13.あの日の前
「ねぇ、メイル。私、村の外をいろいろ見てみたい」
あの大きな鳥を倒して一年、十歳の秋。
ある日朝食の場、母親がそう言った。
「……危険だ」
柵に守られた村でさえ稀に獣が入ってくる村だ、その外は尚更危険すぎる。父親の言葉は正しい。
「わかっているわよ、でも最低限しか村から出れなくて、戦えない私達にとって世界はこの場所だけなの」
世界を檻に包んでいるのではない、檻に包まれた世界で生きている。
ある程度の安全は確かに保障されるであろう、しかしそれは自由なのだろうか、生き物として活きていると言えるのだろうか。
父親の言い分は理解できる、母親の言い分には共感する。
僕自身外に出る、出られるようになってたくさん知ったこともある。そしてそれを話題にするたび、母親は村の外に興味を持ち始めたのだろう。
齢三十手前か、まだまだ若いものの、少しずつ老いが見えてきている。その老いが見えるまで、ほとんど村の外を見たこともないのだ。
「もし死んでしまったら、その世界も無くなってしまう」
父親が言う、あくまで冷静に、論理的に。
しかし言葉の根源は感情的だ、愛する人を失いたくない。それがたとえ、ガラスの箱の中に閉じ込めてしまうことでも。
「私は知るべきだと思う。世界を失う可能性があっても、新しい世界を見て、自分の世界を見つけるために」
母親が言う、言葉に感情を込め、けれど声は荒げず冷静さを失ってはいない。
ずっと、ずっと、三十年ほど温めていた外の世界への好奇心、閉ざされた村という内の世界への疑問。
主張自体は感情的だが、その根源は論理的だ。人は可能性の生き物、それを殺すだなんて種として間違っている、決定的な矛盾を孕んでいると。
僕はその母親の瞳に炎を見た、青い炎を。
ルゥを見る、彼女は見られていることに気づき、視線が合う。
彼女は笑った、アメはこの状況どうするの?そう言っていた。
いつものことだ、本人自身は決して動かない。
二つの意見が存在しどちらに転んでも良い場合、ルゥはどちらかだけに加担することはまずない。
「お父さん」
「なんだ」
彼は困った顔をしていた。
僕が話しかけた相手が自分だった時点で、既にこの議論の結末は見えたのだろう。
「僕はお母さんの意見に賛成です。人はもっといろんなものを見て、知るべきです。
経験して何が幸せかを知り、何が辛いことなのか理解するべきです。
村にいるだけじゃ気づかない、野菜の中の一つだけを食べていてはそれはわからないんです。それが、美味しいのか、不味いのかさえ」
危険という名の痛みを知らない母親に代わり僕が告げる。
本来痛みを知らない子供が、傷つく必要性を説く。
「……新しく食べた野菜に毒があってもか?」
痛みを知る大人が言う。
何が痛くて何が痛くないかを知る、その重大さを忘れたから。
「はい」
だから、断言した。
「たとえ死んでしまっても、望んだ結果がそれならそれは本人にとって納得できることだろうから。
魔法や文字、自分達が住んでいる国の名前すら知らなかった、僕の主張です」
ルゥが来る二年前までは何も知らなかった。
ちっぽけな村で暮らしている痛みなんて知らなかった。
その外の世界から流れてきた知識で、村の生活水準は僅かにだが上昇した。
それを実感している人間ならわかるはずだ、何を言えばいいのかを。
「……わかった」
彼は言った、おそらくそれは英断だっただろう。
相手の主張を認める代わりに、自分の主張を押し殺した。
愛する人の命を、その人が信じるもののために賭けに出した。
僕が加担した結果ではない、僕でなく誰がどちらについても、その加担された側の主張が勝っていただろう。
それぐらい二人の主張は正しい、一滴の水でコップが溢れるかどうか、そんな話だったはずだ。
コップから水が溢れてしまったことが正しかったのかどうかは今はわからない。
母親が何かを得られたのなら正しかった、何かを十分に得る前に死んでしまったら正しくなかった。
「食べ終わったらウォルフの所へも話しに行こう。コロネも、いや村の全員が心のどこかで思っていることだろうからな」
「ありがとう、メイル」
"ありがとう"
自分の心を殺して、私を殺すかもしれない選択をしてくれて、ありがとう、か。
