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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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15.戸惑いの一日目

「……もう、大丈夫。おろして」


 辺りの景色は木々が無事な場所まで来ている、距離にして村から三キロほどだろうか。

 途中で雪が降り始めたおかげで、火災もじきに収まるだろう。


 ルゥに突かれた一撃はここまできてようやく治りきった辺り、内臓に致命的な損傷を与えていたのだろう。

 それに怒りを覚えることも今はない、あの状況ではそれが最善だったと分析できる程度には頭も冷えてきているつもりだ。


「大丈夫じゃない人間はみんなそう言う」


「怒りと悲しみでどうにかなりそうだけど、衝動的に何かをすることはないよ。それにルゥがもう限界でしょ?」


 体力作りをせず、魔力もそこまで多くない彼女はもう限界に近いだろう。

 現に走る速度は全力の半分程度しかなく、抱えられている僕に伝わる振動が大きくなっているのは疲労で走り方が乱れているのだろう。


「……そこまでわかっているならいいよ。コウ、一応アメが暴走しそうになったら止めてね」


「うん、わかってる」


 大きな木の下で三人で座る。完全に雪を防ぐことはできないけれど、遮るものが無いよりはかなりましだ。


 コウが息が少し乱れている程度に対し、ルゥは肩で息をし、肌は紅く染まっている。

 魔法で体温維持ができていない上、太陽が見えていないにも関わらず紫外線で肌が痛んでいるに違いない。

 マントのフードを被り、露出した肌を抱きしめるように庇いながら震える彼女を見て、コウと二人で木を刈り水分を飛ばし、簡易的な薪にする。


「……ありがと」


 顔を上げ、燃える焚き火を見て彼女はそう言い、すぐに膝に顔をうずめる。

 ほとんど魔力が枯渇し、徐々に回復する魔力を体調維持に必死に回している最中なのだろう。

 僕自身も走り続けた後に、立て続けに身に余る魔法を行使したせいで魔力は半分も無い。

 あの時、無限にも思えた魔力は今は影も無く、普段通りの、いや普段よりも少ない魔力回復しかしていない。

 コウは十分に余力はありそうだが、もしいま二匹以上のウェストハウンドに襲われたら対処できないだろう。

 当分動けない今、僕達にできることは襲われない事を祈るだけだ。


「ごめん、無理させて」


「しょうがないよ、あんなことがあったんだもの」


 あんなこと……村が文字通り消失した事実。

 それを認識し負の感情が体を渦巻く、けれど理性でどうにか押し留める。

 今再び暴走してしまったら、三人のうち誰かが欠けてしまう現実に直面するだろうから。

 だから今は押し殺した、大切な物達を失ってしまった事実から目を逸らし忘れ、何故起きたかわからない危機的な状況に対応する術を模索する。


「誰かアレから生き残った可能性は?」


「……凄く少ないと思う。父さん達は今日村に居るって言ってたし、他の人が村から遠く離れることは少ない、爆発から逃れた、それか耐えられる可能性は……」


 僕の問いにルゥは俯いたまま沈黙を守り、代わりにコウが答える。

 万が一の生存者と合流するため、再び竜がいるかもしれない範囲に戻り、あても無く探し回るのは無謀だ。

 切り捨てるべきだと思った、誰かが生きている可能性も、生きていたとしても見殺しにすると。


「生存者は、いない」


 真意を汲み取り、僕の言葉に頷くコウ。


「これからの目的は三人で都市レイニスにたどり着くこと」


 三人で隣街であるレイニスまでたどり着く必要がある。

 誰一人欠けることも許されない。

 もう、誰も。


「問題点を考える。道は?」


「……覚えてる。ただ舗装された道から大きく外れるのはやめて」


 顔を上げ、ルゥがそう言う。おそらく記憶に自信がないのだろう。

 呼吸はある程度と整えており、真っ赤に染まっていた肌も薄く色づく程度に収まっている。


「所持品を確認しよう」


 僕の短剣に、外套を含めた衣類一式。

 小さな鞄には昼に食べきれなかった保存食の残りが僅かにと、狩りをしていた時に集めておいた数個の木の実。

 コウはショートソードに盾と衣類。武具が重い分余計な荷物は持たず、それだけだ。

 ルゥは短剣二本と衣類。ポケットにしまってあった小さな袋に愛用の干し肉がいくつかと、紙のお金と硬貨が何枚か入っていた。


「食料が問題か……」


 竜の気配に怯え動物達は臆病になり捕まえられず、植物は冬でまともに取れない。

 こうなってしまっては日帰りで狩りをしようとし軽装だったことすら悔やまれる。


「どっちがいいかな?」


 コウの問いの意味はわかる。

 移動を急ぐか、飢えを防ぎながらゆっくりと進むか。

 移動を急いだ場合は飢えと疲労に怯え、食糧確保を意識したのなら寒さと獣の襲撃回数が怖い。


「何日だっけ、町まで」


「急げば14、急がなければ18日」


 ルゥが告げる事実、最低でも二週間は屋根の無い森の中で生活するしかない。


「わたしは急がないほうがいいと思う」


「その心は?」


「……四日増えても大差ない」


 もっともだ。

 四日かかる道のりを八日かけるなら二倍だが、十四が十八になったところで五割も増えていない。

 幸いサバイバル能力はここ数年で鍛えているのだ、なんとかなるだろう。


「でも今日は……もう休もうか」


 もう暗くなった辺りを見て呟く。冬の夜は長い。



