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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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141.将来の夢は百五十センチです

 早朝の自主トレを(何故か勝手についてきたココロと)終えて一人自室で体を拭く。

 元々備え付けられていた家具に、この前注文してきたものを足しても尚なんと言うかアメらしさが見当たらない室内だが、まぁ立派な部屋だと僕は思う……建物の質が良いとも言うが。

 手榴弾や投げナイフ等の消耗品は少しだが買い足して棚にしまっており、これからせめて毒の材料のキノコでも育てられたらなと未来に思い馳せながらメイド服に袖を通す。

 身嗜みおっけー、装備も十分。今日もしっかり午前中メイドとして働きましょう、そう気張ったところで衣装棚の隅に置かれていたレイノアから貰った魔道具であるチョーカーに気がつく。

 無くても困ることはないだろうがあったほうが便利。首以外にぴったりとはまる箇所が無くて、ポケットに忍ばすには若干不便なサイズのそれを装着し、今更ながらメイドがこんなアクセサリーを付けていて問題無いのかと疑問に思う。

 ……まぁそれこそ今更か。勝手に露出を多くしても何も言われなかったし、もしこれが叱られるようならその時素直に外すことにしよう。




「おはよう、アメ」


「……おはよ」


 今日の仕事場である厨房へ入ると、ヒカリが両手に鍋を持ちながら笑顔で迎えてくれて少し戸惑う。

 彼女がここに居ることは今に始まったことではないが、その薬指に挟まった魔道具を見ると複雑な気持ちを抑えられない。

 そも衛生面とかいいのだろうか。直に材料へ触れることがある時は一々外しているのかな。


「おはよう、ございます。アメさん」


「はい、おはようございます」


 既に集められている今日使われるジャガイモを前に待っていたシロに手を洗い挨拶をし、蒸かして素手で剥ける様になった皮を剥ぐ作業を始める。

 ヒカリはコック長や他の料理をできる人と共に下ごしらえの終わっている料理に取り掛かっていて隣には居ないし、クロも調理室で姿を見ることはあまりない。

 本人曰く丁寧な作業を求められる仕事は苦手で嫌いだそうだ。掃除も十分丁寧さを求められるだろうにそこは指摘しなかったのは、ハッキリと有無が目でわかる汚れと視覚では確かめられない味の違いだろうか。


「……首のそれ、可愛いですね」


「はい。首につけるチョーカーというアクセサリーです」


 厳密には腕輪だろうが。

 腕輪と言われれば腕輪に見えるし、首輪と言われれば首輪に見える。レイノアじゃなくて製作者出て来い、どっちだ。


「そう、なんですね。あまり見ないですが可愛らしくて……いいと思います、アメさん、にも似合ってますよ?」


 そう言いながらシロはまだ熱を深く持っていただろう箇所に触れてしまったのか、両の手でお手玉のように冷えるまでジャガイモを行き来させる。

 痛みに慣れていない人間は不便そうだ、それが魔法を扱えない人間ならば尚更。僕に至っては熱いという痛みは慣れ親しんだもので、二度の死その両方も炎によるものだった。

 ジャガイモの攻撃なんてこの程度、魔法で痛みを緩和せずとも平然と触れ……あれ、ルゥが言ってなかったっけ? 過去に酷い痛みを味わったからといって後に味わう痛みに慣れることは無いって。それは同系列の軽度と重度の痛みにのみ当てはまるものではなく、アドレナリンが出ており心構えもできている戦闘時の痛みと、気張る必要のない平穏で味わう痛みはまた別のものではないか。

 ……やめやめ。考えるのも、誰かに確認するのもやめよう。僕は他の人と同じで、人間として壊れてなんて居ません!


「何気ない言葉ですがそう言ってもらえると嬉しいですね。ただ不安なのは、こうしたアクセサリーが使用人として問題ないのかなぁと」


 視線の先にはのん気に調理を他の人と行っているヒカリ。

 彼女が特別視し、それ故に僕の行動がある程度許容されているのではないかという懸念を込めた視線をシロは汲み取り、僕が丁寧な言葉をやめない使用人の先輩としてしっかりと答えてくれた。


「大丈夫、だと思いますよ? 度の過ぎた物は、その、上の人から注意されると思いますが、そうした小さなものであればこの家は、認めてくれるので……」


 度の過ぎた物……度ってなんだ。制服であるメイド服をミニスカートにしたり、肩を大きく露出しているのは度を過ぎていないのだろうか。

 いや、ここは他でもないリーン家だ。あの生前好き放題やっていたのが記憶や歴史から読み取れるガロン=リーン、その意思を確かに汲み取り家を再復興させたユリアン。そして確かにそういった血脈を受け継いでいる……受け継いでしまって好き放題やっているのが隣にいる僕でもわかる一人娘であるヒカリ。多分この屋敷には限度なんてものはないに等しいのだろう。


