表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

第5話【バカ】

 ある朝のことである。文恵が起きたばかりの壮一に『おはよう』と声をかけた。すると壮一は文恵に向かってなんとこういったのだ。


 


 

 「ああ、おはよう、バカ」


 


 

 制服に着替え、玄関で靴をはく壮一。彼に文恵は『気をつけてね』といった。すると壮一は再びこういった。


 


 

 「ああ、わかったよ、バカ」


 


 

 ……お気づきのように、この頃から壮一は母親である文恵のことを【バカ】と呼ぶようになっていた。世間からいわせれば『母親をバカとは何事だ!』と非難ごうごうなのだろうが、なにもかもが完璧の壮一にとってなにもかもががさつで、あべこべで、暗愚な文恵はもはや【かあさん】と呼ぶに値しない低劣な存在になっていた。


 


 

 「ねえ、バカ、晩飯なに?」


 


 

 「ねえ、バカ、そこの雑誌取って」


 


 

 「ねえ、バカ、今夜も6畳間で宗教の報告会かなにかやんの?」


 


 

 このように壮一は文恵のことをくる日もくる日もバカと呼び続け、もはや壮一の中では別段変わったことではない自然なことになっていった。


 


 

 が、文恵の側はさすがにそうはいかなかった。どんなときも軽く笑って済ますタイプの文恵も、息子にかあさんでもおふくろでもなく【バカ】などと連日にわたって呼ばれ続けたら気分が暗くうち沈んでしまう。


 


 

 ━━朝、相変わらず文恵は壮一に明るい笑顔で『おはよう』といった。すると壮一はこの日も相変わらず『ああ、おはよう、バカ』と返事をした。


 


 

 そしていつものように制服に着替え、玄関で靴をはいて学校に向かった。そんな壮一を文恵は苦悶の皺が刻まれた顔で見送り、切ないまなざしを壮一が去った玄関に向け続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