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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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17.怒りの三日目

「これだけ、か……」


 村が滅んで、町に向かい始めて三日目。

 睡魔と寒さでまともに動かない体で取る朝食を見て、思わず呟く。


 一枚の干し肉から、味を取った三つのお湯。

 もはや栄養などどこにも無く、ただ空腹を紛らせるためだけの食事。

 いや食事と呼ぶと世界中の食事に失礼だろう、これは味の付いたお湯でしかない。

 しかも井戸から汲んだ水ではなく、積もり始めた雪を溶かしただけのものだ。衛生面も何もあったもんじゃない。

 魔法である程度体調を整えられるとは言え、流石に細々としたゴミが浮いている液体を嬉々として飲めるものではない。空腹という最高のスパイスがあってもだ。


「まだ動ける間に食事を減らしたほうがいい、こんな食事は流石に長くは続かないから我慢して」


 調理したルゥに苦情を立てるつもりなどはじめから無い、彼女もまた同じ食事なのだから。

 長くは続かないのは事実だろう、竜が降り立った村からは相当離れたし、そろそろ何か動物質が取れてもいい頃だ。

 そのそろそろがいつまでも訪れないのなら、それこそ僕たちの命は長くは続かないだろう。


「干し肉はあと何枚?」


 コウが尋ねる。

 こんな状況下とはいえ干し肉はルゥのものだったし、最終的に全員で共有するにしても管理は彼女に一任している。

 ルゥがいなければ、本来それすら無かったのだ。ありがたみを忘れてはならない。


「六、それ入れて七」


 各々のコップに浮いている三分割された肉を指差しそう告げる。

 三人で割り切れる数だったことにどこか安心している自分が嫌だった。


「どこか屋根のある場所を探して、そこで食料を集めつつ春を待つ……もしくは天気が良くなるまで待つことはできないの?」


 空を見上げる。

 今は雪こそ降っていないものの、陽光は差しておらず徐々に積もる雪たちは溶ける様子が無い。


「却下。天気が良くならない可能性も十分ある、そうなる前に少しでも町に到達できる可能性を増やしたい。でも、二人が望むのなら、違う意見に従うよ」


 ルゥがコウを見る。


「俺は……」


 コウは僕を一瞬だけ見て、ルゥと見つめあい、二人に告げた。


「どうせなら前向きに進みたい。天気が良くなって食べ物も見つかって、そうなることを前提に進みたい」


 前向きに、と言うのならそれこそ悪天候の今を一時でもやり過ごすために屋根を見つけるべきではないのか?

 それにコウが喋る前の視線の動きが気になる、何か二人で僕に隠して動いているような。


「……わかった」


 暗い思考を打ち消し、なんとかその一言を発することができた。

 きっと疑心暗鬼になっているのだろう、僕が間違っていて、二人が正しい。

 少なくともこれまで二人が感情を表に出して暴走したことはない、それに対して僕は何だ?何度暴走した?


 三人でちびちびとお湯を啜る、その共同作業をしている中どこか疎外感を感じる。

 僕は居ないほうがいいのではないだろうか、二人の能力は秀でていて、精神的にも安定している。

 この二人を生かす為ならば、少しでもその可能性を上げられるのなら。


 ここじゃない気がする。

 二人が生きるために、僕が居るべき場所は。



 町へと続く道を大きく逸れる事はせず、寒さと疲労で棒のようになっている足を引きずりながらも食料を確保し、朝よりは遥かにましな食事を昼に取り、夜になるまで歩き続けた。

