表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
曖昧なセイ  作者: Huyumi
6/8
143/231

143.何かを信じる

 天気の良い昼下がり。

 まだ夏には少し早い季節だが、お日様の機嫌が良いからだろうか人の集まりやすい部屋だけでなく、ポツポツ他の箇所へも人が集まることが多くなってきた。

 廊下にはシュバルツとシャルラハローテが何か言葉を交わし、数えられる程度のやり取りですぐさま話題でも尽きたのかシロが俯き始め、それに申し訳なさでも感じているのかシュバルツもなにやら居心地の悪い様子で。


 特に間を取り持つ気持ちなどどこにも無く、当人同士適当にコミュニケーションすればいいじゃないかと、結果がどうであるかは知ったことないリーン家の家訓を言い訳に思い浮かべたら、どこか懐かしい前世の曲を思い出して鼻歌を歌うがタイトルまでは思い出せずに窓から庭を見る。

 先の二人とは打って変わり、家長であるユリアンに、メイド長のオーリエ、そして親衛隊隊長シィルという大それた肩書きを持つ三名が何をしているかと言えば、大した会話をしている様子も無くどうやら日向ぼっこをしている様子で。


 そんな真逆とも呼べる二つの人の繋がりを見てしまえば、以前ヒカリに言われたことを思い出してしまう。


『アメは勝手に知ったつもりでいるだけ』


 話していない事を耳で聞いたと錯覚し、伝えていないこともヒカリは気づけば察していて。人間、皆このようなものじゃないかと知ったふりをして、空気を読んだり憶測で対応して。

 そうした人間関係が人を孤独ではないと誤認させる。

 誰も自分以外の人という個体の在り方全てを把握し、共感なんて決してできやしない……自分自身のことですらわからなかったり、忘れてしまうことの方が多いのだから尚更だ。


 それが悪いことかと言えばそんなことは無く、寧ろそれが正常で。そうした人間という存在が交わりきれず生み出した孤独の空間の存在が、人を人足らしめるのだと僕は思う。

 僕が僕であるように、誰かがその人しか知らないものを持っている誰かでなければ、植物のような、同じ苗床から生まれだすキノコのような……そんな同一の存在になってしまうのだろうから。


 孤独と人個人の定義を菌類で当て嵌める……国語の課題にでも上手くまとめて提出できたのならどれぐらい点数を貰えたのだろうかと考えながら、その孤独の空間が記憶に限るとはいえ混ざり合っているヒカリとコウは精神的に大丈夫なのだろうかという疑念まで飛躍し、暴走し飛び跳ね続ける思考をヒカリの心底毎日楽しそうに生きている笑顔でどうでもいいかと忘れることにした。

 屋敷の皆様はほとんど休息に入っているがアメという人間の時間は午後からだ。僕にとってこの世界の時間はとても暇が多いと欠伸をしながら、屋敷を出て町へと一人足を向けた。



- 何かを信じる 始まり -



「クエイクという神父をご存知ですか? 確か十年ほど前まではこちらで冒険者の副業に働いていたのかと思うのですが」


 その十年前からあまり様子の変わっていない、何の宗教性も感じさせないような言わば無名の神を祭る教会で僕は手近な人にそう尋ねた。

 実際のところ神を信じている人間すらここイオセム教には半分も居れば良い方だと笑っていたクエイクの存在を、夢幻舞踏という欠陥技術をあそこで停滞させることに決めた一員であると、この前戦力の確認をするまで長らく開いていなかった記憶の引き出しから飛び出したついでにこうして尋ねてきたわけだ。


「クエイク、クエイク……クエ……あぁっ! 名前は聞いた事がある、少し待っていてくれ。詳しい人間を連れてくるから」


「はい、お願いします」


 軽くお辞儀をしてお願いしたものの、視線を再び上げて見れば既に僕が尋ねた男性は見当たらず。慌しい人だなぁと思いながら、その言葉の意味から既にある程度知っている事実を再確認する。


