漆黒の許嫁
二人は、地面に降りた。
迎えの船は、ぐんぐん近くに来る。
「こっちでーす!」
元気一杯に渚が戦艦に手を降る。
大河はただただ驚くばかりだ。
近づくにつれて、細かいところまで見えるようになった。
スカイブルーの巨体。遠目で見たら鯨か飛行船に見える。
無数につけられた対空砲。前に二門の主砲が二つ、後ろに一つ。合計六門のレーザー砲がそびえる。
所々に赤や青のランプが一定のリズムで光を発している。
鯨の左右のヒレに当たるところには、翼がせりだしている。後部には、敵を見逃さない各種レーダー、ミサイルが多数配備されている。ハッチのようなものもある。
巨大戦艦スペースリンクス号は、大河たちの真上に停止した。
空間に巨大なディスプレイが写し出された。口ひげを蓄えた立派な男性が座っている。老人ながら、眼光は鋭く、猛禽類の猛々しさを湛えていた。
艦橋に取り付けられたスピーカーから、声が響く。よく響く渋いバリトン、男の声だ。
「我々は私設軍隊ワイルドキャッツである!少年!撃破してくれて感謝をする。ご苦労だったな。遅れてすまなかった。ロシアに出張していたパイロットを迎えに行ったばかりでな。二人とも、とりあえず帰投してくれ」
「はいっ艦長!」
渚が返事をした。
「少年、事態が飲み込めないだろうが我慢してくれ。あとで艦長室に来てくれたまえ。不満にお思いかもしれないが、こちらも切羽詰まっているのだ。何しろ、私たちには、人手も足りなけば、時間も足りない。まさに猫の手も借りたい状況なのだ。」
ちらり、とビビドライガーを一瞥し、にやりとする。洒落のつもりらしい。
「わかった、話をきかせてくれるんだったら好都合だ。案内してくれ」
「そう言ってくれると助かる。それでは案内させよう。渚」
「はいっ」
「彼を案内してくれ」
「わかりましたっ」
渚が敬礼した。艦長がゆっくりと答礼する。
ヴンっという音と共に、ディスプレイは消えた。
「じゃあ、あのハッチから入るから。艦長室まであたしが案内するわ」
彼女が指差した方向には、後部のハッチが大きく開いて控えていた。
艦長室はこざっぱりとして整頓されていた。
白い壁にこれと言って特徴の無い質素な家具。
中央には、低い机とふかふかそうな革張りのソファ。
上座には、艦長の机と椅子がある。
その部屋の中央に三人は向かい合うようにして座っていた。
重苦しい沈黙がながれている。
その沈黙を断ち切るように、艦長が話し出した。
「まあ、コーヒーでも飲んでくれ」
「悪い、俺は飲めないんだ」
「ならば、緑茶では?」
「頂こうか」
「君、緑茶をここへ」
艦長が渚にお茶くみを頼んでいる間、室内は再び静寂に包まれた。
大河には、艦長が何を伝えようとしているのか、皆目検討も付かなかったが、緑茶が飲みたいので黙って待っていた。
ものの数分で、渚は緑茶を汲んできた。
それを見計らい、艦長は重い口を開いた。
「単刀直入に言うと、我々ワイルドキャッツのメンバーは、ほとんどのものが未来人だ」
「はあ?」
艦長の説明は、にわかには信じがたいものだった。
「信じられないな」
「信じられないのも無理はない。詳しいことは機密で話せない。そして話しても理解できないだろう。君に明かせる情報は3つ。
1、我々は未来人である。
2、あの人形たちを操っているのはムガール宇宙船団。我々の敵である
3、我々は君を必要としている」
艦長の表情は真剣そのものだ。
しかし対照的に大河は呆れ顔をしている。
「あーあ、なんだそりゃ。胡散臭すぎるぜ。何一つ情報も与えず、協力してくれだなんて」
「あの大震災を覚えているか」
「ああ、数年前の3、11だろ。それが何か」
「あれは時空の歪みなのだ」
「時空の歪みい?」
「そうだ、歪みだ。」
艦長が背もたれに身を預けると、ソファがギッと音をたてた。
「我々はこの歪みを通ってこの時代へきたのだ」
「イマイチ信用に欠けるな」
「なぜこの私設軍隊、スペースリンクスが誰からもなにも言われず発足できたと思う」
「そんなの隠そうと思えばいくらでも出来るだろう」
大河は頭をボリボリとかきむしりながらしかめ面をしている。
「ではビビドライガーをどう思う」
「それはーーー」
「あれはこの時代では作れぬ代物だ」
お茶を一口飲み、艦長はさらに続ける。
「あの痛ましい大震災は時空間の歪みによるものだとしたら?そのどさくさに紛れてこの私設軍隊が結成されたとしたら?この時代に時空の歪みが起こるのはあらかじめわかっていた。だから我々はここにいるのだ。ビビドライガーは未来の兵器だ。そして敵も未来からきた巨大ロボットだ。君たちからしたら未来のテクノロジーだ。これで辻褄が会うのではないのか?」
「よく、分からないな。そういう大人の話」
大河は黙るしかなかった。
「続きを話そう。我々は過去、つまりこの時代の地球で、ある活動を開始する事に成功した。全ては順調だった。しかし、ここ最近のことだ。どこかから機密を盛らした者がいたのか、この秘密を察知した船団側は、精鋭部隊を未来から過去へと送ったのだ。」
「それが、今日の謎のロボット騒ぎって訳か。ようはあれか、お前らは未来を良くしようと、現代へとやって来て、それをよく思わない奴等が邪魔しに来てるのか」
艦長がうなずく。
「その通りだ」
「まあ、十分の一位は納得できたな」
「それで十分だ」
納得できないでいたが、街を破壊する変なやつらのほうが納得出来ない大河であった。
「ムガール宇宙船団てのは、ありゃなんだ」
