トウキョウの四日目
さて、トウキョウダンジョンを始めて四日目。
強い人はそろそろ、二十階あたりに到達する頃。
そして僕は、まだ二階で戦っていた。
オオカミに対して剣を振る、悲鳴を上げてオオカミが倒れる。
切る、振る、薙ぐ、払う、押し返す。
場所が二階でも油断はできない。
僕のレベルは、目の前のオオカミと同じだからだ。
普通の武器を使っている人は、普通にレベルが上がるのだけれど。
十分ほど前、初心者が二階に上がって来た。
隣で剣を振っていたその人は、二十を越えるダメージを叩きだして次の階に歩いていった。
ウイングブレイドはとにかく弱い。
だからこの世界を楽しむ事にした。
今度は拳銃に持ち替えて、しばらくオオカミと戦う。
牙が腕を掠めると、HPが四割弱減る。
このオオカミはレベル三、プレイヤーのレベル上限は百。まだまだ先は長い。
利き手で店売りの回復薬を持って、左手で銃を撃ちきる。
こんなファンタジー世界でも銃を撃つ事になるなんて。
回復薬を飲みながら、以前やっていたゲームを思い出す。
僕が前にやっていたゲームはロボットゲーム。ブースター用の表示があって、ボタンを押すとオーバーヒートまで空が飛べる、よくあるタイプのゲームだ。
実を言うと、ウイングブレイドは空中戦ができると評判だったから選んだ。
銃を撃つ動作と、近接武器を振る動作は、そのロボットゲームから流用している。
さて、近くにいたオオカミは全部倒した。しばらく練習しても大丈夫だと思う。
回復薬をしまって、ウイングブレイドの柄をつかむ。
まずは高く飛んでみる。
動作としては簡単。ウイングブレイドは刃の反対側に噴射口があるから、それを地面に向ける。
金属のスイッチを二回押す、それだけ。
暴風が吹き荒れて、僕の体は一気に宙へ持ち上げられた。
最初の一瞬で、自分の腰以上の高さまで浮き上がる。
柄をしっかりと握っておくと、その高さはさらに上がっていく。
自分の身長を越した所で、効果が切れて落下する。
もう一回スイッチを押して、刀身を傾ける。
風が上手い具合に分散する。飛び始めた場所から、少し離れた所に着地ができた。
ロボットゲームで鍛えたまま、カンは鈍っていないね。
辺りを見回す。オオカミが出るだけあって、森林のマップだ。
大きめの木がせっかくあるから、それの枝に飛び移ってみよう。
枝は、頭の上くらいの高さにある。近くまで行って、スイッチを押す。
スムーズに浮き上がる、空いた手ですばやく枝を掴む。
折れた、根元から。
折れた枝を手に持って、地面に尻餅をつく。
カンは鈍っていないと言ったけれど、枝を見極める力は無かった。
その後、痛むお尻を押さえながら幾度も挑戦した。
合間に現れるオオカミを退治して、枝に向かって飛び上がる。
三十回目でようやく成功した。
太めの枝の上に立ち、利き手で幹を握って体を安定させる。
もうゲームの中では日が暮れかけていた。
黄金だった太陽に朱が混ざり、さらに橙色が加わる。
深緑の山のむこうへゆっくりと沈む太陽を、眺める。
仮想空間の夕暮れは、美しかった。