 待てと言われて何か出来ることも無く、他に会話できるような人も見当たらず。唯一宗教性を感じるような……感じないような祭壇に視線を向ける。

 イオセム教、この国に幾つかある宗教の最大勢力だ。町に竜が落ちてきてから、少しずつ竜信仰に比率は偏っているものの未だトップは健在。

 イオセムという神を主神として祭っているが、特にそのイオセムという神を模ったような偶像崇拝の決まり、もとい文化は信仰者の間で存在はしていない。そも大概のイオセム信仰者は口を揃えて言うのだ"神を信じても良い、別の神を信じることすらイオセムは赦すだろう" "神を信じなくとも良い、イオセム……とかいう神が言ったらしいし大丈夫じゃないかな"等など。

 性質上リーンという貴族の家とも密接で、熱心な信仰者から判断に迷った時のみイオセム教の教えに頼る名目上無信仰者は半数を超える。僕もどちらかというと後者に含まれるかもしれない。

 記憶が確かならばユリアンやカナリアもここの宗教派閥に所属していたはずだ……それが相互においてどれほどの影響を与えるのかと言えばまぁほぼ遊び仲間を探すサークルのような宗教に何かを与えたり影響を受けたりする余地などないだろう。有事の際協力関係を築けるかどうかすら希望的観測に入る。


 ……少し待てと言われてから二十分近く。

 あぁそう言えば人によって少しはだいぶ違うものだったなぁと眉間に浮き上がりそうになる血管を抑えつつ、やってきたのは酒の臭いを漂わせどこか不機嫌そうにこちらを見てくる中年の男性。


「お前か、あいつの話を聞きたいってのは」


「はい。少しの時間で構わないので話しては頂けないでしょうか?」


 恐らくどこかの酒場で飲んでいたところを先の男に無理やり連れてこられたのだろう。

 大変不服そうにどさりと音を立てて長椅子に座る男性に、僕は使用人の生活で習った良い姿勢による礼をあわせ、ついでにでき得る限り上目遣いで頼んでみた……いや、意識せずとも大概上目遣いになる身長なのだが。


「関係は? 隠し子か?」


「違います、知人が大変お世話になったというので出来れば顔を見たいと思い……そんな人柄なのですか? 彼は?」


 さっきから思っていたがこの男やけに言葉が少ない。酒が回っているせいか、それとも元来そういう人柄なのか。


「いんや、俺の知る限りアイツは女関連で問題を起こすような奴ではなかった」


 なかった。

 その過去形を確かめつつ、何か面白い物事でも思い出したのか声を出して笑う男に促され少し僕は離れて椅子に腰を下ろした。


「お前、神は信じるか?」


「……いえ、特にこれといって存在を信じている神は居ません。無論信じる人の神を否定するつもりもありませんし、信じる人には確かに神は居ると思っています」


「そうか。でもアイツ、クエイクの野郎は居ると何時も言っていた。それも身近な場所に」


 地雷を踏み抜かないよう気をつけて返事をしたものの、僕の言葉は適当に流されて話が進む。


「曰く神とは、黒い髪の少女が雷と共に、とな」


 ――あぁ、何となく話のオチに予想が付いた。


「奴が言うにはある仕事で共に肩を並べた少女が、自分の命を身を挺して守ったそうじゃないか。その後切り落ちた片腕を無視し、敵である緑色の化け物をバッタバッタと薙ぎ倒したと」


