12.止めるナキ声
僕とコウは九歳になった。夏が終わり、秋が来たということだ。
正確な誕生日などわからない。わかるのは夏に二人が生まれたことだけだ。
その秋のある日、昼食時に予期せぬ来訪があった。
「ライト……どうした?」
ライトと呼ばれた青年。
普段はあまり接点が無いものの、感情が表に出しやすく、よく笑いよく怒る男性だ。
宴の場では中心のメンバー達とよく盛り上げているのが印象に残っている。
「あぁよかった……メイルにウォルフ、居たのか」
笑っていた印象が強いものの、彼は今擦り切れてしまった様子で室内を見渡すとそう呟いた。
容姿は酷い有様だ。服は鋭利なもので切り裂かれたようにボロボロで、頬には乾いたばかりと思われる血が付着していた。
「まずは座れ、アネモネ」
母親は無言で頷くと席を譲り、お湯を入れた桶とタオルを持ってきた。
「ありがとう。……カナリア、俺の妻が、死んだ」
タオルを受け取るだけ受け取り、真っ先に結論を口に出すライト。
その言葉に緊迫した空気の中、唯一食事を続けていたルゥも手を止める。
村人が、死んだ。
この前は三年前、その前は六年前。三年ずつか、時期的にはそろそろだったのかもしれない。
カナリアという女性も親しくは無かったものの、笑顔が明るく印象的な人だった。その笑顔がもう見れないと思うと少し寂しい。
「狼か?」
念のため、という感じで尋ねる父親。
「いや、違う」
まぁそうだろう。
ウェストハウンドに食い殺されたぐらいなら、わざわざ昼食を中断させてまで伝えに来ることではない。
誰々が死んだ、という事実は噂で自然と耳に入る程度でしかない。
「でかい、鳥だ。それも竜と見間違うほどの」
彼は語る。
妻と共に洞窟に鉱石を掘りに行ったそうだ、家の火打石が切れたついでに、余分に鉱石を掘っておこうと。
そして普段村で使っている洞窟に入ろうとした時、巨大な影が自分達を覆い、妻はその鳥に掴まってしまう。
「助けなかった、いや、助けられなかったのか」
ウォルフが口を開く。
まだ見ぬ敵を様々な可能性で想像しつつ、思わず漏れてしまったような言葉。
「いや、助けれたかもしれない」
腰に提げたままのショートソードに手を添える。
村の外に出て活動するからには最低限戦えるはずだ。
「でも、あいつが言ったんだ。村に伝えるんだと」
彼の声は震え、涙が堪えきれず零れていた。
思い出したのだろう、愛する人の最期の姿を。
上空から飛来した巨大なそれに掴まった彼女は既に満身創痍な状態だったのかもしれない。
そんな妻が言ったのだ、私を切り捨て情報を伝えろと。
助けられる可能性を捨て、より多くの人が犠牲になる可能性を殺せと。
「よく、帰って来てくれた」
感情的な彼には英断だっただろう、目の前で救えたかもしれない命を見捨てることを。
でも、感情的な彼だから想像できた。
妻が何を思いその言葉を発したのか、そんな危険な生物が村の近くに居ることを村人が知らず、犠牲者が増える悲しさを。
- 止めるナキ声 始まり -
「話をまとめるぞ」
ライトは既に家に帰った、もう誰も待っていない自宅に。
いつものように場を仕切り始めるウォルフ、ライトが居る間は考えていることに集中していた。
「あの洞窟は入り口がかなり広い、だいたいこの家の大きさぐらいか」
二階建ての家、およそ五メートル。
「その中に入る前に、三メートルほどの鳥が襲ってきた。タイミングとサイズから、おそらく洞窟の入り口辺りが巣にでもなっているのだろう。あそこは村から二時間ほどで、よく村人が利用する。危険性や必要性からも必ず排除する必要がある、犠牲者のためにもな。
まず俺とメイルが威力偵察を行い、相手の力量を測る。二人で厳しいようなら改めて子供達と、必要なら男連中も連れて本番だ。予測できる力量だが……」
「待ってください」
言葉を遮る。
看過できない言葉があった。
「なんだ?」
体格のいい大人が僕を睨む。
真剣な顔をしているだけなのだが、普段おちゃらけている顔の印象が強いのでそう見える。
正直怖いが、頑張って意見を言おう。
「威力偵察には子供三人も連れて行くべきです」
「……メイル」
