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トウキョウの半月目【前編】

 さえずり。極彩色の小鳥が目の前を飛んでいった。空を見上げる、抜ける様に青い空。それは、ふちへ向かう毎に透明になっていき、山の稜線に姿を隠す。ダンジョン全体から見ても、一番に近い美しさを持つ、その空。

 気軽に飛べたら気持ち良いだろうな、と思う。ウイングブレイドの上方に付いた留め金が、ライトレザーアーマーとこすれる。その音さえも、今は遠く聞こえた。


 ここはトウキョウダンジョンの二十五階、景色の綺麗な場所である。投げやりな名前になってしまったけれど、ここへ普通の方法でたどり着くまでに、二十四階もあるからしょうがない。僕には、マップの名前を全て記憶する趣味は無い、ほかの人にもたぶん無い。かろうじて覚えていそうなのは、攻略サイトを運営している人くらいだろう。

 さて、僕はそんな二十五階に来ていた。目的はこの景色を楽しむこと。同じような事を考えた人がいるのだろう、さっきからプレイヤーとも何回かすれ違っているし、左右の山では料理の煙が上がっている。

 動く時間帯は、かなり人とずれているはずなのだけれど。そんな考え事をしている僕も、ゲーム内の美味しいパン屋で焼き立てをいくつか買って、持って来ている。結構この世界に毒されているのだろうか。


 やや遅めの速度で歩く。戻ろうと思えば、この階にもいくつかあるワープゲートから戻れるけれど。ゲート同士の距離にはある程度のひらきがある、ゆっくりと景色を楽しむには向かない。

 どこか遠くのほうで、鳥の鳴き声が聞こえる。山は、姿の見えない獣の鳴き声を、様々な方向から響かせる。のっぽの木が集まった森は、マップの入り口からここまでずっと続いていた。


 平和な場所だと思う。僕がオオカミを狩っていた森は、鳥の鳴き声なんて聞こえなかった。ちょっと歩くと敵が左右から飛び出してきたから、たしかに聞く余裕は無かったのだけれど、それを差し引いても音の種類が多い。

 これが仮想空間ってことなのかな、そこまで考えて一抹の不安が脳裏をよぎる。まさかあの森、オオカミが多いから、ほかの獣が少なかったなんて事は……このゲームはジャンルからして大量のAIを使う、データの容量を考えても不可能とは言えない。気のせいだと、いいな。そうでなければこのゲーム、作りこみすぎだ。

 不安を消したくて、首を横に振る。難しく考えてもしょうがない。元々の理由はレベル上げの気分転換だし、パンでも食べて落ち着こう。


 適当な場所を探してきょろきょろと見回す。そこの丘の上が良いかな、と思う。森の近くで開けた場所、普通のマップなら熊が飛び出して来るから行きたくないけれど。今は珍しくプレイヤーが周囲に多い、万が一モンスターの行列を連れて逃げる事になっても、何とかなると判断した。

 丘の上に歩いて行って、軽く警戒をしておく。先ほどから変わらず視界の端では、山からいくつも料理の煙が立ち上っている。山の中であんなに堂々とやっているなんて、僕と同じ判断をしたのかもしれない。あっちは煙だから、僕より目立つし。

 集団なら、しなくていい苦労なんだけれどなー。


 よし、パンだパン、何にしようかなー。あんぱんカレーパン、小さめの食パンに、サンドイッチもある。カレーパンは油でカラッと揚がっていて、わざわざ上に黄色のパン粉を振りかけてある。パン粉は金色に近くて、食べ物として凄く美味しそうな色なんだけど、あえて小さめの食パン。

 手で持って割くと、よく焼かれたこげ茶色の表面の下から、純白が顔を見せる。その身とも表現できそうなもちもちの生地を、ほおばる。


「甘い……美味しい」


 思わず声が漏れる、美味しい物特有の自然な甘さが食欲を刺激して、手が止まらない。みるみると減っていくパンの面積、気がついた時には、包み紙の上から無くなっていた。


 その後、ジューシーな生地に大き目の肉入りビーフカレーのカレーパン、後味のすっきりした小豆餡のあんぱんを食べて、最後にのこったサンドイッチに手を伸ばす。

 こんなに美味しいのなら、回復アイテム以外の飲み物を用意しておけばよかった。白いパンに挟まれているしゃきっとしたレタスを見つめると、罪悪感にも似た感覚が僕の身体を巡る。

