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最終話【おかあさん】

 背が高い子供は背が高い親から生まれる━━


 


 

 背が高い子供の親は、子供と同じように背が高い━━


 


 

 これが世間一般のイメージだと思われる。しかし、平均への回帰の法則がある以上、それは完全なるまちがいだということになる。


 


 

 そうなってくると、様々な真実が浮かび上がってくる。


 


 

 知能が高い親からは知能が高い子供は生まれず、平凡、または知能が低い子供が生まれる可能性が高い━━


 


 

 美男美女の親からは美男美女の子供は生まれず、平凡な顔、またはブサイクな顔の子供が生まれる可能性が高い━━


 


 

 平均への回帰の法則がある以上、実はこれこそが真実だったのである。


 


 

 もっとわかりやすい例をあげれば━━


 


 

 イチローの子供は野球の才能を持たずに生まれてくる可能性が高い。むしろ野球とは無縁の親から野球の才能を持った子供が生まれやすい。


 


 

 メッシやネイマールの子供はサッカーの才能を持たずに生まれてくる可能性が高い。むしろサッカーとは無縁の親からサッカーの才能を持った子供が生まれやすい。


 


 

 羽生善治の子供は将棋の才能を持たずに生まれくる可能性が高い。むしろ将棋とは無縁の親から将棋の才能を持った子供が生まれやすい。


 


 

 ━━というわけなのである。


 


 

 よく【トンビがタカを生んだ】という言葉があるが、厳密にはこの言葉はおかしいもので、タカは基本的にトンビからしか生まれないようになっているのだ。


 


 

 『そんなまさか!』と思われるかもしれないが、どうやらこれは動かしようのない事実なのである。たとえば━━


 


 

 ベーブ・ルース、ルー・ゲーリック、ジョー・ディマジオ、ミッキー・マントル、タイ・カップ、テッド・ウィリアムズ、ノーラン・ライアン、ハンク・アーロン、長嶋茂雄、王貞治━━こうした人たちの親が歴史に名を残す偉大な野球選手だったという話はまったく聞かないし、彼らの子供が父親に匹敵する歴史的な野球選手に育ったという話もまったく聞かない。


 


 

 また、ペレ、ジーコ、ディ・ステファノ、マラドーナ、クライフ、ベッケンバウアー、プラティニ、ファン・バステン、バッジョ、釜本邦茂━━こうした人たちの親が歴史に名を残すサッカー選手だったという話はまったく聞かないし、彼らの子供が父親に匹敵する歴史的なサッカー選手に育ったという話もまったく聞かない。


 


 

 探せばいくつか出てくるとは思うが、そんなもの例外中の例外にすぎない。また、【親がそこそこの名選手だった】とか【子供はそこそこの名選手に育った】では説得力はない。


 


 

 こうした客観的なデータからもわかるように、タカは基本的にタカからは生まれず、基本的にトンビから生まれるようになっているのだ、ということなのである。


  


 

 この事実を知った壮一の目からは、すべての鱗が滝のように流れ出てしまった。


 


 

 壮一はこれまで長身で頭脳明晰で才能豊かな自分の母親が、なぜ文恵のような小柄で知能が低い愚人なのだろうかと激しく疑問に思い続けていた。しかし、平均への回帰の法則によると、親が文恵のような人間だからこそ、自分は長身で頭脳明晰で才能豊かな人間に生まれたということになる。


 


 

 壮一はかつて文恵の言動ひとつひとつに不快感を抱き、なにをやってもドジをくり返す文恵のことを【バカ】などと呼んだりしたが、それは人間界の法則であって文恵にはなんの罪もないことだったのだ。


 


 

 家にたどり着いた壮一。6畳間に行くとそこには、せんべいを食べながらNHKの相撲中継を見るいつもの文恵の姿があった。その瞬間、壮一は無意識にこういった。


 


 

 「……お、おかあさん」壮一が文恵のことを【おかあさん】と呼んだのは、実に20数年ぶりのことだった。


 


 

 壮一のその声に気づいた文恵は、テレビ画面から視線をはがして『ああ、壮一、おかえり』とやさしい笑顔でいった。


 


 

 壮一は文恵に走って駆け寄り、その大きな体と長い両腕で文恵の小さな体を抱きしめた。そして壮一は滂沱の涙を流しながら『おかあさん』とつぶやき続けた。そんな壮一に文恵は戸惑いながらいった。


 


 

 「おいおい、いきなりどうしたんだい壮一?」


 


 

 それからもしばらく壮一は文恵を抱きしめ続けた。そんな壮一の脳に、かつての文恵がとった言動がありありと蘇ってくる。


 


 

 子供の頃、チュッパチャッブスというオシャレなアメをなめていたとき、文恵は『アメが食べたいのか?』とおばさんしか食べないようなダサいアメを買ってきたことがあった。


 


 

 また、壮一のお椀の中のごはんが少ないと感じた文恵は、『おかあさんのちょっと分けてやろうか?』といった。しかし壮一は人が箸をつけたようなごはんなど食べる気はせず、『いらねーよ、そんな汚いの!』と罵倒した。


 


 

 しかし、今ではそうした文恵の言動ひとつひとつに、【限りない母の愛】を壮一はひしひしと感じていた。


 


 

 「いったい今日はどうしちゃったんだい壮一?」


 


 

 不思議がる文恵を抱きしめながら、それからも壮一はしばらくおいおいと泣き続けた。


 


 

 そのときテレビ画面には、歴代最多優勝を遂げた白鵬の笑顔が映し出されていた。【終わり】

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