お前から言ってやれと言わんばかりの態度でウォルフが促す。
「危険すぎる。狼とは格が違う相手だ、慣れた俺たち二人で見極めたほうがいい、万が一があってはならないんだ」
「危険だからです。少しでも戦力を増やし、小さな見落としも無くしたほうが確実です」
「でもな……」
「万が一は既に起きています。今一番失敗してはいけないことは、万が二を発生させないことです」
相手を言葉で屈服させるには、頭を冷静に理屈で会話を行う必要がある。
短い言葉で穴を突き、相手が使った言葉で反論をする。
それがどんなに感情的、父親達を第二の犠牲者にしたくないというものだとしても。
閉口する父親。
もともと喋ることが得意ではない彼は、主導権を再びウォルフに渡す。
「……わかったわかった。だからそんなに睨むな、女の子の顔じゃないぞ」
折れたウォルフに肩の力を抜く。
そんなに酷い表情をしていたのだろうか。
「もともと俺たちだけで行くというのは大人の都合だ。どの選択もリスクとリターンがある、だから今回は子供の都合を優先してやる。だから、死ぬなよ……?」
「必ず」
子供も行きたいというのは、大人達を死なせたくないという子供の理屈だ。
大人だけで行きたいというのは、子供は死なせたくないという大人の理屈だ。
威力偵察を少人数で行うか、大人数で行うかという選択はどちらが正しいといったものではない。正しさなんて結果が出てからしかわからないのだから。
「話を戻すぞ。相手の注意すべき点は嘴と、鉤爪。この二つは普段メイルが持っている大剣と同等と思っていたほうがいい。
嘴は特に危険だ、掴まったら逃げるのは非常に厳しいだろう。仲間が捕まったら全力で助けること、自分が捕まったら最悪掴まった箇所を切り落としてでも離脱すること」
手をつかまえられたら腕を、足をつかまれたら脚を切り落とせということだ。
切り落とす部位の肉体強化を解き、武器を振るう腕を最大限強化したら簡単だろう。
問題は落とした箇所は生えてこないことか。落とした部分があればくっつけることは可能らしいが、食われでもしたらアウトだ。
「あとはその巨体自体と、風の魔法だな」
ライトが言うにはすぐに見捨てることを決意できたわけじゃなく、一度助けに近寄ろうとした際、風の魔法で近寄れなかったらしい。
翼を羽ばたかせ、目を開けられないほど土ぼこりが舞い、無数のかまいたちが襲ってくる。ハリケーンの中に刃物がいくつも舞うイメージだろうか。
「牽制に魔法を使ってくる可能性が高い、まずそれをどうするかだな。
メイルは肉体を強化して強引に突破できないか試してみてくれ、肉薄できたらどの程度攻撃を防ぐのに魔力が必要か、逆にどの程度で傷を与えられるのかも調べて欲しい。
俺は肉体強化を最低限にしつつ、風の抜け道を探す。コウももしできそうなら俺と同じように動け。
アメとルゥは接近せず、遠距離でなんとかできないか、あわよくば魔法そのものを無力化できる手段を考えて欲しい」
頷く一同を見てウォルフが告げる。
「よし、それじゃあ準備出来次第出るぞ」
いざという時のために普段の短剣より一回り大きいショートソードを腰に付け、長袖長ズボンを穿く。
動きやすい短パンにしようかと思ったが、風魔法による消耗を少しでも軽減できれば、と思いこのセットにした。
多分無駄だろう、帰って来る頃には意味も無くボロボロになっている気がする。
「意外だった」
「反論したのが?」
「違う、真正面から対峙して怯まなかったのが。もっと臆病だと思ってた」
確かに真剣なウォルフは怖かった。
是非ともまた適当に笑える日常に早く戻って欲しい。
「臆病だよ、でももっと怖いものがあったから」
大切な人を失うのは怖い。
それを避けるために僕は殺すことを覚えた。
「……初め見たときさ、アメは本物だと思ってた」
演技がかった口調と身振りで、興奮しこの部屋を見渡していたルゥを思い出す。
「でも違ったんだよね、アメはあくまで借り物で、コウが本物だった」
僕は偽者だ。前世の知識を用いて才能に見せかけているだけだ。
コウは本物だ。彼はもう僕に背中を見せて一方的に守る場所に立っている。
