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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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113.クスリスク

「今戻った」


「あ、アレンさんでしたか。お帰りなさい」


 見張りの職員が帰宅した僕達を出迎える。

 顔つきが思っていたものよりも違っていて僕は少し驚いた。もっとこうアレンさんが居ない隙に気を抜いている、いやそもそもの顔つきが一ヶ月ほど前に見たものとは若干違っている気がする。


「私が居ない間何かあったか?」


「大事は何も。幾つか細かい連絡事項はありますが」


 その言葉にアレンさんは僕達に顔を向け立ち去るように促す。


「二人はもう下がっていいぞ。今日は一日自由に休むこと」


 言葉こそアレンさんだが、既に顔つきが施設長のそれに変わりつつある男性の言葉を僕達は頷いて受け止め、既に預かっていたアレンさんの部屋の鍵で彼の自室に入り着替える。

 多少汚れた外套を脱ぎ、特に損傷のない衣服を脱ぐ。結局破けたりすることはなかったし、当面の間は使い続けることができそうだ。


「凄く綺麗に使いましたねー羨ましいです」


 そう言ってココロはリュックから傷のある服を取り出す。戦闘や野営の些細なミスで少し傷がついてしまった物だ。


「まぁ慣れていないにしては上等でしょ。それに縫えば何とかなる程度だし」


「そうですね。今日洗って干して、明日から少しずつ開いている時間を見つけ縫って直していこうかな」


 僕はその言葉を聞きながら両腕の暗器を外し腰のベルトも取り外す。

 結局使わなかった短剣の刀身が汚れてすらいないことを確認し再び鞘に収め、これまた使わなかった投げナイフ四本、煙玉と手榴弾二つずつも適切な保管場所へとしまう。


「この服、懐かしいですね」


 そう言いながら準備が少なく既に着替え終えているココロが着る服はいつものボロボロなもの。

 多分本来はそういう色などではなく、洗い落とされなかった汚れがねずみ色に服を変色させ、もはや質感も擦り切れ服じゃなく布と言っても過言ではないもの。

 流石にその感想はどうかと思いつつ、僕も着てみたら懐かしい、そう感じてしまった事実には苦笑するほかない。


「ふふっ……ほんとだ」


「ね?」


 皮肉なことに、あぁ帰ってきたなぁと実感が湧きあがる。

 明日からはまたしばらくここの生徒の一員だ。怒鳴られて、たまに殴られて。午後にはアレンさんと訓練をして。

 そんな日々ももう少しで終わる。あと一年も経てば確実に僕達はここから逃げ出しているだろう。

 貴族に受け入れてもらえるかなんてわからない、受け入れられたとして些細なミスで組織に始末されるかもしれない。僕達の、アレンさんの行く末は決して楽観視できるものなんかじゃない。

 でも、それでも。

 ここまで進み続けてきた。これからも、進み続けるのだろう。



- クスリスク 始まり -



「なんか、少し雰囲気が変わりましたよね」


「うん」


 ココロの言葉に同意しながら僕達三名は、いつもの西の郊外へと少し多い荷物を抱えて移動する。

 昨日、そして今日の午前中学校で生活をしたが、職員や子供達の雰囲気がどこか変わっていた。

 悲惨な様子だったのには変わらないが、それでも絶望的な状況で何かを見出しそれに悪あがきで這いずっているような、そんな。

 そもそもこんなに長い間誰も卒業していないことに驚きだ。

 ローレンへ行っていた一ヶ月で一人卒業しているだろうと思っていた子供が居たのだが、卒業しているどころか新しい顔が一人増えていた。


「少しザザが勝手に方針を変更したようだ」


「……え、それって大丈夫なんですか?」


 アレンさんがさらりと言ってのけた情報に僕は目を丸くさせる。


「あぁ、大事は無い。それに実質的にあの施設を任せている立場で、尚且つ組織から離れようとしている人間が何かを言える立場では無いな」


 多少皮肉を交えながらも軽く自責を笑ったアレンさんに僕達はもう何も言う必要がない。


「今日は普段とは違った訓練をする。アメはもう扱い方も知っているが毒の訓練だ。ココロにこれを扱いこなせとは言わないが、最低限知識を持っていて咄嗟に対処できなければ歯がゆい思いをするだろう」