「ほら、私も……」


 そう言ってシロが袖を捲ると、可愛らしいブレスレットが顔を見せる。こうした隠れても細かいアピールが女子力を高めるというものなのだろうか。


「そうですか、それならば安心です。もしヒカリを避けて誰かが不満を言っているようなら僕に直接伝えてくれると嬉しいです、すぐにやめますので。それとシャルさんのそのブレスレット似合っていますよ」


「……えへへ、ありがとうございます。これクローディアと一緒にペアの物を作ったんです、結構大変だったので、嬉しい」


 その真実に僕は少し戸惑う。

 なんというかビーズアクセサリーのような……いや、ビーズもこの世界では貴重だし、そもそもビーズアクセサリーを軽視しているつもりはないのだが、まぁそういった誰にでも手頃に作れる感がそのブレスレットからは感じられなかったからだ。

 皮製の、それも何かコンセプトを持って綺麗にその僅かなスペースで彫られていることがわかるアクセサリーはお世辞抜きに素人が作った物とは思えない。もしかして二人にはこうした小物作りといった趣味があったりするのだろうか。どれほどこれにコストを掛けたかは知らないが、その度合いによっては軽く人に売れる物に見える。

 それともあれかな。前世と同じように代行制作サービスがあって、それを指して一緒に作ったと表現しているのか。

 ……うむ、読み取れない。それなりに接する時間が増えているとはいえ、まだシャルラハローテという少女を友達と呼べるほど親しい間柄ではないことは確かだ。現に彼女の趣味も僕は何一つ知らないのだから。


「くんくん。匂う、匂うなー? 何か仲睦まじい香りが此処からするなー?」


 何かを嗅ぎつけたのか、それとも聞き耳でも立てて入り込むタイミングを窺っていたのかヒカリが鼻を鳴らしながら近寄ってくる。


「やめてよ、厨房でそんな真似……」


 匂い云々もそうだが、お譲様らしい凛とした姿が僕と居る時は誰かに対して剥がれる事も多い。

 実際のところ性格の本質はコウに近いだろう事、それに人によって態度を変えるのは構わないが、こうして誰かが掲げているヒカリ像を崩してがっかりさせるような真似はできれば避けてあげて欲しい。


「ほら、ジャガイモ使うから今できている分渡して」


 僕達のやり取りを見てかクスクスと微笑ましそうに笑うシロを見て、僕の発言なんて聞こえなかったかのように無視して皮を剥き終えたジャガイモを纏めてぶんどって行くヒカリ。


「アメの分ちょっと少ないね、サボってちゃダメだよ?」


「サボってない、口は動いていても手は緩めていないから」


 事実だ。ただ料理が比較的不慣れな僕以上に、シロがしっかりと動いているだけで。


「知ってるよ」


 殴りたい。


「ねぇ二人は知っている? 料理がとても素晴らしい物だって事」


 そう口火を切り、堂々とサボり始めたヒカリを前にシロと顔を見合わせて頷く。手はもちろん動いたままだ、これで少しでも作業が止まり、弄られるきっかけになるかと思えば腹立たしいし。


「美味しくて、お腹も、膨れるからですか?」


「それもある」


 シロの答えに、ヒカリは頷く。

 食事は三大欲求の一つである食欲を満たす。

 生命としての根源を埋める役割だけではなく、食の楽しみは人生を充実させると誇張ではなく謳われるほどだ。一日に基本二、三食。義務的に必要な栄養を取るのではなく、心から楽しみ食事を行うのであれば日々の生活はどれほど満たされるものになるだろうか。


「食べた物を分析。それを身近な人にその人が好むように味付けをして振る舞い、満足そうな表情が心地いい?」


 でもそれだけではないとヒカリは言った、そして僕はいつかコウが言っていた持論を僕の口から語る。

 アメが料理をできないからコウが料理をできるようになったのか、コウが料理をやるからアメは尚更料理をできるようになるのが遅くなったのか……まぁ僕とコウには結局わからないままだったが、僕よりも料理という分野に精通していたコウが言っていたことだ。どれほど今目の前に居るヒカリに当てはまっているかはわからないが、同じ記憶を持っているからには一定以上のウェイトを占めていると考えた。


