147.認識の外側
「あら、アメ。おはようございます、珍しいですね朝から。何の御用でしょうか」
「……エターナーさんがわざと呆けていることを心から願っているんですが。あの仕事取っておいてくれましたか?」
テイル家の人間ついでに犬を散らし、その後日。今日は午前中の使用人を休むことは既に伝えており、僕はヒカリを連れず一人案内所へエターナーを尋ねに来た。
流石にこの時間帯は人が少ない……恐らく昨日から呑んで眠り込んでいる冒険者らしい男性一名を除いて他には職員以外居ないが。
いい加減タバコは仕方ないにしても、アルコールを出すのはやめたほうがいいと思う。暴走されるたび面倒だろうし。
「はい、例の仕事ですよね?」
「そうです、下水道の奴。ヒカリですけど、中身あれでも貴族のお譲様だからさ、糞尿に塗れた仕事は人の目を気にしてさせたくないんですよね」
「彼女にこうして一人で仕事を請けに来たことは隠せているのですか?」
「ばれてるんじゃないですか?」
「それは問題では……」
「問題なんかどこにもないですよ。ヒカリは気づいていないフリをして、僕は気づかれていないフリをする。ね? 問題ないでしょ」
いつものことだ。互いが互いのためを思っている以上、隠れて何かをしていても害は無いので放って置く。
止める間も無く何かあってしまった時は二人で手遅れだと叫びながら笑って地獄へ落ちよう。
「あなたはそれで良いので?」
どこか情を込めて心配をした様子でこちらを見てくるエターナー。
これがユズの言う成長ならば確かに成長しているのだろう、赤の他人でもこのしっかりとした感情表現には気づけるはずだ。
「人の目を気にせず、ただ目的に向かってひたむきに走り続ける。それが僕だから、それしか知らないから」
誇り高い理念でも、竜を殺すための妄執の一部でもない。
ただの馬鹿の一つ覚えだ。基本的にこれしか知らないと、僕は軽くそう告げた。
「アメらしいですね。
依頼は一人で受けるのですか? 危険度は未知数です、何が起きるかわからないので可能であれば誰か一人でも連れて行くことをお勧めしますが」
仕事の詳細を聞きながら思い浮かべたのはとある人間。
「その点は大丈夫です。一人最適な人材に心辺りがあるので」
「それは良かった」
「それじゃ……行って来ます」
「えぇ、行ってらっしゃい。ご武運を」
何か出たとき無事に帰ってこれるかな……思わず仕事内容を確認して僕はそう心の中で零してしまった。
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「そうして俺に白羽の矢が立ったというわけか」
えらく目付きの悪いシュバルツ。
多分機嫌が悪いわけではなく元々こういう目付き……だと思う、まだ。
「手伝ってくれる?」
「乗り気じゃないな。流石に衛生面で大きな問題のある仕事は抵抗がある」
それが問題だ。誰か一人に助力を請うて報酬半額ね! と手を打ったところで、ココロは女の子だしあまりこんな仕事には誘いたくない。アレンも頼めば普通に付いて来てくれるだろうが、僕主観では未だ半分彼は恩人だ。同様に気が退ける。
シィルやツバサは立場上気軽に頼めないし、他に戦える私兵の人はこうした依頼を手伝ってもらえるほど親しい実感がない。
結果滅茶苦茶忙しい身と知りながらも、僕はシュバルツに頼むほかないわけで。
「じゃあヒカリ連れてく」
予め用意していた言葉を舌に乗せる。一層剣幕が酷くなり、赤の他人ならばすぐさまこの場を去るか、敵なら殴りかかりたい。
「……脅しつもりか?」
「そう思うのなら」
「脅しに、なっていないな。お前は俺が断れば、必ず一人でその仕事に赴くだろう。主に何も伝えず、死ぬかもしれない依頼に答えて」
一つやれやれと額を押さえて深い溜息を吐く。
「もう少し、人を信頼し頼ってみてはどうだ」
「と言うと?」
「素直に『不安なので一緒に付き合ってください』、それでいいんだ」
「それだけで一緒についてきてくれるの?」
「……俺はお前をそれなりに評価し、信頼しているつもりだ。主関係無しに、お前が助力を望めば俺は手を貸すぞ?」
「そういう恥ずかしいことよく本人に向かって直接伝えられるな」
「逆だよ。本人に伝えねば、一体誰に伝えるというのだ」
恥ずかしいことを酷くまじめな様子で柄にも無く語る彼に思わず込み上げていた笑いを理性で抑える。
まぁ最もだ。この男はヒカリに価値観が傾倒し、一般人と比べれば酷く歪んでいる常識を持っているが、それでも間違ったことは言った例が無い。
