193.冒険を始めよう
さて、ゾンビゲームという単語で何を浮かべるのか。まずゴールはあるのかないのか、ここだ。
ステージクリア式、あるいはストーリークリア式ならばまだ楽なのだが、エンドレスでどこまで襲撃を耐えられるか、あるいはゾンビが徘徊する中での生活を楽しむゲームですら存在する。
次の疑問。痛覚が存在する中で、人の生死は存在するのか。つまり致命傷を負った場合、施設側が生命を保ってくれるのか……という問いは僕は否だと思う。だって前時代の人々肉体の死なんて超越していると思うんだから、というか右胸に穴が空いているという魔法が無かったら致命的な傷を負っていたけど放置されていたし。
ゲートに物質が通る辺り、意識だけ架空の空間に移動しバーチャルリアリティーというのも期待できない。イルとの戦闘で付いた傷はアドレナリンが切れた今酷い痛みを訴えているし、吐きそうな室内の臭いも明確に嗅ぎ取っている。
特に装備は変わっていない辺り持ち込み自由、難易度は勝手に調節してね、かあるいはレバーで変えられる色によって変えられるのだろう。
ここで、改めて根本的な疑問に向き合おう。
今僕達が存在するこの空間はゲームなのか映画なのか、あるいは本当に死体を動かそうとしていた研究施設だったのか。
僕なりの結論を明確に出そう。
どっちでもいい。
普通に襲ってくる死体に、傷は痛みと共に早い感染症を伴って。
ゲートを潜る前に受けた傷は若干治癒の時間が必要で、この空間で死んだ場合生き返られるのかという望みは死ぬ間際に信じてもいない神に祈るレベルで。
あぁ、これ。イルと共闘してもやべえなと、確率が一桁でもいいから理論上クリアし脱出できる存在だといいなと願うほかなかったのだ。
- 冒険を始めよう 始まり -
「使えるものはこれだけ、と」
憂いを隠し切れずにイルが呟く。
腰を下ろした僕達の間に置かれたものは追加でもう一つ見つかった薬に、ビニール袋、清潔な包帯だけだ。後者二つは現時代には若干オーパーツじみているが、これからのことを考えると今一物足りない。もしかすると僕達が壊れたガラクタと認識し放置している中に使えるものがあるかもしれないが、何かがわからない以上下手な物には触れない理屈も遅れて付いてくる。
……やたらしつこい一匹目のゾンビに、しっかりと感染し人数より一つ多い薬。傷を治したり、破れた衣服を修繕している中何も襲ってこなかったのでチュートリアル感が凄い。
「あとこれも使えるかもしれません」
不思議そうにこちらを見てくるイルに僕はどんと鉄の塊を床に置く。
食べられそうなイラストが描かれていて、道具を必要とせず蓋を取れそうなので多分缶詰。
「食料ですね……一見」
「はい、見た目は……」
パカリと開けた中身は魚の煮付けだろうか。
鼻はゾンビの腐臭でやられており、視界も移動すればぶちまけられた内臓を捉えることができる。挙句未知の遺跡、そこから出てきた二百年以上経っているだろう食料等口にできるとは到底思えず。
「臭いは……大丈夫! 先ほどはそちらに薬を試してもらうような結果になったので、半分毒見役で行ってみます!」
無言でエールを送ってくるイルに、僕は清潔そうに見えるメスを一旦スカートで拭ってから缶詰の中に突き刺す。
切り分け、取り出し、口に運び。
あまり日常では味わえないような独特で濃い味に喜びを覚えながら、体に異常が無いかを確かめつつ食べる。
「食べられます、どうぞ」
残った半分の中身をイルは受け取り一滴残らずすするように食べ終え二人で一息を吐く。
僕は当然肺に穴が空いていた重症、イルだってルナリアやヨゾラが付けた傷に僕が突き刺した傷で栄養が欲しかったはずだ。食べる環境は酷いものの空腹感を無くすことができる美味しい食べ物とは大切な物で、ほぼほぼ解けた二人の間にある警戒心もあいまりリラックスできる。
「食料が尽きるまでに出られると良いですね」
全くもって同意と僕は頷く。
ただ食料がここに存在するということは、それだけ長期間この内部に居るように設計されているのと同義だ。娯楽であれば長時間、施設であるのなら相応の規模。
「そろそろ行きましょうか。停戦の契約は先ほどと同じように」
イルが指す契約はレイニスへ帰宅するまでの停戦。
僕達はもちろん、テイル家側のリーダーであるイルがそう言ってくれたのは偽りではないと信じたい。
ここから脱出した際、もしどちらかの勢力が全滅していたとしても双方の安全を保障、未だ戦闘が続いているようならば共に撤退するように。
「偵察は引き受けるので、化け物を正面から相手するのはお願いします。長い得物を手に入れたら肩を並べるので」
噛みつかれたり、引き裂かれ感染するのは嫌だ。
「わかりました……これは?」
「今持っている半分の糧食です、はぐれても問題ないように」
「裏切られる要因の一つを増やしてしまいましたね」
「裏切るならば今無言で僕を殺して全て奪えばいいんですよ」
