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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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196.潰れた刃で人を殺める本質

 総勢五名ともなれば行進は安定し、徐々に難易度が上がる異空間も特に差し当たる問題は発生せず進行がスムーズ故に人数が増えても、食料等備蓄は徐々に蓄えを増していった。

 人数差が生まれたことにより契約を破棄し裏切りが発生するかと危惧し一時ギスギスとした空気が流れることもあったが、僕とイルが一貫して協力体制を掲げていたので自然と不和も無くなり探索四日目に突入した。

 お互いに人殺しを躊躇わないろくでなしではあるが、互いに助け合った恩を一時でも覚えるという約束を守れないほど腐ってはいない。無事に帰れたらまた後日殺し合う仲だろうが、まぁそれはそれだ、仕方ない。


「この辺、だいぶ安全そうですね」


 フェルノが見渡すのは居住地区だったのか、いくつも部屋が並んでおり入り組んでいるのだが建物自体の破損が少ない。

 ほとんどは天井が崩落していたり、バリケードにより入れない部屋が無数にあるが、一つ二つならば近くにゾンビの気配も無く珍しく鼻を曲げずに生活できそうだ。


「私とアメが進んでいた頃と比べてだいぶ入り組んでいます。

時には進んだ方向が行き止まりであり、引き返す必要があることを想定したのならこの辺りで拠点を組んだ方がよさそうですね」


 一番の年長者であり今は頼れる仲間の言葉に皆で頷き、警戒しつつ各部屋で都合の良さそうな場所を探す。


「あぁー!! 皆さんっ、こっち来てください! 私の居る部屋です!!」


 歓喜極まったココロの声が響き、一体どこで叫んでいるのかと探すものの部屋の前に出るような親切心は忘れているようで。

 どうにか本人が居る場所を皆で突き止め、その喜びの原因が何であるかを目にしたら心から納得する現実に感謝した。


「おおぅ、これは凄いね。しかもお湯だ」


「お湯っ!?」


 シャワー室で水を流し手を洗っているココロに、続いて確かめるよう手を伸ばしたクアイアが感嘆の声を漏らす。

 三人目群がるように手を伸ばしたら、湯気は出ないものの確かに水は常温より温かくて。


「これで体を綺麗にできますね!」


 最もだ。

 ココロやフェルノはまだしも、クアイアも十代後半の少女には重すぎる魔砲剣という存在で風魔法は満足に扱えない。

 結果僕とイルに並んでゾンビの体液を被り続け、自身が集めたり出してしまう汚れも落とせる状況も今まで水源が無かったため酷いを体臭を伴っている。

 もしや、と思いシャワー室を眺めると、簡単な電子機器が見つかりそれが数字を表示していることから確認を取って適当に操作する。


「ふむ、湯浴みするに丁度良い温度になりましたね。前時代の遺物を操作するとは言ってのけただけはありますね」


「まぁこれぐらいは」


 湯気が立ち込めるシャワー室の中、イルの称賛に僕は勝気に笑って見せた。

 ……少し操作に手間取ったのは内緒だ。数字が何を基準にした温度かわからないどころか、単純な電源のオンオフも一瞬把握できなかった。こうした技術は日々触れてこそ慣れ、学んでいけるのだろう。