精神年齢逆じゃないのだろうか。その時まで無理だとわかっているが少しでも大人になろう、僕。
「手伝ってください、お願いします」
「あぁ。仕事の詳細を」
しっかりと頭を下げて頼んだ僕の願いを、シュバルツは気持ちを察してか簡単に流して情報を促した。
「下水道整備の人間が二人行方不明。初めは別の要因で行方が知れないかと思われていたけれど、次いで作業に向かわせた二人の職員が何か白く大きいものを見たと怯えながら帰り証言」
恐怖で混乱していたため大きいものと白い物が同一のものですら怪しいが、もしこの情報が正確であったのなら本当に白いワニでも生息しているのだろうか。
「仕事内容は国から出された物で、異常が無いかを確認、脅威が存在したのであればその排除」
「何も居なくとも数日掛かるかもしれないな。下水道の環境はどうなっている?」
「衛生面はお察しの通り。雨でも降らなければ水位は緩やかで浅いだろうから隅にある通路が使えるとの事。
ある程度空間と通気は確保できているからランタンは使っても大丈夫らしいけど、戦闘に炎や雷を扱うのは避けたほうが懸命かも。最悪爆発する」
投げナイフは持っていくが手榴弾に煙玉はお留守番。
水分はまだしも食料もわざわざ持っていく必要がない、あとは下水道の入り口に体を洗える物でも置いて置けば良いだろう。
「お前、執事服以外本当に他の服持っていたんだな」
汚れても良い服装に着替えて合流した時点で、僕の口から真っ先に出た言葉はそれだった。
記憶が正しければシュバルツが執事服以外を着ているところを見るのは初めてかもしれない。
「……確かに見る頻度は少なかっただろうが、お前の前でも何度かこういった服装の姿を見せたことはあったぞ」
「……うそ」
即座に否定された記憶の正当性に、僕はもう忘れまいと彼の姿を刻み込む。
比較的ゆったりとした服装に暗器を詰め込んでいるアレンや僕とは違い、シュバルツはピッシリとしたズボンに色の濃い上着をつけている。汚れても目立たず洗浄できる色合いに、人相手に戦うわけではないのだから不要な小道具は置いてきたのだろう。
「事実だ。お前は本当に他者へ向ける関心が薄いな。それなりに近しい距離で接している人間の服装に気づかないとは」
冗談を言っている様子も無く淡々と述べる彼の言葉に僕は動揺を押し隠す。
「でもココロが普段和服を着ていることは覚えているよ」
ココロはレイニスでリーン家に雇われてから、刀に元々惹かれていた前例もありすぐさま身の回りの服や小物を和の香りが漂うものへ代え始めた。
私服としては裾の長い和服を楽に着崩して、戦闘用の服としてまで裾が膝下程度の和服を用意する徹底様だ。
あまりにも新調している様子が多かったので、念のためアレンに日々の借金返済はどうなっているのか尋ねたらこちらはしっかり行われているようだった。
ただこれぐらいの年頃は色々と物入りだろうとボソリ呟いていた辺り少し甘くしているのかもしれない。本来返さなくて良いと主張していたココロという商品の値段……それに娘が存命ならば丁度ココロぐらいの年頃だっただろうから、重ねず甘くするな、と勧めるのは誰にも得が無いだろう。
「あぁ、あの面倒そうな服か」
「強く同感、とだけ」
その返答に気になるものでもあったのか、少し進め始めた歩みを止めてシュバルツは僕へと振り向く。
「……お前結局精神性別はどっちなんだ?」
「自分でも目下苦しみながら悩んでいるので聞かないで」
「悪かったよ」
「朝食を抜いておいて良かった」
「俺は突然聞かされたからしっかり食べたのだがな……」
鼻が捻じ曲がりそうだが眼球に刺激が来るまでもない絶妙な悪臭が漂う中へ身を下ろし、二つの光源をもとに暗い空間を見渡す。
横幅は五メートル前後、天井もそう高いものではない。ただ地面はヌルヌルしてよくわらからない苔か植物が生えていたり、壁にはびっしりと黒い塊があるかと思いきや明りを向けると虫の塊だったようでどこかへ逃げていった。
不安だったランタンの火も大事はないようで、多少揺らしてもすぐにポンっと爆ぜる様子はないのでしばらくはこのまま進んでみることにする。二人では隊列もクソも無いので身長の低い僕が前に、後ろに居ても前方の視界を確保できるシュバルツは後ろで進むことにした。
「凄いな……歩けば歩くほど食欲が失せてくる」
「それでも消耗した分は今日中に補充しないと倒れちゃう」
「食事時まで鼻等に臭いがこびり付いていないことを願うが」