「それももちろんある」


 この二つでも自分が持っているものには届かないとヒカリはその輝く何かを隠したまま笑った。僅かな沈黙と、僕達二人がしっかりと考えて発言したのを見てヒカリは種明かしをする。


「世界で一つだけ、五感全てで楽しめるものがあるの」


 思わず、息を呑んだ。意識の外側から金槌で殴られたような衝撃、今まで縋ってきた価値観がすげ替わる虚無感。


 視覚。綺麗、あるいは単に美味しそう。そう僕達は目で味わうことができる。

 聴覚。調理時の音だとか、食べる時に肉を裂く音、デザートがさくりと崩れる心地良さ。

 味覚。言わずもがな。些細な味付けも、ここで全て受け止める。

 嗅覚。人が感じる味の大部分を嗅覚が占めていることは多くの人が知ることだろう。

 触覚。舌で味わうのは味覚だけではない。舌触り、不快でなければ好ましいがより良い感触を料理が備えているのであればこれは料理への評価、延いては美味しさへ繋がるポイントだ。


 味覚以外ならばそれぞれ人に合わせ特化した分野があるだろう。

 そして五感の内、二つ、三つと条件を重ねられる物となれば世界中探しても唐突に数が減ってくる。

 五感全て。そう意識すると僕は料理以外に全てを楽しめる存在を知らない。こんなにも複数の条件を満たした稀有な存在が身近にあるなんて、そう意識してしまえば体が震えそうなほどだった。


「まぁ全部コック長の受け売りだけれどね」


 僕とシロがしっかりとその事実を受け入れた様子を見て、ヒカリはウインクしてお茶目に笑って見せた。その後ろ、当のコック長が意味深な苦笑いをしていたせいで、その言葉の真意はどこかへ気づけば消えてしまったが。


 何にせよこの日から、厨房の手伝いにシロと二人いつもよりも真剣に向き合うことになったのは間違いじゃない。

 ……日々美味しいものの誘惑に負けることも、少しだけ増えたけれど。



- 将来の夢は百五十センチです 始まり -



「ん? アメはまだ仕事があるのか?」


 午後。

 昼食を終え、ヒカリに遅れて何時もの私室へ訪れると、まるでそれが常であるかのように書類と向き合っているシュバルツに服を見られてそう言われた。

 今日の使用人の仕事は大して汚れるものではなかったので、メイド服のままここに来たことが原因だろう。


「ない。汚れてないからこのまま来た」


 ヒカリの隣、窓に背を向け入り口が視界に入る場所を開けられ彼女の隣腰を下ろす。

 シュバルツはふぅと溜息をついて、僕へと叱るための言葉を送ってきた。


「……お前の本業は使用人ではないだろう? 午前好きにするのは構わないが、午後までその格好だと客人や他の皆が勘違いしてしまう。

誤解だけが問題ではない、己自身の意識の問題も大切なんだ。しっかりとオンオフを意識するために形から入るのは決して間違いではない」


「ずっと執事服着ている人間の言葉とは思えないね」


「お前が目にする俺は大概使用人として働いているからな。しっかりと自室に居る時や、外出する時は私服を着ている、他の使用人も同じだ。

公私にケジメをつけ、今ここに存在する自分が何のために居るのかを認識しなければいずれ過ちを犯すことになるぞ」


「考えとく」


 僕の返答を皮切りに沈黙が室内を包み込む。

 堪らず隣に居るヒカリへ視線を向けると彼女も僕を見つめていた。ただ何も言わず、何の感情も込めずに。僕の意見に賛同するとも、シュバルツの意見に賛同して僕を非難する様子も。

 その様子に後ろめたさを感じ、自分の浅はかな行動を注意してくれる意見を、何時ものように軽口を叩くかの如くシュバルツの意見を流してしまった更なる過ちを認めるのは今を置いて他にはないと悟った。今多少の恥をかいても自身の間違いを受け入れることができないのであれば、まるで反抗期の子供のように意固地になり悪循環に陥ってしまう。


