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トウキョウの半月目【後編】

 玉座の前に引きずり出され、決闘の意思を確認され、闘技場まで連れてこられるのに八分半。

 服装のチェックがあったのを含めると、上々と言える。


 僕は周囲を見回す。ローマのコロッセオよろしく、すり鉢状に作られた闘技場、くぼみの内壁に造られた観客席は満員に近かった。

 観客席と、先ほどまで居た大広間を頭の中で照らし合わせる。やはり、人数は減っているどころか増えていた。イベントの最初に決闘なんて始まれば、当然だろう。

 今ここに居るプレイヤーだけで、百人は超えているかな。

 恐らく、この人数をイベントできちんとさばこうとするなら、予選だけでも三十分は掛かる。

 闘技大会を捨てて、時間の余裕を得る。僕の選択は、結果的に成功した。賭けに近いから、勝ったとも言える。


 見回していた視線を、会場から対戦相手に移す。とは言え、目の前の人は不様に負けることを許してくれないだろう。

 何せ相手は女王である。


 見上げる程の巨体は、大型の運送トラックを連想させる。翼を広げると、本当にそれくらいの大きさになるかも。足から生えた鍵爪は鋭く、黄金の鱗は格の違いを僕に自覚させる。目が合うとウインクを飛ばしてきた、あなた余裕ですね。

 まぁ、それでも惨敗する心配はないだろう。このゲームは、一対一でレベル差があると補正がかかる。主な使い方が模擬戦であるはずの闘技場なら、だいたい十レベル差。即死はしないと考えていい。

 僕の用事の都合で、さらにわがままな事をしているのだから、良くて引き分け。負けでも数分持てば良い。


「わざわざ済まないな、客人」


 参加賞は貰える、そう自分に言い聞かせている姿が余りにも酷かったのだろう、女王の方から離しかけてきた。


「いえいえ、できる限り早く終わらせましょう」


 失言だったかも、会場が少しの間ざわめく。相手の方は意図に感づいたらしく、ゆらりと僕を見やる。何だかこの種族に出会ってから、気遣いのできる人にばかり会う。有翼族だったか、朧気な記憶から探り出す。


「お恥ずかしい限りです、はい」


 その場に座りそうなほど、縮こまる僕。女王は、くつくつと喉で笑って許してくれる。


「人間は面白いな、大会を開いて正解だったぞ」


 国のトップだけあって、会場にも向けた言葉なのだろう、翼の生えた面々がざわめく。


 こちらを気にしていた審判に向かって、女王様が目配せをする、意図を理解して頷く審判。試合開始かぁ。


「これより、決闘を開始いたします。観客の皆様は席にお座りください。宜しいですね? 内容は一本勝負。どちらか一方が、地面に倒れるまでです。なお、飛行は許可されますが、会場の外に出た時点で失格とみなします」


