114.夢からさめて
「二つ、話がある」
アレンさんは僕達を自室へと呼び、真剣な様子でそう切り出した。
「まず例の話が最終段階に移った報告だ。あと何度かのやり取りでレイニスへと移動することになる」
その貴族はレイニスに居を構えているらしい。
王都から離れているのはこちらにとって都合がいいが、こうして連絡を取り合う際は少々問題が発生する。
どれだけ効率良く手紙が回っても、一度のやり取りが往復するのに二ヶ月は掛かってしまう点だ。
この最終段階が何度のやり取りで終わるかはわからないが、三度も手紙を往復させたのなら最低でも半年は時間が経過することになる。
「もう一つ。上から新しい仕事を任された。近いうちに他組織の人間が運ぶ物資を襲撃し奪えとのお達しだ」
「……それは、穏やかじゃないですね。アレンさんにのみ告げられた仕事なのですか?」
「どうだかな」
厳密にはアレンさんに伝え、その後方にいる人間と共に事を当たれとのことらしい。
その人間がザザ達の事なのか、もしくは僕達のことなのか。
仕事内容も血生臭ければ、そういった推測も不安を煽る。
「ローレンを発った時には三名で馬車を引いていたそうだ。なので私はこの三名で仕事を済ませたいと思っている」
「はい」
二つ返事は僕。
「大丈夫です」
心配無用と答えたのはココロだ。
これは紛れも無く犯罪行為。悪人が悪人を始末する程度の徳の低いものだが、悪人が野盗を捌くことよりもなお悪い。
少なくとも組織間の禍根は深くなるし、政治的にも穏便に隠さなければ国から適切な罰が下される可能性もある。
でもココロは頷いた。
もはや躊躇いなどどこにもあらず。
けれど己の悪行を認識しながら、それでも自分を責め続け刃を振るうと。
- 夢からさめて 始まり -
自身を撫でる感知魔法の魔力が通り過ぎるのを、身震いを押し殺し息も堪え、魔力を最低限に反発を発生させないよう上手く流れを作ってやり過ごす。
街道を挟んで対面に居るアレンさんも同じような緊張を抱いているのだろうかと、ぼんやり考えながら報告通り三名で馬車を守っている人間を確かめる。
情報に齟齬は無く、近くに人目は無い。間違いなく仕事日和だ。
……ちなみにココロは下で一人木を背に事が始まるのを待っている。特に木登りが得意なわけでもないし、流石に探知魔法を凌げるほどそういった技術に精通しているわけでもないので囮、というか今回隠密行動をする理由はあまりない。
サーッと木々が風で揺れたかと思えばアレンさんが馬車に張り付き、車輪の一つを瞬く間に破壊する。
そこでようやく男達はアレンさんに気づき、敵襲と判断し応戦し始める。
それを確認し見つかっていたココロも縮地で跳び最前線へ。注意がココロへと向かっていたせいもあってかアレンさんの行動は完璧で、戦闘能力に長け物資を守っているだろう三人相手にもなんとか持ちこたえている。
僕の出番はもう少し後。
月光では足りず、瞳に入る光を魔法で増幅しながら肌を撫でる探知魔法も何とか凌ぐ。
まだ相手は増援を警戒しているし、僕には情報が足りない。
恐らくリーダー格だろう男性はロングソードと盾を持ち残りの二名へと指示を出している。
それを受けて長剣と短剣、二本を構えている男が指示を受け二人を上手く連携するように立ち回っている。確かこの二刀流の男がアレンさんとココロに反応するのが一番早かったはずだ。
もう一人体格の良い男は図体に見合って脳も鈍重なのか、仲間二人に指示されるがままに……指示されても遅い反応で大剣を振り回しココロに対処する。
できれば大剣の男を一番に始末したい。
手軽で、尚且つ得物がココロの刀と相性が悪い。そうして人数差を作れればあとは一人ずつ片付けて全て終わりだ。
ただ投げナイフが届く距離ではないし、魔法を扱って今の今まで隠れていた僕の存在が感知されるのは避けたい。
気づかれないよう近づいて、肉薄し殺す。これか。
「「――っ!!」」