「どうしたの、アメ?」
四人でウォルフ家に向かうと、丁度僕の家に向かおうとしていたのかコウが扉を開けて出てきた。
早朝のトレーニングぶりだ、朝食を終え、いつも通り合流しようと僕の家に向かっている途中だったのだろう。
いつも。
毎日早朝にトレーニングして、一緒に仕事をするために僕の家に来て、僕から彼に会いに行くようなことはまずない。
「……いつもありがと」
「……? 変なの」
ごめんっていいかけて、慌ててありがとうに直した。
謝罪だと何か違う気がした、大切な何かを間違えてしまう気がして。
つい先ほど母親が言った礼に疑問を覚えた理由がわかった。
「二人はいるか?」
「うん、入って」
父親が僕達の意味不明なやり取りを見届けた後、そう尋ね中に案内される。
僕らが意味不明な会話をしているのも、きっと彼にとっては日常の範疇なのだろう。
「どうした? メイル」
家に入るとウォルフがそう言った、コウが言ったセリフと何も変わっていない。やっぱり親子なんだな、全然似てないけど。
僕の家とは違いイスが三つしかない家なので、それぞれが好きな場所に佇みつつ会話が始まる。
父親が何があったのかきっかけを伝え、その後母親が内容を細かく伝えた。
「なるほど、理解した。お前もそう思うところはあるのか?」
「えぇ。ルゥが村に来て、子供達が外に出るようになって、村人達は少なからずそう思っているはず」
アネモネの言葉にそうか、と一言呟くとウォルフは黙り考え込み始めた。
「ルゥが原因ってよ」
子供三人で階段に座り、隣に並んでいるコウの上段にいるルゥにそう告げる。
川の流れを変えることを嫌う彼女はどう思っているのか、意地悪半分で訊いてみた。
「わたし一人で変わるなら、変わるべきだったんだよ、きっと」
そう言う表情に陰りはなく、本心からの発言だろう。
彼女は村の人々に昔話や世間話を請い、望まれれば自分の知る魔法や知識を与えた。
前者の行動は今回の件に影響はなく、後者の行動はあくまで受動的。
率先して自ら外の情報をばら撒いた様子はないので、彼女にとっては一貫した行動原理が存在するのだろう。
「俺も薄々感じてはいたんだよ、ルゥが来てから村全体の意識が少しずつ変わっていくことに。
今、なのかもしれんな。村の外に出るとか、町に行くとか、そういうことを考え出す時期が。コロネも外を見てみたいか?」
ようやく口を開いたウォルフの言葉に対し、コロネは無言で頷く。
それがどれほどの強さかはわからないが、外を意識していることは確かなようだ。
「よし、ならこうだ」
彼はさっき考えていただろう考えを伝え始める。
子供たちも十分に戦えるようになってたから、二人程度ならまったく戦えない人間が混ざっても守りきれる可能性が高いこと。
アネモネとコロネを村の外に連れて行き、どう感じたかをまとめる。
二人がどうしたいかを定めつつ、他の村人の反応を確かめる。
必要ならそれぞれに戦う術や、文字や外の情報などの知識を学ばせる。
「他の奴次第だが、俺たち狩人以外も積極的に村を出入りするようになるかもな。
子供の少ない村を捨てて町に全員で行く、とかは今はまだ考えなくていいだろう」
ようは外に出る機会を戦える僕達が作り、必要なら助力し一人でも出歩けるように訓練。
その過程で学ぶ必要があると感じたり、村を捨てて町に行きたいという人が多数いれば移住も開始するかもしれない。
少なくとも母親とコロネは外を見てみたいので、七人で外に出ることから始めるのか。
「じゃあピクニックですね」
弁当を作り、道中の危険や未知を味わいつつ、景色のいい場所で食事を取る。
遠足気分で命の危険があるのもあれだが、この世界では当たり前のことで。
そう思い提案したのだが、一同は黙り怪訝そうな顔でこちらを見ている。
ようはなに言ってんだコイツみたいな視線だ、十個の目が怖い。
僕は何を言ってしまったんだろう、わからない。何故そんな視線を向けられるのかがわからない。
逃げ出したくなるような空気でようやくウォルフが口を開いてくれる。
「……ピクニックって何だ?」
あ、そうか。
外で食事を取れるほど安全な世界ではないから、村という檻に引きこもっているわけで。
