112.いま隣に居る君と
「調子はどうだ? 休暇を楽しめているだろうか」
三人で朝食の場、アレンさんは僕達を見てそう尋ねた。
「まぁなんとか。今日は午後から二人でビーチに行って来る予定です」
昨日は正直アレだったが、今日は大人しく二人で町を楽しむつもりだ。
「そちらの様子はどうですか?」
ココロがアレンさんにそう尋ねるのを見ながら僕は刺身を楽しむ。
流石に魚を生で味わえるのは三都市ではローレンだけだ。
食あたりは魔法でどうにかなるにしても、鮮度が落ちず衰えていない味を楽しめるのは海に隣接しているローレン、もしくは郊外で川を見つける他無い。冷やすなり王都までならば魚を生かし鮮度を保つ事もできるだろうが、中途半端な衛生管理が刺身はローレンの特産物にしているのだろう。
「問題ない。あとは簡単な後処理だけで、明日にはここを発つ事ができるだろう」
「アレンさんさえよければ一緒にビーチへ行きませんか?」
「気持ちは嬉しいがすまない。丁度午後に仕事が集中しているのだ、午前なら時間を作れると思うが……」
そこで僕達三人は黙り食事を取る手や口も止める。
ビーチに午後行く、海で泳ぐことも決めている。ただ水着はまだ用意しておらず、午前に買いに行く予定だった。
父と娘ほど離れた人間が、共に水着を買いに行って何が楽しいのか。
「次の機会ということで」
僕の言葉に二人は先の提案が無かったかのように時間を取り戻し、他愛のない雑談をしながらローレンでしか楽しめない食を味わったのだ。
- いま隣に居る君と 始まり -
「アメさん、非常に申し上げにくいのですが、そのような水着はまだアメさんにはまだ早いかなぁーと、ですね……?」
衣料品店で以前着ていたような青い水着を見つけて思い出深く手に取って眺めていると、ココロが横からそんなことを言ってきた。
年齢もスタイルもそもそも違うし、今僕の瞳や髪の色は水色なので同系色であるこのような水着はあまりどちらも目立たせること無く映えないことはよくわかっている。
「……いや、こんな水着を着れる人は羨ましいなぁと見ていただけだから」
「それは失礼しました。この辺りが似合うと思いますよ」
そう渡されるのは黒い水着。
色合い的には良いのだが、ワンピース型でスク水を思い出したり、普段から穿いている下着を連想させるので少し気後れする。
他は明るい黄色、薄い桃色、あとはスプライト辺りが候補だろうか。
……まぁぶっちゃけ見るような相手がココロしかいないのであまり悩むものでもない、適当に動きやすいものでもいいだろう。
「私にはどれが似合うと思いますかね?」
ココロは声を躍らせながら幾つかの水着を手に持ち僕に聞いてくる。
これは、あれだろうか。女性特有のお互いに似合う服を探してキャッキャウフフしたい的なそういったノリだろうか。
残念だが未だ僕はそういった段階に至れていない。ただここで自身に対して断言したよう動きやすいのでいいんじゃない? とココロに対し言ってのけるほど無遠慮でもない。
どこまでできるかはわからないが精一杯ココロに似合う水着がどれかを探してみることにしよう。
「深い青色のこっちとか、それか赤いフリルのついた白を基調としたこっちがいいんじゃない?」
そう言いながら僕は持っていた水着を奪い取り、一つずつ体に合わせながら確かめる。
ココロ自身スタイルは良い方だがまだ十代になったばかりの少女だ。成長期途中のその体もしっかりと考慮した方がいいだろう。
「こっちはどうですか?」
目に付いたのか一つ棚から取り自分で合わせるのは薄い水色の水着。
「ほら、アメさんはこちらで」
渡され手に取ったのは桜色の水着。
……これはあれだろうか。互いの髪色などを交換して、少し変わったペアルック的なことをしたいのだろうか。
え、やだよ。
確かに友人と呼べる間柄ではあると思うが、親しい仲と呼べるわけではない。そう僕が一線を引いているからだ。
故にそういう意識を持って互いの水着を決めるというのはちょっと違う。
「……」
「あ、ダメでしたか?」