光源の外にある光景など見えない暗闇、自然に過敏となる聴覚は汚水がドロドロと下流へ流れていく音しか聞こえず、適当な雑談で緊張を解しつつお互いの安否を確認する。
左手にランタンを、右手には短剣を。シュバルツも同様のスタイルになることはわかっていたので、普段取り回している短剣より大きめのマチェットを一本持っている。
度々休みながら、まぁ環境が環境なので十分に休めず、いや休みたくも無く、さっさと今日の分である範囲の探索を終えてしまおうと一先ず作業員が何かを目撃したという箇所まで辿り着く。
三十分前後か。それほど大きくない町、それも一応整備されている下水道なのでもう少し楽に辿り着けるかと思ったが、視覚が大きく制限されている空間では閉塞感から先の見えない不安感まで精神的圧力はテンコ盛りで、上手いこと行進を進めることが出来なかった。この経験は今後の参考に繋がるだろう、そうそうこういった環境を探索する機会は無いだろうが。以前探索したあの遺跡ですら光源は生きていたので、洞窟でも冒険しなければ。
「何か見当たるものをはあるか?」
「んー、すぐには。僕は反対側見てみるから、平行して進んでこの辺り見てみようか」
「わかった」
その返事に僕は跳躍し、一瞬地面の滑りで転びそうになったのを踏ん張って堪え恥をかかずに済ませた……これ、激しい動きするとき靴の裏に簡単な魔力で支えを作ったほうがいいな。濃度を強くし過ぎて舗装された箇所を削りかねないが、転んで一大事になってしまうことを考えたら怒られた方がマシだ。後頭部打つとか、中央の水路に落ちるとか。
「こちらは今のところ何も見当たらないな」
「こっちも……ん?」
「どうした?」
「何かある。棒みたいなものが落ちている、ちょっと近づいてよく見てみる」
二十メートルほどか。二人で光の届く範囲を確認しながら進んでいるとシュバルツの方は何も無かったらしいが、僕のほうで何かが見える……白い?
「人骨、かな」
ナイフを置き、代わりに落ちていた骨を右手に持つ。
サイズ的に大人の大腿骨だろうか? あまり人の骨を見る機会がないので詳しい部位はわからないが、少なくとも人かそれに類似した生命のものと予測は出来た。
「状態は?」
「えっと――」
見えやすいように視線まで骨とランタンを掲げ、まだ落ちきっていない削ぎ切ることの出来なかっただろう肉の腐敗度、それから行方不明を確認できた大体の時間を思い出しそれらが一本の線として何かを閃かせようとした時点で激しい音が聞こえた。
「――すぐさま跳べ! どこでもいい、そこから離れろ!!」
その音がシュバルツの声で、何故そのような言葉を発せられるのかを確かめようとする体が訓練により反射的に従い地面を蹴る。
宙を翻りながら現状を把握しようと水路へと向けた視線が、初めは小さな気泡から大きな牙を覗かせる巨大な口を見せ……それが未だ僕の体に届きかねない至近距離であることを認識した。
次に理解したのはヌメヌメとしながらも意識を揺らすには十分に硬い地面、そこに引きずり倒されている自分の体、ランタンは手から離れ火を落とし、右脚の膝上までしっかりと尖った無数の何かで挟み込み放そうとしない暗闇に潜む存在。
「踏ん張れっ!」
水路があったはずの近しい場所で声が聞こえるのは、その未知の存在にシュバルツが通路にランタンを置き組み付いているのか。
ただ一向に僕を引きずり込もうとする力は衰える気配がなく、手放している短剣の代わりに咄嗟に突き立てた爪が数枚容易く剥がれ体がその分移動した刹那の時間、僕は体を支える腕を自身の右脚に破壊魔法を込めて振り下ろした。
無数の刃が突き立つような痛みから、ただ右脚が無いという一つの痛みに変わった所で現状が変わるわけもなく、想像以上に絶体絶命ではないのかと暗闇で焦っていると僕の右脚ごと水没していった存在の代わりにランタンを持ちこちら側へ跳んでくるシュバルツ。
「大丈夫か!?」
「全然っ、ただここで引き返してしまえば本当に取り返しのつかないことになる!」
切り落とされぐちゃぐちゃに噛み砕かれたとしても足を取り戻せれば一時間もあれば自分で元通りにくっつけられる。
ただその元となる素材が一切取り返せなかった場合は別だ。一年、場合によっては二年も無くなった事が当然になった体へ、本来あるべき姿を思い出させるために治療の時間を必要とするだろう。
「わかっている。アイツが何かする余裕を与える前に、胃袋から足を引きずり出すぞ」
「ランタンを貸して。自由には動けないけど、光源を守ることと囮は兼任できる」