「誰から入りましょうか」


「……隊長我慢せずさっさと入っちゃいなよ。他の皆も構わないよね?」


 無言で頷き、汚れている順番でシャワーを浴びることに決めた僕達。


「それでは有り難く……」


 逸る気持ちを抑えられなかったのか、すぐさま武装を解き上着を皆の前で脱ごうとしたイルを……


「わーわー! フェルノは見ちゃダメ!!」


「大丈夫です! 見てないですって!!」


 ココロが彼と姦しくやり取りをする中、僕は慌ててイルに詰め寄る。


「あの子、男性なので気を付けてください。特に向こうから何かをするつもりはないと思いますが」


 現実を受け入れられないようにしばらく呆然とするイルとクアイアがどこか面白かった。



- 潰れた刃で人を殺める本質 始まり -



「先ほどはお見苦しい所をお見せしてすみませんでした」


「いえ、こちらこそややこしい格好していてすみません……」


 何故か正座して謝罪するイルに、同じく頭を下げて謝るフェルノ。

 既に全員シャワーを浴びて頬を染め、この部屋には清潔なベッドも二人の背後にあるためお見合いで出会った男女が事を成す寸前に見えなくもない……がフェルノが女性服を着ているせいで全てが台無しになる。


「これからどうしましょうか」


 二人の茶番をやめさせて、僕が魔法で宙に描く地図を見ながらココロが呟く。

 僕とイルが開始した小部屋に、ほぼ一本道で続いて来た道程を書き記し、ココロとフェルノが入ってきた別の入り口を、縦長な僕達のマップとは違い若干横に広く描く。そこにクアイアが覚えている限りの道を書き、あとは全員で集合してからの軌跡を残す。

 すると一部の例外を除いて扇状に地図が展開される、全員の方向感覚が正しければ……なのだが。


「入ってきた方向が人数分広大になっています。対してその反対側、現在向かっている場所は徐々に横へ行けるスペースが少なくなっている。

水の流れと同じですね。出る場所か、あるいは入ってくる場所……末端が情報量が増え、出口が備えられている可能性が高い」


 最もらしいことを口で言いながら僕のゲーム脳が叫ぶ、まぁ逆側に出口があるだろうなと。入り口近くにすぐさま映画館のような緊急出入り口があった形跡はないので、このまま進んでいけばそう遠くない日に出口へ、いや末端にはたどり着けるはずだ。


「万が一出入り口を見逃さないよう念入りに探索を続けながら端を目指しましょう」


 イルがそう告げ、クアイアと思わせぶりな視線を交わして頷く。

 何か特に企んでいる等は無いと思われる。僕が意図し無言でこちらと、ココロ達のマップ幅を縮めた理由……先にアレンが投げ入れここに来ているはずのテイル家私兵二人が今のところ顔を見せていないというのは、そういうことなのだろう。仲間との決別を受け入れるのは構わないが、表面上に出されてしまえば争っている我々の間でトラブルが発生する。それを避けてくれたのだとしたら感謝しておきたい。