「……ごめん、気をつけるよ」


 なし崩しに今の状況を切り抜けたいと叫ぶ感情を冷たい理性で捻じ伏せ、しっかりと対面に座りこちらを見ている男性の目を見て謝った。


「あぁ、何もそこまで口煩く言うつもりはない。しっかりと自分の今の役割を認識、そして今身に纏っている物が何を意味し、周りにどう影響を与えるのかを考えてくれればな」


 メイド服を着ていても使用人ではないアメである自覚を持て。そして周りに迷惑をかけないよう人目に付かないよう気をつけて動け。

 実に面倒で、僕が間違っていることを思い知らされた。明日からはしっかりと着替えてここへ来ることにしよう。


「シュレーのまるで上司のようなありがたいお言葉を頂いたところで……」


「上司のようではありません。少なくとも使用人であるアメの上司に俺は位置しています」


 場を和ませようとしたのか愛称で呼んだヒカリの発言にも一々掴みかかるシュバルツ。

 これ表面上冷静に見えているが、内心かなり不機嫌なやつだ。僕の不手際以外にも何か嫌なことでもあったのかもしれない。


「今日のアメとヒカリの活動を始めようか」


 ヒカリもそれを読み取っただろうに敢えて無視し、午後からの活動を宣言する。


「ついでに主は俺の上司です。最近貴族としての仕事をまともにした覚えはありますか?」


 そう言いながらも今日午前のヒカリが行うはずだった仕事を途中で中断するためにしまうシュバルツ。

 知ってる。午前中ほとんどヒカリ厨房に居たから、その分余分な仕事を押し付けられているのだろう。


「……今日は戦力の確認ね?」


 それにはヒカリ自身も多少思うことはあったのか、少し言葉を詰まらせながら話を続けた。


「確認ってまたアバウトな……え、どの辺りから確認するの?」


「全部。そうね、魔力辺りからチェックしていくか」


 パンッと手のひらを胸の前で合わせるヒカリに僕は内心冷や汗をかく。


「この程度ならアメはどれぐらい作れる?」


 室内の余分な水分を、紅茶が濃くならないよう気をつけて自身の魔力を変換しながら手のひらサイズの水球を生成し、こちらに放り投げてくるそれを触れずに受け止め、制御権をこちらへ移すと同時に水球の水がどの程度の魔力を消費し生成されたのかを確認。念のため一度霧状に霧散させ、今度は自分の魔力のみで水球を構成する。


「……千三百、ぐらいかな」


 自分でも声が小さいことはよくわかる。

 流石に先天的に魔力が少なく、日常生活でも日焼け対策に魔力を消費するルゥほどではなかったが、髪が黒い頃もコウと比べかなり魔力量が劣っていたのは自覚していた。

 ただまた新しい肉体に命が移って、更に保有できる魔力の限界量が目に見えて落ちたのは確認できている。ここレイニスへ来てから大分それもマシになったのだが、多分その辺の魔法を使えない使用人を捕まえてもこうして生成できる手のひらサイズの水球の数は負ける。自信がある。


「私は千七百。はい」


 僕が返した水球を、言葉に発した数値と共に流しシュバルツへ渡すヒカリ。

 彼女の言葉から違和感を覚え、無言で僕と同じような作業をしているシュバルツが口を開くと同時に違和感の正体を知らされる。


「二千四百、でしょうか」


「え、マジで? 誇張無しで!?」


 思わず声を張り上げ問い詰める。


「あぁ。俺の魔力量は人並みだが、ある程度科学の仕組みを知っていたり、魔法を効率よく扱えるよう工夫して行使できる回数を増やしている」


「私もそう。アメに至っては別世界の常識が根付いているから尚更効率良く魔法を扱えているはず。多分一般的な魔力量の基準はこの水球で測るなら二千が一つのラインになると思う」


 えむぴーだ。

 魔法使えるポイント。これで括ると一般人は二千、ちょっと魔法を上手く扱えるシュバルツは二千四百。前世の知識なんでも見えない場所でありな僕は与えられた魔力をどれほど小細工して駆使しても千三百ポイント。


「……主も基準を下回るのですね」


 違和感の正体はそれだ。

 何度か魔法を扱い戦っている様子を見ているが、ヒカリがそうした絶対的な魔力の少なさを感じさせたことはなかった。

 コウはどう考えても天才の域。天から十二分な魔力量を与えられ、僕やルゥに追いつくため理解力を身につけ、知識や武力に対する積極的な学ぶ姿勢を見せていた。

 天から何物も与えられ、それでも満足せず貪欲に技術を得て、そうして実際に大人達よりも前を歩けるほどの天才に成ったのだ。


 そのコウの知識と理論を受け継ぎ、コウよりも遥かに理解力を身につけたヒカリ。

 コウが二十二まで生きていても、ここまで不条理な武力を有することができたかと己に問うたら五分五分だ。

 そこにヒカリは一人で立っている。人よりも劣る魔力量を感じさせず、皆に背を見せて。


「魔力量は生まれつきのものに、気持ち、だっけ」


「そう言われているね」


 生まれつき人それぞれにある程度魔力を保有できる器を与えられ、信じるものやその時々の気合だとか根性とかで何とかなる。これは精神論とかそういうものではなく、僕は何度もアドレナリンで理性を失いかねないタイミングで魔力が何倍にも膨れ上がる経験を知っている。

