アルバムの秘密
「春のラブコメ企画~くるくる☆シャッフルシチュエーション」参加作品です。
参加者が出したお題のシチュエーションをシャッフルして、お互い書きあう企画です。
ご興味ありましたらタグ「くるシチュ企画」で検索してみてくださいね。
「ねえママ~、これなあに?」
4月から小学3年になる娘の鞠花が押し入れの奥にしまい込んであった段ボールを指さして言った。
今は春休み、新学期を迎える前に整理してしまおうと、娘を巻き込んで大掃除を始めてちょっとした時だった。
「ええ? 何だろこれ」
段ボールには何も書いていない。でも、我が家の主婦である私が覚えていない箱、それはよっぽど古いものかもう不要なものだろう。
「出してみようか。何だろうね」
上に乗っていた雑多な荷物をどけて段ボールを押し入れから取り出す。蓋を開けると----
「アルバムだあ!」
そう、中身は古いアルバム。何冊か入っている。見覚えのあるものも記憶にないものもあって、思わず箱から取り出してぱらぱらとページを繰り始めた。
「え、これママの子供の頃?」
「うん、小学校に上がった頃かなあ」
真っ赤なランドセルを背負って、何があったか覚えてないが泣きはらした後みたいな顔で写ってる写真に、これを残しておいた母に内心で文句を言う。でも懐かしさに楽しくなって、そのまま鞠花と二人アルバムを何冊か眺め始めた。
けれど数冊目に青い表紙のを手にして開いたとたん、私は思いっきりアルバムを閉じた。力一杯。
ばたん! と大きな音を立てたのに驚いた鞠花が顔を上げる。しまった、今の私はとっても挙動不審だ。突っ込んでくれ、と言ってるようなものだな!
「さ、さあ、ついアルバム見ちゃったけど、片付けやらないと終わらないね?」
「あ、うんそうだね。続きやらなきゃね」
天然で素直な娘で良かった。私は箱にアルバムを片付けながら、この黒歴史の詰まった1冊はどこへやろうかとにこやかな顔の裏側で必死に隠し場所を探していた。
まるで水面下で必死に水を掻いている水鳥のように。
そう、あのアルバムには私の黒歴史が詰まっているのだ。
主に、旦那との結婚前のイチャラブ写真という、自分で見るには痛々しく、他人には決して見せることの出来ない危険レベルMAXの代物だ。年頃の娘になんぞ見せられるわけがない。
私は鞠花に見つからないようにこっそりとこの危険物を箱から取り出すと、秘密の隠し場所に押し込んだ。
「ただいま~」
「あっ、パパだ! おかえりなさい!!」
パパ大好きっこの鞠花は大急ぎで玄関へ走って行く。私もそれについて玄関まで旦那の迅を迎えに出た。
「ただいま鞠花! いい子にしてたか?」
いつも冷静でかっちりした雰囲気の迅も、鞠花の前ではくしゃりと相貌を崩す。わかるよ、娘がかわいくてかわいくてしょうがないんだよね。鼻の下伸びてるよ?
「うん! 今日ね、ママと大掃除したの!」
「おっ、偉いなあ! きれいになったか?」
「うん! 楽しかったよ。押し入れの奥にいろんなものが入ってておもしろかった」
「へえ、何が入ってたんだい」
いいながら靴とコートを脱いで片付けると、迅は鞠花と一緒にリビングへ向かう。
「えっとね、使ってないテーブルクロスとか、洋服とか、あ、それからアルバムもあった!」
げげっ! と、思わず二人の後ろを歩いていた足が止まる。迅はそれにすぐ気がついて振り返った。
「どうした? ママ」
「うっ、ううん、なんでもないの!」
不自然なほどにぶるぶると頭を振る私に、無邪気な天使はにっこりわらった。
「ママね、アルバム一冊隠しちゃったんだよ」
「まりっ、」
「へえ? 何だろう。気になるね」
「うん。ママ、あれだけは見せてくれなかったんだよ」
鞠花の言葉に怪訝な顔で迅が私を振り返る。
「----何のアルバム?」
やだなあ、あなたと私の黒歴史ですよ! 黒歴史過ぎて鞠花の前では言えないんです! 察してちょうだい!!
という私の小さな願いはどうやら迅には届かなかったようで。
「香奈子?」
やばい、迅の機嫌が急降下してるのがわかる。顔はにこやかだけど目が笑ってない。
「あ、ほら、もう食事だから。あとで話すよ」
「----ふうん? 鞠花、ちょっとリビングで待ってて。パパ、ママとちょっと大事な話があるから」
「は~い」
えっ! ちょっとまって、鞠花ちゃああああん!
