第1話【おもちゃのダンボール】
季節は春。世の中は新学期など新しい生活に向けて活発に動き出そうとしていた。
引っ越しにいそしむ幸田家も例外ではなく、幸田家の父、母、兄、弟の4人は知り合いに協力してもらいながら、アパートの中の荷物をトラックの荷台などに運んでいた。
そんな中、ひとりだけ特に協力していない者がいた。最年少の幸田壮一である。彼は先月幼稚園を卒園したばかりであり、体力的にも引っ越しの手伝いなどまだまだできるものではなかった。
壮一は両親をはじめとする大人たちがせっせと荷物を運んでいるのを指をくわえて眺め続けるだけだった。
と、そのときである。壮一の母・幸田文恵が壮一に声をかけた。
「ねえ壮一、捨てるおもちゃをこのダンボールに入れて」
壮一の目の前にはふたつのダンボール箱があった。ひとつは今までおもちゃ入れとして使っていたダンボール箱で、もうひとつが母にいらないおもちゃを入れろと差し出されたダンボール箱である。
しかし、壮一はふと疑問に駆られた。捨てるおもちゃを入れるのに使うダンボール箱は、どうせなら今まで使い続けてきた汚れたほうのダンボール箱にすべきではないだろうか?と。それなのになぜ母は新しいきれいなダンボール箱に捨てるおもちゃを入れろというだろうか……?
これこそがのちに母・文恵に対して強烈な蔑視の感情を抱くことになる壮一の、文恵の言動に対する記念すべき疑問第1号である……。
しばらくして壮一は母に差し出された新しいきれいなダンボール箱に【捨てるおもちゃ】ではなく【必要なおもちゃ】を入れ、知り合いのおじさんと一緒にトラックに運んでいった。