 強い風が吹いた、森がざわめく。せっかくのサンドイッチを落とさない様に、身をすくませる。


「へぇ、美味しそうですねぇ」


 視界に影がかかると同時、そんな声が降ってくる。


 目の前に着地した姿は大きい。身長は軽く見上げないといけないぐらい、最低でも百八十センチは越えているだろう。何よりその人は手の代わりに翼が生えているし、身体中を灰色の鱗が覆っている。顔に黄色いクチバシまで生えているから、仮にプレイヤーだったとしても普通の人ではない。

 全体的な印象としては、空飛ぶワシと日向ぼっこするワニをあわせたようなその姿。このゲームのAIは変な所でおりこうだから、念のために聞いておく。


「プレイヤーの人ですか?」

「いーや、違うっすよー」


 そう言って、プレイヤーであることを否定するように翼を動かすその人。 あ、やめて、土ぼこりが結構。


「あの、食事中なので……」


 やんわりと断る僕。


「そこを何とか!」


 わざわざ頭を下げてくる。細い八の字だった翼の間隔が、きゅうくつそうに狭まる。胸の鱗が盛り上がって、谷間が作られた。女の人だったのか、考えているのはAIだろうけれど、それだけに断りづらくてやっかいだし。冷静になった頭で理解する、これは緊急のイベントかクエストだ。もしイベントだったなら、有利になるアイテムが貰えるねぇ。


「このままだと上司に叱られるんすよぉ」


 うわぁ世知辛い。


「あ、自分はガーゴイルっす。有翼族の便利屋をやってます、宜しくっす」


 灰色の翼を持つその人、ガーゴイルさんが自己紹介する。


「よろしくね」


 まずはそう返しておく。RPGの受け答えなんて物は、迷ったほうが不利になると決まっている。

 ゲームのメニュー画面を開いて、時計の項目を見る。でもね、そろそろログアウトの時間が近いんだよ。すぐじゃあないんだけれど、今日はこのあと用事があるんだ。


「その、パン? 美味しそうっすね! そういう物を食べられるって、きっと凄い人なんですね! その剣も綺麗ですもんねっ」


 いいえ。レベルも平均のピッタリ半分を維持する、不遇な武器の使用者です。


「実は今日、都で闘技大会が開かれてるんすよ。それに参加して貰いたくて。ダメすっか? ダメでもお願いします!」

「参加賞もあります、来てくれたらお金は上乗せしておくっす」


 しばらく、あの手この手で説得してくる。決め手になったのは土下座だった。


「お願いしますっ!」


 両手を広げた大人より大きいだろう翼、それが折りたたまれた。鎧よりも堅牢そうな鱗の生えた、その膝の上に両翼が置かれる。下げられた頭が地面へ付いていないのは、モンスターじみた巨体が不自然な体勢で折り畳まれているから。ここまでされるとどうしようもない、さすがにかわいそうになった僕は、溜息をついて首を縦に振るのだった。


 ガーゴイルさんが僕を運ぼうと鍵爪を開く、それが身体の手前で止まった。


「この鎧、皮製ですよね? 傷が。それに紐とか付いてないみたいですし」


 どこか愛嬌のある瞳がおろおろと動く。爪の鈍い輝きは大降りのナイフを連想させた。確かに、僕が装備している軽い皮鎧では、強く掴むと斬れてしまいそうだ。高速だと鎧が外れるかなんて、僕も試してはいないけれど、飛んでいる時に身体が抜けたら地面へと落ちるしかない。