 ルールを説明する声が、会場に響き渡る。


「では、宜しく、人族の勇者よ」


 膝を軽く折り曲げて、わざわざ一礼してくる。僕も慌てて深く一礼。


「宜しくお願いします、女王陛下」


 それが合図となって、敵と僕は動き出した。


 まずはゆっくりと歩きだす、敵もその動きに合わせて歩を進める。まだ飛ばないのか、手の内を明かすつもりは無いようだ。

 小手調べのはずなのに、肉食恐竜のような脚部が、僕の背中に冷や汗を流す。


 相手は全長約十メートル、ワニとワシを合わせた、肉食の寵児。こちらはちょっと大きい剣をもった人間。

 慎重に、何気なく、武器の柄に手をかける。

 鳥特有の形状をした足が、ぴたりと止まった。


 張り詰め、緊張する空気。

 よく狙えと自分に言い聞かせる。ウイングブレイドは速度、威力共にナイフとほぼ同じ、全部の斬撃を当てて、始めて生きる。

 スイッチを使えばその速度に追いつける敵はほとんどいない、よく狙え。


 無意識に踏み込んだ靴裏が、砂とこすれてざっと音を立てる。

 相手の羽毛が揺れ、翼が開く。

 来る! 親指でスイッチを押し、勢いを増したウイングブレイドで受け止める。

 右、左、上、熾烈な攻撃を頭上で弾き、衝撃でよろめく。

 自分の足を地面に戻す頃には、敵の身体がほとんど頭の真上まで来ていた。

 後方へ飛びずさる、追撃は……来ない。


 目線を上の方へ上げると、強敵が空中で羽ばたいていた、そのまま進めば、鍵爪が僕の頭に当たるだろう高さ。優雅にその場で停止する姿は、戦闘用のヘリを思い起こさせる。


「なかなかやるようだな、人間」

「そちらもさすがですね、女王」


 やや形式ばったやり取り。その顔がわずかに縦へ振られているのは、これがただの演技、観客へのポーズだと言うことか。


 斜めになっていた刀身を構えなおす。地面に落ちた空薬莢が、視界の外へと転がっていく。


 実はこの武器、ウイングブレイドは、炸薬の爆発で威力と速度を強化している。四角い鉄のスイッチはある意味で引き金であり、起動のハンマーだ。

 全てを当てた時の威力は、普通の武器と同じ。

 ただし、再装填してまた使えるようになるまで、だいたい二十秒かかる。その間は、小太刀や懐剣以下の威力で身を守らないといけない。

 弾数は最大十発だ。さきほど防御に使ったので、残りは八発。


 この相手が、二十秒も動かないとは思えない。

 再装填のために刀身の機構へ手をかけると、襲い掛かってきた。そりゃあ挑発も兼ねていたけれど。

 響く金属音。敵と僕が数回打ち合って、また離れる。

 残りは五発、腕は衝撃で痺れていた。ミスの可能性を考えれば、普通のモンスターでさえ倒せるか怪しい。


「楽しい、久しぶりに楽しいぞ、人間」


 そこまで思考して、殺気に満ちた言葉で視線を上げる。

 太陽の光が遮られ、僕の顔に影がかかる。暗雲なんて都合の良いものは存在しない、日光を遮断したのは、広げられた女王の翼だった。

 滞空のためにばさりと羽ばたくそれは、片翼だけで、二階建ての建物程はあるだろう。先程より大きい、折り畳まれていたのか。今の今まで、本気を欠片も出していなかったと。

 作り出された闇の中、ガラス球のような瞳が、ぎょろりと動いて僕を見下す。その中に光るのは、狂気と紙一重の、狩人としての意思。

 火山の火口を思わせる殺気をはらんで、クチバシが縦に開く。どんどん上下に引き伸ばされたそれは、僕の頭を飲み込める幅から、人一人を丸呑みできる大きさまで広がった。影の中、滴り落ちたよだれがさらに現実味を奪う。

 獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、そんなことわざが脳裏をよぎった。


「楽しかったよ、少年。君はここまでだ――死ね!」


 後半は絶叫と化した言葉が耳に届くと同時、僕の体は吹き飛ばされた。


 空は青い、地面は茶色い、観客は様々な色が混じっている。

 その景色が三周し、僕は空中にいると分かった。なんて威力だ、そう考えた時には、レンガで造られた闘技場の内壁が眼前に、僕の体がそこへと激突していた。


 右手を突いて、体を起こす。崩れたレンガが上から落ちて、砂ぼこりが空中を漂う。ぽつり、と頬に雨が降った。

 後ろは壁だ。目だけを動かして前方を見ると、足元まで続く、真っ直ぐな赤い線が目に入る。ああ、これは雨じゃない、僕の血だ。

 視界の端で、観客が驚いている、そんなに酷い怪我なのか。視界を確保しようと左手で前髪をかき上げると、べったりと付いた血液で、手の平が赤く染まる。頭にまでこの量が飛んでいたのか、なるほど、酷い怪我だ。


 このゲームでは見た目が派手だが、怪我をしても本人にそれ程ダメージはない。一歩足を踏み出すと、会場がどよめく。

 傷口を確認すると、まず右半身の鎧が無くなっている事に驚いた。肩から腰まで、身体の表面を横断する様に付けられた傷跡は生々しい、それに沿うようにして皮鎧はちぎれていた。所々がボロボロになった僕の身体は、刃物でめった刺しにされた血液色のセーターだ。防御力七十五パーセント低下の表示が、視界の端で非常灯のように赤く明滅している。

 残りの体力を示す数値は、三割を切っていた。この場合は防ぎきれなかったのでは無く、防ぎきった、と軽量な皮鎧を褒めるべきだろう。底上げされた防御能力が幸いし、致命傷にならなかった。


 コップの中身をプラスチックの桶にぶつけたような音、傷口から血が吹き出る。これは悪い影響バッドステータスの『出血』だ、後何分か放って置けば、僕は体力が減って死ぬだろう。