「今なら思う、それも違うと。アメ、君も何かを持っている。
時折見せるその才覚が、何がきっかけで生まれているのかはまだわからないけれど」
「最期みたいに話さないで」
「戦いに行く時はいつだってそんな気分でいかないと」
二人で笑う。
あえて死亡フラグを立てる、これも慣れたやりとりだ。
ルゥが言うとおり僕にも何か才能があるのだろうか。
実感はない、今まで生活してきた中で何かを感じ取ったことなど。
隣に本物がいるから、目立たないだけかもしれないが。
「さぁ行こうか。生きるために戦おう」
「うん、大切な人のために」
「警戒、前方800。多分気づかれている」
例の洞窟まであと少し、十分に近づいて一旦止まる。
気づかれていると告げたのは魔力に反応し、その出所を探るような動きをしていたためだ、魔力を使わずに。
意識して使えない第六感としての魔法、それを逆探知に使えるなど獣とは恐ろしいものだ。
ただこういった個体はまれに存在する、今まで狩ってきた動物達の中にも第六感が優れている個体がいた。
才能か、経験か。まぁ真実を知る術はない、魔法を使っても動物と会話はできないし、何よりもう食べて消化し終えているのだから。
「時間は無さそうだな。全員事前に決めたとおりに動き、あとは各自の判断でどうにか……」
「緊急! 接近、空から!」
「構え! あくまで偵察だ、忘れるなよ!」
森の中、少し開けた場所で構える僕達。
木々達で空は隠れ、あまり遠くは見渡せなく、ようやくそれが目に映った時にはもはや目の前といったところだ。
「……でかいな」
父親の呟きが聞こえる。
彼が発言していなければ誰か他の人がそのセリフを言っていただろう。
上空から飛来したそれは鳥というにはあまりにも大きすぎた。
予測された三メートルは誇張でもなんでもない、ゾウのそれとなんらかわらない体高を持つ鳥は、長い首で誤魔化しているとしても大きいことには変わりない。
既存の生物で例えるなら鶏だろうか。茶色い羽毛を身に纏い、翼を広げるそれは悠々と大地に降り立つ。
……降りてくるのか、意外だ。空というアドバンテージを捨てるのか。それともハンデなどいらないという余裕の表れか。
降り立った鳥は大人二人が近寄りきる前に再び翼を広げ、地に両脚を付けたまま強く羽ばたく。
その動作に呼応するように大量の魔力が体から溢れ、台風の中に居るような錯覚を覚える。
これが例の風魔法か、羽ばたくのを止めても風が止まる気配はない。
強風で体がよろめくことはあっても、吹き飛ぶ様子はない。一番体重が軽いだろう僕がこれなら、他の人は十分動けているはずだ。
そんなことを考えていたら頬が唐突に斬れる、触ってみると確かに血が出ていた。
一応ある程度の身体強化をしているものの、風の刃は予想以上に鋭利だったようだ。更に皮膚を固くするが、服はどんどんボロボロになっていく。
父親は既に鳥の足元まで到達していた。
ウォルフが遅れて付いていっている辺り、魔力で体を強化しごり押したほうが効果的だったのだろう。
そんな中コウは初期地点からほとんど動いていない、親二人が何をしているのか理解しているはずだろうから、彼なりに何か考えのことがあってのことだろう。無視しておこう。
立ち止まっているコウの代わりに、ルゥが大人二人の支援のために走り出す。
僕もさっさと仕事をしよう。
いつも通り水を展開しようとするが、水球になる前に水滴たちは風に散らされてしまう。魔力の出力を増やせば使えないことも無さそうだが、ここは拘る必要はない。
炎も出そうとして失敗、理由もほぼ水と同じだ。
風はこのあたりの空間そのものが、鳥の風魔法により制圧されている状態だ。既に出されている風に、風で対抗するのは不毛かもしれない。
やっぱり土か。
《風に飛ばされる大地など要らない》
効率よりも威力を。
詠唱を始め、両手を地面につけるが特に妨害などはこなかった。
前衛組が釘付けにし何もできないのか、魔方陣にすら気づいていないのかどっちだろうか。
《行け、揺らがないというのなら》
練り上げた土を、鳥の足元に突き出させる。
外した……というかこれかなり命中率低いんじゃないだろうか?