 体を魔力に変える無茶な技術もそこには含められているかもしれないが、何にせよほとんど情報の無い魔力量に関する知識としては僅かでも有力で確かな情報だ。


「僕、気合いあるよ? ほんとだよ??」


 二度死んだ直後、生きる意味を見失っていた八年間に使える魔力なんて本当に少なかった。

 それからアレンに仕え生きたいと願い結構増えた。

 そしてここレイニスへ帰ってきて、ヒカリと再会し再び竜を倒すと誓ってまた増えた。


「大丈夫だ、それは誰も疑っていない。少なくとも人並み以上に明確な目標を掲げ日々を生きている人間が俺の半分以下近くまで魔力量が落ちるのは異常だ」


 無言で動揺する僕に寄り添うヒカリではなく、シュバルツからも実際口に出してそう言われ少しだけ肩の力が抜ける。


「あとは人間関係が影響するかなと私は思っている。人と人の繋がり、因果の強さや多さというか」


 それは内心僕も考えていたことだ。

 今まで魔力量が減ったり増えたりするタイミングは、大体新しい出会いや既知の人物との別れ、もしくは僕達が死んだと思われていた時に発生していた。大概そういう時は消沈したり、気分が高揚するタイミングなので気力が影響しているように思えていたが、ここ最近新しい人間の名前を知って知られて、元々顔を知っている人間と関係を深くするタイミングに注目していたらそうではないのかという疑問が出ていたが、ヒカリの口からもそれが聞けて確信に至る。


「僕はそこまで交友関係酷いとは思っていないし、ヒカリも当然僕よりマシでしょ?」


「それに関しては俺の方が酷い自覚がある。親しい人間を挙げろと言われれば最近知り合ったお前が主の後に出てくるほうだが」


 それも大概でどうにかしてあげたいが、使用人に同年代の同性が少ない点、若い同性が居る親衛隊に混じろうにもあくまで主な立場はヒカリの使用人であるから畑、趣味がそもそも違い難しい。

 運良く意気投合できる人間が居たとしても立場が特殊。ヒカリに特別視され、ヒカリしか見向きもしないシュバルツは事もあろうかリーン家と敵対しているテイル家の息がかかっている。実際名目上のものと知ってもどうしても感情的な抵抗が生まれてしまうのは人の常、僕だって彼が裏切らないことを確信してもなお今現在もテイル家と交流を持っていることに不信を全く覚えないかといえば嘘となる。

 ……というかシュレーは今のところどうでもいい。僕達の論理的に補助しても人並み以下な魔力量が問題だ。


「なら根本的な差異から原因を洗い出す必要がある。今ここに居る私達とシュバルツの大きな違いは性別と」


「……転生しているか、どうか」


 ヒカリの言葉に奥歯を噛みながら続ける。

 これなら納得がいくのだ。二度生まれ変わっている僕が最も魔力量が少なく、次いで才能のあるヒカリが人並み以下に落ち着く現実に。

 そしてこればかりはどうしようもない。死んでやり直したとしてもこの件に関しては魔力を抱える器が更に磨耗する可能性が高い、例え死ぬ前まで時間を巻き戻せたとしても、何故死ぬことで魔力量が減るのかを根本から理解できねば無駄足どころか死を無かったことにしても魔力量は減りかねない。


「自身の命をどれほど大切にしているという自覚が問題?」


 考えるだけ無駄だとわかっている思考が口から漏れて独り言と成る。

 気の持ちようが重要だとするのであれば確かにそれが基準だろう。ただ痛みにどれだけ慣れても、どれほど今の生に価値を見出せずとも、僕も流石に死は怖かった。ヒカリだって同じだろう、厳密には彼女は一度も死んではいないのだ。死に逝く少年の記憶を持っているだけで、それが死に慣れるかと言えば寧ろ逆だ。未だ経験していない死というものがどういうものか。痛みは覚えておらずとも、親しい人間を失う怖さ、今まで歩んできた道が途絶える恐ろしさ。それは理解しているはずだ。

 共に生の大切さを理解していて、二人が再び巡り会った奇跡に感謝しつつもこの身を賭してでもあの竜を殺したい、そう思って生きている。その覚悟が、寧ろ問題なのか?