ひとりリビングに戻って好きなアニメのチャンネルをつけている娘を後目に、私はずるずると夫婦の寝室に引きずり込まれてしまった。
「で?」
スーツを脱ぎ、ネクタイをゆるめながら迅が冷ややかな目で私を見る。別にやましいことなんか何もないのに、なんだかその気配に押されて後じさってしまい、気がついたら背後は壁。
なにこのシチュエーション。
「いやあれは」
私が説明しようとした矢先にドン!と私の顔の両脇に迅が腕をついた。
おお、これがかの有名な壁ドンというやつですね! なんて感動してる場合ではなくて!
「香奈子。怒らないから正直に言いなさい」
「違うの! あのアルバムはコ----」
「違うなんて反論するんだ。そんないけない香奈子にはお仕置きが必要かな」
うわやめて。シュルっとかネクタイ抜かないでなんか怖いから!
「本当! 本当に変なものじゃないから! 天地神明に誓って!」
「ふうん、でも鞠花には見せられないようなものなんだろ?----俺にもか?」
迅の顔がすっと近づいた。やめて、何を勘違いしてるか知らないけど、その無駄に整った顔を近づけられると思わず見惚れてしまうじゃないですか! 結婚して何年にもなるのにドキドキしちゃうんだもん、ある意味凶器だよそのお顔!
じゃなくて!
なんだかだんだん腹が立ってきた。彼はこんなに聞き分けの悪い人じゃないのに、何で今日に限ってしつこいの?
思わずむっとしてにらみ返したら突然迅が笑い出した。
「----ぷっ、くくく」
え? 何? どうしたの?
私がぽかんとしている間に迅は顔を真っ赤にして笑い出した。
ひょっとして。
「迅? からかったわね?」
「いや、ごめん。おたおたしてるのがなんだか可愛くって。おまけに最後のふくれっつら。だめだ、我慢できない」
とうとう迅は腹を抱えて笑い出した。
なんてこった。私は必死に迅の誤解をとこうとしていたのに。
あ そ ん で い た だ と?
頭がすっと冷えて、私は自分のベッドに近づくとその下から隠してあった例のアルバムを取り出した。差し出されたアルバムを笑いながら開いた迅は、中を見るなりそのまま凍り付いた。
「いいのね? このアルバム、鞠花に見せて」
中には私と迅がいちゃいちゃしている結婚前の写真が山ほど入っていた。私はロングヘアの金髪のカツラに黄色のひらひらドレスを着て、迅は銀髪のカツラに----私とおそろいのピンクのドレス。
おまけに二人で魔法のステッキを構えて左右対称にポーズを決めている。
ほかにも、同じ衣装で後ろから迅が私を抱きかかえている写真とか、ほっぺにちゅーされてる写真とか。
迅は当時、今からは考えられないほど背が小さく線も細く、はっきりいって美少女だった。それで私になかば脅されて「ふたりはキューティー・エンジェルズ」というアニメのコスプレをしたところ大反響になって、以来いつも私と一緒にコスプレを楽しむようになっていた。
実に息の合ったコスプレイヤーだと当時は評判だったんだよね。
そりゃそうだ。当時からつきあってたんだもん。
私が隠したのはその写真を貼ったアルバムだったわけだ。
迅はそっとアルバムを閉じるとがばっと床に座り込んで土下座した。
まあ、なんて美しい土下座なんでしょう(笑)
「奥様申し訳ございません」
「執事か君は」
次の日は土曜日。家族三人、なんとなくまったりとしていた昼下がり。
「あーーーー! みっけた!」
鞠花の声が響いた。
「何を? ----って、げっ!」
迅の声に振り向くと、鞠花の手には例の青いアルバムが。
「かっ、返して鞠花! それはだめだ、人類滅亡のオーパーツだ、すべてが無に帰するうううううう!」
「迅、何パニクってんの。ほら鞠花、パパがいやがるから返してね」
「え~、つまんないの! すんごくきれいなお姉さんが写ってたんだよ」
唇をとがらせながらも素直に返してくれたアルバムに、私も迅もほっと胸をなで下ろした。
----が、その時点ですでに鞠花が学校で友達に見せるべく中の写真を数枚抜いていたことは、数日後に家に遊びに来た鞠花の友だちの口から語られるまで全く気がついていないのだった。
<Fin>
シチュエーション考案者:オカザキレオ様
「部屋の掃除の傍らアルバムを娘と一緒に見て過去を懐かしんでいると
そこには黒歴史にしたいぐらいの、夫とのイチャイチャ写真が眠っていた……」
お読みいただきありがとうございました!