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愛と大樹とグロテスク ー異世界で幼児無双ー  作者: D・マルディーニ
第1章 大樹の国のポルッカポッカ
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  9話 明るく楽しい暗殺計画Ⅰ


 ニコラとグレタは目的地に着いた。

 鉱石発掘所。

 一度聞いたときから気になって仕方がなかった。

 木の中でどうやって鉱石を発掘するんだ?

 好奇心が爆発してすぐにでも行きたかったが、今すぐには無理だとグレタに言われたのが一昨日のこと。焦らされてもう我慢できない状態だ。

 ニコラはグレタから手を離して駆ける。


「ちょっとニコ坊っちゃま。勝手に行かれては困ります」


 顔だけを向けて、


「グレタ早く早く~!」

「まったく仕方のない方ですね」


 そう言いつつもグレタは笑っていた。


 管理者に事のいきさつを説明して見学させてもらう。

 髭もじゃの管理者に「よくできた子供だ」と感心されて満更でもないニコラは、薄く紫色に輝いている発掘所を目にした途端に思わず息を呑んだ。


「ほあー」


 綺麗なものを見ると物怖じするタイプ、愛でたくなるタイプ、壊したくなるタイプ――人間にはその三種類がいると思うが、ニコラは綺麗なものを見ると物怖じするタイプの人間だった。ちょっと後退してしまう。


 発掘所というより生成所といったほうが正しいと思う。


 洞窟内のような堅くて乾燥した木の組織ではなく、

 にちゃにちゃと湿って柔らかそうな組織だった。

 黴や苔も生えている。

 柔軟な組織の壁から胎児が生まれるように、鉱石の欠片がぬぷぷと吐き出される。

 吐き出し口の真下には様々な種類の金属粒が堆積していて、場所によってその種類も大きく選別されているようだ。なんとも機能的である。


「土中のミネラルを結晶化しているのかな? それとも大樹内の金属を再利用しているのかな? なんにせよこの国って卑怯だよね。大樹様がなんでもしてくれるんだからさ」

「ニコ坊っちゃまも、卑怯な存在ですけどね……」

「あ、ひどい。もうグレタ減給だからね」


 いきなりグレタの目が吊り上がる。

 なぜか物凄い殺気で睨まれたので、すぐに「嘘嘘嘘嘘!」と両手をばたばたさせた。


 怖かった。




     ◇




「蝶が来ます」


 暗部一家のベットーニファミリーは、依頼通りニコラの暗殺を企てていた。


 今はポルッカポッカ二階層の鉱山区域・八番通りの通路で、現象現系魔術・樹木属性第三位相当〈パピルス・ステルス〉を発動して、三人の男が背景と身を一体化させている。


 魔力の波動も周囲の固形物と波長を合わせることで撹乱できるし、臭気も体温も遮断性の素子膜を展開させることで防ぐことができる。このステルス迷彩により相手の目を化かすことができるので、暗殺の際の常套手段となっていた。