相手は交戦し頻繁に動いており、更に鳥類特有の細い脚のせいで当たる気がしない。
近づこうにもこれ以上近づくためには身体強化に魔力を割く必要があるし、近づけば相手の意思で自由に調整できる位置になってしまうかもしれない。
脚じゃなく胴体に直接当てるには魔力か、詠唱時間が足りないだろう、土塊の長さが足りないのだ。
詠唱を重ねれば重ねるほど魔方陣は大きくなるし、目立ちすぎると危ないのは初めて狼と戦った際に痛感した。
どうしたものかと悩んでいると、ルゥも最前線に到達し、コウもさっきまで立ち止まっていたのが嘘のような速度でそれに追いつく。
大人二人に互角以上に立ち回っていた鳥も、更に二人加勢するとそうは言っていられないようで徐々に後退し始める。
もしかしてこれ、僕は見ていたら後の四人がなんとかしてくれるんじゃないだろうか。
そんな甘えたことを考えつつ、服が傷つかないように木の影から戦いを眺めていたらついに鳥が空に昇った。
……まぁそうなるか。というかどうして今まで飛ばなかったのか。そこまで考え、風が止んでいることに気づく。
慌てて四人に加勢するため近づこうとすると、それぞれが何かを防いだり避けるような動作をする。
特に何かがあるようには見えなかったのだが、不可視の何かをされているのだろうか。もしくは近寄れば見えるとか。
それを確かめたかったが、四人が後退してくるのを見て、僕は一足先に撤退した。
「飛ばれたら厳しいな」
夕食の場、ウォルフが口を開く。
流石にライトが駆け込んできてから昼食の続き、とはいかなかったので冷えたご飯を温めなおして夜に食べている。
「誰か踏み台にしてジャンプしてみる?」
「その時はお前が上な、食われるのは間違いなく近くに居るやつからだろうし」
「わたしはいいかな、体重が軽いアメに任せるよ」
人が死んでいるのに軽口を叩く余裕が出てきたのは倒す見通しが立っているからだ。
少なくとも五人もいれば明日、十分余裕を持って仕留められることだろう。
それに、人が死んでいるからこそ、生きている人間は明るく生きなければならない。
「僕もいいかな、というか後衛だし。あ、でもコウが一緒に跳んでくれるならやってみてもいいよ」
「……アメ、絶対せーので跳ばないでしょ」
ジト目で睨んでくるコウ、内心を読むのは良いがオチを無視するのはやめてほしい。
「まぁなんにせよ明日だ、本当に曲芸じみたことをしないといけないならメイルの出番だな」
「まかせろ」
彼以上に人を跳ばすに適した踏み台は他に居ないだろう。
圧倒的筋肉は、トランポリンにでも乗ったような感覚を与えてくれるに違いない。
基本方針はこうだ。
まず接近する。接近し、苦戦すると鳥は飛ぶ。飛ぶ時に魔力の余裕が無いのか風の魔法が終わる。
四人が各自対応していた飛んで来る風の刃を防ぎつつ、魔法等の遠隔攻撃で襲う。
相手の魔力が尽きて落ちてくるか、翼に重症を負わせたら後は地上で追い詰めるだけだ。
良い奴だったのにカナリア、と大人達が僕達の知らない昔話をし始めたのを見計らって三人で自室に上がる。
「あの時コウ、何してたの?」
ランプに火を灯し、ふと思い出した疑問を尋ねる。
「風で攻撃してくるなら、風で防げないかなって」
僕の考えとはまったく逆の発想を彼は口に出した。
試そうともしなかったそれを、彼は……
「できたんだ」
「うん。空気の層で自分を覆って、たまに来るかまいたちを流れを見て半自動で防げるようにしたらできた」
流れってなんだ、流れって。目に見えない空気の流れを感じ取れるものなのか。
ルゥを見る、首を傾げていたので彼女にも無理なのだろう。
……何か閃きそうになる。でも喉に突っかかって、それが出てこない。
「それってコウにとって難しい?」
「そうでもないかな」
ルゥの質問に、コウが答え、僕がそれに乗る。
「……なら、何人まで同時にコウ一人で守れる?」
「三人までなら大丈夫だと思う。五人は、ちょっと厳しいかな」
閃きが、喉から出て、声となって零れ出す。
「それなら、三人で倒せるんじゃないかな」