それをどうにかしたいという会話をしているから、ピクニックなんて概念がそもそも存在しないのだ。
「あの、えっと……」
フリーズしかけた頭で、ゆっくりと説明をする。
はじめはそれの何が楽しいのか?といった視線も、小学生時代の遠足を思い出しつつ、言葉を吐き出すたびに皆は期待で胸を躍らせていくのがわかった。
「それ楽しそうね、外での食事を楽しむなんて想像できないけれど」
「普段とは違う環境での食事だから、とても楽しいと思います」
素直な感想を告げてくれたコロネに言葉を返す。
遠足の前は寝れないタイプ、という言葉があるぐらいだ。間違いなく楽しいだろう。
前世の遠足も、詳細こそ思い出せないものの悪い記憶があった様子はない。
「でもよくそんな言葉知っていたわね」
母親の言葉で場が再び凍りついたように思えた、少なくとも僕には。
なんとか言い繕うにも一度フリーズしかけた頭じゃ、咄嗟に出てくる言葉がない。
慌てて何か言い訳のきっかけを見つけるたびに周りをキョロキョロ見渡すが、先ほどではないがどこか不思議そうな視線しかない。
隣にいるコウですら不思議そうなのが危機感を煽る、というかいつもいるコウが不思議そうだからこそなのか。
ルゥと視線が合う。
彼女は笑っていた、辛うじて嗤っていないぐらい愉快なものを見る程度には笑っていた。
その笑顔に一抹の願いを託し口を開く。
「……そう! ルゥから教えてもらったんです。町にはこんな文化があるよって」
嫌な笑顔に願いを託す。
ここでそんなこと言ってないよとか言われたらもう後がない。
「そうだよ、アメの言うとおり。貴族達の間で流行っていてね、危険な野外でのどかに食事を楽しむのが気持ち良いそうだよ。護衛をたくさんつけているのにおもしろい話だよね」
「そいつは愉快だな! 金持ち特有の遊びってやつか」
ウォルフが口を開けガハハと笑うと、場の空気はその金持ちの遊びを自分達なりにどう楽しむか……つまりピクニックの予定の話に移っていった。
どんな景色で食事をしたいか、どんな食事を持っていくか。料理の話になると隣にいたコウもその輪の中へ入っていった。
「……さっきの話本当?」
その背中を見届けつつ、小声でルゥに尋ねる。
そばには誰もいない、楽しく笑い合う彼らの耳には届かないだろう。
「いや、でまかせ」
なに流れるように嘘言っているんだこいつ。
わざわざ変に説得力のある内容を考える時間なんてなかったはずだ。
「ばれたらどうするのっ」
「さぁ? 今から言い訳考えてたら?」
今確かに彼女は嗤った。
焦る僕を見てか、その言い訳する時の様子を想像してか、もしくはそのどちらか。
殴りたい、この笑顔。
「犬肉犬肉~♪」
嫌な鼻声を歌いながらピクニックの話題で盛り上がっている輪の中に入っていくルゥ。
おそらく弁当の中に自分の好物を入れてもらう算段だろう。
……殴るのもあれだし、妨害してやろう。というかせっかくの機会で嫌いなものを食べたくはない。
言い訳を考えることは忘れた。
知らないことを知っている僕の異常さなど、実際に貴族の遊びとして存在しないとわかった時にはもう忘れられているだろうから。
- あの日の前 始まり -
「あら、あれティールの実じゃない?」
「……あ、本当」
母親がそれを発見し、コロネが同調し感嘆する。
まるで穢れを知らない少女のような瞳で、二人は赤い実を眺めている。
「取ってくる」
「うん」
ルゥが一言そう告げるのを聞き、僕は母親の近くに寄り警戒をより一層強める。
村を出て定期的に探知をしているが、今のところ大きな反応はない。
目的地に着くまで反応がある可能性は低いだろう、けれどそのもしもを見逃し誰かが死ぬことはあってはならない。
「はい、どうぞ。ちょっと食べられてるけど大丈夫だね」
素早い身のこなしで木を駆け上がり、あっという間にティールの実を取り母親に手渡すルゥ。
木登りなら男の子の方が向いていそうだが、体重が軽いこともあってか高低差のある上下移動は彼女のほうが向いていた。
ただ地面を走る速度ならコウが速い、初速こそルゥが勝るものの最高速度やそれを維持する体力はコウが優れている。
……僕?まぁ、うん。
同年代と比べ大きく劣っているわけではないと思うのだが、どうにも比較対象が悪い。