思わず黙ってしまった僕の表情を読み取りそう告げるココロの内心をこちらからも探り、そういった意識をしていたりこれを機に仲良くなっていこうという意思が無い事を確認。
「いや、少し別のことを考えていただけ。ココロが良いと思うならこれにしようかな」
対になるような形になったのはただの偶然だろう。
そう思い僕は勧められた水着を選ぶことにしたのだ。
「あら、可愛いじゃない。姉妹? それとも仲の良い友達かな?」
案の定じゃねえか。
現地で実際に着てみたら、お姉さん方に絡まれる。
「あ?」
「ひっ……! 怖い子。あっちに行こうよ」
その不満が思わず顔に出ていたのか、僕の顔を見てお姉さん方は去って行きその後ろ姿にココロはペコペコと頭を下げていた。
「アメさん『あ?』はないでしょう。それに顔、かなり酷いことなっていますよ」
「え、そんなに?」
僕の問いかけにココロは、しっかりと具体的な例を挙げて問題を伝えた方がいいのか少し悩んで口を開く。
「えっとザザさんが機嫌悪くて暴力振るう時があるじゃないですか」
「うん」
「それを見咎めるアレンさんのような顔です」
「ひぇっ……」
子供に暴力を振るう際一番慈悲を持たないのはアレンさんだが、それは教育として必要な時で、彼には彼なりの学校での暮らしが後々の暮らしと比較できるようにと信念を持ってのこと。
傍からはわかりづらいがアレンさんは誰よりも子供想い。妻子を殺されここまで堕ちて復讐を遂げる怒りを舐めてはいけない。
普段敵を殺めるさい感情を表に出さないことから、そうしてザザを見咎める時は当事者の子供ですらその表情を見るぐらいなら殴られた方がマシと一瞬でも血迷ってしまうほどだ。
「アメさんは街中や日常でも、機嫌が悪いとそんな酷い顔つきになるので気をつけたほうがいいですよ」
「うん……」
鬼の角か触手かはわからないが頭の上で人差し指を二本ぴょこぴょこさせてそう助言してくれるココロに僕は自身を戒める。
といってもまるで自覚が無かった新情報なのでこれから意識して何か変わるかもわからないが。
もしかして昨日迷子の少年が泣いたのも僕の顔つきが酷かったからなのだろうか。
「それで何かしたいことはありますか?」
「それ、僕のセリフなんだけど」
荷物は目の届く範囲、それも盗まれても問題ない最小限しか持っていないのであまり気にする必要は無い。
「アメさん泳げるんですか?」
「だからそれ僕のセリフ。ココロは泳げるの?」
「幼い頃家族で来ていたので多少は。溺れない程度にですが」
「ならもう少し自由に泳げるようになろうか」
僕達は如何なる状況でも戦えることを前提に格闘技術という極限の答えにたどり着いた。
それは水中等の地上以外でも当てはまる。最終的な段階でもココロにそこまで来いとは思っていないが、水中で戦うハメになっても何とか逃げられる程度には自中に泳げていて欲しい。
そう思いクロールに、立ち泳ぎ。あとは潜水をできるようにしていたら日が落ち始めていた。
コウよりは飲み込みが遅いと思いつつ、どちらにせよ一日で修得できるのはばけも……天才の領域だと思い頭を振る。
「寒かったですか?」
二人で夕日に染まる海に足を浸し、言葉も無く同じ時を過ごしているとココロがそんな僕を見て尋ねてくる。
一応夏なのだが秋が見えかけており太陽が落ちると、それも寒い地域ならば当然肌寒いを通り越しているのだが、この程度この地域の人間、それも魔法が使えるこの世界の人間にとってはまだ苦ではない。
「ううん、ココロは凄いなぁって」
「アメさんには敵いませんよ」
遠まわしな謙遜。
ココロが凄いという評価は真正面から受け止めて、その上で僕には敵わないと判断したのだ。
賞賛され、謙遜する人間はこの世界にはあまりいない……というか日本人がやたら謙遜するだけだ。
多分僕から褒められなければ、素直にココロはありがとう、その一言で答えたはず。
「僕のはズル……人のものを借りているようなものだから」
「毎日弛まず訓練し続け、決して折れることのない心も借り物ですか?」
その言葉に僕は黙るしかない。
確かに初めは借り物ばかりの能力だった。
