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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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19.これからは長いのだから

 レイノアと合流しても、町に着くまではまだしばらくかかる。

 体調が万全ではない僕とルゥは荷台に乗り、足をぶらつかせながら後ろを警戒し、コウはその僕たちを追いかけるように歩く。意外とこれお尻痛い。


 警戒といってもただ二人で探知を繰り返すだけだ。

 もし相手が襲ってくるようならコウとシンの二人がどうにかしてくれる。


 空は晴れ、陽光が差し気温は徐々に上がっているのがわかる。

 荷台は屋根もあるし、食料も十分、戦力も足りているとなればもはや昨日までの緊張感は無く、談笑する余裕もある。


「なんでいきなり襲ってきたのかな」


 コウが口にした疑問は竜のことだろう。

 今まで無視していた村を竜が突然襲った理由。

 お腹が空いていたのではない、全て吹き飛ばしたのだから。

 何度も考え、そして思い出すのは対峙した時の竜の様子だ。

 出血は止まっていながらも、酷く傷ついていた。

 大きな切り傷だけならうちの父親あたりが傷つけたのかもしれないが、抉られたような痕と内側から爆ぜたような不可解な傷が気になる。


「逃げてきたんでしょ」


 ルゥが干し肉を頬張りながら言う。

 犬肉じゃないからか美味しいから食べているのではなく、減ったカロリーを取り戻すために仕方なく食べている感が凄い。


「何から?」


 竜を傷つけられる存在って何だろう。


「竜以上の存在から」


 調律者。

 今は無くなった絵本を思い出す。

 少なくとも今ある知識で、竜に対抗できる存在となればそれしかしらない。


「待って、襲った理由には繋がらない」


 コウが指摘する。


「どこかで人と竜が戦争していて、傷ついて逃げてきた竜が近くに居た村を滅ぼしたとか」


「陰謀論だね」


 ルゥが笑う。

 言っている自分でもそう思う、ただ思ったことをそのまま口にしただけだ。


「竜の炎も気になる」


 疑問は竜の意図だけではない、一度消えかかった炎が再び燃え始めたこともだ。


「生きている、みたいだったね」


 コウの言葉は的を射ている。

 死にかけた炎が、ここで死んでたまるか、そう言いながら再び燃え上がったかのようだった。

 竜の炎が特別なのか、詠唱を駆使したら誰でもできる炎なのか。

 ルゥが何も口にしない辺り、彼女も知らないのだろう。それか知っているけど、伝えるつもりはない、だ。


「炎はまだいいと思う、水で減速していなくても十分避けられるスピードだし」


 コウが何を言いたいのかはわかる。

 問題は爆発だ。村周辺一帯を全て消し飛ばしたアレ。

 あれをどうにかする手段がなければ、もし再び対峙した際に生きて帰れることはないだろう。


「どうやって防げばいいんだろうね……」


「何もかも無くなっていたし……何もかも?」


 コウが自分の言葉に反応する。

 何か気になることがあるが、それが何かがわからないといった感じだ。

 僕には彼が何を気にしているのか想像もつかない。

 ルゥのほうを見る、ヒントぐらいくれないだろうか。


「無事なものが一つだけあったでしょ」


 それだけ告げると、再び干し肉を齧るルゥ。

 答えがわかっているけど教えない、その態度が気に食わない、突き落としてやろうか。


「……地面だ」


 そんな邪なことを考えていると、コウがさっさと答えを見つけてしまう。

 地面、か。

 確かに竜の足元はクレーターがあったけれど、それ以外の地面は大きく損傷を受けた様子はない。


「でも、岩とかは普通に溶けていたよね」


 途中溶けている岩石があったのを思い出す。

 村の近くにもあったのだろうけれど、記憶に無い辺り消し飛んでいたのだろう。


「威力が横に集中しているのかも」


 彼の推測は概ね当たっているかもしれない、けれど。


「あれが魔法なら、威力の向かう場所を調整できるはず」


 爆発が制御されたものならば、たとえ穴を掘って逃げてもそこを狙って撃たれたらおしまいだ。


「でも、やらないよりはいいんじゃない?」


 僕の指摘に黙ってしまったコウに助けを出すようにルゥが笑う。


「一番は二度と接敵しないことだけどね」


 それに対し僕は皮肉を言うしかなかった。


「……うん」


 コウはその結論にどこか納得がいかない様子で、しばらく何かを考えているようだった。



- これからは長いのだから 始まり -



「なに、これ……?」


 喉元を食いちぎろうとするそれを、片手で受け止めながらルゥに尋ねる。