 これでやっと六分の一だろうか、何かきっかけが無ければ残り六分の五を超えられる気がしない。


「……ねぇ、提案があるんだ」


 眠りにつくにはまだ早く、三人で焚き火を囲みながら無言で体力回復を図る中、僕はずっと考えていたことを口にするために声を発した。


「なに?」


 ルゥは顔を上げきらないものの、片目でこちらを見据えており、コウは僕の声に言葉を返した。


「三日、歩き続けたわけだけど、事態は好転することがなくて今厳しい状態。

でもこの状況下でも、一つだけきっかけになるかもしれない行動を考えたんだ」


 無言で続きを催促するコウ、ルゥもこちらを見つめ続けておりしっかり話を聞いている。

 今、言うしかない。

 手遅れになる前に、大切なものを失う前に。


「限られた食料で三人で生きようとするから難しい。

なら発想を変えればいい、二人なら……」


 コウが目を見開き、僕が何を言おうとしているのかを理解しそれを遮る。


「アメ、やめて……」


「止めない、大丈夫。

二人にその役目を押し付けようとは思っていない、僕が」


「それがわかってるからいってるの、やめてって」


「でもっ! このままじゃ!!」


「残された二人はどうなるの!? 村を失って、三人のうち一人が欠けて」


「みんな死ぬよりは遥かにいい! 二人だけでも、生きていればきっと良いことが!」


 僕にはあった。

 自分が死に、家族が死に、それでも再び生を授かって、自らを犠牲にしてでも守りたいと思えるものができた。

 だからきっと、二人にも生きていれば必ず幸せが。


「そりゃあると思うよ? でも、そんな幸せを味わうたびに俺達は思わなきゃいけない。もう一人この場に居たはずなのにって」


「……それでも」


「それだからだよ。俺は、誰かを犠牲にして生きるぐらいなら、三人で死にたいよ……」


 彼の声は震えていた。

 けれど視線はまっすぐで、ネガティブなはずの言葉もそういう意図で口にしたとは絶対に考えられないほどだった。


「……ごめん。もう、言わないから」


 だから折れるしかなかった。

 純粋さの前には、どんな自己犠牲も無意味だと思ったから。

 コウは焚き火に薪を入れ、ルゥも会話が終わったことを確認し再び顔を隠す。


「でも、ここじゃない気がする。

二人の居場所はこんな寒空の下じゃないし、僕も……」


 前の世界はこんなに寒くは無かった。

 寒くても、それに対抗できるだけの環境があった。

 そして、そんな世界から来たこの世界に相応しくない僕が、この世界の二人のために死ねるのなら。


 それを伝えようとして、無理だった。

 何故か? 殴られたからだ。

 誰に? ルゥに。


 彼女は僕の言葉を聞き迅速に顔を上げ、一呼吸置いた後に一気に距離を詰め頭部を殴ってきた。

 その動作に加減も自身の余力も考えてはおらず、己の感情のままに動いていた。


「ふっざけるな!!」


「……っ!! 何が!?」


 揺れる視界でなんとか立ち上がりルゥと対峙する。

 抜刀こそしていないものの、拳でそのまま殴り殺して来そうな気迫に少しでも対応できるように。


「ここじゃない気がする?お前は一体どこにいるんだ!?」


 お前。

 彼女の二人称はいつも名前か、君だった。

 それがはじめてお前と呼んだ、ここまで感情を表に出しているのも初めて見るかもしれない。


「ここだよ!! だけど、だけどさっ!! わかるでしょ!?」


 さっきまで熱い何かを胸に喋っていた気がするが、今の僕はどこか冷静だ。

 口調こそ荒げているものの、共感を得て彼女の怒りを静めようと打算的に動く自分も認識している。


「わかる、わかるさ。でも、それでも筋を通せって言っているんだ。

自分の居場所はここじゃない?だけどみんなが死んで僕は悲しいです?

ふざけるな。

今確かにここに生きているのに、ここが自分の居場所じゃない?

そんなことを言う人間は生まれ変わって、恵まれた環境を得れても同じことを言う。

強くなくていい、でも真っ直ぐに生きろよ」


 怒りを静めるために差し出した共感は、武器にされ再び僕に振るわれる。

 彼女の物言いは酷く冷めたように冷静さをはらんでいたが、一部の言葉が今までに無いほど真に迫り酷く気分を逆撫でる。


「強くない! それどころかルゥより僕は弱い!

