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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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18.四日目からサイゴまで

 四日目の昼。


「あ……ちょっと待って」


 足に違和感を覚え、少し二人に止まってもらう。

 靴を脱ぎ、ソックスを取ると白いものが一つ零れ落ちた。


「爪、剥がれちゃった」


 左足の薬指。

 剥がれた爪はさっさと捨て、寒さから逃れるために再び靴を履く。


「三十個目だね」


「記念にとって置けばよかったのに」


 いらない。

 そう言うのならばはじめに剥がれたルゥ自身の爪も取っておくべきだ。


 当然ながら三人の足の爪、他二十九の爪は既に剥がれている。

 丸一日歩き続ければしかたないだろう、まぁ魔力ですぐに新しいのが生えてきたのだが。

 爪を再生するためにエネルギーを使うのなら、一歩でも歩くための力に使って欲しかったがその辺りは制御のしようが無い。



 五日目の朝。


 コウが質素な食事に満足できなかったのかお腹を撫でているのを見てルゥが袋を投げ渡す。

 彼女が好んでいた犬の干し肉をいれていた袋だ。


「……残り二つは?」


 袋の中には一つの干し肉しかなかった。

 残り六個とルゥが宣言してからコウは一つ食べ、僕は早々に二つ食べてしまった。苦手だったはずの犬肉も空腹には勝てない、今後も喜んで食べるだろう。

 ルゥが食べている様子は見られなかったので、あと二つあるはずなのだが。


「食べちゃったよ、とっくにね」


 ははは、と笑いながらお腹を摩るルゥ。

 そういうことか。

 自己管理したいと申し出たのは彼女からだった、そういうことだったのか。



 六日目の昼。


 はじめて動物を見た。といっても四羽の小鳥だったのだが。

 全員が無言で息を殺し、魔法を行使する。

 僕は氷の塊を、コウは石つぶてを、ルゥは風の刃を。

 阿吽の呼吸で同時に放たれたそれは、二匹の小鳥を仕留めることに成功した。


「……あ、まだ息がある」


 コウが自身の石つぶてで気絶させた鳥を拾い呟く。


「待って、ひねらないで」


「保存しとく? 餓死するまでは鮮度あるだろうし」


 頭を指先で摘んだコウを止めるルゥ。

 まだ生きているというのは大きい、加工する必要の無い腐敗の遅い食料になるからだ。

 鳥には残酷なことだが、足を縛っておけば貴重なたんぱく質になるだろう。


「ううん、串焼きにして全部食べよう。首ひねったら、頭落ちて燃えちゃうかもしれないし」


「わかった」


 その後生きたまま枝で胸を貫き、丸焼きに。

 風の魔法で半分に切れた鳥は適当に処置して美味しく頂いた。


 丸焼きのほうはまだ生きていたのか、それとも死後の筋肉の働きで動いたのかはわからないが弱火で炙られている間ぴくぴくしていた。

 久しぶりの肉の前ではその真偽はどうでもいい。



 七日目、昼。


 未だに大きな獲物は取れないが、探知の魔法に徐々に動物がひっかかるようになってきた。

 きっとそう遠くないうちに、お腹いっぱい肉を食べられるだろう。


 村での出来事を懐かしみながら歩く僕らの足取りは軽い。

 けれど速度は徐々に落ちてきている、ルゥの頬が常に紅い。魔力で体調管理をしきれていないのだろう。



 八日目の朝。


 早朝に腹を空かせたウェストハウンドが一匹襲ってきたので、見張りをしていた僕とコウで仕留めた。

 大きな獲物に嬉々として解体したせいか、外套が血塗れになったが気にしない。

 香辛料も何も無く、ただ焼いただけのそれはとても美味しかった。

 特に好物だったルゥも喜んで食べるだろうと思ったら何度が口に運んだあと吐いてしまった。

 首筋に手をやると高熱を出しているのがすぐにわかった。

 肉を細かく切り、それを雪を溶かしたお湯で流し込む。

 それでも何度か戻したが、十分に食べることが出来たはずだ。


 この日以降僕はルゥに肩を貸して歩き、彼女が自分の足で歩けなくなるとコウが背負って歩いた。

 この世界で風邪をひくのは不味い、医療技術が発展していないからではない。

 魔力で風邪になる前に体内の脅威はある程度排除されるからだ、それができていないということはルゥの体力と魔力はもう限界なのかもしれない。


 それでも僕たちは前に進むしかなかった。三人で。



 九日目、昼。


 少し前とは打って変わって、動物と接触するのは避けて歩く。

 昨日しとめた肉がまだ残っているのもあるが、ルゥが使い物にならない今、少しでも脅威に近づくのは避けたかった。

 僕自身も喉が渇き、頭が痛い。おそらく風邪を引いてるのだろう。

 それでも餓えた獣たちは度々寄ってきた、その度にコウは自身の体を盾に追い払い傷つく。

 ある時の戦闘で右手の手袋が完全に使い物にならなくなったので捨てた。

 修繕する布も道具もないし、防寒具として身を守れない荷物はさっさと捨てるに限る。

 盾を握るその右手は冷たそうだったが、僕たちの手袋を渡すわけにもいかない。

 彼が一番元気なら、コウに一番負担をかけるべきだ。それが全員生き残る道なのなら。


 ルゥは朦朧とした意識で「ごめんね」と「もう少し」を繰り返している。

 何がもう少しなのだろうか、このペースなら町まではまだ半分も満たない程度なのに。



 十日目、夕方。


 雲が晴れ、沈む夕日がはっきりと見える。