「よし。蝶が指定場所に着くまで待機」

「はっ」


 部下の報告からすると、ボネッティ=アメンドラの一人息子がここに来るという情報は思いのほか正しかったらしい。


 リーダー格のアルテロは獰猛な笑みを隠しきれない。


 ――ボネッティ=アメンドラの一人息子か。


 この道に足を踏み入れて十数年になるが、これほどの大物は初めてだった。


 今までの戦果で胸を張れるのは盗賊頭のヤンディーだろう。

 その首には300万イェンの賞金が懸かっていた。

 小悪党にしてはなかなかに値が張る。

 しかし今回の相手は三歳児であるのに3500万イェンの金が懸かっていた。

 ガキにしては大げさな金額に違いないが、怨みを買いやすい貴族のボンボンであるから納得もできる。


「魔法陣の展開はもう済ませてあるか?」


 念には念を入れる。

 相手は子供であれども油断は禁物だ。

 この道は修羅の道、正解などどこにもない。


「もちろんです」

「そうか。この仕事を終えたら、稼ぎはたっぷり弾むよ」

「頼みますよ。アルテロさん」

「アルテロさん……蝶です。蝶が来ました」


 アルテロの全身が緊張感で漲った。


 この感覚は久しぶりだ。

 迷宮潜りの冒険者時代を思い出す。

 モンスターの希少種と邂逅したときの緊迫感と高揚感。

 あのときはうっかり逃がしてしまったが――。


「慌てるな。まだだ。まだ待て」


 アルテロと二人の部下は木の通路の天井に貼りついている。

 今度は逃がしはしない。


「所定の位置に着くまでは魔術をぶっ放すんじゃないぞ。一撃必殺が命だ」

「わかってます」


 横に配置する部下はそう強がるが、先ほどから汗がぽたりと垂れている。

 汗を拭け――そう言おうとしたが、もうすでに遅かった。

 手を繋ぐ侍女と子供の姿が目に入った。


 感知系の魔術を発動させていたもう一人の部下が、すぐさま戦闘態勢に入ったので、アルテロたちは心臓を高鳴らせながら口をつぐんだ。


 ――ぽた。


 またもや汗が垂れる。


 すみません――部下の掠れた囁き声が耳に入る。


 馬鹿野郎。口を閉じろ。


 しかし半人前の部下はもう駄目だった。

 使い物にならないほど狼狽している。

 一度自分の汗の存在を知覚してしまうと、どういうわけか次から次へと汗が溢れてきて悪循環に陥る。


「……すみません」


 ――こいつ。


 謝罪ならあとで死ぬほど聞いてやるというのに。

 今のあいつの頭の中では焦燥感と罪悪感でいっぱいになって、軽いパニックを起こしてやがる。

 謝罪の言葉を口にすれば確かにその焦燥感と罪悪感は薄らいでゆくだろう。

 だがそれは、ただ単純にあいつの気が楽になるだけに過ぎない。

 あいつの気が楽になったところで暗殺の難易度が下がるわけでもないし、逆に耳聡い標的なら刺客の存在に勘付いてしまうかもしれない。


 仕事が終わったら一殴り決定だ。半人前が。


「もうほんとにすごいよこの町は。循環機能が完備されているなんて。町が生きているということはこれほどの利点があるんだね。もっともっと知りたくなってくるよ」

「今日のニコ坊っちゃまはご機嫌ですね」

「うん!」


 なんだあの三歳児は。

 本当にガキか?


 自分が三歳のときはもっとだらしなかった気がする。


 こいつが貴族だから教育が行き届いているのか、それとも教育とかは関係なしにこいつが特別な存在なのか――わからないがなるほど、暗殺の依頼が来るわけである。


 侍女と子供は今アルテロたちの真下を通りすぎようとし――立ち止まる。

 アルテロは体がびくつくのをなんとか堪えた。


 ――気づかれたか?


「ねえグレタ。ここ、すごい魔力を感じるんだけど……」


 坊っちゃん刈りの幼児はゆっくりと目線を上げ、じっと天井のほうに目を凝らす。

 むむっと眉根を寄せたきりその場から離れない。


 三人は度肝を抜いた。

 まさかこれほどまでに敏感なガキだとは思いもしなかった。


 こいつ、化け物か?


 身動きをしなかった自分の部下たちを、アルテロは誇ってやりたい気分だった。

 もしここであのガキの行動にびびって音でも立てたらすべてが水の泡だ。


「そうですか? わたくしには何も感じませんけれど……ていうか坊っちゃまは魔力を感じ取れるんですか?」

「えっ、グレタは感じ取れないの?」

「はい。そういうのがわかるのは上級の魔術師だけだと聞きますよ?」

「へえ、そうだったんだ」

「中には魔力を視認する人もいるとか」

「ああ、それは僕の父上様だ。僕も成人の儀を終えてやっと見えるようになったよ」

「じゃあ、今の坊っちゃまには何かが見えるのですか?」

「見えないんだけど……えっとね、ほらあそこ――」


 そう言って子供は短い指を天井に向けた。

 その指先の方向には、さっきまで感知系の魔術を用いていた部下が貼りついている。

 あのガキはその感知系魔術の残滓を感じ取ったということだろう。

 それ以外の魔力を感知できる余地は、〈パピルス・ステルス〉の発動によって全消しされている。


 アルテロは動揺を隠せない。


 迷彩魔術の痕跡は皆無に消去しているから安心していたのもあるが、それ以上に感知系魔術の残滓を感じ取れたことに驚いてしまった。

 それはアルテロすら感じ取れぬほど微小なものだったし、このガキの魔術感覚が鋭敏であることはこの先厄介となる証左だからだ。


 指を差されている部下にしたらたまったものではない。


 あいつはもう一人前だから大丈夫だとは思うが、視線を向けられるばかりか指先まで向けられているので、心身穏やかではないはずである。


「なんか魔力の漏出? みたいなのを感じるんだよ。あそこだけはなんか,漏出の仕方に違和感があるっていうか――漏出っていうより痕跡? みたいなほうが正しいのかな。ほらあれだよ、残尿感みたいな」

「坊っちゃま! なんと下品な!」

「うわわっ、ごめんよグレタ」


 アルテロはなんとなく隣の半人前のほうに視線を向けて、そして、凍りつく。

 苦慮に顔が歪んだ。


 汗が、

 汗が、

 ――ぽたり。

 床地に落ちて弾ける。


「――ん? 今なにか落ちてこなかったかい?」

「確かに、なにか白く光るものが見えました」


 ひあっ。

 部下の喉奥から捩じくれた悲鳴が漏れた。


 馬鹿野郎――!