だから今だけは見逃してよ、弱い僕に現実逃避する時間をちょうだいよ……」


「……この馬鹿!」


 もう一度、今度は頭突きを入れられる。

 形振り構わぬ一撃、彼女自身もその衝撃でよろめく。


「泣く時間が欲しい?いくらでもくれてやる、今以外ならな。

あいつの顔を見ろ!!」


 二度も連続した衝撃をもろに受け、朦朧とした頭で、今口論をしている相手の指示に従ってしまう。


「……っ!!」


 指されたほうを見て、ぶれる視界で捕らえたのは一つの表情だった。

 悲しみも寂しさも堪えきれず、今にもしわしわの顔から何もかもが雫として零れてしまいそうなコウの顔だった。


「お前だけじゃないんだ。家族も、故郷も失ったのはお前だけじゃないんだ」


 ルゥが一撃目を入れるまでに時間があったのは、躊躇ったわけでも何でもない。

 ただいつも通り、そういつも通りにコウの表情を確認して、そこで激高してしまったんだ。


 いつも、だった。

 ここじゃない気がする、そう考えるだけなら自由だったのに、僕はそうはしなかった。

 必ず口に出し、いつも一緒にいてくれる彼に愚痴っていた。

 ――自分の居場所はお前の隣ではないのだと。


「あぁ、ああぁ……」


 駆け寄れなかった。

 今までごめんと、寂しい思いをさせてすまなかったと。

 謝罪できなかった。

 ここでもいい、ここがいいとその一言が。

 手を伸ばせなかった。

 せめて申し訳なさをその身で表すことすら。

 ――それどころか僕は彼から目を逸らしたんだ。


「頭、冷やしてくる。そばには、いるから」


 十分に頭は冷えた時間が経ってから、ルゥはそう言って姿を消した。

 冬の夜、積もった雪は関係や心も凍てつかせている、そう錯覚してしまうような冷たさを感じた。



 コウの顔を見れない。

 彼を今まで傷つけてしまっていたと気づいたから。

 申し訳なさ過ぎて、穴があったら入りたくて、どこか違う場所へ、彼が居ないどこかへ行ってしまったほうがコウにとって幸せなんじゃないかと思って。

 ……でもそれじゃ、繰り返しにしか過ぎない。

 僕が居なくなった彼はまた悲しみ続ける、幸せを感じるたびにアメが居ない事実も味わう。

 何だ、何をすればいい。

 十年間寄り添って生きてた幼馴染を、そばに居ながらも寂しさを与えた自分は彼に何をしたらいいのだ。


 決まっている。

 寄り添い続けて、幸せにし続けることだ。

 できるのか?僕に。

 精神的疲労を表に出し、我慢していた二人に当たってしまうような僕に?


「アメ」


 ルゥが闇に消えてしばらくしても残された二人の間に言葉は無く、このまま何も喋らないまま彼女が帰ってきてしまうとどこか考え始めた頃にコウが口を開く。

 彼に何かを言わせるわけにはいかない。

 僕が悪いのに、コウが何か先に言ってしまったら、僕はこれからずっと後悔し続けてしまう。

 自分を犠牲に二人を救う提案も、この苦しみから楽になってしまいたいという独善的な思考を含んでいたり、自分が悪いからという理由じゃなく、後悔したくないという理由で先に話したいと思っていたり、どこまでも僕は身勝手な奴だ。

 ……そんな身勝手な奴、燃え尽きてしまえ。

 腹を括れ、どんな苦痛を味わってでも生き延びろ、そばに居る人々に幸福をばら撒け。

 できるかじゃない、やるんだ。出来るまでその身を焦がし、出来なければ灰になるだけだ。


「ごめんね、コウ。いつもそんな顔させていたんだね」


 顔を上げる。

 大切な幼馴染は、まだ悲しみを隠すことができていない。


「……そんなこと」


「つらい思いはしていたよね」


「……」


 無言の肯定、咄嗟に彼は言い繕うことはできない。

 確かにいつもつらい表情を浮かべていたわけではないだろう。

 故郷を失い、苦しい行進を続け、そこでようやく我慢できないその想いを見せてしまった。

 ルゥに至っても同じだ、彼女がコウの為とはいえ感情を爆発させるとは考えられない。

 見えにくいだけで、僕だけでなく二人の心も限界なのだろう。


「もう、言わない。口癖になっていたけど、今日でやめにする。

でも僕バカだからさ、忘れて言っちゃうかもしれない。だからそのときは、殴ってでも止めて?」


「俺にアメを殴るなんて」


 コウが拳を握り、それをゆっくりと解く。


「じゃあ三人で生きよう?最期まで足掻こう?