 唾液が飛び散り、口から漂う吐息が非常に不快だ。


「ハウンド」


「いやそれはわかるけど、小さすぎない?」


「……あぁ、ウェストハウンドじゃなくて、ただのハウンド。

人里近い場所に生息していてね、人間という天敵のせいで一体一体の大きさが控えめで代わりに数が多いの」


 数が多いのは確かだろう、現に今十を超える数に囲まれている。

 探知に引っかかったと思えば、またたくまに囲まれてしまった。

 大きさは良くて大型犬ぐらいだろうか、現代日本に狼がまだ残っていたらこんな姿をしていたのかもしれない。


「で、誰かの飼い犬?」


 念のため尋ねる。

 ハウンドは僕たちを囲み、その中から一匹まだ若いハウンドがこちらの力を量るためか僕に突撃してきた。

 獣の癖に聡明だ、僕も同じ立場なら一番幼い少女に飛び掛るだろう。捨て駒に使われても、もしかしたら生き残れるかもしれないから。


「まさか」


「そう、それが聞けて良かった」


 もし誰かの飼っている犬を殺してしまったらきっと面倒なことになっていただろう。

 そう思いながら短剣を抜き、噛まれないように押さえていた片手で地面に押し倒す。

 柔道の経験があってよかった。足が二本増えたところでこちらには魔力とそれを効率よく使える知恵がある。

 人間と動物、共に魔法を扱える世界で若干でも人間が優勢に立てる理由はそこだ、体格の差は魔法という武器を効率よく扱えれば覆せる。


 でも、柔道でも結局優秀な成績は残せなかったんだよなぁ。

 前世から才能の無い自分に嘆きながら、押し倒したハウンドの下腹部に短剣を突き刺す。

 致命傷にならないように、けれどできるだけ痛みを感じるように。

 上手く刺せたのかハウンドが大きく鳴き叫ぶ、それを確認し辺りを見渡すがハウンドの群れは動揺しつつもすぐには動こうとしない。


 一度短剣を抜き、再び別の箇所に刺す。

 刺したままひねってみたり、揺らして振動を与える。

 腕を動かすたびにハウンドは鳴き叫び、その悲痛な声が群れに畏怖を与え、他のハウンドを逃走させるに至った。


 確かに逃げたのを見届け、首をかき切る。

 致命的な量の血が溢れ、すぐにハウンドは動かなくなった。


「……なんというか、凄いな」


「……? 何がですか?」


 言葉に複雑な感情を乗せながらそう呟いたレイノアに尋ねる。何が凄いのだろうか。


「おい、あの村じゃ子供でもこんなことしていたのか?」


 僕と会話しても埒が明かないと判断したのか、彼はルゥに話を振る。


「さぁ? あの村に居た子供は狩人の子供二人とわたしだけだったから」


「そうか、そうだったな、そりゃわからないわな」


 どこか納得した表情で頷くレイノア、僕はまだ何も納得していない。

 その様子を見たのか、彼は丁寧に説明してくれた。


「アメとコウ、お前達は同年代と比べ出来過ぎている。町で暮らすのなら上手く立ち回れよ、まぁ大丈夫だとは思うがな」


「おまえ、つよいんだな」


「はぁ、どうも?」


 シンが近寄ってきて、肩に手を乗せそう言ってきた。

 言葉にしたときはまだ理解できなかったが、僅かな時間を置いて彼らの態度に納得のいく理由が見つかる。


 十歳にしては上手く殺しすぎるのだろう。

 きっとそれは同年代の子供達よりは遥かに優れていて。


 驕る気持ちは湧いてこなかった。隣に並ぶ二人がもっと優れていることを知っていたから。

 挫折などコウの才覚を認識してから何度も味わってきた、ルゥが村に来たことで世界はもっと広いのだと知った。

 今向かっている町ではそれを嫌でも実感するだろう、それこそ調子に乗っている余裕など無いほどに。


「ところでこれ、売れるの?」


「うん、安いけど」


 ルゥの言葉で死体を持っていくことに決める。

 抱えるのはやめて、引きずって。

 喉と下半身に傷があるのだから、どう足掻いても外套が汚れる。

 この外套はあくまで借り物だ、いつか金として返すために死体を持っていくのに、それを汚してしまっては意味が無い。

 次休憩する時に処理をしよう、一体あと何匹狩れば外套分の代金を払えるのかもわからないが。



「肉はいらん、誰も好んで食わないからな。毛皮は、鞣されていないが適切に処理されているから250リルってところか」


 適当にハウンドをばらして、レイノアのところに持っていくとそう言われた。

 リルというのはどうやら通貨の単位らしい、250と言われてもどれほどのものかわからないのだが。


「この外套は?」


「150リルってところだな」


 お釣りが返ってきてしまった。


「え? 洋服安すぎない?」


 近くに居たルゥに思わず尋ねる。

 普通に考えて毛皮は服等に使われる、その加工先である服が加工元である毛皮より安いとはどういうことだ。

 しかも毛皮は買値で、外套は売値だろう。