「はい」


「経口摂取……あー口から毒を体内に取り入れるのではなく、刃物に毒を塗り血管へと直接毒を入れたほうが効率的に吸収できるので少し痛みを伴うが頑張ってほしい」


 今更だ。

 少女に適した言葉を選ぶことも、争いの中に身を委ねる前から殴られたり、僕に腕の骨を砕かれたりしても堪えてきて、実際ローレンを往復する際牙を突き立てられ、刃で肌を切り裂かれたココロに今更そんな念を押す必要は無い。


「まずは毒を体内に取り入れそれがどんな効果を表すのかを実感する。その後体内に回りきった毒を魔法で解毒、基本的には重要な部位を意識して守りつつ、新陳代謝を活性化させ自然治癒で解毒できる。

これがある程度できるようになれば次に体内に回りきる前に処理をする訓練だ。傷口を魔力で隔離し毒の進行を遅らせ、その部位だけで解毒を済ませ毒を無力化する。基本的に後者で毒を対応できることが好ましいが、遅効性の毒や単純に対応が遅れたときのため前者の訓練が必要だ」


「わかりました」


「僕も復習のため参加していいですか?」


「もちろんだ」


 アレンさんは僕の提案にすぐ反応し、二人分の道具を準備し始める。もしかすると元々僕も参加させる予定だったのかもしれない。

 身体的影響もそうだが、外傷などと違い直感的理解が難しい薬物に対しての訓練は精神的にもそれなりの不安を与えると僕は思っている。

 見ているだけ、というのもあれなので、せっかくだし僕も参加させてもらおう。


「これは内蔵機能の低下、各組織の働きを徐々に鈍くし、最終的には死に至る……まぁようは体調不良を招く毒だな」


 説明をし、差し出した僕達の腕に毒の滴る薄いナイフを刺すアレンさん。


「魔法を扱えない人々には死に至るほどの危険な物。魔法を扱えても、気づけず継続的に摂取していれば非常に危険だろう。

ただ逆を言えば今こうして事前に与えられるとわかっている魔法を扱える二人ならば死ぬ事は無い……あぁ、吐く前に解毒を始めて構わないぞ。どのような感覚かを掴めればそれで十分だ」


 その言葉に僕達はようやく体内の毒素を分解し始める。

 痛みなら何とかなるのだが、こうした体調不良関係には僕も普通に弱い。正直ココロより先に吐き出し横になりたかった。


「初期症状は吐き気、眩暈、あとは鼻血ぐらいか。食事等に混ぜて暗殺に使われることもある毒。

まぁ無いとは思うが日常でそういった異常を感じたのなら気をつけて生活を見直したほうがいい」


 大半の風邪などの病気、それに体調不良は意識さえあれば魔力が生きたいと願う本能に従い自動的に体を保持してくれる。

 栄養、魔力が十分でそれでも何かおかしいのであれば毒を盛られていると思っていいだろう。


「次は麻痺毒だ。先の毒が体内を破壊するものであれば、こちらは機能を停止させ死に至る。

心臓や肺が止まったらどうなるかはわかるだろう。予め言っておくが魔力を使わず呼吸ができなくなった時点ですぐに解毒を始めても構わない」


 例のヒメヅルダケの毒、僕が普段所持している毒の一つだ。僕とコウがまんまと食らい、ルゥを間接的に殺してしまったような。

 腕にナイフが刺さる痛み。それからそこを中心にある種心地良いとさえ感じる感覚が全身へと走り、まずは筋肉が体を支えられず倒れそうになった時点で僕は解毒。

 というか他の毒と違い体に回るのが非常に早い。五秒も経たずに倒れるのは異常の一言……キノコ、食べなくてよかった。ルゥが知っていなければ空腹に負けキノコを食べ死んでいたんだろうな。


「頭が痛いです……」


 倒れ、むくりと今起き上がったココロの一言はそれだった。

 後ろに倒れていま後頭部を摩っていることを考えるに、倒れた衝撃でぶつけた頭の傷を言っているのだろう。

 麻痺毒のこの全身が眠るような感覚、緩やかに、けれど確かに老衰のような死に近づく感覚よりもそっちのほうが気になるのか。


「次は痛みをもたらす物だ。昆虫から採取し、神経に刺激を与え激しい痛みをもたらす。神経痛毒とでも言うべきか。これ自体死に至る事は無いが、戦闘時には些細な傷でこれが体内に入った場合隙を見せてしまうことになる。