誰も犠牲にならない方法をみんなで考えて、それでも見つからなかったらその時は三人一緒に死のう?」


 開いた手を胸に当て、彼は飲み込む。

 僕の意見を、自身のネガティブな部分を。


「……うん。俺も悪かった、死ぬじゃなくて生きよう、三人で」


 伸ばした手を、彼が受け取る。

 温かい。

 こうして手を取り合うことも最近は少なくなっていた、寒さの中の温かさを忘れていた。


「……頭、大丈夫?」


 どこか申し訳無さそうな顔で暗闇の中から戻って来たルゥがそう尋ねる。

 片方の手で頭を触ってみると二つのこぶが出来ていたがこの程度ならすぐに治るだろう。


「うん、なんともない」


「ごめん、やり過ぎた」


 謝る彼女の額も赤く腫れている。

 頭突きで自身が傷つくことは意外とない、頭突く方はある程度対処できるからだ。

 それでもルゥの傷が目に見える形であるということは、それだけ形振り構わないほどのことだったわけだ。


「コウは僕を殴って止めれないらしいから、これからも何かあったらルゥが殴って止めてね」


「……もう殴りはしないよ」


 ばつが悪そうに頬を掻きながら呟くルゥ。

 きっと嘘だろう、どうしても許せないことがあったら彼女は再び殴ってでも止める。その嘘を今は信じよう。


「方針の確認と、変更をしよう」


 ルゥの言葉で繋いでいた手を離し、焚き火を三人で囲む。


 決めたことは三つ。

 これまで通り道に一人は残しつつも、食料を優先的に探すこと。

 夜同時に寝る人数を一人までにし、常に二人で見張りをすること。

 村の話題を避けることは止めること。


 一つ目は僕の意見を聞き入れた妥協案だろう。

 一番精神的に不安定な僕の意見を取り入れ、全体の安定感を得る。

 二つ目は、全員の精神状況を考えてのことだ。

 僕だけなく、二人も相当に堪えている。その状況で一人寒さと暗闇に堪えるのは厳しい。

 夜に休息する時間が減り、昼に休息する時間が増える。その上食料を探す時間も増やす、今までと比べ進行速度はかなり劣るだろう。

 三つ目はきっかけのためだった。

 今までみんなの死から目を逸らし、口を閉ざして歩みを進めてきた。

 それが精神的な負担になっていたのだとしたら、たとえ悲しい思いをしたとしても昔を懐かしみ今を生きるために歩く原動力になる気がしたから。


「ありがとう、殴ってくれて」


「……だから悪かったってば」


 コウが睡眠を取り、二人で見張りをしているときに再び告げる。

 どうやら嫌味を込めて言われている気がするようだ、心の底から思っているのだが、今は何を言っても信じ切れないだろう。

 時間が経てばきっとわかってくれる、なら今は他の話題を振ろう。


「ルゥは普段、いつも冷静だよね」


「わたしは……まぁいろんな経験してきたからね」


「……僕も、同年代の子達よりはいろんな経験をしていると思う。

でもそこまで冷静にはなれない、割り切れないよ」


 一度死んでも、コウより精神的に追い詰められていることを表に出してしまった。

 こんな僕ならあと何度死ねばルゥのような冷静さを手に入れられるのだろう。


「割り切る必要なんてないと思うな」


「……?」


「怒りたい時に怒って、笑いたい時に笑う。それは別に悪いことじゃないよ。

あと、アメのそれは他の人よりも強いと思う、それがアメの強さなんじゃないかな」


 才能の話か。

 僕のは借り物で、コウが本物。でも僕にも光る何かがある。

 それの強さが感情的なことなら、一体なんの役に立つのだろうか。

 少なくとも命のやり取りにおいては冷静なほうが長生きするだろう。


 思ったことをそのまま伝えるとルゥは笑った。


「それは物事の一面でしかない。