「ありがとう、ルゥ」
片手でそれを受け取り、もう片手で彼女の頭を撫でるアネモネ。
「……なにこれ」
ルゥが尋ねる声には、珍しく困惑が現れている。
撫でられる手から避けるわけにも行かず、困った様子だ。
そういえば彼女が撫でられていることを初めて見た気がする。
「ん? ありがとうの気持ち」
「わたしは子供じゃないよ」
その言葉に対し母親は一瞬きょとんと目を丸め、一拍置いて笑い出した。
「あんたは私達の子供だよ。二年も同じ屋根の下で暮らして、そうじゃないわけがないさ」
「……そう」
そっと距離を置き、マントのフードを深く被る。
こんな時色素が薄く、肌の白い彼女が気の毒だ。
片手で必死に隠そうとしている顔は真っ赤に染まり、僅かに見えるその部分は隠そうとするからこそより鮮明に見える。
母親はその態度に何も言葉を重ねず、少し齧られたティールの実をコロネと観賞し、満足したとき弁当を入れているカバンにしまい込んだ。
目的地は一時間もかからない場所にある、村の南に位置する草原地帯。
木々が多い村の近くではなく、見晴らしの良いそこで昼食を取るのが目的だ。
最前列にウォルフ、その後ろに僕が索敵と遊撃を担当し、更にその後ろはルゥとアネモネ、コウとコロネのペアが二人を守るようにそばにいる。
父親は最後列、彼ならウェストハウンドの不意打ちぐらい何ともないだろう。
「着いたぞ」
村から森へ、森から林へ、そして林から草原へ。
鬱蒼とした木々たちは無くなり視界は晴れ渡る、日に照らされた草花達が風になびいて海辺の漣にも似たさらさらとした音を奏でていた。
その光景に母親達は何も言わない……言えない。
見慣れた僕達ですらその光景は息を呑むほどで、森の中の村でしか生きていなかった彼女達は今、活き活きと五感で得られる全ての情報を少しでも得ようと言葉を発する余裕も無かった。
「連れて着てよかったね」
コウが二人を見て呟く。
「うん、そうだね」
ルゥが同調する。
「でも、まだ死に対する対価じゃない」
僕は否定した。
「もっと……もっと、こんな体験をしてもらいたい」
足りないのだ。
ここで死んでしまっては、まだまだ足りない。
だから、生きてもらわなければ困る。
死のリスクに対するリターンを得られる感動を得られるまで、歳不相応の表情を浮かべる彼女達が歳相応の経験を得られるまで。
「なら教えて、守らないとね」
未熟な村人達に戦う術を教えなければならない。
未熟さを捨てられるまで守り続けなければならない。
僕達は二年間でようやく一人前に慣れた気がする。
コウは才能と、歳相応に柔らかい頭で。僕は知識と、経験で。
だから、村の人々が僕達に並ぶにはもう少し時間がかかるかもしれない。三年ほどかな。
三年経つとルゥは十六で既に成人し、僕とコウは十三歳。
天秤に掛けた。僕とコウの知識欲と、村の人々の感動を。
天秤は壊れた。二人、もしくは三人の小さな望みと、多くの人々のそれ以上の望みは比べようがないから。
……我慢しよう。たかが三年だ、平均寿命五十のこの世界では大きな月日だが、二度目の生である僕にとって三年はそう大きい時間ではない。
だから決めた、覚悟した。
自分の心を殺すことを、三年間だけ人のために頑張ることを。
「そう気を張るもんじゃないよ。ここは視界も取れているし、のんびりご飯を楽しもうよ」
少しピントのずれたルゥのアドバイスで肩の力を抜けれる。
覚悟という言葉で考えたから肩に力が入ってしまったのだろう。
三年間のんびり過ごせばいいんだ、村の人たちと今以上に交流し、その中でも得られるものはあるだろう。
村の人たちがそれを望むかもわからないし、それを果たすために僕達が本当に必要なのかもわからない。
だから、今は食事を楽しもう。
「ここ、いいんじゃないか」
メイルがそう漏らした言葉に全員で賛同し、食事の準備を始める。
小高い丘に木が一本だけ立っており、その周辺には視界を遮る物は無く、花々は咲き乱れている。
日を遮るものがありつつ、風通しや風景が良い。
それに高所で視界もあれば、もし戦う必要があっても有利に働く。
そんなことを考えていたらコウと母親二人があっという間に大きな布を広げ、その上に荷物を置き食事を並べていた。