 気候が良くなった今、少しでも距離を稼ぎべきだと思い全力で歩き続ける。


「もう少し……どう計算してもそろそろ来てもおかしくはないはず……」


 肩を貸すルゥがうわ言を続ける。

 出来れば少しでも体力を使わないために黙っていて欲しいのだが、黙らせるために自分が動くのももはやつらい。


 前を歩くコウが立ち止まる。

 何があったのかを確かめるため、探知の魔法を行使しようとして、気づく。


 馬車が近寄ってきていた。

 男が二人、馬の横を歩きながら近づいてくるのがわかる。


「やっと、きた……」


 ルゥがそう言って倒れた。



「遅いよ、馬鹿」


 ルゥが不機嫌そうに文句を言う。

 焚き火の近く、木の下と一番いいポジションを得た上、馬車に積んであった布で全身をくるみ、その上商品であった栄養食を貪りながらのセリフだ。図太すぎる。


「すまんな。仕入れに手間取った上、雪が降り続けるもんだから止むのを待っていたんだ」


 商人レイノアはそう笑う。

 面倒くさがりな彼のことだ「お前らの事情なんか知ったこと無いから文句言ってんじゃねえ」とでも言うかと思ったが、一応気を使う心は持っていたらしい。


「手間取ったって、寒くて商品を取りにいくの先延ばしにしていただけでしょ」


「ばれたか。まぁ代わりといっちゃなんだが好きなだけ食えよ」


「言われなくとも」


 気心知れたようなやり取りをするルゥとレイノア。

 町から村まで行くまでだけではなく、それ以前からも交流があったのかもしれない。


「にしても竜が、ね」


 事情は一通り説明した。

 はじめは何かの冗談だと思っていた彼も、三人のボロボロな服装と、死に掛けのルゥを見て事実だと受け取ったようだ。

 護衛であるシンも黙って聞いていたのだが、終始無表情な彼からは何の感情も読み取れなかった。

 戦士の彼にしては人の死など些細なものか、悲しみを覚えるほど交流が無かったのかはわからない、少なくとも僕はシンが言葉を発したところを見たことが無い。


「ま、お前達だけでも生きていてよかったさ。町に着いたら役所には俺から連絡しておこう」


 リルガニアという国なのだから、国直営の機関があるのだろう。

 辺境の村が滅びました、そんな報告をしても国が動くとは思えないが何もしないよりはいいだろう。

 村だった場所の周辺に居ついて、町の脅威になると認識したのなら討伐隊でも組まれるのだろうか。

 対峙した人間から言わしてもらえば、人の身で勝てる相手とは思えないのだが。


「お願いします。それと、ありがとうございます」


 満身創痍だった僕たちに、商品を惜しみなく使わせてくれたレイノアに感謝する。


「もう受け取る相手の居ない商品だしな……あと、貸しだからな、忘れるなよ」


 貸しでもなんでもいい。

 親の居ない子供達に担保無しで物資を提供してくれるのはそれだけでありがたい。


「食い終わったら体拭けよ、流石に臭う。馬車の中使っていいからよ」


「……はい」


 指摘されるまでも無く気づいていた。

 屋根の無い寒空で体を拭く余裕なんて無く、衣類は血塗れで酷い臭いだ。


 満足するまでに食べ漁り、十分歩けるようになったルゥと共に体を拭くため馬車に向かう。

 馬車の荷台には布で壁と屋根が作られており、雨風で商品を守れるようになっている。

 荷物を降ろして空いたスペースで着替えれば、肌を見られたり寒さに震える心配はいらないだろう。


 馬車に向かうその途中、シンが進路を遮る。


「いきていて、よかった」


 それだけ呟き、焚き火の元へ向かう背中に僕も声をかける。


「……ありがとうございます」


 無口な彼がはじめて僕に喋った言葉があれ、か。



「はじめから気づいていたんだよね。そろそろレイノアがやって来る時期だって事に」


「うん」


 服を脱ぎ、久しぶりに溜まった汚れを落とす。

 頑なに村と町を繋ぐ道から外れることを拒否したルゥ、町までたどり着くことと、たどり着く前に合流できる可能性を考え、後者を取った。

 けれどそれを口にして、もし彼が来なかったら僕たちに残るのは絶望だけだ。

 だからルゥは決してそれには触れず、当たり障りの無い理屈で方針を維持した。コウもそれに同調したのはきっと気づいていたからだ。


 積まれている荷物の中に外套を見つけ、血に塗れたそれの代わりに羽織る。

 勝手に取ったことに特に文句は言われないだろうが、いつか必ず返そう。


「干し肉も、あの時点では六枚なくて四枚しかなかったんだよね」


「……」


 彼女は答えない。

 でも否定しないことが暗にその推測が当たっていることを肯定している。

 割り切れない数なら、自分が食べなければ二人で食べきれるのなら。

 僕が考えた自己犠牲よりは軽いが、それでも無視できるものではない。

 でも、それを責め立てる事は出来ない。

 現に一番精神的に弱っていたのは僕で、たった二枚の嫌いな干し肉で進む気力を貰えたのも確かだからだ。


「強くなるから」


 だから、それだけ告げた。

 気を使われないように、仲間に負担を強いないように。

 肉体的にも、精神的も僕はもっと強くならなければならない。強くならなければ、寄り添う人を幸せにすることすら出来ない。


「望むのなら、自然に強くなれるさ」


 ルゥはそれだけ言ってさっさと外に出てしまった。

 あの背中に、いつか僕は追いつけるのだろうか。



- 四日目からサイゴまで 終わり -

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