 相手の視線は背中のそれに向かう。確かにウイングブレイドなら背負うための紐もあるし、武器だから固定も容易だ。しかもファンタジーの大剣だから、頑丈さは文句なし。

 短い間に気を利かせてくれるあたり、ガーゴイルさんは結構有能かもしれない。


「申し訳ないんですが……」

「良いですよ、気にしないでください」


 僕は、背中を掴まれた状態で運ばれる事になった。こちらこそ申し訳ないです。




 クレーンやヘリコプターが、物資を吊り下げて目的地まで運ぶ事がある。

 この場合のクレーンやヘリコプターに当たるのはガーゴイルさんで、物資は僕だった。


 彼女達の言葉で都と呼ばれる場所。その上空までは、ほとんど時間を取られなかった。


 テラスに下ろしますよ。言葉が上から聞こえて、背中にかかっている力が消える。

 投下され、ごろごろと転がり、手すりをつかんで立ち上がる。

 痛みは無い、身体に異常も起こっていない。彼女の自己紹介を思いだす、有翼族の便利屋は、想像より有能だ。


 テラスはそのまま大広間に通じていて、演説でもしているような声が聞こえてくる。


「ごほん、我々は精霊と鍵爪の名の下に、この度伝統にのっとり、おっほん、厳粛な審査と――」


 だめだこれ、開会のスピーチなのだろうけれど、すぐには終わる気配がない。時計を見ると、個人的な予定の時間までは三十分を切っていた。


「ねぇ。大会が始まったら、すぐに戦いたいのだけれど。いい案があったら、このパンと交換しない?」


 長々と続くスピーチに背を向け、サンドイッチの入った紙袋をガーゴイルさんの前で揺らしてみる。

 着地してから毛づくろいを始めていたそのクチバシが、素早く僕のほうを向くと縦に振られる。


「本当っすか! ううん、しょうがないですねー」


 迷っているような声。紙袋が近くに来て中の匂いが分かったのだろう、斜めにひねられていた首がまっすぐになった。


「方法があるんですね」


 僕は思い切って質問する。


 相手のクチバシが開く。牙だろうか、一瞬光る物が見えた。


「はい、それは――」


 少しの間、沈黙が広がった。迷ったようにクチバシを小さく打ち鳴らしてから、話してくれる。


「それは決闘を申し込めば良いんですよ。ウチら戦闘向きの種族なんで、大会の期間中は問題にならないはずです。女王様なんていつでも来いって感じで」


 僕は自分のために聞く。


「なるほど。女王様なら、確実に受けてくれるってことですか?」


 猛禽類の瞳がじっと見つめてくる。それが、ふっ、と優しく笑った気がした。


「後日、もう一袋おごって下さいね? 女王様ならほぼ間違いなく……いいえ、絶対に受けてくれます」

「ありがとうございます」


 ガーゴイルさんに頭を下げて感謝の意を表す。


 さて、広間に向き直る。紙袋はガーゴイルさんに受け取ってもらった、騒がしくなるだろうからね。


「何やってんだろう、僕」


 時間が迫っていなければ、こんな事やりたくないし、思いつかない。小さな呟きが自分の口から漏れた。


「――ううむ、おほん。それでは、ここに、王都闘技大会の開催を宣言する!」


 万雷の拍手と羽ばたき、鳴き声。スピーチの主が壇上から降りる。

 人々がざわめき、空気が緩む。スピーチが終わり、むっとした人いきれが大広間を覆った。その中を僕は歩いて行く。


「すいません、通してください、すいません」


 そう言って人ごみをかき分けて行く。幸い、目的の場所にはすぐ着いた。


 女王と呼ばれる、ここでは最重要で最高位の存在が、演説台のさらに向こうへ設置された玉座で座っている。あまりに巨大な身体、つい翼へ目がいってしまう、それもダブルベッドより大きかった。

 食事を運ぶ係りなのだろうか、ファミレスの店員よろしく、翼で銀色のおぼんを持った人が女王に何かを渡す。最初にステーキを食べていたのは理解した、だが次に食べていた物は理解したくなかった。

 あれは虫だ。丸々と太った芋虫、それをクチバシがかじる。確かに、辺境の部族では芋虫を食べるけどさ、貴重なたんぱく源なのだろうけれど。

 不思議な事に、女王様が上品に食事をしていると、れっきとした食べ物に見えてくる。取り出された瞬間を見ていなければ、おにぎりか何かと勘違いしただろう。これがテーブルマナーって奴だろうか、ずれた意識で僕は考える。


 あんな人と戦うのか……いつの間にか、緊張が僕の身体にこびりついていた。深呼吸してほぐしていく。

 そして僕は大きな声で、はっきりと言った。


「女王様に、決闘を申し込みます!」


 その後は大騒ぎだった。


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