154.王手
「お前達を呼んだのは他でもない」
御託も無しに確信へと入り込む現国王。
「一つ尋ねよう」
自身に利を齎さない者は容易く切り捨て、有益である存在は丁重に扱う傲慢さ、その"わがまま"と見た目から裏で呼ばれるあだ名は幼姫。
「どうしてお前達は竜を殺したがっているんだ?」
あまりにも鋭く、俊敏に、その視線は僕達の根源へと触れた。
- 王手 始まり -
「……」
沈黙を選んだ、あるいは咄嗟に言葉の出なかったヒカリに習い僕も口を硬く閉ざす。
不用意に一般人である僕が出しゃばる気概はなく、何よりヒカリが不足ない対応に出られなかったのであれば、この爆弾とも取れる問いかけに僕が触れて安全に処理できる自負もなかった。
「答えない、か。当然だな、調べてもわからないほどに不明瞭な活動をしているのだから」
ヒカリの沈黙に、幼姫は笑う。
答えられないのではなく、答えなかった。
調べてもわからないのだから、知らせるつもりがないのだろうと。それが例えこの国の頂に存在する王相手だとしても。
「表向きは家のため、だったか?」
上へ伸ばした指を宙でくるくると回し、薄く笑いながらまず第一手と打って出た幼姫。
「竜を狩ることは、莫大な資産と名誉を得られると私は思っています」
絶対的な強者故に、その素材を市場に流通させていない竜。
もし狩ることが出来たのであれば、鱗一枚で家が建ちかねないその体は一体どれだけの資産的価値を齎すのか。
金だけの話じゃない。
レイニスの西に居付き国に脅威と見做されている炎竜。打ち倒したのであれば国に多大な貢献を上げ、貴族ならば王の膝元へ、貴族ないのならばその名をセカンドネームとして貴族に成り上がることなど容易。
竜を倒すということはこの世界ではそういうことだ。過去にあったと謂われている戦争以来、一度たりとも討伐を果たされていないその事実。二百年ほど前にまっさらにされた浅い歴史に、名を残すことが可能になるほど。
「ふん、妥当……あぁ、妥当すぎる。でもそれならば大々的に宣伝し、多くの優秀な兵を募るべきだ」
「多勢で挑む行為は禁止されています故」
「うむ。そこまでも妥当だ。たとえ多勢の部隊を編成し竜を狩れたとしても、完全な名誉は得られない」
竜を討伐することは国から推奨されている。そして竜を討伐するのに、二桁に届く人数で挑むこともまた禁止されている。
これは過去の騎士団による攻撃が竜の逆鱗に触れ多くの民を犠牲にしたことから来る妥当な警戒。
会話のレールに乗せられていることがわかる。
そしてそのレールが向かう先を想像すると、今ヒカリと会話している姫様がどこかのアホな幼馴染のような感覚すら覚える。シィルやルナリアと同じタイプ。名ある立場と考えたら後者に近しく人をからかって済ませる存在ではない事が懸念になる。
正直面倒だ。従者の分際で主が王と謁見する場に立ち会っているのも変だし、ちょっと美味しいもの食べてくる、とでも言ってさっさと逃げたい。
「でも、だ。なぜそこで少数で挑むと決めた中に、リーン家の一人娘であるお前が入るんだ?」
この点は致命的だ。
ヒカリ自身が戦うことは明確に外へと示しているし、竜と少女の力の差を理解できないほど愚鈍ではないことは、ヒカリと接する人々が皆知っていることだろう。
「……私が、私であるので」
その言葉の意味を僕は痛いほど知っている。
誰よりも、ヒカリが今のヒカリ足りえるように、僕が、アメという存在を確立するのにはそうした過去があるからだ。
貴族の娘がその手で竜を打ち倒す。ハイリスクハイリターンが一見通用しているようなすぐに剥がれる様な嘘ではなく、例え歪でも自分自身に嘘を吐かない事を彼女は選んだ。