 手を動かして時間を確認すると、約四分ほどの余裕があった。決着を付けるには十分だ、そのまま倒れるのは性に合わない。

 膝を伸ばし、視界の端で見えていた、羽ばたくそれへと向き直る。

 再装填の機構を作動させ、女王へと刃を突きつける。相手も最後のあがきだと気づいたみたいだ、クチバシで軽く突けば倒れる、そんな状態の僕へ何もしてこない。

 勝とう何て考えて無い、目指すは引き分け、もしくは死。残り時間で敵の体力を削りきるのは不可能だ。


 高地特有の、冷たい風が吹いた。

 剣を片手で持ち、空いた手の指を自分側に曲げる。"かかってこい"の形だ。


「素晴らしいな、人間」


 敵がにやりと笑う。この瞬間は、僕の表情も似たような物だろう。


 両者が、動く。


 次の刹那、巨大な歯車に鉄の棒を噛ませた様な音が、闘技場の空気を引き裂いた。僕の剣と敵の鍵爪が激突したのだ。

 手元のスイッチを押してやや上に飛翔、今度は上方から僕の刃が襲い掛かる。相手もおとなしく食らうわけが無く、クチバシで受け止める。

 炸薬の反動でさらに高く飛ぶ、追尾してきた爪を回避。

 蹴ると噛み付かれ、薙ぐと避けられる、刀身を振り上げ、斬り下ろす。

 鼻に肘鉄を食らわせると、代わりに頭突きを貰った。

 羽を数枚引きちぎると、血で張りついた鎧を剥がされた。


 一を足していけば十になる、二が混ざっているなら上昇量も二倍だ。いつの間にか、かなりの高度まで来ていた。

 武器を振りかざし、切りかかると見せ掛けてかけて横に飛ぶ。

 相手も追いかけてくる、そして僕は、意地の悪い笑みを顔に浮かべた。


「審判が最初に言ったでしょう? 外に出ると失格だって」


 相手の表情は驚愕だった。


 スタート地点は観客席のすぐ側、内壁。左右に揺れながら斬り結ぶ内、ついに観客席を飛び越して、闘技場の縁まできていた。

 僕も飛ぶための手段は使い切った、弾切れだ、後はこのぎりぎりの場所を落ちるしかない。

 恐らく、外側に一メートルでもずれたら失格。自分の体力値が、危険域に達して赤く光る。


 落下しながら時間を見る、そろそろ限界か。空を背景に、退出ログアウトの画面を開く。

 警告にはいと答え、自分の体が薄れていく。

 結局、地面に落ちる瞬間まで、助けはこなかった。


 次の日、用事を終わらせてゲームを起動する。

 最初に視界へ入ったのは、クチバシだった。


「うわっ」


 思わず驚いた声が出る。次に気づいたのは、それの根元がガーゴイルさんということだった。


「起きたんすね! 良かった~!」


 ばさばさと羽をはためかせ、喜ぶその姿は、僕に子犬を連想させる。

 そう言えば、このゲームは死んでしばらく死体が残るんだっけ。復活の呪文とかもあるわけで……治療されたって事か。


「女王様が、生き返らせろって命令したんすよ」

「本当ですか?」


 思わず聞き返すと、うんうんと頷いていた。


 この後、ガーゴイルさんから闘技大会の顛末を聞いた。

 僕はあの後場外に落ちた。物言わぬ死体となったそれに女王が近づくと、医療班を呼んだ。

 決闘の結果は僕の負けだったらしい。

 ついでに言うと、落下の勢いで体力値が酷かったり腕が反対に曲がっていたとかで、治癒魔法の使える観客が大量にかけてくれたみたいだ。


 闘技大会は無事成功し、優勝者が女王様と戦う事になったらしい。

 勝負は、優勝者の方が健闘して、時間切れの引き分け扱いになったこと。ちなみに優勝者はメイス使いの神官戦士で、最後は素手の殴り合いになったらしい。

 人気が高い武器とスキルの組み合わせだ、今回の件でさらに人気は高まるだろう。僕のウイングブレイドとは対極に位置する。


「いやー、膝を顔面に叩き込まれたときの、女王様の表情! あなたにも見せたかったすよー」


 木製の天井を見上げ、恍惚とした表情で話すガーゴイルさん。

 色々と突っ込みどころが満載の情報ではあるが、まずは。


「ありがとう」


 心配してくれたガーゴイルさんにお礼を言って、立ち上がる。


 大丈夫っすか? その言葉に頷く。

 さて、女王様にもお礼を言わなくては。あの人はあれでいて、しっかりしているみたいだし。参加賞も受け取らないといけない。

 僕は、体をほぐすように大きく伸びをした。

 今日も、やっかいな一日が始まる。


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