未だ奇襲に混乱しながら戦っている三名と、その状態を少しでも長引かせようと立ち回るアレンさんとココロが戦う声が聞こえる。
その声が大きくなるたび僕は木を一つ移動し、探知魔法をやり過ごし、木々がなびく度体重の軽い僕は風の様にふわりと移動する。
このような体格でよかった……なんて思わない。こんな体格だったからこそ、こうした隠密技術を入念に磨いてきたのだ。一度ばれてしまえば、初撃を誤れば、残るは小さな少女にとって不利な展開のみ。
「がーっ!」
ココロを相手している男の怒声が聞こえる。
感情のままに大剣を振り回し、それを刀で受け止めることも叶わずココロは転げ回るだけで。
僕はその男の隙を見計らい、足に魔力を精一杯込めて跳躍した。
「危ないっ!!」
僕の拳は届いた。
二刀流の男性に。
やはり状況判断に優れているのか、誰よりも早く僕の存在を察知して振り下ろす拳を剣二本十字に重ねて受け止める。
肉体破壊のために込めていた魔力を、慌てて自分の体を守るために回して刃が深く沈むことを避ける。
「お前はそのままでいい、コイツは俺がやる!」
慌てて新しい敵である僕に近づいてこようとした大柄の男性を二刀流の男は声で止めて、再びココロの相手に戻させる。
内心舌打ちをしつつ、目の前の相手、そしてアレンさんの相手がそれぞれ僕達から食いついて離れないようにしている現実を直視。
宙に浮いたままの僕に、横へ薙ぐ長剣を肘と膝で挟み込みそのまま距離を開けるように吹き飛ばされる僕。
大剣相手は正直僕やアレンさんのような格闘のほうがむしろ相手をし易い。一度潜り込めさえすればこちらの優勢な距離から逃がすことはないのだから。
「ったく、男一人はまだしも子供二人とかどこの人間だ。ただの野盗ってわけじゃないんだろ」
「言葉は不要」
独り言のように呟き剣を構えなおす男に僕は再び地を駆け距離を詰める。
アレンさんも劇的な戦力差があるようには見えない、僕もそこまでの自覚は無い。ただココロが能力はまだしも、武器の相性で不利を強いられていることだけはわかる。
相手からしてみればココロがやられるのを待ち、人数差をつけた段階で残る僕達も始末するのが理想的だろう。
……身分もばれず、誰一人欠けていない今の内に逃げ出すのも選択肢にはあった。
けれどそれは、重要な仕事を失敗し、アレンさんの評価が組織内で揺らぐことに繋がる。
だからそれは選ばない。全員生き残って、全員倒して、僕達は帰るんだ。
そのためにリスクを冒す必要がある。僕が、みんなのために、多少無茶をしても今目の前にいる敵を倒せたのなら状況は一気に優位へと傾く。
手が届きそうな距離まで近づき、地中に魔力の反応を感じ咄嗟に前宙。
今まで僕が居た場所に土の槍が生えていることを確かめながら、剣をしっかりと構えながらしたたかにもそういった迎撃方法を取った男の首へと手を伸ばす。
それも取りまわしの良い短剣が素早く動き、手首に先端を突き立てられようとしていることをみて回避。
地面に辿り着き、一瞬背中合わせのような状態に陥るが迷わず僕は前進。
アレンさんの方向へと向かった時に背後から氷の槍が飛んできたので身を逸らして避け、次の遠隔攻撃として土の槍を生成し構えている男性に僕は真っ向から向き合う。
遅れて大地を抉り生成した規模の弱い土の盾で何とか相手の攻撃を防ぎつつ、僕はスカートの内側から煙玉を取り出して互いの間へと投げ入れ起爆。
一瞬にして互いが見えなくなるが、冷静に僕が居た場所へと土槍を放つ攻撃を馬車に背を向けるよう移動しながら避けて足へと魔力を込める。
相手としては僕の動向が掴めないのが一番恐ろしいだろう。
馬車を狙っているのか、他の人間への増援に移っているのか、それとも自身のすぐ目の前にもう居るのか。
故に曖昧な情報しか得られない探知魔法ではなく、直視し正確に現状を把握するため風の魔法で粉塵を飛ばす。
僕はその煙が晴れて行く中心へと、真っ直ぐ相手を視認したまま煙の中から縮地で跳ぶだけ。
「――やぁ」