 所定の位置に蝶が達するまでぶっ放しては駄目だとあれほど言ったのに、半人前の部下は準備していた魔法陣をいきなり発現させてしまった。


 荒れ狂う光の煌めき。


「魔術!?」


 子供の叫びに紛れて部下は魔術を完成させる。


 憤怒の形相を浮かべたアルテロはもうこうなっては仕方がないとばかりに自身も魔術を発動させ、もう一人の部下が追従したときにはすでに魔力の因子を紡ぎ終わっていた。


 三人の魔術が一斉に爆発する。



 無機現系魔術・金属性第五位相当〈ブリーク・ブリット〉。

 現象現系魔術・炎属性第三位相当〈ロアー・ブレイズ〉。

 無機現系魔術・金属性第四位相当〈テラー・ガンショット〉。



 発光する幾何学模様の魔法陣から先の尖った鋼鉄の弾丸が生成される。

 次に軌道を安定させる長い筒が展開されて中に銃弾を装填。

 即席の長銃にエネルギーの迸りを感じたときには、極限まで溜めをつくった弾丸が桁違いの初速で射出されていた。

 音速を越えた弾丸が目を見開いた子共の身体を貫くより前に、庇うようにして滑り込んできた侍女の胸に命中する。侍女は両腕を広げたまま子共を守り、口から血反吐を吐き散らす。


「グレタァ!」


 子供の泣き声も虚しく、続けざまに煌々と輝く火球がアルテロの頭上に顕現した。


〈ロアー・ブレイズ〉。


 慌てて侍女を抱き締める子供を目掛けて業火の塊が解き放たれ、直撃と共に天が裂けるほどの轟音が洞窟内に反響する。

 木壁に生えたヒカリダケの幾つかが根元から千切れ飛び、火傷しそうな熱気がこちらまで届いて皮膚がちりちりと縮んだ。


 第三の追撃が黒い火煙の中に振り下ろされる。


〈テラー・ガンショット〉。


 魔法陣の前にずらずらと生み出された鋼鉄の散弾が瞬く間に連続射出され、朦々と膨張し続ける黒い煙を片端から削り取っていく。舞い散らされる甲高い音が耳を犯した。


 殺し屋三人はもう〈パピルス・ステルス〉を解いていた。


 あの連鎖する殺撃を前にすれば屈強な戦士といえども生きてはいまい。

 しかも万全ではないにしろ一応は不意を突いた形での襲撃である。

 あの子共と侍女の体では到底耐えられるものとは思えないし、常識的に考えれば痛みを感じることなく即死に違いない。


 アルテロはそっと息を吐いて、同様に胸を撫で下ろしている部下の一人を、思いきりぶん殴った。部下は体を浮かして横倒れになる。


「馬鹿野郎がッ。お前のせいで予定が狂っちまったじゃねえかッ」


「す、すみません!」


「指定場所までは魔術は発動させない――なぜ俺の命令を聞かなかった。しかも攻撃前のあの汗の量はなんだ。殺しを舐めてんのかお前。足を引っ張りやがって。襲撃前になに声漏らしてんだよ、なにがすみませんだよ、お前が罪悪感から逃げてえからって、俺らまで不利な立場に立たせる気か、あん? 金の分け前はわかってるだろうな?」


「は、はい……」


 男は頬を押さえたまま、泣きそうな顔でうなずく。


 怒鳴っても苛立ちが消えないアルテロが、へたり込んだままの男を蹴り飛ばしていると、次第に高質量の黒煙が晴れていって、二つの死体の様子がよくわか――


 愕然とした。


「なんだ、これは……?」


 火煙が霞んで現れたものは、死体なんかではなく。



 純白の球体だった(、、、、、、、、)



 子供と侍女の姿はどこにもない。


「どういうことだ!」


「わ、わかりません。あのガキと女は一体どこに……」


「馬鹿かお前。ガキと女はあの白い球の中に決まってんだろ。だが――こんな魔術、見たことも聞いたこともない。魔術書にも載ってないはずだ。おそらく防御魔術だとは思うが、あのガキと女のどっちが発動させたんだ?」


 よく見てみると、真っ白い球体には桃色がかった脈のようなものが浮き出ていた。

 しかも桃色の脈が一定周期で脈動している。


 ――球体は、生き物?


「よかった。まだ、生きてる」


 球体の中からくぐもった声が聞こえてくる。

 声の主はガキのほうだ。


「待っててグレタ。すぐ終わらせるから……」




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