 夜は一人が見張りで起きて、二人が休むことになった。獣達は竜に怯えて当分活発には動かないだろうから、体力を温存する判断だ。

 戸惑うコウに無理やり張り付き、なんとか体温を維持し合い睡眠を取ることに成功したルゥ。

 コウもこの状況では性別を意識している場合ではないと判断したのか、すぐに諦めて意識を落とせたようだ。


 仲良く寄り添い眠る二人を見て思う、寂しいと。

 嫉妬ではない、もうあのように家族と寄り添うことができないと思うと心が苦しい。

 苦しい、ねじ切れてしまいそうなほどに。胸を押さえる、鷲掴みにし少しでもほぐれないかと期待して胸を掻く。

 また失ってしまった、家族を。目の前ではなかったけれど、焼け死んだわけではなかったけれど、手の届かない場所で炎に殺されたのと変わりはしない。

 守ろうって思ったのに、一度辛い目にあわせてしまって、救うことができなくて、今度こそ守ってあげられる、そう思っていたのに。

 胸を掻き毟る。どうか少しでも痛みますように、二度守れなかった後悔を忘れず、亡くなった人達と同じような痛みを味わえますように。


「……アメ、火」


 コウの声が聞こえ、俯いていた顔を上げる。

 焚き火の炎が小さくなり、体温確保が難しくなっている。

 慌てて薪をくべ、火を大きくする。


 ごめんなさい。

 そう言いかけて、既にコウが眠りに落ちているのを見て口を塞ぐ。

 ごめんね、じゃなくてごめんなさい。何言いかけているんだろう、コウ相手に。


 弱気になってはダメだ、三人のうち一人でも崩れてしまったら容易く他の二人まで巻き込んでしまう。

 考えないようにしないと、何も。

 火だけを見て、夜を過ごそう。交代の時間まではまだまだあるのだから。



 夢を見ていた。

 それが夢だとわかったのは、懐かしい夢だったからだ。

 村のみんなが燃え、助けを呼ぶ声がする。

 熱い、痛い、苦しい。

 そんな声が四方八方から聞こえる、夢だとわかっていても助けたいと願う。

 魔法で水球を生成しようとして、失敗した。

 一番慣れた魔法のはずなのに、夢の中で上手く走れないように。

 魔法が駄目なら、直接水をかけよう。

 そう思い井戸の場所まで走る、すると見慣れた人物が見える。

 父親だった。

 燃えながらも彼だとわかるその巨漢は、井戸に縋りつくように倒れていた。

 待っていてください、お父さん。

 そう言おうとした声も上手く出ない、でも、体は動く。

 水を汲み上げようとし、桶を垂らして気づく。

 ……井戸が、枯れていた。

 父親が何故ここまで来て力尽きたのかがわかった、希望を井戸に託し、絶望に屈したからだ。

 させない、させてなるものか。

 絶望など、愛する父親にそんな感情を抱かせてなるものか。

 上着を脱ぎ、服で必死に火を消そうとする。

 人間を元に燃えているとは思えないほど勢いの強いそれは、すぐに外套を燃やし使えなくした。

 屈してたまるものか。


「アメ、もう……いいんだ……」


 声が聞こえる、まだ息がある。

 魔法も駄目、水も駄目、衣服でも駄目。なら、あとは手で火を払いのける。

 夢とは思えないほど繊細で、懐かしいとすら感じる痛みが手のひらを覆う。

 それでも手は止めなかった、家族を守れないのなら燃え尽きて死んでしまってもいいと思ったから。

 だから、火が移り、自分が燃え始めても手は止めなかった。


「アメ」


 父親の声が聞こえる。

 まだ、手は動く。助けられる。


「お前は、俺達の雨じゃなかったんだな」


 手が止まった。



「……メ……丈夫! ここにいるから!」


 コウの声が聞こえる。

 そこに行きたい、でも何かが纏わりついて僕を放さない。

 動く箇所を探し、そこを起点にどうにか抜け出そうとする。


「俺だよ! コウが掴んでいるから、逃げようとしないで!」


 そこではじめて目を開けた。

 コウに抱きしめられているのがわかる。


「あぁ……うん、もう大丈夫」


 自分を掴んでいるのが彼だとわかるなら、もう暴れる必要は無い。

 コウも落ち着いた僕を見て、そっと体を離した。


「大丈夫? 凄くうなされていたけど。何度声かけても起きなくて……」


「ねぇ」


「なに?」


「僕、みんなの雨になれなかったのかな」


 アメは村に雨を降らして、コウは光で村を照らすの。

 そうしたら村という種はぐんぐん育って、いつか綺麗な花を咲かせる。


 母親と、コロネが嬉しそうに笑っているのを思い出す。

 同時期に産まれるだろう子供に、ちょっとした願いを託したのだと笑っていた。

 その笑顔に、コウが重なる。

 コロネの優しげな表情が、よく彼に似ていると思っていた。

 でも、今はまるで逆の表情をしていて。


「アメが、そうじゃなかったのなら、俺もそうじゃなかったんだと思うよ」


 泣きそうな顔をしながら、それでも何かを、何もかもを飲み込んでようやく口にしたような表情でコウはそう言った。


「……僕たちは、雨と光だったね」


 言えなかった。彼もそうじゃないとは言えなかった。

 育てた種は燃えてしまったとは言えなかった。



「ダメ、何も見つからない」


 少しして、その場に居なかったルゥが戻ってきた。

 どうやら近場で食べ物を探していたようだが、何も見つからなかったみたいだ。

 帰ってきたルゥと三人で僕の残していた僅かな保存食を食べ、日が昇ると同時に歩き始めた。



- 戸惑いの一日目 終わり -

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