体格の劣る僕には槍に等しい長剣の間合いなど当に過ぎ、武器に頼り格闘ではなく咄嗟に短剣を振るう攻撃を容易く僕は往なしつつ、抉り上げるような拳で敵を貫く。
流石にこの程度で破壊魔法が通るほど弱るとも、不意を付けるとも思っていない。
――けれど、体は浮いた。
迷わず蹴り上げ、更に男の高度を上げる。
右手はふとももから短剣を引き抜きつつも、左腕は宙に浮く男目がけ強く振り、袖から魔力に答えて暗器は足へと絡みつき放さない。
そのまま悲鳴を上げる幼い体で男を背中から地面に叩き付け、引きずり、抜き終えていた短剣を勢いを利用して喉をかき切る。
度重なる痛みと衝撃、そして致命傷に魔力で抗う大きく開いた男性の喉を目がけて一度拳を振るう。空気が漏れるようなうめきが聞こえた。
もう一度間髪入れず右腕で殴る。血液が舞い、僕の攻撃を止めようとか弱い男の腕が右手を掴む。
もう一度、左腕で殴る。ぐしゃりと肉を掻き分け血で踊り、破壊魔法で骨を砕く音と命が途絶えた聞こえない音を聞き届け、僕はココロの元へと視線を向ける。
ココロは左腕を大剣の腹でも殴られたのか、奇妙な形へと変形させながら普段とは逆の右手で刀を持っていた。
片腕でも少女の戦闘意欲は消えることを知らない。
慣れない武器相手ながらも、ようやく単調な動きを選んでいるだけだと気づいたのか最小限に身を傾けるだけで地を揺らすような大剣の一撃を避けると、柄の頭で間接部を強打し怯んだ隙に、そのまま地面へとめり込まない勢いで相手の足を踏みつける。
瞬時に行われた二度の手痛い攻撃に怯みながらも、咄嗟に大剣から手を放し掴もうとする男の手をくるりと踏みつけた足をそのままに百八十度回転した後、逆手に持った刀を敵の心臓へと突き立てる。
どっと溢れ出す生命の水を、両手で守ろうと膝を付き胸を押さえた男性の首を、ココロは最上段から振りかぶり落とした。
なんだ僕いらないじゃん、とアレンさんを見るとこちらも同様で、魔刻化した右腕を夜の帳に存分と輝かせ身を守っていた盾を正面から粉砕し、そのまま首を掴み抵抗する長剣を左手で押さえたかと思えば地面に強く叩き付けそのまま首をへし折っていた。
「大丈夫? ココロ」
腕を折られて大丈夫もクソもないだろうが一応尋ねる。
「……今日本気で死ぬかと思いました、強すぎですよ」
そんな相手を一人で倒したのはどこの誰なのだか。
おそらく今日相手にした連中は冒険者でも一握りのレベル、もしかすると騎士団でも入れるほどの能力を持っていたのかもしれない。
当然その辺の死に行く冒険者や、酔っ払いを相手にするのが精々の腑抜けた警備隊、一般人に難癖をつけて楽しむチンピラとは格が違う。
「こんなものでいいだろう、よくやった二人共」
アレンさんが必要な荷物を馬車から降ろしている間に、僕は馬を森へと解き放つ。できるのなら食べたかったな。
そして死体を埋葬……というかばれないよう深く埋めて隠蔽し、馬車は車輪が一つ壊れたままで余分な積荷を持ったまま放置。
これで不運にも車輪が一つ壊れ、必要な荷物を背負って町へと急いだ誰かの完成だ。
僅かな所属を表す物品や、王都へそういった届出が出ないことに疑問を覚える頃にはもう僕達はいつもの日常で。
「……完全に犯罪者ですよね、これ」
治りつつある左腕をぎゅっと握り、右腕だけで荷物を持つココロがそう呟く。
確かな罪の重さと……夜大人達の目から逃れ遊び歩くような悪戯心、そんな純粋なそれを持ち合わせた表情。
「何言ってるの、野盗でも殺した時点で一般人からしてみれば悪者だよ、僕達」
そんな子供らしい表情も僕が口を開けば一瞬で曇るわけで。
「正義の味方とか、そういったものに本当になりたいのであれば、悪者を殺した後自分も殺人鬼として司法に裁かれることだね」
「なら私は悪者でもいいですよ。近くに居る大切な人と、手の届く無辜な人々を守れるのであれば」
「ふん……」
ココロの答えにアレンさんは堪えきれず、満足そうにそう笑い声を零したのだった。
- 夢からさめて 終わり -