次何時飛び出してくるかわからない敵対存在、あるいは逃げ出さないよう警戒し最小限のやり取りで役割を分担する。
足の酷い痛みも、汚れた地面に切断面が触れて衛生面も気になるが、今一番恐るべきことは足を完全に失うことだ。それは今後の活動に大きな影響を出してしまう。
「こっちからは大きな口しか見えなかったけど、そっちはどんな生き物か見えた?」
一度下水に潜り込まれて、二度目何時来るかと待ち構えながらも情報を交換する。
「粗く硬い鱗に、長い尾。体表は泥で被われ確かではないが……恐らく白いワニ」
雪が降るほど寒い地域だが、魔法という影響かそれとも戦争の後遺症で自然環境が狂っているのか、町の南側には多少ではあるが湿地帯が存在しておりワニもそこに存在している。
何の因果か体表は白く、どこかの都市伝説を実現してしまったようだ。かなり湿地帯からは距離があるので容易く町へ潜り込む事は無理、何らかの問題点が存在するに違いないだろうか今は……。
「噛む力は強いけれど、口を開ける強さは人でも勝てる。刃は通った?」
前世の知識を幾らでも利用して足を取り戻すことが最優先。
金稼ぎに知識を利用するのは主義に反するが、竜を殺せるかもしれない道を歩く足を奪われるだけは避けねばならぬ。事態はもうそこまで過ぎ去ってしまっている。
「多少手応えはあった……それよりも何故敵はまだ仕掛けて来ない?」
初めて接敵してからシュバルツが振りほどかれそれなりに時間が経っている。少なくとも戦闘時にはあまり発生しない時間的感覚だ。
「水位は……それほどでもない!? この辺りは僕の膝上程度ぐらい!」
魔力で汚水を操ろうとして、大体の水位を確かめるが少なくとも魔力的探知ではそう答えが返ってきた。
深く潜り込まれ逃げられたり、待ち伏せされている様子はあの口の大きさから想像できる体長からはありえない。
「ならば奴はどこへ……そもそもそうなると始まりからおかしいのではないか?」
小さな気泡が見え、次は口そのものだ。
――勘違いしていた! 前後の情報から勝手に不足している情報を補い、小さな気泡を始まりとしザプンと大きく波を立てて水中からワニが出てきた、そう錯覚していた。
けれどそもそもそんな水位はどこにも存在しない!
視覚は限られた光源で認識に大きな障害が発生している、鼻も死んでいるも同然。過敏な耳で得た情報を洗い流すより今効果的なのは。
「魔力探知する」
入り組んだ構造であまり意味を成さないと思い、最小限に行っていた探知を改めて行う。
自身を中心に霧状に射出する薄い魔力、まずは近くに居るシュバルツという魔力の塊に当たり跳ね返り、次に返って来た反応は。
「……左上? 刺激しないようにゆっくりと行動して」
近場で反応があったのは天井からだった。
お互いの魔力が反射し無意味にならないよう次いで探知をするシュバルツに、僕はゆっくりとランタンを反応があった箇所へ向けるが今一明るさが足りていないのか敵を視認できない。
「こちらも確認した、があるはずの場所に見当たらないな……いや待て、あれは傷口か?」
シュバルツの言葉に僕は既に行っている視覚強化に合わせ、意識して傷口らしきものが天井付近にないかを確認する。
「……見つけた。体色は白かったんだっけ」
「あぁ」
「擬態、かもね。余裕が無い、一瞬でけりをつけよう」
薄暗い中、体色が白いのであれば泥に魔法をあわせて壁や天井に同化することも効率的に可能だろう。
僕が知っているワニは他の爬虫類と同様に軽快な動きで天井を這いずり回る存在ではなかったが……そもそも街中に潜むワニを僕は知らない。
せっかく見つけた居場所。動かれ再び位置を変え隠れられたり、逃げられてしまえば目も当てられない。ここは僕の持つ最大の遠距離攻撃を出し惜しむべきではないと魔力を練り上げる。
「待て、それはっ!」
何をしようとしているのか理解したのか、慌てて制止する様子を見せるシュバルツ。
《辺り一帯爆発するなら、敵も巻き込めて手間が省ける!!》
やけくそを詠唱に託し、閉鎖空間でガスが溜まっているだろう中僕は躊躇わず威力を増した閃電で傷が見えている箇所を撃ち抜く。
電のあと遅れて収納される光源には使えないほど薄く輝く青白い魔法陣が消え去る時間を持っても、爆発が発生する予兆は見えなかった。
ただ着弾した箇所にある傷跡が、ぐらりと揺れて天井から落ちたタイミングで爆発を予期し、僕も庇うように構えていた体勢を解きシュバルツが跳んだ時点で戦いは終わったのだった。
- 認識の外側 終わり -