相手の武器に毒が塗ってあるかなど事前に見分けられるものでもないが、少しでも異常な痛みを察知した場合すぐに解毒したほうがいいだろう」


 劇的な痛みは純粋に思考を妨害する。

 それに堪えようと神経を鈍くしたり、解毒すると魔力はその分減ってしまう。

 体力、魔力、時間。そういったリソースを僅かな傷で減らす効率はこの毒が優れていると言えるだろう、もう一つ僕が普段持っている投げナイフに塗られた毒もこれだ。


 腕にナイフが突き刺さる痛み。

 突き刺さると言ってもカッターナイフ程度の小さなもので、最小限程度の深さにしか刃を沈めていないので前世の日常でも何かがあれば感じてしまう程度の傷の痛みだ。

 ただその後、傷口を中心に体の内側から外へ向けて何度も何度も刃物が暴れるような感覚。

 実際には入った毒が末端まで延びる神経で好き放題しているのだろうが、何にせよ普段感じることのないこの痛みは単純な外傷よりも厳しい。


「……っ!」


 思わず苦痛を堪えきれず零れてしまった声に、ココロはこれ以上堪えられないと判断してか解毒を始める。

 僕はそんなココロを眺めつつ、どの程度なら堪えられるのだろうかとしばらく待つが、脂汗やイライラが酷くなった時点で終了。不必要に痛みに慣れる理由は無いか。


「次は睡魔を招く。他の毒と違い直接的な害は無いが、もし対処できずに寝てしまえば命を落とすことになるだろう。朦朧とした頭は魔法の行使を鈍くさせる、なし崩しに意識を手放す前に解毒は済ませろ」


 家庭用医薬品の睡眠薬などとは桁外れ。全身麻酔をする際に使うような物体を直接血管に注入し、すぐに意識を失うような強烈なもの。

 その効果をとくと味わい、油断して頭がカクンと大きく船を漕いだ時点で僕は本能的に解毒を始める。

 実際に効果が出ながらも淡々と対処しているココロを見るに、やはり僕はこういった間接的な攻撃の影響に弱いのだろう。改めて気を引き締めよう。


「次は麻薬。精神的、もしくは肉体的にも快楽を齎し、薬物依存はもちろん物によって後遺症も残す。

ただ馬鹿とハサミは使い様というように、毒や薬も使い方次第で良い物として扱える」


「お酒やタバコのように嗜好品として扱える、そういうことですか?」


 ココロがそう尋ねながら、僕達は二人で粉末状の麻薬が入った袋を受け取る。

 当然ながら麻薬の使用は犯罪だ。人を堕落させ、生き物として壊してしまう。私利私欲のため売り払ったり、刹那的な快楽を求め使用することは法で罰せられる。獣や他国、災害に資源枯渇といった外敵脅威も国としては恐るべきものだが、クーデターやこのような度の過ぎた嗜好品は主要都市三つといったこの狭い国では確かな敵なのだ。

 ただ軽度の物は見逃されることも多い。街中では行き過ぎた喧嘩に警備隊が駆けつけることもあるが、郊外で見つからないように殺人を犯したり、相手が悪人、あるいは権力や金の絡んだ殺人などの犯罪ももみ消すことが可能だ。


「いや、現在麻薬と呼ばれて居る中で、安全に快楽を得られる種類は見つかっていない」


 アルコールは魔法を扱えない人間が中毒になることがたまにあったり、酔っ払いが暴れたりする程度で軽度。

 タバコは魔法を扱えない人間には明確に害があると提唱されているので分煙が基本だ……まぁ学校や、酒場等では平気で吸われているのでこれも人目が多い箇所に限るが。煙が嫌いな人は避けようと思えば避けられる。


「医療品として扱われることがたまにあるのだ、鎮痛剤としてな」


「……なるほど」


 アレンさんの言葉にココロは納得したように頷く。

 最近までは魔法を使えていなかった人間に分類されるココロは、痛みに抵抗する希少な手段としての麻薬の価値に気づいたのだろう。

 大概手術が必要なほど酷い外傷を負った人物は、自身で治すことができずとも魔法を扱える人間によって治療を行われる。ただここで扱えずとも当人が備えている魔力が問題で、治療だとわかっていても他者の魔法により自分の肉体が変化することに抵抗しようとする。