 ただ今までそれぞれ休息する場所に向かってゾンビの死体を並べたりして目印を作っていたので、もし手間取っているだけならば後から合流することもあり得るだろう。



「ふむ、分かれ道ですね」


 順調に歩を進めながら、二手に分かれる通路に出た。

 特に道に差はあるようには見えず、今まで歩いて来た場所から得た統計も十分なデータと呼べない。


「二手に分かれるのは……」


「愚策。隊長はどっちだと思う?」


 念のため口に出した案をクアイアが一蹴しイルに向かって笑いかける。


「どちらでも変わらないかと。アメが決めたらどうですか?」


「僕ですか?」


「えぇ。別に他の誰かでも構わないのですけど」


 本当にどうでも良さそうな視線に、ココロとフェルノを見ても僕へさっさと行き先を決めろと促してくるだけで。


「じゃあ表なら左、裏なら右で」


 懐を漁り真っ先に出てきた銀貨を弾いて、責任を押し付け合う事も無いのだから誰か決めてくれよと呆れる。多分皆そう思いこちらへ判断を委ねたのだろうが。


「裏ですね、では……」


 ココロが僕の手の甲にある硬貨を確認し、歩みを進めようとする皆を咄嗟に静止する。


「どうかしたんですか?」


「やっぱ左行く」


 疑問を含めた視線を向けてくるフェルノを背中で確かめながら裏が出たにも関わらず左の通路に真っ先に進む。


「えぇ……さっきの何だったんですか……?」


 呆れたような声音で尋ねてくるココロに僕は笑った。


「運任せで右行こうかなと思ったけど結果に不満を覚えた、だから左」


「事前にルール決めても意味無いですね」


 イルが僕達に不安定な協力関係を指しているように笑いながらも、皆が着いてきていることを確認。


「ルールなんて気分で決めたり、気分を確かめるためにあるものですよ」


 自分が本当にどうしたいのか。

 それを見つめ直すにはコインを弾くなり花占いすることは効果的だと僕は思う。




 四日目の終わり、例のシャワーが生きている一室の前で僕は疲れないように、それでいて有事に対応できるためにある程度は意識をふわふわとさせながら見張りを行う。

 既に辺りの掃討は完了しており危険は無いのだが、今まで再度ゾンビが湧くことが無かったからと言って見張りを怠るわけにはいかない。五人で一人ずつ見張りを代われば大した負担にはならないだろう。


「どうかしましたか? 交代の時間には早いと思いますが」


 クアイアがトイレ等の様子も見せず、まっすぐにこちらに向かって来るのを顔を上げて迎え入れる。

 思わず警戒し、短剣に手が伸びそうになったが我慢。現状イルほど気を許せる時間を過ごしてはいないが、極限空間においてこうした些細な警戒からコミュニティーが崩壊するのは世の常。

 相手もそれがわかっているようで、武器は携帯しつつも抜刀する気は無いと両手をふらふらと振りながら少し会話するにしても距離が遠い場所で立ち止まる。


「いやー、あたし達普段敵同士じゃん? 特にあたしとあんたは直接戦う機会も多かった」


「まぁそうですね」


「こうして肩を並べる機会なんて二度と無いと思うから、出来ればあんたという……アメという人間を少しでも知っておきたいな、と。

良かったら話をしないかい?」


「……別に、構いませんけど」


 予想外の申し出に戸惑っていると、クアイアは良かったと笑いながら少しだけ近づいて腰を下ろした。


「あたしは金のために戦っている」


「……?」


 唐突に語り始めた彼女の動向を黙って伺う。


「テイル家が力を買ってくれて、肩っ苦しいことは少なく騎士団レベルの給金が貰えるから」


「リーン家が先にあなたに目を付けていたら、所属する派閥は別だったかのような物言いですね」


「まぁ……そうなるね。

でもあたしなりの流儀ってやつがある。今まで金をくれたテイル家に忠誠に近い感情は抱いているし、共に戦って訓練をする仲間に愛着もある。

あんたはどう?」


 暗に今から所属を変えるつもりは無いと誇示される。


「同じぐらいの金額を貰っていると思いますよ?」


「違う違う、金の話じゃない」


「……家に、愛着もあります」


 話題を前後し、それでもないと首を振るクアイアに首を傾げる。

 これが気心知れた仲ならば、もう少しまともにコミュニケーションは取れただろうに。


「戦う理由?」


「そう、戦う理由。それもアメに訊きたいのは家がどうのといった話じゃない。

何故、竜を倒そうとするのか」


「……」


 思わず、口を噤んだ。

 何と説明したら納得してもらえるだろうか、外から見たら僕達はどのように見えているのか。


「国を率いる英雄になりたい? 違うよな。そうならもっと国民に向けて大々的に活動し、貴族の資金でさっさと物事の解決に当たればいい。今ここにあんたが居る理由が無い」


 最もだ。挙句竜が居なくなって欲しいと人々は願いながら、いざ討伐するかと言われれば以前騎士団がもらった手痛い反撃を思い返せば、平穏に過ごしている竜を刺激しないで欲しいという声が多いのはわかりきっている。


「アメが来るまでは、あのお嬢様も竜を討伐したいなんて眉唾な噂程度にしか聞かなかった。でもあんたが来てからは大々的に、それもこちら側の反感を買うことを理解しておきながら、貴族としてではなく竜を倒そうとしている」