でもそこから必死に自分ができること、したいことを探して、今の今まで自分を磨いているのは僕が僕である……その心があってこそだ。
挫折が無かったわけじゃない。本物の才能には敵わないと悟り、竜に負けて死んで。
怠慢が無かったわけじゃない。体調が悪い日は一日人の目を避けだらだらしていることもあるし、気が向かなければ手を抜く日だってある。
けれど、僕は今ここに居る。もはや前世の価値観や知識人格は霞むレベルで、アメという存在を確立している。それは誰にも否定させないし、否定されたくない。
どんなにスタート地点が違っていても、どれだけ今ある形が歪でも、どれほど本物と比較して劣っていたとして、それでも、だ。
「ココロは両親をどう思っているの?」
だから僕は本物の一人に語りかける。
尋常じゃないその事実に、一体どう向き合っているのかを。
「とても素敵な家族だと思っていますよ。お父さんは優しくて、お母さんはしっかりしていて、弟達は元気で可愛くて」
皆、どこかで元気にしているといいですけど、彼女はそう少し寂しそうに付け足した。
主要都市三つというこの小さな国で、住んでいた場所から何も情報を得られなかった時点でそれは希望的観測というものだ。
「奴隷になってしまったことに対する怒りとかは」
「……? 全然ないですよ。お母さんはお母さんなりに必死にやっていて、最善ではないにしろ三人が生きるために私を見捨てることは必要な判断だったと思っています」
一瞬僕が何を問うているのか本気で理解できなかったように目を丸くして少女はそう歌う。
あまりにも綺麗過ぎて、本物の言葉に僕は気後れする。
「僕にはとても真似できない。
僕も両親に売られてもなんの感情も抱かないほど無関心だけど、何かの感情を抱いたとしてそれが決して良いものではない事だけはわかる」
手を乗せていた砂浜をぎゅっと拳の形に変えて両腕で膝を抱える。
親には子供産んだ責務を果たす義務がある。
こんなクソッタレな世界にだとわかりきっているのに、突然竜が降って来るとか、生き残るために誰かを殺める必要があるとか――一人娘を何の気負いも感じず売り飛ばす人間がいるとか、そんな苦しみが世界にはあって、自分達も似たような経験をしてきて、自分と同じ苦しみを辿るとわかっているのにもかかわらず、その子供を産んだ責務を。
だから僕はあの血の繋がった男性と女性を親とは思わない。僕の親は前世の二人に、この世界に居た名前をくれた二人に、コウの両親の四名だけだ。
「それも必然でしょう。人々が感じる感想の一つ、むしろ私の抱いているものの方が少数派なのかもしれない」
ココロはそう言って僕が乱したにも関わらず波に整えられていた砂浜を、適当にくるりと指を回転させ意味のないマークを作る。
それがどこかハートの形に見えて少し苛立ち……何よりも悔しかった。
「でもまぁどちらでもいいのでしょう。人によって立場や受け取り方、価値観に正しい答えは異なる」
瞳に昨日は揺らいでいた怪しい炎を確かに抱き、そう言ってのけるココロに僕は膝を抱く手を握り締める他無く。
「どうしてアメさんがそんな顔するんですか。昨日これを教えてくれたのは誰でもないアメさんですよ?」
「……時と場合という言葉がある」
少し悪戯めいた表情と声音で迫ってくる少女に僕はそう返すしかない。
好意の反対は無関心だ。悪意は双方を繋ぐ過程や、まるで関係ないどこかにあって……ってそんなことはどうでもいい。
僕にはとても抱けない感情をココロは抱いているという事実に劣等感を覚えるだけだ。
「……あの脱走騒ぎの時もそうでしたが、もしかしてアメさんは感情的な方ですか?」
「昔からよく言われる。むしろ今の今までそう思っていなかったことが不思議で仕方ないよ」
僕の素直な感想にココロは体をこちらへ向けて、大層嬉しそうに微笑んだ。
「久しぶりに一歩踏み込ませてもらえましたから」
「――安い人間だと思うなよ」
苦し紛れに突き出した速度の無い拳を、ココロは無言で笑い受け止めるだけだった。
- いま隣に居る君と 終わり -