「へぇ……」
ルゥが漏らした言葉の意味を考えず、続けて説明する。
コウ一人で三人を守れるなら、僕とルゥ二人で魔法に集中し、土の塊でも跳ばす。
攻撃魔法に専念できるのなら、そもそも近寄るリスクを取る必要が無いのだ。
身体強化や治癒などの補助的な魔法しか満足に使えない大人達の手を借りる必要がそもそもなくなる。
「近寄ってきたらどうするの?」
「その可能性は低いと思う、牽制とか使って追い払うことを意識していたみたいだし。
ただ近寄られてもたいして問題にはならないはず、攻められても二人が防御に専念して前に出てくれれば、僕が寄って来た比較的近距離から魔法打てばいいし」
「……一応、理に適っているか」
どこか不服そうでも一応納得するルゥ。
それに対してコウの反応は違った。
「もし、もしそれができたら褒めてもらえるかな?」
「うん、きっと三人でやれて凄いねって言ってくれるよ。無理そうならすぐに諦めて帰ればいいわけだし」
「じゃあ、やろうよ!」
サプライズというものはいいものだ。
実はこんな素敵なもの用意していました、そういった驚きは何度味わってもやめられない。
普段与えられるだろうそれを、子供達三人が大人に与える。コウはその喜びに心躍らせ笑顔を咲かせる。
「ルゥもいい?」
「望むのなら」
こうして子供三人の秘密の冒険は決まった。
日付が変わり、大人達が寝静まった頃に出発することにした。
「おはよう、天気もいいよ」
ルゥに起こされ、仮眠を中断する。コウは今日僕の家に泊まっていった。
窓から空を見上げると、月はほぼ満月に近い状態で雲も見えなかった。これなら明かりがなくとも十分戦えるはずだ。
「行こうか」
「うん!」
普段寝ている時間だ、眠いだろうに声を弾ませるコウを落ち着かせながら家を抜け出す。
親に内緒で、という単語に胸が躍るのは子供ならしょうがないだろう。
褒めてもらいたい、そんな気持ちもあるが、どちらかというと親達には楽をしてもらいたい、その気持ちが僕には強かった。
前世では十分に親孝行できずに終わってしまったから、今は十二分にでも何かをしてあげたかった。
夜の森は静かだ。
探知にはほぼ何もひっかからず、動物達も棲家でゆっくり休んでいるころだろう。
夜を選んだのにはいくつか理由がある。
朝には皆で出発する予定だったのでそれまでに片付けたかったのと、鳥目という言葉があるぐらいだ、夜間ならば魔法があるにしてもある程度有利に立ち回れるんじゃないかという願望。
そして、相手が休息しているところを奇襲できないかという期待。
「まぁそんなに甘くはないか」
逆探知を恐れ、探知を使わずに洞窟付近まで近づいた時に巨大な鳥が急いで出てきた。
一呼吸する間もなく吹き荒れる風、住処に近いからか昼間より強力に思えた。
「大丈夫?」
「うん、かなり余裕ある」
一応コウに尋ねるが、頼もしい答えが返ってくる。
三人を包むように空気の層が生まれ、風の刃すらそれを突破することはできてない。
これなら身体強化に魔力を割く必要も無い、全力で攻撃しよう。
《行くよ》
《任せて》
各々で詠唱しつつ、ルゥと共に土の槍を展開していく。
地面から直接狙うのではなく、僕は二本、ルゥは三本の巨大な土の槍を空中に浮かせる。
それを見た鳥は、回避のためか慌てて魔法を中断し、翼を広げ宙に浮く。
《一本目》
コウが至近距離に迫ってきた場合に対応できるよう体制を整えるのを見て、ルゥが一つ目の槍を狙って飛ばす。
残念ながら夜間でも十分にそれは見えているようで、鳥らしく空を自由に飛び回避した。
反撃に相手は、一度強く羽ばたき不可視の刃を飛ばしてくる。
「大丈夫」
コウの一言で、三人をまとめて斬れるようなサイズだったそれは、同様に意図的に作られた空気の壁により阻まれる。
「当てれそう?」
「どうだろう。ためしに二本ずらして撃ってみるね」
ルゥが残る二本の片方を適当に撃ち、それを回避するために移動した場所にもう一本撃ったが辛うじて避けられる。
それを危機と見たのか、鳥は空からこちらに向かって滑空してきた。
