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幼なじみの話をしよう

作者: 緋松 節




あの子と出会ったのは、それこそ生まれたすぐなのだろう。物心ついたときにはすでに傍にいた。それが当たり前であるかのように。


家が隣同士、そして親が同年代で互いに気が合う。親しくなるには十分な条件だった。当然ながら、その子供も仲良くさせようと考える。その目論見は確かに上手くいった。

男女の違いはあれど、それこそ自我が始まったあたりから傍にいるのだ、大概のことは理解し合うようになる。それこそ就学前、小学校低学年あたりまでは問題は生じない。


だが、小学校高学年あたりから齟齬が出始める。

あの子が、こちらの行動全てに一々口出しするようになってきたのだ。


日常生活における悪癖を注意する程度なら問題はない。が、彼女は私の好みや行動、交友関係に至るまで事細かに口出しを行う。

それが明らかに間違ったことであればまだ納得はできる。しかしあの子は自分が正しいと思ったことを私に押しつけようとしたのだ。


今思えば、多分彼女は自分と私の価値観を完全に同一としたかったのだろう。しかも互いに妥協し寄り添う形ではなく、自分のみに都合よい方向でだ。少年時代に特有の気恥ずかしさや反発心もあり、私はあの子を疎ましく思うようになった。

自然と私は彼女を避けるようにしようとする。しかしあの子は躍起になったかのようにまとわりついてきた。その上で彼女の友人や知り合いも後押しし協力して私に関わらせようとする。そこで初めて私はあの子と恋仲で付き合っていると思われている事に気付いた。


そんなんじゃないと私は散々主張したが、特に女子連中は誰も聞き入れてくれない。何よりもあの子自身がとうの昔に私と付き合っていると考えていたらしい。私の主張は先も言った少年特有の心持ちから来るひねくれと思われ、耳を貸すものはいない状態だった。

学校だけでなく家族に相談してみれば、なんと母はあの子との付き合いに積極的である。小さいころ結婚の約束とかしてたじゃないと浮かれた様子で宣う母を見て、ああこの人も話は聞かないのだと絶望を感じた。


幸いにして、父と数少ない友人だけが私の話を聞き入れ親身になってくれた。彼らがいなければ、私は下手をするとノイローゼで自殺とかしていた可能性もあったろう。ともかく彼らの協力の下、少しずつ周囲に私の主張を広めていくことにした。

その甲斐あって、ある程度の人間が私の主張を聞き味方になっていく。中学に上がるころはすっかり私の周囲と彼女の信奉者(と言っていいだろう、もう)という二つの派閥が出来上がっていた。


あの子の攻勢はますます激しさを増す。朝方私を起こすため部屋に入り込む。頼みもしないのに弁当を作ってくる。フィクションではよくあることだが、実際やられるとたまったものではなかった。また私の母親も積極的に協力するので留めようがない。本来安らぐような時間がかき乱され、私は憤慨し何度も止めろと伝えたがあの子も母親も聞き入れようとはしなかった。


そこで私は強攻策に出る。父の協力を得て部屋に鍵を取り付け、早起きして自分で弁当を作り、学校では可能な限り接触を避け教師陣には迷惑していると訴える。


結果、あの子は教師に厳重注意を受け、うちの母親にも物言いが入った。そこでやっと母親は自分のやっていることが私の迷惑になっているのではと感付いたが、でもでもだってと完全に態度を改めはしない。

あの子はもっと酷かった。私は正しい、私は間違っていないとあくまで自分の正当性を主張し、無理を押し通そうとする。百年の恋も冷めるどころではない、私にとって最早彼女は嫌悪の対象でしかなかった。


家庭内もぎすぎすし、学校でも油断できず、酷い中学生活であった。だがそれから解放される時が来る。


受験。苦労しながらも懸命に勉強に打ち込んだ私は、それなりの高校に進学できると教師から太鼓判を押された。だがあの子は、それよりも2つはランクの低い高校を薦められたようだ。

当然と言えば当然だろう。私が必死で勉強している間、あの子は私に執着する事ばかり考え、行動していた。まともに勉強する時間があったとは思えない。学力に開きがでるのは仕方ないことだった。


それに文句をつけてきたのがあの子の母親であった。なぜ娘と同じ高校を志望しないのか、ランクを落とせ、『婚約者』として無責任だろう。そうわめき騒ぐ。なるほど、この人が元凶だったのかと、私はその時悟った。幼なじみ同士を結婚させるという、子供のような夢を抱いていたらしい。

人当たりの良い上品な奥さんだと思っていたのだが、実の所独善的な部分があり、自分の思い通りにならないことがあるとヒステリーを起こすようであった。それは一部確実に娘であるあの子にも受け継がれている。


連れ合いのそんな部分を押さえ込んできたあの子の父親の苦労は察して有り余る。その時も奥さんを羽交い締めにし、何とか自宅に押し込んで謝罪の嵐であった。それ以降向うの親父さんとも協力関係が築かれ、あの子たち母娘の説得を試みながら(芳しくなかったが)受験をこなし、なんとか別々の高校へ進学する事に成功した。(うちの母もまだぐずぐず言っていたが、ほぼ無視した)


しかしあの子は、しぶとかった。隙を見ては私に干渉しようとし、私の部屋に侵入しようとし、わざわざ早退し遠回りまでして私の学校の校門前で、私が出てくるのを待っていたりもした。

一時期それが学校でも話題になり、妙な勘ぐりや噂が飛び交ったが、私の言葉でそれは沈静化していく。


「あれはストーカーだ」の一言で。


便利な世の中になった、と皮肉げに思う。もっとも彼女が見た目や振る舞いを整えていたら通用しない可能性もあったが、なりふり構わないあの子の様相は鬼気迫るものがあり、私の言葉に真実みを持たせていた。実際あの子が警察のお世話になりそうになったことも一度や二度ではない。