「確かに」
扉に聞き耳を立て、問題が無いこととイルが懐に食料をしまうのを確認したところで二人で前進を開始することにした。
「あら」
意気込んで扉を開いたのは良いものの、十メートルほどある廊下の果てに扉が同じように存在し、ドアノブがバールのような物で固定されているのに肩透かし感を食らう。
「まだ安全なようですね」
「脆い壁や、通気口があるなら注意してください。そこから化け物が出てくる可能性があるので」
封鎖されている扉に近づき、そのまま耳を当てるが幾つかのたどたどしい足音が聞こえる。
早速与えられたリーチのある武器に、思わず医療関係の施設なのに工具であるバール? と疑問が出る。お約束と言えばお約束だが、改めて当事者になってみれば疑問が出る。内側から栓をしたのなら、あの最初に襲ってきたゾンビが元は人間だったと想像できるが、ベッド代わりに手術台を利用していたとは考えたくない。寝心地悪そう。
「栓を抜いて、踏み込みますね。数匹いるようです」
「わかりました」
開錠した瞬間襲ってくるお約束はあるのかとドキドキしながらも、こちらから攻勢に出ようと素早く動いて室内に突入する。
どうやら様々な器具を置いてある部屋のようで、大半ががらくたな事を確かめながらその間を歩く陰に後ろから飛びつき頭部を潰す。どう考えても致命傷なそれをゾンビは耐えながら、鈍重に振り上げられた腕にももう一撃。
余程腐敗が進んでいるのか容易く鈍器で殴るだけで腕は落ち、ついでに体全体が動かなくなる。
「こちらは片付きました」
「こちらもです。怪我は無いですか?」
イルの報告に、お互いの無事を確かめる。
彼女が仕留めた個体は盾刃で壁に突き刺され、胴体に大きな穴を空けて沈黙している。どうも通常の個体は致命傷になる段階はそれほど遠くないのだろう。
周囲の安全に、何か使えるものは無いかと探索を行い無成果。入ってきた場所ともう一つしか無い出入り口に二人で向かい、扉を開けると長い廊下の半ば辺りで音もなく立ち尽くしている一つの影を見つける。
「……頭部が、酷く大きいように見えますね」
「僕もそう見えます」
光源が少なく魔法でどう工夫をしても全様を知ることはできない。首でも吊って頭部がガスか何かで膨れ上がったにしては限度がある。
「ちょっと音を試してみましょうか」
「音?」
疑問符を浮かべているイルにいいから離れてとジェスチャーを行う。
そして扉を開けたまま僕はバールを地面に叩き付け、ガンッと鈍く大きな音が鳴り響く。廊下に立ち尽くす影は動く気配を見せず、相変わらず人形のように微動だにしていない。
「話し声や扉の開閉音、それに大きな音にまで反応していないようなので活動していないか、化け物のように見える影の可能性がありますね」
さっさと踏み込んで進もう、そのような気配見せたイルを食い止めてその辺にあった空き缶を廊下に放り投げる。
瞬間、カンッと高くそれほど大きくない音を立てた空き缶に影は素早く振り向き、その直線状に僕達が居るのを認識したのか歪な体を揺らしながら今までの個体とは比較にならないほど早く走ってきた。
ブクブクと顔を中心に出来物のように膨れ上がった怪物が近づいた時、僕は思わず迎撃する意思も失せて黙ってドアを閉めた。魔力を使って走るほどの速度に間に合ったのは幸運だろう。
「……腐敗した死体より酷い気持ち悪い物を見ました。正直、吐きそうです」
「頑張ってください、僕も感化され戻すと思うので」
こう、実際に自分の目で見るのはやばいなと改めて実感。
「激しいノックですがどうしますか? あれを潰したら武器や体が酷く汚れそうなので嫌なのですが」
扉という境界線を境目に音を識別するようになっているのだろうが、人間を見つけたらそのルールは適用されないようで僕達が破壊を試みても壊せなかった構造体である扉を容易に破壊し始める新手のゾンビ。
徐々に再び見え始める姿にイルは何歩か下がり武器を構え、僕は見えないように扉の横に移動した。
「何か投げられそうな物無いですか? 尖ってたり重い物」
「向こう側にはあった気が……あぁ、もう間に合わないようですね、扉が持ちません」
もはや半壊している扉に仕方なく手に持ったバールをしっかりと握りしめ、引っ掻かれないようにタイミングを見計らって顔面を狙う。
……何かを潰したような感触と共に持ち手である右手に生暖かく臭い液体がかかり、思わず顔を顰めた。
「……まだ、動いてますね」
ダメージを負ったゾンビを直視しているイルも同様に顔を顰め、僕はもう一度扉の横から腕を伸ばして武器を振るう。
一応気を付けてはみたがどうしても右手に液体は飛び散り、バールはもはや液体でドロドロとしたバールのような物だ。
「ご苦労様です……」
「もうやだ……」
堪らず汚れた手を包帯で拭き取り、僕達は足の遅くなった行進を再開するのだった。
- 冒険を始めよう 終わり -