予想外に速度がある、その事実に焦りを覚え、進路をずらせないかと槍を一本飛ばすが、最低限の動きで避け、減速すらほとんどない状態でその巨体がどんどん近づく。
ルゥは再び展開し始めようとしていた槍の生成を中断し、短剣を抜刀しコウと並び前に出る。
当然あの巨体と速度を受け止められるわけがない、近距離戦に仕切りなおしだ。
そう思い残る一本の槍の維持に注ぎ込んでいた魔力を中断しようとした時にルゥの声が聞こえる。
「洞窟の内部に向かって放って!」
「何故!?」
「なんでもいいから、今は何も考えないで!」
どうせ無駄になる魔力だったんだ。言われたとおりさっさと撃って、回避に専念しよう。
そう思い、洞窟の内部を狙い槍を放つと、不思議なことが起きた。
鳥が、機動を強引に変え、槍に吸い込まれるように地面に降りた。突き刺さるはずのない槍が腹を抉る、巨体がよろめく。
そこからはもう一方的だった。
ありえないタイミングで重傷を負ってしまった鳥に勝ち目はなく、遠距離から魔法でいたぶられ、肉塊になるのにそう時間はかからなかった。
倒れた巨体を見る。
強敵を倒した達成感など無い、あるのは疑問だけ。何故あのようなタイミングで降りたのか。
「行けば、わかるよ」
何故洞窟に魔法を撃つように指示したのか、そして何故それが成功したのか。
彼女は言う、中を見ればすぐわかると。
暗い洞窟内部、魔法で光源を確保し少し進むと確かに聞こえた。
鳥の鳴き声だ。
ちゅんちゅんだとか、ぴよぴよといった可愛いものではないが、確かにそれは幼い鳥の鳴き声だった。
鳥と呼ぶには十分に大きすぎるその体、でも確かに産毛は生えそろっておらず、目はまだ開いていない。
二羽いるそれは見えぬ気配を察知し、餌をねだっているのか危険に対してさえずっているのかはわからないが鳴き声が止むことはない。
「あぁ……」
思わず、声が零れてしまった。世界はこんなにも残酷なのかと。
「アメ」
「大丈夫、わかってる」
何も初めてじゃない。狩った獲物の腹から胎児が出てきたこともある。
だから、大丈夫。
剣を抜く、構える。コウも同様に隣に並ぶ。
鳴き声がする、頭に響く。
走って、突き刺した。深く、深く。
鳴き声が止んだ。
自身で体温維持などできなかった、餌を運ぶ親は既に死んだ。
誰が殺した? 僕だ。
でも、これ以上殺されないために、生きるために殺した。
免罪符になるか? なるわけない。どうせなら初めからこの地域に移動して来ないで欲しかった。
「魔法使えばよかったのに」
村に着く寸前、ルゥが返り血で多少汚れた僕達を見てそう口を開いた。
気づけば汚れにくい刺殺の仕方も覚えたな。
「ああするのが実感できると思ったから」
生き物を殺した罪を、親を殺しその子も殺す罪を。
剣越しにも伝わる血の流れを、呼吸が止まるその瞬間を。
「そっか。もしかすると、それが……」
村の入り口に着き、言葉を中断するルゥ。
なにやら村から慌しい様子が伝わってくる、日は既に昇り始めていた。片道二時間、そんなものだろう。
「子供達が帰ってきたよ! 三人とも無事よ! 早く伝えてあげて!!」
村の入り口近くにいたディーアが僕達を見つけ、彼女のよく通る声が村に響き渡り、それに呼応するように言葉が伝達されていく。
何がおきているかわからないまま、大人達に取り囲まれ、しばらくして僕とコウの両親がやってきた。
「お前達……」
父親が何かを伝えようとし、それを上手く言葉にできないもどかしさに苛立ちながら、頭を掴み近寄ってくる。
その不器用なメイルを体で遮り、ウォルフが怖い顔で目の前に立ちふさがる。
どこからどうみても怒っていた、かつてないほど怒っていた。
その怒りから僕達を守るようにコウが一歩前に出ると、ウォルフは躊躇うことなく拳を振るった。
殴打され、コウはよろめくが負けじと睨み返す。
……彼が息子を殴るところを初めて見た。どんな失敗をしてもウォルフは必ず言葉で言って聞かせるものだと思っていた。
「この馬鹿共が!!」
もう一度、無秩序に振るわれる拳。