「どういう意味だ? 祖父の仇を討つように幼い頃から育てられたのか?」
外から見ればそのような可能性も見えるのか。
ユリアンの父……ヒカリの祖父、ガロンの仇を討つように幼い頃から呪詛のように刻み続けてきた。そんな内情を知っている僕からしてみれば鼻で笑いそうになるありえない可能性。
「……」
「そのメイドが来てから更に変わったらしいな。死人に命が宿ったように、トカゲが翼を得たように。活動の激化、それも今までとは色を変えたように。
それでもまだお前達は死にたがっているという、奴隷上がりの縁の無いメイドと手を取り合い、再び得た命を自ら捨てるように」
少し冷や汗が垂れる、あくまで例え話だったのだろう。
"死人が命を得た"その比喩表現は偶然にも確信に触れて僕の体を萎縮させる。
話しぶりから察するに本人は気づいていないし、その言葉が出たときの僕の反応にも気づいていないのが幸いか。
国のトップに立つ人間は永遠を求めると相場が決まっている、勝手に転生した僕達を知ったら解剖し少しでも不死に近づこうとするかもしれない。モルモットは嫌だ。
「お前達は何を隠している、誰もが呼吸するように得られるそれが劇薬だったのか? それとも竜の先に何が見えている?」
「……」
ヒカリは沈黙を貫く。あくまで伝えるつもりはない、ということだ。上辺の理屈が通じないのなら、これ以上話すことは何もない。いつの間にか傍にいるだけだった僕も会話に巻き込まれているが、主がその態度を貫くのなら僕もそれに従うまでだ。
でもこれそろそろ怒らないだろうか。本人は楽しそうに会話しているが、僕達はほとんど口を開いていない。一国の王に対してこれはあまりにも無礼が過ぎると思うが。
「……まぁ今日はこれぐらいにしておこう」
ただ望外にも怒りも見せずに幼姫は引いた。
「今日を逃せば二度目は無いと思いますが」
やめろ、突くな。
「無ければ作ればいい、だろう?」
会話は終わりだと目を伏せる幼姫に礼をして僕達は去る。気づけば辺りの喧騒は大きく、人々の視線は僕達に注目していた。
仕方ないだろう、他の貴族達と同じような時間をユリアンとは別に使っていたし、従者を随伴させるとは異例もいいところだ。注目されたことで悪影響がなければいいのだが。
「ご苦労、二人共」
「心臓が飛び出て死ぬかと思った……」
ユリアンが取っていてくれたのか冷たいグラスを人目憚らず一気に呷る。喉を流れる冷たい水流に……遅れて続く体の芯に火を灯す様な感覚。
クソッ、これアルコールじゃねえか。ユリアンは僕が飲まない人間だと知っているので気づかなかっただけだろう、慣れない高揚するような感覚に毒へ対して行うような解毒魔法を行使する。
「これで終わるような人柄ではないと思うのだけれど」
僕と同じ飲み物を澄ました顔で上品に喉もまともに動かさずに次の貴族を呼んで応対している幼姫を見てヒカリはそう呟いた。
気づけば僕達に浴びせられている注目は大分減っていた。多少異質な様子で会話は進んでいたものの、特筆するような動きを見せることはなかったからか。
何かがあるだろうタイミングで、何も起きなかったせいで僕が呼ばれたのはただの気まぐれか間違いだったと思われているのだろう。
こちらからしてみれば未だリンカネート王は計り知れない人物。
後々こうして顔を見せただけのような事象が大きく影響してきたり、後日動きがあるのだろうがとにかく今は一息つけるということだ。
相変わらず不慣れな場であることは変わらず、飲み食いするものや周囲で不自然な動きがないか警戒こそするものの、気づけば限界まで張り詰めた一瞬から抜け出せたおかげで大概の事は気にはならなくなってしまった。
- 王手 終わり -