「量が一応違うから。それに毛皮は命かける必要があるからね」


 一匹分の毛皮で様々な商品が作れる。

 そしてその毛皮は命をかけて獣から剥ぎ取る必要がある。

 前世の常識で物を考えすぎていた、物を作る作業は手作業だが、その元を取る作業は大変だ。

 家畜として飼いならせないそれらは、安全に取れない素材として重宝されるのだろう。


「ウェストハウンド一匹って、だいたいいくらになるんですか?」


 この程度の獣でこの値段なら、熊ほどの大きさの獣は一体いくらなのか。

 ある種の確信的な何かを抱きつつも、一応尋ねてみる。


「……」


 不自然に目を逸らすレイノア。


「500?」


「……」


「1000?」


「……っ」


「1500?」


「だぁー! わかったわかった! 2000だよ! 2000!!」


「人が一日に生活するために必要なお金は?」


「清潔な宿に止まって、三食上等ではないけど好きなもの食べて一日250いくかなぐらい」


 ルゥが嗤う、世界を知った僕と、世界を知られてしまったレイノアを見て嗤う。

 レイノアに渡すための荷物と、彼から返ってくる内約を思い出して、金額を想像しようとし途中でやめた。

 おそらく想像するまでも無いほどの利益だったのだろう。

 雑に商品を追加したり、面倒くさがりな彼がわざわざ遠い村まで来て商売をしていた理由も今ならわかる。

 嫌な笑みをこちらに向けるルゥと、今まで内心笑っていただろうレイノアを見て、二人の脛に蹴りを入れたい気持ちも堪える。


「わかった、今からでも遅くない。ある程度なら当面生活に困らない分の金を渡そう」


「いえ、それはいいです。頂いた物資もいつかお金で返しますし、しばらくの間借りるお金もしっかり返します」


「……どうした、やけに殊勝じゃないか。やめてくれ、俺はまだ夜道で背中に気をつけて歩きたくはない」


 本気で怯えたような表情でそう告げるレイノアに僕は首を振る。


「大丈夫です。いつも交換していただいた品々には、僕たちからしてみれば確かにその価値があったのですから」


 二週間ほど前まで存在していた日常を思い出す。

 その日々で、レイノアから受け取った物資たちは確かに生活に潤いを与えていた。それは僕たちの家族が命をかけるに値したものだ。

 彼以外は誰も村に来てくれなかったのだ。

 市場を独占していた、という事実も確かにあるだろう。けれど彼以外に一切村に来なかったことも確かだ。

 そして僕は知っている。

 ウェストハウンドを狩れた僕ら二家の家以外にも、ほぼ同等の品々を手渡していたことを。

 不作で粗末な野菜などしか渡せなかった家もあるだろう、けれどレイノアは常に一定の量を渡し続けていた。

 僕たちの家の利益を他家に回していただけかも知れない、でもそれだけじゃなかったはずだ。

 その行為に、損得以上の何かが存在していたと僕は信じる。


「そうか、お前が納得するのならこちらとしてもありがたい」


 村を失って損害を得たのは僕たちだけじゃない。

 彼もまた、主流であった利益を失ったのだ。これから新しい商売を探す必要があるのだろう、僕たちと同様に。


「あ、でも利子は少なくしてくださいね」


 値切れるものは値切っておこう。


「……あぁもちろん。無利子無期間で構わない、だから背中は刺すなよ」


 死ぬまで借りていていいらしい。

 今はその好意に甘え、気を抜いて理不尽に死ぬ前にさっさと返してしまおう。

 最悪ウェストハウンドを数匹狩るだけで借りるお金は十分返せるだろう。

 今までその何倍も狩ってきたのだ、片手で数えられる程度の数を殺す前に死ぬことはまず無いだろう。

 まぁ竜という理不尽の塊が身近に存在するわけだが。


 胸が苦しい。少し故郷を思い出しすぎた。

 懐かしさが、もう二度と見られない皆の笑顔が僕を絞めつける。

 けれど、今は立ち止まることはできない。

 寄り添う二人と、共に幸せを分かち合うために。



 晩御飯は犬肉だった、傷む前にさっさと処理してしまおうという算段。

 内臓や骨は埋めたが、肉を捨てるのは流石に忍びない。

 ウェストハウンドほどではないが、ただのハウンドも独特の臭みがあり簡単に言って不味かった。

 シンは無言でもくもくと食べていたが、レイノアは途中で諦め別の食事を取り始めた。

 ルゥは余裕のある状況で好きな肉を食べられることに月に感謝していた、本気で指を組み祈っていた辺り死の瀬戸際を彷徨ったことで更に変人具合に磨きがかかったようだ。


 僕とコウは臭みを感じながらも、普通に食べることが出来た。

 飢えで死ぬ寸前を味わったのだ、今後好き嫌いをすることはまずないだろう。



- これからは長いのだから 終わり -

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