ルゥを見ると花に群がる蝶に指を差し出し、止まった蝶を眺めて微笑んでいた。
もちろん準備はしていない、もとより手伝う気は無かったのだろう。
……少女二人に女子力が足りない。
花と蝶を楽しむのはまだましだろう、なんとなく女の子っぽい気がする。けれど僕は考え事を、ぼんやりしていただけだ。
「アメ、ほら座って……ルゥ! 食べるよ!」
絶望し自分の殻に閉じこもっていた時コウの声で現実に戻される。
が、ふと気づく。
そもそもコイツの女子力が高くて僕が相対的に低く見えるのではないか。
そもそも何故女子力が低くいことを気にするのか、いつのまに僕は女の子の自分を受け入れていたのか。
……考えるのをやめよう。みんなもご飯も待ってる。
「これ、アメの分ね」
コウからサンドイッチを受け取り、それを眺める。
茶色く分厚いパンを薄く切り、丸い二つのパンでハムとチーズ、サラダを挟む。
前世の日本で主流だったサンドイッチのイメージとは違い、どちらかというと見た目はハンバーガーだ。
各々に渡されたサンドイッチ以外にはサラダの盛り付けや、パイ、切られたフルーツが並んでいる。
質素ながらも普段の昼食とは違いどこか特別な感じがして気分が良い。
サンドイッチも普段食べないからなぁ……。
持ち運びに適したこの料理は家では食べず、狩りに行く時は干し肉などの更に最低限の物しか持って行かない。
「……ん」
妙な感慨に浸りながらサンドイッチを一口齧ると衝撃を受ける。
「アメのだけ味付け違うんだ、美味しかった?」
「うん、僕好みだよ。ありがと」
確かに美味しかった。
普段の生活で口にする料理より調味料を多く使用し、味も香りも言ってしまえば下品なほどに強い。
だけど、衝撃を受けたのはそれが理由じゃなった。
無意識に、生前のコンビニで買ったようなサンドイッチを食べるつもりで口に運んだ。
そうしたら期待したものが無かった。それに衝撃を受けた。
ハム、サラダ、チーズ。この三つがあればマヨネーズだろう。この世界に来てからマヨネーズを口にした記憶が無い。
「存外、いいものだな」
「あぁ、悪くないな。危険の中で食事を楽しむ、それもなかなか心地が良い」
危険を知る父親達が言う。
「初めは怖かったけど、こんな素敵な景色で食事を取れるなんて素敵」
「それはみんなが守ってくれたからでしょ、忘れちゃいけないよ」
危険を知った母親達が言う。
「だから私達も頑張らないといけないのかもね」
「はい……こんな経験を、村のみんなにも味わって欲しい」
少なくとも母親達にはこの経験は有益なものだったようだ。
この様子ならきっと村の人達にも少なからず影響を与えるだろう、そうなった時には僕達が頑張ろう。
食後、食事を食べた場所を中心に、母親達は自由に動き回る。
草花を愛でる時は少女のように、草原を駆ける時は少年のように。
あまりにも距離を離れるときは護衛が必要で、父親二人はその子供のような母親達に手を焼いていた。
そんな四人を子供三人、木陰で眺めていた。
何かあったときに備え、体力を温存する。
と言えば聞こえはいいが、実際は木陰でぼんやりしているだけだ。
ルゥはなるべく日向に出たくない、僕は前世でも今でも見飽きた景色、コウはもしかしたら遊びたいかもしれないが僕達に付き合い共にいることにしたようだ。
空を見上げる。遠い場所に竜が飛んでいた、見慣れた光景だ。
「ここじゃない気がする」
「「……」」
干し肉を齧るルゥの口が止まる。
奮闘の末弁当の中に犬肉が入れられなかった寂しさを紛らわしていたのだろう。
「……でも、今はまだいいかな。ここが、いい」
「……そう言えるのなら、いいんじゃないかな」
彼女はそう言ってまた干し肉を齧り始めた。
「うん」
ここじゃない気がする。
竜が飛んでいる世界で、危険な村の外で食事を楽しむ。
十年この世界で過ごしても、僕の中の全ての基準は前の世界だ。
その違う世界で、何か足りない食事を取りながら、それでも笑いあえる。
村の人達が戦ったり、何かをしたいと思えるようになるだろう三年後、その時になったらここが自分のいる世界だと思えるか、自分に合った場所を探し旅に出られるかもしれない。
だから、今は、いい。ここで、いい。
- あの日の前 終わり -




