164.居場所
「俺はそろそろ引き上げるがお前はどうする?」
「ここで寝る」
「そうか。
またな、ソシレ。夜は吠えるなよ?」
去っていくシュバルツにソシレは喉を鳴らして答えた。
ソシレを屋敷に迎えたその日。
ヒカリは町を騒がせた後始末や、食糧、ソシレが生活するスペースを作るために必要な材料の工面。僕は実際に届いた食べ物を与えたり、興味を持って近づいてくる人々に挨拶をしたり、トイレのための砂場や、雨風を凌げる小屋、それに躾けや息抜きのための遊びをしながら夜が訪れる。 シュバルツもヒカリを手伝ったり、僕が大工する時に色々と手伝ってくれ、今はもう休む限界まで隣で頑張ってくれていた。
多少獣臭くなっても僕の部屋へソシレを連れて行くことも考えたが、トイレや食事の始末が困るので小屋が出来上がるまでは一人で野宿継続だ。野宿といっても庭で寝るだけなのだが。
「大丈夫だよ、僕が好きでやっていることだから」
どこか心配するような目でこちらを見つめるソシレを撫でる。
「ソシレこそお疲れ様。今日一日よく頑張ったね、朝まではもうゆっくり休めるから寝てていいよ」
そう告げならも僕はブランケットでソシレごと身を包む。
体温は毛皮のおかげで大丈夫だろうが、僕の香りが染み付いたブランケットは精神的に安らぐ、はずだ。
- 居場所 始まり -
「よう、よく眠れたか?」
「まぁね」
シュバルツの声で立ち上がり体を伸ばす。
日は昇り始めており、夜の間ぐっすり眠れたかと言えばソシレが動くたびに意識を浮上させる必要があったし、そこまで熟睡感は無かった。まぁ野営している時は何時もこの状態なのでさしたる問題はない。
「残りの端材、それに朝食だ」
「おおーありがとう。僕は仕上げに掛かるから、暇だったら餌あげてもらって良い?」
「あぁ」
「ちゃんと許可してから食べるようにしてね」
まぁシュバルツは昨日見ていたのでその辺しっかりとやってくれるだろう。
安心しながら大工道具を持ち、素材が足りずに六割程度しか完成しなかった犬小屋を作り上げる。こんな朝早くに開いている店も少ないだろうによく取り揃えてくれたものだ。
トイレ用の砂場に、食事と水を入れるための大きな木のボウル。そして屋根を取り付けた犬小屋、しっかりと『ソシレ』と歪だが名前を書いた看板を取り付けて、ついでにあわよくばこの子を気に入ってくれた子が食事代を寄付してくれないかと『エサ代』と書いたポストも用意した。
特に行動を制限する鎖などは存在しない。魔法のせいで強化できる肉体は魔道具で拘束専用に作られた鎖等ではないと簡単に破壊されるし、ただでさえ郊外から狭い場所へと住処を移動されたのだ。せめて庭が二つある屋敷で、室内には入らないよう躾をしつつも十分にのびのびと生活をして欲しい。
「完成か。どうしてここまで頑張れる? やはり贖罪か?」
「そうかもね。少なくとも両親を奪った後で子供を保護する行為に愉悦は感じていないから」
「……あまり背負い過ぎるなよ。お前の精神的な強さは幾つかの要因が重なって偶発的に生まれている表層的なものだ、不意に変わった衝撃を受ければ全て崩れる」
「忠告、痛み入るね。ふあっ……体拭いてベッドで寝てくる」
気に入ったように小屋へ出入りするソシレを横目で見ながら、僕は欠伸を噛み殺しながら数週間ぶりの自室を目指して歩き出した。
「久しぶりに完全休日じゃない? アメ」
「……今日ぐらいは許して欲しい。昨日までずっと休み無しで外で寝ていたからさ」
午前は寝て、午後から何時ものようにヒカリの私室へ訪れるとそんなことを言われてしまった。
「別に責めてないよ? 休むタイミングを何時も使用人の仕事するんだから、定期的にこうして休日を作ったほうが良いとは思うけど」
「僕にとってメイド業は休日です。というかソシレのせいでより休めなくなった」
「そのソシレは楽しそうに遊んでいるけどね。他の皆も思ったより早く受け入れてくれて助かったね」
微笑ましそうに窓から見下ろすヒカリに並んで中庭を見る。
休みである使用人達がボールを投げたりしてソシレと遊び、万が一に備えて親衛隊のおじさんが近くに控えているが初めの緊張はどこへいったのやら。自分の子供がはしゃぐ姿を眺める保護者の表情で皆が走り回るのを眺めている。
……あ、今エリーゼが我慢しきれなくなった息子に引っ張られて渋々ソシレに近づいている。エイト君だっけ。五歳ほどに成長し元気に屋敷でちょろちょろしているのはよく見る。
ソシレは初めて見る顔に警戒しつつも、無邪気に近寄る子供を自分が守る対象だと認識したのだろう。背中にエイトを乗せると、あまり激しい動きはしないよう歩き回り、きゃきゃきゃと少年が笑うのがこちらからでもわかり思わずクスリと微笑んでしまったところでソファーに戻る。
「ソシレは再び良い風を運んだようだな」
「再び?」
「さぁな」
聞くだけ野暮なものなのだろうか。
ただ最近シュバルツからしっかりと信頼関係を築けている実感は悪くない。
「そういえば親衛隊の人間には魔道具を付与する風習か、規則があるみたいだけど」
「あぁあるな」
「僕貰ってない」
「……いるの?」
きょとんと僕の顔を見て首を傾げるヒカリ。
「いや、いらないけど」
「そっか、欲しいのかと思ってびっくりした」
くれるのならば欲しいが、既に腕に付ける二つの暗器にヒカリに一方的に場所を知られるチョーカーを個人のものとして保有している上、最大の武器は己の肉体だ。
なんか特別な効果を持つ短剣とか貰っても持て余すことは目に見えている。
「どうして配っているのかなって疑問」
僕の質問にシュバルツは主からどうぞ、と言いたげな視線を向けて、ヒカリは説明するという行為が面倒そうに口を開く。
「えっと、単純な戦力増強に、リーンという家への忠信感増強が目的。士気や帰属意識って物は大切でね、お金を払って守る家だけじゃなくて、こうした人々が住んでいて、自分のために特性の魔道具を作ってくれる。そうした意識が大切だと私は、リーン家はそう思っているの」
人の上に立つ人間の思想、そういったものか。
まぁある程度予想していたが、実際に行動しそれが人々に影響している様を見ると感慨深いものが湧いて来る気もする。
「アメは理解できなくてもいいよ。誰かに引っ張られて生きる人間でも、誰かの上に立つ人間でもないからさ」
想像が当たっていたことを実感する様子が、理解できずに呆然としていたように見えたのかヒカリはそう僕に言ってのける。
「……じゃあどんな人間なの?」
「そのままでいいって事だ」
知った風な顔をして微笑む二人に、僕はぼんやりともやもやを抱える。
ただ、中庭から時折聞こえてくる笑い声に、鳴き声が、心地よかった。
- 居場所 終わり -