「単純に死ぬことが問題? 死して魂の価値やら、神という存在がいるのならそれが定める価値が基準?」


「アメ」


 名前を呼ばれると同時に、考えるため顎に添えていた手を引かれる。

 手を引く存在を確かめると隣に座るヒカリが、優しい目をして僕を見ていた。


「……もう、大丈夫。ありがと」


 コクリと頷き繋いでいた手を放すヒカリ。

 考えるだけ無駄、そういうことだ。到底正体など掴めず、原因を究明できたとしても解決には繋がらないことを考えるなんて恨み言を連ねている他ならない。まだ胸にはもやもやが広がるが、こうして傍に誰かが居てくれるだけで多少なりとも割り切ることができる。


「魔力量の基礎が人より劣っている、それを前提に動けばいい」


 もう一人、対面に寄り添っているシュバルツの発言に頷く。

 魔力量が少ないなら少ないならではで行動に移せばいい、選択肢はその分減るだろうが、劣っている自覚がないよりは遥かにマシに動けるだろう。


「まぁどれだけ節約しても、戦うってなれば大人達よりは消耗が激しいんだけどね」


「……ヒカリはまだいいじゃん。僕を見なよ」


 十歳の少女二人組み。

 にもかかわらず座高、視線の違いも同じソファーに座っていても出てしまっているし、さっき繋いだ手の大きさもやっぱりヒカリの方が大きい。


「コウはシュレーに追いつく体格していたんだけどね」


「……俺、成人しているのですが」


 ヒカリの言葉をこちらに疑惑の目で流してくるシュバルツ。この世界での成人は十五なのでそれ以上の年齢ということになる、まぁ十五から七といったところだが、しっかりと運動していることもあって生前の基準と比べるとシュバルツの体格は優れている方だ。

 ただコウは十二歳でそれに追いつきかねない勢いだった。僕の父親も大概でかかったが、コウの父親もそれに追いつくほどでまた幼少の頃から村の仕事を手伝い程よく体が成長していた。

 結果僕も同年代同性別の人間と比べれば体格やスタイルは良く、そんなコウに自然と並べるほどだったがまぁ過去の話で。


「ほんとだよ。十年以上前の記憶だから欠けているものも多いけど、生まれたときからずっと隣に居た人間の身長ぐらいは覚えてる」


 若干自信の無い様子だったヒカリの言葉に信憑性を持たせるために僕も付け足す。


「ぼくも、ならべるぐらいおおきかったよ」


「魔力量のことと言い、生まれ変わるたびにお前は日常でも色々と不便を抱えているのだな……」


 軽く冗談を混ぜてたどたどしく告げたら、シュバルツに本気で同情するような視線を向けられて居た堪れなくなった。

 生きているだけマシというか、楽には死ねないぞというか。


「まぁどうしようもないことはたくさんあるけれど、技術を学ぶことでなんとでもできることもたくさんあるからね」


 ヒカリはそれだけを言うと壁に立て掛けてある盾を取り外し、食器を少しどかしてテーブルに支えながら立てた。


「この盾に一点から攻撃……この場合槍にしようか。正面から槍が突き刺さるとして、盾の中心部分に刺さるとどうなるでしょうか?」


「え、何の問題? 最強の盾と矛とかそういうの??」


「違う違う。物理、単純にそのまま答えて」


 思わず出た言葉に少し笑われながら再度問いを投げかけられる。


「単純って……まぁ同じ材質だとか、余計な位置エネルギー運動エネルギーかかっていない条件なら、一番盾で厚い箇所なら簡単に弾き返せるよね」


「じゃあこれは?」


 そう言ってヒカリは盾を斜めに回す。


「なるほど、わかりやすいですね」


 呟くシュバルツの声が聞こえるが、僕には薄い箇所に槍が刺さるようになったようにしか見えず少し焦る。


「え、わかんない?」


「……うん」


「そっか。まだまだアメは頭が硬いんだねー」


 こちらの頭を小突いてくるヒカリの侮辱を甘んじて受ける。

 アレンの扱う生壊術、あらゆる状況で最善の戦い方ができるように武器の扱いは学んだが、防具の知識はイマイチだ。

 そもそもこの世界魔力なんて装甲がデフォルトで人に備えられているせいで、わざわざ重い鎧をつけたり、盾を扱う人間が少ない。そんなもの持つぐらいならそれを扱うための魔力をそのまま防御や回避に使い、持ち運ぶ武具が少なくなるよう工夫した方が面倒が少ないからだ。


