トウキョウの五日目
トウキョウダンジョンを始めて五日目、そろそろ上に進みたい。
今日は一階の町に行こうかな。
僕は足を進める。
レベルから言っても、小隊を組みたいな。
ゲームをする時間帯の関係で、かなり露骨に、人と組むことは避けてきたけれど。
あと一人、あと一人で良いからメンバーが欲しい。
それだけで戦闘が楽になる。
僕のレベルはまだ三だから、仮に三階までたどり着けたとしても、敵のレベルの方が高い。
トウキョウダンジョンでは、階数がそのまま自分の適性レベルだから。頭を働かせて記憶を探る。
二十分も連戦できればかなり良い方だし、平均より強い敵が現れたら負けてしまう。
この場合の良い方や負けるというのは、倒されて町に戻ること。
でも味方がもう一人居れば、二人で適当に攻撃しているだけでも、強い敵を倒せる。
単純に考えても攻撃力は二倍だし、初心者でも僕より攻撃力はあるから。
考え事をしながら歩いていると、よくパーティの募集がある広場についた。
誰も座っていないベンチがあったから、そこに座る。
やっぱり連日のオオカミ狩りで疲れているみたいだ。
三日間同じモンスターを狩るっていうのは、ちょっと。
仮想空間だけあって、募集する時は声を掛ける方法がほとんどだ。
予定の決まっている人は、専用の掲示板に募集内容を書いた紙を張る。
だからそれほど急がなくても大丈夫。急いでパーティを組みたい人は、直接声を掛けて来るから。
疲れているし。気分転換に食べ物を買ってみよう。
ポーションを売っている店の近くに、たしかソフトクリームの露店が出ていたはず。
ソフトクリームを買って、ベンチに戻ってくる。
露店は良心的な値段だったから、特に言うことも無い。
さっき座っていたベンチには、一人だけ人が座っていた。
ここからは背中しか見えない。だけれどそこには毒蝶のような羽が生えていて、あまりにはっきりと存在を主張している。
あの感じは防具かな、かなり上の階だと、装備の見た目も派手らしいし。
気になったのは、ベンチの前を通る人が、必ずぎょっとした表情を浮かべる事。
珍しい物を見慣れているはずの生産職も通るけれど、例外はない。
いったい、背中の反対側に何があるんだろう。
興味を持った僕は、そのベンチへまた座ることにする。
横まで来てまず見えたのは、カブトムシを想像させる、いく本もの虫の足。
肩の辺りから生えているから、その人の腕防具か。
そしてミツバチのような黒と黄色の腹部に、それに合った防具一式。
「ん? 横に座る?」
見なきゃよかった。
可愛い声を引き連れて振り向いたその顔に、ムカデの足が生えていた。
「は、はい、座らせていただきます」
ソフトクリームを取り落とさないように握りながら、声をかけてきた少女の横に座る。
ベンチに当たったウイングブレイドが、微かに音を立てる。
「ウイングブレイドかー、珍しいね! 大変でしょ?」
少女の声は明朗快活。ああ、本人は意外といい人なんだな。
「はい、やっぱり大変ですね」
できるだけ丁寧に答える。変な装備の人は、強い場合が多い。特に、様々なレベルが交じり合う、町中の野良においては。
「そっかー、あたしも虫がメインでさ、大変なんだよねぇ」
うう、身振り手振りとともに虫の足が動く。
「虫も珍しい装備ですよね」
そこで気づく。ああ、武器が虫だから防具もこんなに虫づくしなのか。
「うん、でも五十レベルに上がったから退屈なんだよねー」
ちょっと待て、今この人は何を言った?
今トップクラスの人達が二十台前半なのに、五十レベル?
「四十五階だっけ、あそこのボスは門番だよねー」
何気なく上階のボスを説明され、確認した相手のレベルは六十を超えていた。驚いた時、僕は言葉を失うタイプみたいだ。自分の口がぱくぱくと動いて、空気だけが喉を通る。
「ウイングブレイドで一人はきついよね、広場にパーティメンバーを探しにきたの?」
「はい、そうです」
なんとか言葉を絞り出す。
その後。僕があんまり動揺していたのか、落ち着くまで彼女はしばらく待っていてくれた。
なんとか立ち直って、ソフトクリームを食べる。
「えーっと、もしよかったらなんだけど……」
彼女は迷いながらこう切り出した。口元で虫の足がうごめく。
「よかったら、レベルを上げるの手伝おうか?」
三十分後、僕は五階に立っていた。
ここに上がってくるまで、一定の動作を繰り返すだけで良かった。
レベル上げを申し出てくれた少女が敵をひき潰し、僕が生き残りに止めをさす。
五階の時点で、僕のレベルは六に達しようとしている。
「いい感じじゃないのー?」
ゴブリンを一方的に蹂躙していた少女が、こちらに歩いてくる。
「はい、ありがとうございます。夕食もあるので、もう少ししたら解散にしたいのですが」
高レベルを拘束するのはいろいろとまずい、早めに僕の予定を伝える。
「OK、あたしもそんな感じだし」
少女はそう答えると、ゴブリンを倒しに戻っていった。
そのあと七階まで進んで、予定の時間になる。
「今日はありがとうございます、お礼もできなくてすみません」
頭を下げる僕。
「良いの良いの、今日は暇だったし」
ひらひらと手を振る少女、節足が同じように揺れる。
最後に挨拶を交わす。
「僕はイチロウです、今度お礼をさせてください」
「気にしなくていいよー。あたしはムシヒメ、また会ったときは宜しくね」
僕の五日目は、こうして幕を閉じた。