。
「シャルラハローテとは偶然鉢合わせただけだ」
「ユリアン様とは別件になります。
ただ従来よりも重要かつ、複雑な連絡になります」
自分が説明を行うより直接目にしたほうが良いとシロは資料をヒカリへ手渡す。
ユリアンも用が済んだのであれば退室すれば良いものの、重要と銘打たれた情報が気になってか無言で娘の反応を見つめ続ける。
ヒカリは書類を斜め読みし……徐々に顔を歓喜に移ろわせながら、最終的には勝気な笑みでユリアンへと渡されたばかりの手紙を封も切らずに押し返す。
「今回は遠慮しておくわ」
「何が書かれていたの?」
僕は尋ねた。
「魂鋼の決定的な情報」
- 白鳥の足 始まり -
「カレット……体裁って、わかる?」
二人が退室し、僕もさっさと書類へ目を通して魂鋼へ近づきたかったが、忘れる前にお説教をする必要がある。
「うん、わかるよ。必要なくても、時とばあいによっては見栄を張れってやつでしょ」
「そこまでわかっているのなら、どうして皆が入って来たときにソファーから立たなかったの?」
「……? どうしてって、ごとーしゅ様はそういうところかんようだし、シャルはわたしがこういう人間だって良く知ってるし」
「その認識は当たってる、でもさっきの場では許されなかったの」
「なぜ?」
「一つの情報……この場合ユリアンさんと、シャルがいるという二つの状況が合わさった場合、また別の対応が正解になる」
「一つ一つに対してのたいおうの答えが同じで正しいのに、どうしてそれがまちがいになるの?」
「複数の情報が場に出揃っているのに、それを分けて見ることしかできないのは動物や人形がすること、いやそれらでも多分できる」
「そっか」
僕の皮肉にカレットは思考を飲み込み自分の肉へと変え始める。
ようやく納得しないものの理解を示してくれたことにほっとしつつ、所謂"雰囲気"を持ってまわった言い方をしてわざわざ小難しいような表現をしなければカレットには吸収されない、吸収されようともしない事実に溜息も吐きたくなる。
今後似たような失敗を犯さなければ良いのだが。まだカレットという人間は成長過程で、誰かが傍で見守っていかなければ不安が残る。
「それで魂鋼についての有益な情報とは?」
「アメ、カンナギって人覚えてる?」
「……わからん」
「……三人で初めて王都からローレンに向かった時護衛していた商人。
その人がね、ローレンの北で新しい偽竜を発見したって言うの」
「ほう」
偽竜は覚えている。僕の右腕を切り飛ばしたクソ憎たらしいトカゲ共だ。初めてあれほどの重傷を負った痛みに、治癒を後回しにしてまで虐殺を優先するという無茶をしてだいぶつらい目にあった。
前回は長い尾を刃のように扱ってくる緑色の奴で、確か尾刃型とでも呼ばれていたっけ。新しい特徴を持った存在が発見されたのか。やばいな、この国の北側。
「新しい獣の存在、それも偽竜ともなれば資源だけではなく情報でも高値で売れる。それを仲の良い貴族、お母様の実家であるミスティ家にカンナギは売ろうとしたらしいわ。
ただそこで国がカンナギが偽竜の情報を得た事を察知。脅威の認知を主目的に挙げながらも、タダ同然の見返りで持っている情報全て出せと言ったそうね」
「腐ってるな」
「そう……かもね。脅威に対する国民の義務を果たせと言っている側面もありながら、出すべきものを出し惜しんでしまえばそう取られるのも必然。
当然カンナギ側もこれを拒否、しばらく硬直状態が続いていた」
「事情はなんとなく把握してきたけれど、ここから魂鋼に繋がるビジョンが見えない」
「簡単な話よ。国はもうさっさと問題を解決したい、カンナギは利益を得たい。ミスティ家と国王に直接繋がりがあるように匂わせている貴族が一ヵ所ある。
惨状を知ったレイノアは言いました『商人の口を割らせるには丁度いい方法がある、報酬にはお前らが持っているだろう魂鋼が必要だが』」
よく理解した、目ざといぞレイノア!