コウはそれを避けることなく、逆の頬で受けた。
間違っている、何が間違っているかはまだわからないが、少なくとも言葉もなしに暴力を振るうことは正しくはない。
守らなければ、理不尽から子供を。守られるだけではいけない。
前に出る、怒ったウォルフは怖いし、何がおきているかわからなくて何もいえないけど、それでもコウの前に出る。
「お前らなぁ……」
流石に人の娘は殴れないのか、行き場をなくした拳を解き、目元を手で覆い彼は言葉を続ける。
「大人が、そんなに頼りないかよ……!」
そこで初めて、心配させてしまったことに気づいた。
何も言わず、夜にこっそり出かけて、血を浴びて帰ってきた子供達を見て大人は思ったのかもしれない、裏切られたのだと。
自分達が頼りないから、三人で鳥を倒しに行ったのだと。
慌てて探したのだろう、村のどこかにいるのではないか、もしくは近場で何かしているのではないか。だから早朝から村が慌しかったのだ。
「なぁ、おい! 俺達は普段から、親の役割を果たせてなかったのか!?」
何か冒してはいけないものを冒してしまった気がした。大切な何かを、無下にしてしまった。
「そんなつもりじゃ……」
そんなつもりじゃなかった。
ただ親の負担を減らしたかっただけだ、ただ凄いねって言ってほしかっただけだ。
「あぁわかってるさ、褒めてほしかったんだろう?子供達だけでよくやった、お前達は凄いなって」
撫でる筈の手は、頬をぶつために使われた。
「んなことできるわけないだろうが!!
カナリアの奴が死んで、ライトがどんな思いをして帰ってきて。
それで、それでお前達まで帰ってこなかったら俺達は、俺達はどんな顔をしたらいい!?」
ウォルフが目元から手をどける。瞳は潤み、今にも頬を雫が伝いそうだった。
周りを見渡す、もう怒っている大人などいなかった。
「こうして三人でも帰ってこれた、お前達は確かに凄いんだろうよ。
だけど、俺たちを親だと、大人だと思うのなら、少しでいいから頼ってくれ、頼む……」
「ごめん、なさい。僕が言い出したことです、三人で大丈夫だろうって」
もはや感情に任せて怒っているわけでも、理屈で叱っているわけでもなかった。
普段から頼ることの少ない子供達に、大人達は懇願していた、支えさせてくれと。
謝る言葉以外何も言えなかった。大人達の理屈に、子供の理屈が到底叶わないものだと理解したから。
その言葉に母親は無言で近づき、頬を平手でそっとはたくと、その何倍もの力でぎゅっと抱きしめてくれた。
「無事でよかった、本当に……!」
コウもコロネに抱きしめられているのが視界に映った、彼は怒るウォルフに対し頼もしく前に出たが、今はやっといつも通り泣いていた。
大人達の愛情を感じ、コウの殴られても泣かない強さ、抱きしめられて泣ける優しさを想い僕も目頭が熱くなってくる。
だけど、堪えた。
ここで僕が泣いたら、いろいろなものを裏切ってしまう気がしたから。
睡眠を取り、目が覚めると夜だったが外は明るい。どうやら明かりを灯し宴をしているようだ。
「起きた?」
窓際に座り、干し肉を齧っているルゥと目が合う。
コウはベッドにもたれかかり寝ていた、目元には涙の跡を残して。
「……知ってたんだよね、全部。三人で行くことに乗り気じゃなかったのは、危険だったからじゃなくて、大人達が心配すると知っていたんだよね」
「さぁね、十一歳のわたしには大人の気持ちなんてわからないよ」
あまりにも白々しいその態度に、怒りを通り越し呆れた。
「まぁいい機会だったんじゃない? いろいろなことを知るのにさ」
彼女はそれも見越していたのだろう。
歳相応の何かを学ぶために、あえて失敗をする必要があるのだと。
「出来過ぎた人間ってのは、普通の人が知っているようなことを知らないこともあるんだよ」
親の気持ちとかさ、彼女はそう言いながらコウの涙の跡を指でなぞる。
目元を触られたことで意識が浮上してきたのか、起きたコウと目が合う。
「おはよ」
「……おはよう」
寝ぼけ眼のコウの手を引き、三人で一階に降りるとコロネが駆け寄ってきた。