アメほど感情的でなければ、自分の腕を燃やして時間を稼ぐことは出来なかっただろうしね」


 初めて狩りに出た時の話か。

 確かにあれは普通なら、少なくとも前世の自分ならできたとしてもやらなかったことだろう。

 焼け死んで、感情的になって、魔法が使える状況で。

 様々な要因が重なり、今の僕というものがある。もしかしたら何かが欠けていれば、あの日僕は死んでいたのかもしれない。


「まぁ時間が経たないとわからないことはたくさんある。

何気ない日々が尊いものだとか、だから今は必ずみんなで生き延びよう?」


「うん」


 素直に頷くことができた。

 もう自己犠牲を持って二人に生きて欲しいとは考えなかった、自分もつらい思いをする覚悟が出来ていた。



 僕が一人睡眠を取っている時、ふと目が覚め辺りを見渡す。

 コウとルゥが居ない、焚き火がまだ十分に残っているということは二人が消えてそんなに時間は経っていないのだろう。

 空を見る、雲が散りきっては居ないものの、所々星が見え雪は止み、雲の隙間からは月明かりが辺りを照らしている。

 二人が見張りの役目をサボるとは考えられない、同じタイミングでトイレというわけでもないだろう。

 嫌な予感こそしないものの、念のため辺りを探索してみるか。


 探知の魔法は使わず、焚き火を中心に円を描くように辺りを周る。

 すぐに二人は見つかった、声が聞こえたから。

 近寄ろうとして、木陰に隠れるように止まった。

 泣いていたから、故郷を失ってから一度も泣いていなかった泣き虫な幼馴染が。


「……コウにも前から言おうと思っていたんだけどさ」


「なに?」


 鼻水を垂らし、濁った声で聞き返すコウの頭を撫でながらルゥが告げる。


「男の子がそんなに泣くもんじゃないよ」


「でもさ……アメにあんなことまで考えさせて、あんな顔をさせて、俺ってアメの何なんだよ」


 僕ってそんなに酷い顔をしていたのだろうか。

 少なくとも涙と鼻水で顔を濡らし、滅茶苦茶な表情をしている彼よりはマシだと思うのだが。


「幼馴染だよ、男の子のね」


「男ならっ!」


 叫んだコウの声が途切れる。

 彼はルゥに抱きしめられていた、鼻水でぐちゃぐちゃな顔をぎゅっと胸に押し付け、彼女は黙らせた。


「男の子ならもう泣いちゃ駄目だよ」


 コウが泣き叫ぶ。

 今まで堪えた分と、これから流す涙を今流しきるように。

 それを全て受け止め、ルゥはそっと呟いた。


「でも、本当に添い遂げたいって思ったら、男の子でも泣いていいんだよ。

その子には弱さを見せて、支えるだけじゃなく支えられて。それが正しい男女の付き合い方だとわたしは思うな。

だから今は泣け、もうあの子の前で泣かなくて良いように、添い遂げようと思うその日が来るまで、いっぱい、いっぱい」


 あやし続けるルゥを見届け、僕は気づかれないようその場を離れた。

 コウが場所を変えたのは僕に泣いている姿を見られたくなかったからだろう、そしてルゥも今は僕に泣いている姿を見せたくはないようだ。

 なら今は彼女に任せ引こう、本来なら泣く彼を慰めるのは僕の立場だっただろう。

 でも僕が不甲斐ないから彼は泣いているのだ。

 今すぐ駆け寄って僕も慰めたい、その本来の立ち位置に立てない嫉妬にも似た何かを押し殺し、僕は焚き火の前まで戻る。

 少し火の弱くなった焚き火に薪を適当に入れ、体を丸め寝る体勢を整える。すぐに意識は落ちた。


 この日から泣き虫だった僕の幼馴染は死んだ。

 その命尽きるまで彼が涙を見せることは無かった。一度も。



- 怒りの三日目 終わり -

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