「条件はさっきのまま、一点から突かれる槍に対して盾がどうなるかだから」


 ヒカリは空いているほうの手を槍に見立てて正面へ、それから何か思うところがあったのか盾の上へと移動した。


「条件を付け足そうか。辛うじて盾を貫通するほどの条件が槍に備えられているのなら」


「あっ」


 そこでようやく何を言いたいのか思い至る。

 手刀が槍ならば、盾の上に乗せられている手は貫通しているのだ。ただその下にある盾と面積が被る箇所が先ほど盾を回転させる時とは全く違う。七十五度ほど回されたおかげで、上から見て盾と面積が被る箇所が回される前の軽く三倍以上になっているのだ。


「攻撃に斜めに備えることで、盾の強度を上げられる?」


「正解」


 満足そうに頷くヒカリ。


「これなら本来貫通するものも貫通しなくなる。普通は槍が盾を貫通することはないから、そういった攻撃も受ける箇所が点から線に変わることで衝撃は減る。

あとは受け流す時に接点が小さく、突き出される方向から斜めに逸れる場合はより受け流しやすくなる」


 貫通する場合、盾全体の面積を増やすことで擬似的に強度を上げる事ができる。

 貫通せず受け流す場合、初めに触れる点が小さく構える方向と突き出される方向がずれているおかげでより容易く受け流せ、もし受け流し損ねても一点から強烈な衝撃を受け止める必要は無く、分散して攻撃を受けることができる。


「これが盾を基本斜めに扱う理由。こうした細かい技術や知識の積み重ねが私達の人より劣る体格や魔力量を補助してくれると思うんだよね」


 少なくともこうしたものを知っている人間と知っていない人間では大きく差が出てくる。

 そして獣や竜など、別の土俵同士で戦う相手には更に明確に見えることだろう。


「にしても意外だな。お前やアレンはどんな武具でも扱えるかと思っていたが、こうした盾の基礎を知らなかったのか」


「うん。生壊術は基本的に素手で、他の武器を使う必要がある状況なんてその辺に取れる武器が置いてあって、それで今戦っている相手に有利が取れる状況ぐらいだもの」


 武具を持たない徒手格闘は、得物を持っている相手に不利かと言えばそうでもない。ようは極至近距離という得意距離に近づき、そこから逃がさなければその分だけ有利な時間になる。

 槍や大剣、戦斧辺りはリーチも広いが、幅が広く重いせいで動きが鈍い。達人ならばその距離から近づけさせないように動くのだろうが、僕達も一応拳の達人に分類される人間なので余程の敵相手でなければ有利。

 バスタードソードなどの大型に部類される刀剣、それにヒカリのスタイルであるロングソードや盾等は五分といったところ。この辺りは状況に応じて暗器を使っていきたい。

 逆に短剣や、ショートソードの二刀流などリーチが狭い武器には徒手格闘が不利だ。手が届く範囲まで近寄っても数歩下がられれば相手の距離だし、掴みかかれても反撃に武器の使用を許してしまう。


「生壊術?」


「……え?」


 疑問符を付けられた言葉に、思わず疑問で返してしまったのは言葉の主がヒカリだったせいだ。


「あ、いや、聞いた事ない単語だなぁ……って」


「え、えっ。あの、僕が使う武術、アレンさんが開発して、素手で戦う、ね?」


 動揺する僕の言葉にヒカリは納得したように言葉を漏らす。


「あっ、なるほど。その技術、生壊術って名称だったんだね」


「……手紙でやり取りするとき伝えられなかったの?」


「技術自体は知っていたけれど名称そのものは初耳」


 そういえば途中まで無名の技術で、僕とアレンが二人で名前を模索した記憶がある。おそらくやり取りをする時系列の都合等により漏れてしまっていたのだろう。


「ごめんね、ヒカリは何でも伝えてくれるのに」


「……いや、そうでもないけど」


「え?」


 動揺が止まらない。今目の前に居るヒカリは本当にいつも傍に居るヒカリなのかと疑ってしまうほどに。


「まぁ確かにアメにはいろいろ伝えるようにはしているけど……隠しているとすぐ不機嫌になるからね。

でもそれでも話していないことはたくさんあるのに、アメはそれを勝手に悟って耳で聞いたと思い込んでいるだけだから」


 それか知った風に装って適当に合わせたり、か。指摘されてようやく現実を正しく理解する。

 お互いのことを正しく認識していなかったは誤りで、お互いのことを正確に把握してなくとも問題のない関係が正しい。ただこれからは大切なことをわざわざ口に出す癖をつけようと苦笑いでまとめた。