「リーン家がカンナギから目撃情報を仕入れ新しい偽竜を調べてその情報を得られれば国は幸せ、私達は報酬として魂鋼を得られて幸せ、カンナギはミスティ家だけではなくこちら側に恩を売れて幸せ」
……あれ? 僕達がリーン家の人間として直接動かねばならないのか。
レイノア情報仕入れて交渉しただけか。もう仕事終わりか、僕達はこれから動くというのに既に腰掛けているとは怠け者め!
「それじゃこれからの事ね。リーン家の人間がローレンに行って国からの使者にカンナギと顔を合わせる。新しい偽竜を見つけてサンプルを得る。持ち帰ってそれを渡せばあとで魂鋼が家に届く。おっけー?」
「おっけーカレットは今回お留守番ね」
「え゛なんで!?」
「さっき体裁について叱ったばかりでしょう? 交渉が必要になると思う仕事で不安要素抱えていくほど僕は馬鹿じゃない」
既に行く気満々で身構えていたカレットを僕は見捨てる。
「今回は私が出向くわ。直接血の通った人間が出向けば事も早く済むでしょう」
「ならば俺は留守番ですね……」
ヒカリが本来行う貴族の代行もそうだが、屋敷から離れる事で少人数の所をテイル家に奇襲されないよう最大限情報で攪乱する役割をシュバルツは担う。
「後は……また前回のメンバーに声掛ける? アレン、ココロ、フェルノ、ヨゾラ。ルナリアは捕まるかな……?」
「そう兵から人数も割けないだろうしそれで良さそうね。なら早速動き始めましょう、冬が来る前にレイニスへ帰って来たいし」
今年は召集に出向けないが、まぁ国に益を成すという名分がある。あの傍若無人な王様も許してくれるだろう。
「連れて行くの? 本当に?」
「うん、今回は人と戦うつもりは無いし荷物持ちと護衛になるでしょ」
郊外に出て、事前に揃ったメンバーで最終準備を行っている中、ソシレの装備を整えている僕にヨゾラはそう尋ねて来た。
竜信仰者相手でもない、テイル家と争う可能性も低い。番犬としても愛玩犬としても十分にソシレは屋敷で仕事を果たしているが、このまま街の中で牙と爪が衰える事は好ましくない。人の血の味を覚えないのであれば、こうして積極的に戦力として外に出して行きたい。
「そうじゃない。ソシレ、死ぬかも知れない」
まるで親しい友人を見るようにヨゾラは動きを阻害しない程度に荷物を積まれて、どうにかその状態で慣れようとしているソシレを見て呟く。
「そんな精々偽竜相手に死ぬような間抜けな犬は死んだ後に僕が食べてやる」
視線を真っすぐ合わせ、そう囁くとソシレはどこか誇らしげに短く鳴いた。
死ぬ気などさらさら無いと、死んでも果たせる役割があるのだと。
「ソシレ、確認ね。基本お前は荷物持ちに、索敵遊撃。直接戦うのは僕達の役割。必要な時はソシレ自身も戦う事。
優先順位は誰かの命、お前の命、敵の命。殺されるぐらいなら殺すな、殺されそうならお前が死ね。普段餌を貰っている役割を果たせ」
あとは指笛。
僕達人間が聞こえる範囲はそう遠くは無いが、ウェストハウンドであるソシレにとっては数キロをカバーする連絡手段になる。
ローレンに居る間は郊外で過ごすことになるし合流する合図に、別行動をした場合どんな状況でも指笛の鳴る方に移動するよう教えた。
今回少人数で馬車なども無いのでのんびりと訓練を行いながら東へ向かうことになるが、まぁ現状物分かりの良いソシレに不安は無い。
「こっちは準備できたわ」
「こっちも」
ソシレに付けた荷物が簡単に揺るがないことを確認し、僕はヒカリに返事をする。
ココロ、フェルノ、アレン。未だ不服そうな雰囲気を醸し出しているヨゾラに、ソシレ。六人と一匹も居ればまた遺跡に叩き落されでもしない限り大事には至らない。
- 白鳥の足 終わり -