 だいぶ脚色され伝わっている事実に嫌な汗が止まらない。


「直接その仕事に居合わせたわけじゃねえが、酒に付き合うたびアイツは聞き飽きるほどそう謳うんだ"俺の神はここに居たぞ"って。

……どこに居るってんだ! こんぐらいの少女が、クエイクの野郎と肩を並べて戦えるほど力を持って、それも雷なんて物珍しい魔法を扱えるとか!!」


 もう帰ってもいいかな。

 そう思ったとき、今まで室内に響き渡るほど声をあげて笑っていた男はフフフと笑顔を噛み殺す。もしかして感情が顔に出ていたのだろうか。


「妄言にしてはあまりにもしつこく続いたもんだから、俺は半信半疑でその場に居合わせただろう人間に詳しく聞いたんだ。

そうしたらなんと言う答えが返ってきたと思う? 『神は居なかったが、確かにそのような少女は実在した』だとさ」


「それが神を信じるということですか」


「あぁ、そうだな。そうに違いない、クエイクという人間は、その神がかった少女に自身の神を信じたんだ」


 心底男は楽しそうに笑う。クククッと過去を懐かしむように。


「そんなふざけた男にも来るべき時は来るってもんだ。その終わりには、噂の女神も居合わせることは無かった。

今際の際、仲間を庇い致命傷を負った時、あの男は最期に何か言い残せるタイミングでなんて言ったと思う?」


「さぁ? 僕には想像もつきません」


 考えることを放棄した僕の返事に、男は満足したように立ち上がってこう叫んだ。


「"神は存在した! そして俺も今神になったぞ!!"」


 再び声をあげて笑い始めた男に釣られ、僕も少しだけ声を漏らして笑ってしまう。

 人の死を笑いで済ませるのは大概だが、それ以上に最期の言葉が酷すぎて僕に非は無いと思う。


「いやぁ、俺もその場に居合わせたのだが今思い返しても笑いが止まらないな。もう少し遺す言葉はあっただろうに、満足気に逝ったアイツの姿には庇われた本人ですら笑っていたからな」


「まぁ確かに言葉は酷いですが、笑顔で見送られる人柄は十分理解できました。親しい人々から悪いものではない笑顔で見送られる、そんな素敵な人だったのですね」


 心の底から出た言葉に男は笑いをやめて思いを馳せる。

 僕も少しだけ彼との思い出を探るが、まぁ大概がそんな愉快な思い出だ。寂しさこそあれど、当人が満足気に全うした人生に、それを周りが認めたのであればもはや何も言うことはあるまい……僕が妙な神格化をされていることは僅かにだが気になったが。


「――あぁそうだ、アイツは最高にぶっ飛んだ奴だったが、その内には皆を惹き付けるカリスマってものもあった皆に慕われている俺の友人だった。

最初は知らない人間に酒の邪魔をされて面倒だと感じていたが、これならば戻って飲む酒はより美味しくなりそうだ」


 後ろ手にヒラヒラともう話は終わりだと去っていく背中に軽く礼をしていると、男は何かをふと思い出したかのようにこちらへと振り向く。


「お話ありがとうございました、どうかされましたか?」


「あぁ、名前、聞いていなかったと思ってな」


 僕はその言葉に少し悩んだが、本名を告げることにした。


「アメです」


「……」


「どうかされましたか? 幽霊でも見たような顔をなされて」


 僕の名前を聞いた途端、酔いは何処へ消えたのか理性ある冷静な表情で思考を巡らせる男がそこに居た。


「死人ではないがな、名前を聞いた途端ここまで何かが出掛かって……こういう気分をなんというのだったか、何かが舞い降りたようだ、そんな感じじゃなかったか?」


「僕にはあなた様の感覚は共感できません。それよりもよろしいのですか、想像するに酒の友があなたの帰りを待っているのではないでしょうか?」


 その言葉に男は思い出しかけた感覚を振り払い、今間近に存在している人間に意識を向けることに集中したようだ。


「あぁそうだった、ではまたな」


「……知らぬ神より馴染みの鬼。どこぞの神格化された存在の信仰を覗き見るよりも、身近な悪友だとしても親交を深めた方が何倍もマシでしょう」


 別れ際のその言葉は、きっと届いてはいなかった。



- 何かを信じる 終わり -

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