「実際のところアメの単純な戦闘能力はどれほどなんだ?」


「獣やならず者相手なら余裕、騎士団や貴族の私兵レベルのしっかりと訓練された相手は厳しい、かな」


「素手で殴り合ったら余裕で私には勝てるけどね」


 ヒカリの言葉にそうでなくては困ると内心吐き出す。

 武具を上手く扱えるよう訓練してきた人間に、素手同士という僕だけが有利な状態だと流石に大概の相手には勝てる。


「リーン家の私兵相手はどうだ? 模擬戦で色々な相手と戦っているだろう?」


「その中に入るなら中の下、ぐらいかなぁ。雷と生壊術の致死性が高すぎて上手く試合では使えない、上位層にはそれを駆使しても多分まるで歯が立たなない」


 両腕両脚に隠している暗器を除けば、残る手札は消耗品やら気を抜けば命に関わるような物しかなく、相手を殺してはいけない戦いではだいぶ制限される。魔法を小細工に扱いつつ、体格の劣る体で殴りあう他無いのだ。


「シュレー相手もきつそうだもんね」


 まるで他人事のように茶菓子に手を伸ばしつつ暢気に笑うヒカリ。

 僕も一応背中を預ける仲間の一人なのだが、その仲間が頼りないことに危機感を覚えたりしないのだろうか……いや、コイツを守る必要のある人間なんてほとんど不要なのか。数の暴力に訴えられない限り、ヒカリは基本護衛を守る側だ。


「といっても前回戦った時には殺意に満ち溢れていた割には雷魔法に破壊魔法も目立って使用していなかったが」


「……」


「怒りで暴走していて忘れていたって」


 思わず黙り込んでしまった僕の代弁にヒカリ。

 間違っていない、恥ずかしい。


「用は手加減されていたわけか」


「……結果的にだけど」


「気に食わないな」


 心底不機嫌そうに目付きの悪さを悪化させながら菓子へと手を伸ばすシュバルツ。

 僕ほとんど食べてない、というか会話が進むにつれて食欲が失せていく。凄い。


「暴走してしまった時に、自分の能力をフルに活用して暴れられるようにするのは今後の課題にしておくとして、アメとしてはシュバルツに勝てると思っている?」


「え、無理でしょ」


 即答した。


「体格、魔力量で劣る。暗殺技術を僕よりも深く学んでいて、暗器の使い方も上手(うわて)。挙句得物の短剣二本は徒手格闘に有利だし、雷の知識まであればわからん殺しもできない」


「……まぁ完全に相性の問題だな。俺の学んできた全てが、お前の身につけているものに有利を取れるだけで」


 対アメ生物兵器でも称すればいいのだろうか。心底敵で無くて良かった。


「そういえばシュバルツの雷はヒカリから教えてもらったの?」


「いや、ほぼ独学で得たものだな。偶然知識を得て不完全ながらも使えるようになり、主の元へ来てから今のような段階に至るよう学ばせてもらった。

……この主の知っていた雷魔法は、誰でもないアメが基礎から作り上げて扱えるようにしたんだってな。胸を張っていいと思うぞ、これは賞賛に値する礎だ」


 ヒカリに教えられるまでの雷魔法が、どれだけ未完成で未熟なものだったのか恥じるように僕を珍しく名前で呼び褒める。


「借り物、だから。前の世界で誰もが知っていた知識を、この世界に通用するように応用しただけで」


 故に、誉れだと驕る事等許されない。

 故に、他者へ積極的に伝達するつもりは毛頭もない。

 これは僕達の間で終わる技術、エターナーがあの本を公表しなければ、だが。


「前の世界で雷を扱う人間の安全性は考慮されていなかったのか?」


「……」


 脳裏に浮かぶのは一つの魔法。


「出力と効率を追い求め、それ以外を無視しこの世界で新たな理であるだろう魔法でそれを再現して見せたのは誇張無くお前の能力だ」


 夢幻舞踏という名の歪みに歪み、傷つけるために自身の傷を考慮しない一つの外法。

 まだ再会を果たしていない一人の男が、こうした答えもあるのだと示してくれたおかげで開発の歩みを止めた未完成品だ。

 それを褒められても、身に余る。


「ね、最高にいかれ……いかしてる私の相棒でしょ?」


「おい、誤魔化されないぞっ」


 乗せられていると知りながら、僕はヒカリの隠されなかった言い間違いに突っ込みを入れて、少しだけ肩の力を抜いたのだった。



- 将来の夢は百五十センチです 終わり -

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