「おはよう。ライトの所に行ってあげて、話したがってる」
人が死ぬと、この村では葬式の代わりに宴をする。
初めは縁起でもないと思っていたが、意外にこれが悪くない。人が死んで落ち込むぐらいなら、それを乗り越えるほど笑おうと。
よく思い出すと前世でも葬式の後には宴会で盛り上がっていた。その前半部分が無くなっただけで大差はないのかもしれない。
「起きたのか、みんな」
「はい。あの話したいことって……?」
「あぁそんな身構えなくていい、もう叱る必要は無いからな。あの場ではウォルフがあぁするしかなかった、でも今は違う」
コウの頬を見る。腫れはもちろんとっくに引いていた。
「じゃあ一体……」
「ありがとう」
「……」
「仇を討ってくれて嬉しかった、これであいつも安心だろう」
笑う彼の頬にも跡があった、きっと見えないところで散々泣いたのだろう。
「ありがとう」
彼は繰り返す。
「無事に帰ってきてくれて」
取り返しのつかないことをしてしまいそうだった。
でも僕たちは生きている、反省し次に活かす事ができる。
「……はい」
「そんな顔するなって! さぁ、今日は楽しもうぜ!」
主賓から解放され、やっと三人でのんびり過ごせるようになった。
いつものように馬鹿騒ぎしている大人達から少し距離を開け、子供三人でテーブルを囲む。
各々好きな料理を取ってきて、功労者であり子供でもある僕達は貴重なティールを与えられ、ほとんど言葉もなくゆったりとした時間を過ごしていた。
宵闇を照らす明かりが白い液体を煌々と輝かせ、その甘い水面を見ていると賑やかな声もどこか遠く、まるで世界で三人だけになったような錯覚すら覚える。
「強いなぁ、みんな。村の仲間が死んで、最愛の人を失って、それでも笑おうとできるだなんて」
その独特な雰囲気に影響されたのか、思わずそう呟く。戸惑いの中選択を迫られたのなら、人は感情を優先する。
だから呟いた。
人が死んでいる、でもその最愛の人は笑っている。
僕も一度死んだ、けれど今は生きて、死地を乗り越えこうして美味しいものを食べている。
そんな曖昧な生の中で、独りぼっちにされてはどうにかなってしまいそうとぼんやり考えてしまったから。
「ずっと悲しみ続けるなんて無理だからね、ならさっさと笑えるほうがいい」
ルゥの言葉で、自分や家族の死をえてなお、笑えるようになった僕自身を思い出す。
まぁそんなものか。人生これから何があるかはわからない、けれど今何があるのかは把握できる。
今こうして皆は笑って、僕は美味しい物を食べて。
その事実があれば、ぼんやりとした不安なんて簡単に消え去ってしまうものでしかなかった。
「コウは僕が死んだら笑ってくれる?」
「無理。アメは俺が守るから、死んでも守る」
そういう問題じゃない。
コウは賢い子だ、だけど僕が関わると急に愚鈍になる。
その純粋さは弱さだ、僕が戦いの中で先に死んだら彼は迷ってしまうのだろう。
……親の心子知らず。初めて遠征した初めの夜、そう思ったことを思い出す。
大人の心を子供は知らない、子供の心も親は知らない。
この男の子の純粋さを僕は共感できない、それは僕が大人だから?純粋さを忘れてしまったから?
そもそも自分の精神年齢は何歳なのだろう。
二つの肉体年齢を足した27?死んでしまった男の18からまるで成長していない?体に慣れた9?
ぼんやりとした疑問と不安が霧のように集まり、徐々に水球として形を作るところで、無理やりかき消した。
今この時間にそれは邪魔なものだと思ったから、霧のままだったら自然に霧散してくれると思ったから。
宴のメインディッシュは僕達が持って帰れなかった鳥の肉だった。
間接的にライトは妻を食ってしまったのかと考えたけど、すぐにどうでもいい考えだと気づく。
長い目で見れば狼の肉も僕達の祖先を食べて成長したものかもしれないし、何より死んでなお愛する人の血肉になれたのはきっと幸せなことだろう。
冒涜的な考えだけど、心のどこかでそう思った。
- 止めるナキ声 終わり -