 返答の拒絶はできればしたくない。

 あちらから強引に持ちかけて来て、先に自身の事象を話すという逃げ道を塞ぐ行為をしたものの会話のきっかけを許したのは僕自身。敵同士ではあるものの極力不和は生み出したくは無いのだ。

 親族が竜害にあった、この言い分も事実であるにも関わらず通用しない。僕の年齢は十二で、竜による被害はそれ以前の出来事。恐らく劣っている体格により実年齢……肉体年齢を更に下に見られているので尚更。祖父世代が被害にあったと宣言して、それが自身の身を挺して竜に挑む理由になるのかと言えば直接関りなど無い子供の物言いなど僕ならば信用しない。


「どういった答えが聞けたら満足していただけますか?」


 結局出たのは駆け引きを行うような逃げる問い。


「あんたの本音。それが例え荒唐無稽な話でも」


 それを彼女は逃がさず、僕は自身を捉える瞳を覗き返し。


「……大切な物が奪われたんです。人命も、場所も、それ以上の何かも。それが僕の、僕達が無茶と知ってなお竜に挑む理由です」


「……」


 しっかりと覗き込んでくる瞳を、僕は睨むように見つめ直す。

 まるで今から殴り合いの喧嘩を始めるように、まるでこれから唇を交わらせるように。


「わかった」


「……納得するのですか?」


 破顔し、満足したように頷くクアイアへ愚かにも尋ねる。


「あぁ。この世界には無茶苦茶な存在が多く居る。この遺跡だったり、竜だったり、あんただったり、リーン家のとこのお嬢様や(うち)らのエースだったり。

だからあたしみたいな一般人達は想像するしかないのさ。僅かに聞いた情報で妄想して、ありもしないこと噂して――まるで世界の真理を知った風に笑って見せて、リーン家の狂犬(・・)はこういった事情を抱えているんだって」


「……。

そのエース様の戦う理由もあなたは知らないのですか? 結構親しいようですが」


 どう反応して良いかわからない返答に僕は話を逸らし、本人からは聞けなかった事情を聞き出そうとする。

 別に情報戦を行おうってわけじゃない。ただの知りたがりなだけだ。


「……あら、あんた(・・・)は知っていないんだね」


 本気で驚いた様子で、まるで僕以外は全員知っているかのように、いや僕()知らない事を訝しむように。


「偶然か意図してか。ならそれをあたしが崩しても面白いかも知れないね」


 実は、とにやにやしながら少しだけ肩を寄せ合うように声を潜めるクアイアが……すっと出てきたイルに肩を掴まれて僕から引き剥がされる。


「話を黙って聞いていれば、人の事を勝手に話すことはやめなさい」


「そんなー」


 口ではそう言いながらもすっと身を引くクアイア。

 多分僕と同じでイルが起きている事には気づいていたのだろう。


「すみません、僕からも野暮な質問をして」


「全くです」


 共闘関係を結んでからは潜められていた怒りの感情を向けられて僕は素直に頭を下げる。


「この特殊な状況下、互いにある程度の関係を築くことは必要でしょう。

ただそれが多くなり過ぎると、後に振るう刃が鈍ります」


「はい、気を付けます」


 既に隊長殿は脱出できた後の事を考える余裕があるようだ。

 そろそろ交代の時間だったクアイアを一人廊下に残し、イルと肩を並べて室内に入ると部屋の隅で男一人でここに居るのが申し訳なさそうにちんまりと休息しているフェルノに、不自然な格好で寝たふりをしているココロ。


「……重いです」


 聞き耳でも立てて居ただろうココロを無言で枕にしたら渋々と言った感じで呟く。


「嘘ついたりするの下手なんだから、やめたらいいのに」


「アメさんに言われたくないです――きゃっ!」


 五月蠅い口を黙らせるために胸を鷲掴みにしたらすぐさま解かれる。

 柔らかい感触に何も思わない自分が少し虚しかった。



- 潰れた刃で人を殺める本質 終わり -

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