 結果怪我人と治療者が関係を終わらせるためには一度精神的距離を詰めて、無事他者の魔法で肉体を再生できるような環境を作り上げる必要がある。それが数時間、数日で済むか、年単位の長い目で見るかは当人達次第だ。

 何にせよここでようやく麻薬の出番。骨折を例に挙げるならば添え木程度ならばこの世界の医療技術でもできるのだが、体内に入り込んだ細菌の除去を行い縫合するまではまず無理だ。当然傷口は酷いことになるので日々感じる痛みも恐ろしく、それを緩和するために麻薬を用いるのは法で認められている。

 ……まぁ大体親しい人が魔法を扱えたり、無意識に働く魔力が勝手にある程度の傷ならば体を治すので使われる機会は少ないが。魔法を扱えない人々が大量に傷つく、そんな悪夢は竜が降ってきた時程度だ。


「あーこれは気持ちいいですね。思考があやふやになって、意識が周囲に溶けていくような」


 ある程度の効果を確かめそう感想を漏らし、虚ろだった視線を確かなものへと戻したココロには素直に尊敬の念を覚える。

 大体の人間は一度麻薬を使用したら次を求めてしまう。現に僕は初めて使用した時に朦朧としてしまい、アレンさんに渇を入れられなければ本来の目的を忘れ快楽に溺れていただろう。

 からめ手にも弱いが、こういった一見プラスの効果を見せる存在には僕は尚弱い。今回もココロとは違い多少心地良さを感じ始めた時点で怖くて体内から薬物を排除してある。


「最後に媚薬だな。二人はまだ幼いし、あまり害意を持って扱われることは無いが、自らの意思を捻じ曲げられるのは気に食わないだろう。どんなものかだけでも確かめておくといい」


 媚薬といえば拷問とかにも使われるイメージだが、そもそもこの世界で人間を拘束できる手段はあまりない。

 魔法という存在があるせいで普通の牢屋や錠など無意味で、拘束する人間が魔法を扱えないようにする高価な魔道具の枷を一部極悪な犯罪者に対し使用する程度だ。

 つまり悪用される機会はほとんどなく、まぁ意中の女性を相手に男が使っちゃう、もしくは双方の合意のもと行為を楽しむための道具でしかない。


「んっ。これは、なんというか凄く、その……」


「……別に感想は求めていない。最低限どんなものか味わえたのなら解毒して構わないぞ」


 今までとは違う感覚にココロはお腹を撫でて吐息を零すと、アレンさんはしらけたように淡々と言ってのけた。

 まぁそりゃそうだ。訓練、それも娘ほどの少女が色っぽい反応をしたところで反応に困る他ない。

 対して僕は別の問題を抱えている。

 何も感じないのだ。

 確かに体内を巡る異物は感知しているのだが、それがムラムラとかそういった感情を抱かせるかと尋ねられたらそうでもない。

 アレンさんを見てもいつも通りの男性にしか感じないし、もしやと思いココロを見ても何もなし。

 体が未成熟なせいか、それとも男の記憶があるせいでそういった部分がまじで壊れちゃってるのか……まぁ特に今困ることはないし諦めよう。


「一通り説明は済んだが、対応の仕方は確立できたか?」


「んー、そう尋ねられると自身はありませんが、私なりに何とか対処できていると思います」


 アレンさんの問いにココロはそう答える。


「そうか、そう自覚しているのであれば問題は無いだろう。薬物に対し最も危険なのは油断と慢心だ。

それに始めに説明したがこの対処方法は反応が遅れた時の事、今から即時対応する術を学ぶぞ」


 そう宣言しアレンさんが取り出したのは麻痺毒のナイフ。


「その毒を使うんですか?」


「あぁ。痛みや睡魔は判断を鈍らせ訓練には適していないし、もう一つは部位に対して明確な働きを見せるわけでもない。媚薬でも構わないが麻痺毒のほうが危機意識を持てるだろう」


 それから僕達は刺された部位を魔力で隔離し、その僅かな箇所で全ての毒を分解するという作業を繰り返した。

 数をこなし理論さえ知っていれば難しいものではない。あとは実戦で思い出したかのように毒を受けた場合、咄嗟に判断できるか、だ。



- クスリスク 終わり -

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