「機密である。しかし、君にとっては倒さねばならん敵だ。もちろん、我々にとっても」
「今日の、あのロボット、あいつらは」
「あれは通称バケットと呼ばれる、一番能力の低いしたっぱの無人機だ。」
「したっぱだったのか、なら勝てて当然だな」
大河は少し悲しげな顔をした。
ひょっとしたら、自分はすごく強いのでは?という無意識の驕りがあり、それに気付き、それを恥じたのだ。
それに対し、渚がフォローする。
「初めての出撃で4機なんて類を見ない成果よ!今や世界の命運はあなたと他2名のパイロットにかかってると言っても過言はないわ!」
「フォロー、ありがとよ」
「そんなつもりじゃ、」
艦長が話を遮りながら言った。
「大河くん、君の実力を我々は高く評価している。君は世界の人々の期待を背負って戦える精神と、世界を救う力がある。はっきり言って、我々は君を必要としている。君さえよかったら、我々と共に戦わないか?」
「よくわからないが、現代を好き勝手に壊そうとするやつらはいけすかねえ。やってやるぜ!」
大河は、キリリと顔を引き締めると言った。
「俺は、あんた達の力になれるのなら、俺自身強くなれるのなら、なんだってする」
艦長は微笑みながら言った。
「ありがとう、自己紹介が遅れたな。私は、熊谷剛だ」
二人は手を差し出し、握手した。
「尾白大河だ。よろしく」
「こちらこそよろしく」
尾白大河の戦いが、今始まった。
長く続く廊下。
居住区に向かい、大河は歩いていた。
大河は正式にこの組織のパイロットとなり、この戦艦に住むことになった。
今、彼はかれこれ一時間は歩き回っていた。
はあ…
彼はため息をついた。
渡された地図を見ても、艦内は迷路のようで、何が何やらさっぱりだ。
何しろ同じような廊下ばかりなのだ。右を見ても左を見ても、特に特徴になりそうなものはない。
「これは文句を言うしかねえな」
そう呟くと、視界のはしに妙な紙を見つけた。
それは、壁に貼り付けられていて、赤いもじがデカデカと踊っていた。
熱烈歓迎!新パイロット尾白大河!居住区はこちら←
「なんだあ?親切だなあ」
大河は思わず呟いた。すると、
「だろぉ?やっぱ私って親切だろぉ?」
そこには、美少女がいた。
大きめな胸をさらに強調する黒のタンクトップにオリーブドラブカラーのミリタリーコート。デニムのホットパンツからつき出した素足が眩しい。足元には、武骨なコンバットブーツ。
きめ細かい薄く日焼けした肌。釣りあがった目。薄い唇がにっこりと微笑んでいる。ボサボサのポニーテールを腰までぶら下げている。
壁により掛かり、腕組みをして、ウンウンうなずいている。
フフンと流し目でこちらをみやった。そして小悪魔のようにニッコリ笑うと言った。
「感謝しちゃってもいんだよん?」
そして、フラりとよろける。
「な、お、お前はまさか!」
「ああ、もう我慢出来ない!うきゃー!たぁくーん!ここであったが三年目!四の五の言わず、私のお婿になりやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
顔をほのかに赤らめながら、一直線に抱きついてきた。いや、タックルと言った方が正しい。そのぐらいの勢いだった。
「な、ま、舞!?何でこんなところにいやがる!外国に引っ越したんじゃなかったのか?」
村の幼なじみで、両親が勝手に決めた許嫁の風切舞がいた。
彼女の家は由緒正しい忍の一族で、大河の祖父とは親交があった。
そのせいで、二人は許嫁の間柄であった。
クノイチとして育てられた為、並みの男じゃ太刀打ちできず、村では横暴の限りをつくし、女王の称号をほしいままにした。
彼女は村から二年前に外国に引っ越していった。
17歳の活発な少女で、ことあるごとに大河に交際を迫る。
一つ上の大河にたいして彼女は本気だが、当の本人である大河は迷惑していた。
「騙してごめんね。私、心配させたくなかったの。でも、もう平気だよ。たぁくんも私と同じパイロットになったし」
「な?パイロット?舞が?というか、たぁくんてよぶな!」
大河からしたら、全く意味がわからない状況である。
そんな大河の腕に頬擦りしながら舞は言う。
「そんなのどうでもいーじゃんっ。ね、チューしてチュー」
「このやろ、舞こら。離せって!チューなんて誰がするか!」
「んもうー。前みたいに、舞ちゃん(はぁと)ってよんでほしいな」
「何年前だ!しかもハートなんかつけた覚えはない」
「いーじゃん、お婿さんなんだから」
「お前話聞かないよな!相変わらず!」
「まあまあ、これから大河のベッドに連れてってやるから、私を快楽の高みに連れてって。そしたら全部説明してあげる」
「ふざけんな、バカかおまえ」
「あれ、あれ、そんなこと言うのー?ここでは私が先輩なんだよー?」
ぐ、
大河の体育会系の血が騒いだ。先輩には服従すべし!
こういうところが大河はバカであった。
しかし、大河は不屈の闘志でこの脊髄反射を押さえつけた。
それをみて、止めをさす舞。
「しかも私がいないと居住区にたどり着かないよ?言っておくけど、あの張り紙は嘘っぱちなんだからね!ふふん」
一個したとは思えぬ小悪魔スマイル。
まさに悪女。
「こ、この、くそアマ!田舎で忍者ごっこでもしてりゃあいーんだ!」
「あの猫ちゃんでの戦い方、教えてあげてもいーんだよん」
「誰が!」
「強くなれるんだよん?」
「…」
結局、大河は言いくるめられて、二人して居住区へ向かったのであった。