どちらにしろ、距離という物理的な隔たりは、あの子の行動を妨げるのにそれなりの効果があると私は判断した。ゆえに可能な限りの時間を勉強に回し、成績を上げ遠方の大学への進学を目指す。

あの子やその母親に、進路が発覚しないよう細心の注意を払った。進路に関する話は父のみと行い、母は完全に除外する。本人は不平たらたらであるが、あの子に漏れる可能性が少しでもある以上、信用など出来るはずもない。実際あの子に死ぬほど懇願されたらぽろりと情報を漏らすくらいはするだろう。


三年間の努力の甲斐あって、私は志望校への進学を果たした。神経質なまでに手早く各種手続きを行い大学近くのアパートへ引っ越し。実家への連絡は父の携帯のみとし、帰省も時期をずらして最小限に留める。そうして私はあのことの関わりをほぼ完全にシャットアウトすることに成功した。


大学での生活は、快適であった。


あの子の影響がないと言うだけで、これほど世の中が明るく感じるとは。やはりストレスになっていたのだと改めて思う。


色々なことがあった。様々な人と出会い、別れ、経験を積み重ねていく。その中で、私は伴侶となる女性と出会った。

あの子のように神経質ではない、むしろ大雑把といっていい女性。だがおおらかでなおかつここぞと言うときには芯の強さを見せる人だ。互いを尊重しあい、時には意見をぶつけ、いつしか彼女は私にとってかけがえのないパートナーとなった。


まだ学生の身分で将来を約束したわけではないが、もしも結婚するのであれば彼女のような人物が良い。そう漠然と思い始めたころ。


あの子が結婚したと、母から聞いた。


大学生活も折り返し、そろそろ就職のことも考えなければと言う頃合いであった。帰省の折、母が不機嫌な様子でそれを告げたのだ。なんでもあの後あの子は短大に進学し、卒業後すぐに相手を見つけ、あっという間に結婚までこぎ着けたのだという。


話の後、母はあの子がお嫁さんになってくれればよかったのに、とかなんとかぶちぶちと未練たらしく言っていたが、私からすれば「ふ~ん」と、その程度の感想しか浮かばなかった。

多少の懸念みたいなものはある。だが思った以上に心へ響くものがない。どうやら大学の生活を経て、私の中であの子は『どうでも良い存在』へと変化したようである。まあこちらに火の粉が飛ばなければそれでいい。ようやっと、解放された。肩の荷が下りたような軽さを私は感じていた。


その後は穏やかながらも忙しく過ぎていく。幸いにして希望していた職に就くことができ、それなりに苦労もしたがそこそこ安定した収入と生活をあることが出来た。そして頃合いを見計らって、私は大学時代から付き合いを続けていた恋人にプロポーズ。晴れて彼女は恋人から妻へと成る。

結婚後も、私は実家との接触を最小限に控えた。あの子を気に入っていた母が、あのことは全く違うタイプである妻を気に入るとは思えなかったし、あの子の家族と出会わないとも限らない。大学進学後、隣の家とは全く関わりを持たなかった私だが、今更余計な波風を立てようとは思わなかった。


結婚してしばらくの後、また新たな知らせを耳にする。

あの子が離婚した、と。


どうやら微かな懸念が当たったようだ。恐らくあの子は自分の夫に対し、私の時と同じように振る舞ったのだろう。つまり自分が一方的に満足する意識の同化、それを求めたのだ。

もし相手が柔順でなければ、いやそうであってもかなり自分を押し殺さねば成り立たない夫婦生活であっただろう。そんなものはいずれ歪みが出ることは分かり切った話だ。あの子が満足せず不満を抱えたか、それとも夫が彼女の押しつけに耐えられなくなったか、どちらかは分からないが風船が破裂するかのようにたちどころに破綻したのではなかろうか。


思うところは、正直あまりなかった。そうなるのではと思っていたとおりの結果だったから。淡々としていた私を母はやはりすねたような目で見ていたが、最早どうでも良いし、どうしようもないことだ。もう完全に、あの子と私の繋がりは切れているのだから。


その後、あの子がどうなったのかは分からない。日々の生活に追われ、いつしか記憶は褪せ、今ではあの子の顔も声も思い出すのは難しい。


私は確かに幸せを得た。ある意味あの子を犠牲にしたのかも知れないが、それに対して罪悪感も何も感じることはない。


ただ、時折思う。


もしも私があの子が望むように柔順であったならば、あの子は幸せになれたのだろうか、と。













我ながらなんか鬱っぽいものを書いてしまいました。どうしましょう。

初めての方は初めまして。そうでない方は毎度です緋松です。


実はこれ、某ソシャゲで粘着されムカつきまして、その憤りを晴らすために書き上げたものだったりします。出来上がってみればびっくり、筆者にしては珍しくシリアスオンリーとなりました。なぜだ。


まあよくある幼なじみものも、見方を変えればただひたすらに迷惑なだけだと、そう思う次第でして。いいか、ツンデレはリアルだと迷惑だ。重ねて言うがツンデレはリアルだと迷惑だ。緋松は素直クール推奨派です。そんなヒロイン書いたことありませんけど。


ともかく幸せな生活の中、小骨が喉に引っかかったような感覚がある雰囲気を目指してみましたがいかがだったでしょうか。何かしら皆様の心に残るものがあれば幸いです。


ではこのあたりで失礼をば。

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[一言] 『あのこのおもひで』なんて題名で鬱っぽい歌が出来そうだ(笑) シングル版では売れはしないだろうけど、アルバム収録曲にはなるだろ?
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