トウキョウの七ヶ月半目
手持ちアイテムの一覧から不要な物を選び出し、保存用のアイテムボックスに入れる。茶色い冷蔵庫のようなそれへ、武器回復薬がどさどさと流れだす。
警告音が鳴り、容量が限界だと表面に黄色の文字で表示される。慌てずに予備のアイテムボックスを呼び出し、道具はそれへと吸い込まれていった。
戦闘前のアイテム整理だ。
今回は――いつもかもしれないが――ボスが強敵で、荷物を少なくするしか無い。
移動用のアイテムを利き手に持って使用、七十五階を指定する。値段が高いから、消耗を抑える必要のある、ぶっつけ本番以外では使用したくない。
使うかと文章が表示され、僕はそれに了承した。視界が白くぼやけると足元が微かに揺れて、目の前に階段が出現。専用階層へ続くもの。
もう七十五階だ、やっぱり道具を使うと速いね。
安全な階段だとコマイヌで経験済みなので、普通に登っていく。
周囲は夜のように暗く、ボスエリアへと続く道だけが明るい光に照らされていた。静かな洞窟のようなここに、僕の足音だけが反響する。
今回の強敵はカグツチ、詳しい情報はない。戦った人によると、自分の目で確かめた方が早いそうだ。百物語に出て来る幽霊や、ホラー映画の殺人鬼みたいな外見で無い事を祈る。心臓に悪いから。
階段の先は、近づいているはずなのに逆光でよく見えない。上までたどり着くと、それを潜る。
そこは巨大な部屋だった、床から天井まで白で統一され、その割には上品で、まぶしくない。一色しか無い部屋で境界線の判別が難しいけれど、端から端まで数百メートルある。
中央には銀色の点、戦闘機よろしく流線型のデザインで統一された、ロボットだ。人間の形をしている。目があるはずの位置に代わりとして、赤い、逆さまにしたへの字かブーメランのような物がくっついている。それ以外に特徴的な部分は無い。
もっと観察するために近寄る。ぴぴ、と短い警告音が、広い部屋の全体に鳴った。
「侵入者を認識」
女性の声音がロボットから聞こえると、赤い目の内側に燐光が灯る。膝が伸ばされ、突然魂を突っ込まれた人形の様に、急激に地面から立ち上がった。
風圧。目の前へ、黒い円筒形の柱が現れる。それの根本と先端を視線が二往復して、やっと正体が分かった。思わず言葉が漏れてしまう。
「カグはカグでも、火器のカグツチですか」
それは、戦艦の主砲だった。
自分の使っている拳銃、特殊部隊用のライフル、戦闘ヘリコプター用ガトリング、古い火縄銃と大砲、軍の車両用ミサイルポッド、投石機、戦闘機機銃、架空の大口径砲に、百二十ミリ戦車砲、クロスボウ――先ほどの主砲も含まれた塊に百近い銃口が追加され、僕に向けられる。
親切な銃商人が店開きを始めたわけでも、組織された部隊に取り囲まれたわけでもない、その根本は一人のロボットだ。
肩から先を銃の群れへと変えた敵、恐らく名前は、カグツチと言うはずだ。
「現状はイエロー。侵入者が武器へ手を伸ばしました、排除を開始しますか? イエス、了解、撃て」
再び音声が広い部屋に響き渡る。剣の柄に伸ばした手を戻したけれど、遅かった。
余分な思考は速度を遅くする、予備動作無しで左に飛び退き、全速力で走りだす。
「予測射撃プログラムを起動、砲身角度を三度調整」
つま先近くで、黒く太い弾丸が弾ける。丸々と育った大根を連想させるそれがエネルギーを開放すると、僕は床ごと吹き飛んだ。
「警戒レベルをレッドに変更、弱点への狙撃を開始します」
空中でウイングブレイドのスイッチを押し、爆発で方向転換。シャツの表面をはい回られるような生々しい感触、弾丸が鎧の背中をうごめき、貫通して抜けていった。
レッドに変更? もう撃っているじゃないか。
着地すると同時に逃げ出す、後ろで重い物が落ちる振動、投石機か。肩をライフル弾が掠め、バネの付いた飛び出しナイフが頬のすぐ側を滑空。片足ずつ使ってステップを踏むと、脇腹の防具が薄くなった部分をクロスボウの矢が貫く。肉の無い所で良かった。
からからと回転する音、スイッチを押して空中へ飛び出し、低いうなり声のようなガトリングの射撃音から逃げる。
視界がぐるぐると万華鏡よろしく回転する。飛びながら、重力と変則的な軌道によって浮遊感を味わった。一秒だけ敵の姿を確認して、だんと地面へ両足をつく。肉のわずかな痺れは構わない。
手元のスイッチを連打。風に舞い上げられた布のように空中へふわりと浮かぶと、猛禽類の降下を始める。破裂音がして赤が飛び散った、身体のどこかを撃たれたのだろう。
カグツチのすぐ側までは飛ぶ事を楽しみ、唐突な肘を食らわせる。硬い壁を叩いた様な衝撃、びりびりと震える腕。背中から落ちて呼吸が詰まる、構わず足払い、相手はぐらりと揺れた。良い感触だ、飛び上がって頭突き、目の前に飛び出してきた手の平サイズの拳銃がわずかに歪む。
再びスイッチを連打、落ちた速度を取り戻し、耳元を掠めた砲弾も無視して斬る。横薙ぎ。反動で飛び上がって膝蹴り、防御用に生えてきた木製銃床の角を弾き飛ばし、相手の額へ衝撃が伝わる。
林のように乱立した銃口が一斉に火を吹く。火炎、轟音、連続した発射音。豪雨の中で傘を差した時、こんな音がしていた。大口径砲はさしずめ雷か。手の甲に埋まった散弾は見なかった事にして、短く持ったウイングブレイドを何度も振るう。
床へ足が触れると、獲物を仕留めた鷲のように、剣を抱えて空に戻る。スイッチを押して最後の一発を消費、ひたすらに高い位置へ飛行。剣を地面へ立てるように構えると、カグツチの、ゆるいV字型をした知覚装置と目が合った。
目の前に架空の巨大な砲がすえられ、奥から炎の塊を僕目掛けて撃ち出そうとする。
液体が辺り一面に噴きだした。
「活動完了、任務を完遂」
声がろうろうと部屋に響き渡る。
どろりとした血液が僕の全身を濡らし、刀身は、敵の身体を頭から足先まで串刺しにしていた。機械の脳漿がついた柄を捻ると、がくりとカグツチが膝を着く。
「停止、停止、停止」
赤い眼の奥で灯っていた光が消え去り、敵はその動きを完全に止めた。
「よし、終わった!」
僕はそう叫ぶと柄から両手を離し、天井を見上げるようにして、白い床へ倒れこむ。
カグツチの死体は、しばらく経つと灰になる。支えを失い、がたんと倒れたウイングブレイドを取り巻き、やがて虚空に消えてくずれていった。