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トウキョウの半年目【後半】

 僕の両腕の根本から、手の甲までを覆う鎧。その隙間には、二枚の羽が挟まっている。一つは灰色、アイテム名は『ガーゴイルの羽』もう一つは金色で『ケツアルコアトルの羽』

 あの闘技大会の後、僕は謝罪とお礼を言いに、何度も有翼族の都を訪れた。

 そこで受け取った、闘技大会の参加賞である。


 金色の羽を受け取るまで、その主――女王が、ケツアルコアトルという名前だとは知らなかった。

 二人が目の前で、巨大な翼から羽を一枚ちぎるその行為、驚く僕に名刺の様な物だと説明した女王の声が、意地の悪い喜色を帯びていた。今でも有り有りと思い出せる。

 

 『ガーゴイルの羽』は攻撃速度五パーセント上昇『ケツアルコアトルの羽』で攻撃速度十五パーセント上昇、合わせると攻撃速度は二十パーセントも強化される。

 軽くて攻撃量が上がるので、装備の重量制限や動きにくさが軽減される。使い勝手の良いアイテムだ、教会の雨樋ガーゴイルや翼を持つケツアルコアトルの名前は伊達じゃないって事だろう。

 

 まぁ、参加賞だから、他の人も同じような物を貰っているけれど。ちょっと得をしたかな。

 上司が、羽を出し渋っている等と、ガーゴイルさんもぐちっていたっけ。


 視線を鎧から目の前に戻す、そこには長い石段がそびえ立っていた。足を踏み出せる場所が広く、横幅もある。それは上へと伸びて、赤い鳥居まで続いていた。


 ここは四十五階、コマイヌの神社。真っ直ぐ登っていけば、境内で主が襲い掛かってくる。

 ボスの居る層ではそれ以外の敵が出て来ないから、シートを広げてピクニックをする人も居るくらいには安全なのだが。


 深く呼吸をして、攻撃強化と防御強化のアイテムを一つずつ使用。戦闘は長引くから、効果時間を優先した物。側でランスさんと魔法使いさんが見ているけれど、強力なアイテムをへたに出して助けたりはしない。高い商品を使っても、本人の力量が上がる確率は少ないからだ。毎回豪華な値段のアイテムを使っていると、良質な装備も揃えにくい。

 こういう丁寧な初心者支援をしてくれるから、この二人は大勢から厚い信頼を寄せられている。


「準備は良いか?」


 ランスさんの声に頷く。


「出発だよ!」


 そう言った魔法使いさんが、元気にぴょんと一回跳ねた。




 鳥居を潜ると、さっそく反応があった。


 硬そうな石の台座に乗せられた、狛犬の表面がひび割れる。それは全体に広がり、やがて敵が姿を現した。体へ付いた石材を生まれ立てのひよこみたいに振り払うと、地面へと降り立つ。一連の動作が静か過ぎて不気味だ。

 そして、人を丸呑みしそうな口で野太い咆哮をあげる、僕は思わず耳をふさぐ。姿自体は元になった像と同じだが、乗用車くらいに巨大化していた。四肢からは炎や氷を噴き出し、火の粉と雪が辺りに降り注ぐ。

 

 炎や氷。そう、ボスのコマイヌは二体で一対だ。厳つい顔が目の前で警戒のうなり声を上げ、のしのしと境内を歩く。片方の足跡は燃え上がり、もう一方が凍らせる。


 敵は、僕達を中心に、円を描くような形で移動。ランスさんが一歩前に出て、盾を取り出し構える。射線確保と攻撃準備を兼ねて、杖が後方で天高く突き上げられた。


 コマイヌの歩みが止まった、空気が張り詰める。


 次の瞬間、鋭い牙が眼前にあった、洞穴のような喉の奥が見える。響く金属音、間に滑り込んで来た壁役の盾が攻撃を弾き、槍が突き出される。犬歯とぶつかり合う先端に青い波紋が広がり、海の色に染まる。技能で強化された同色の盾が敵の腹に叩き付けられる光景を見て、ほっとしながら後ろを振り向く。


 攻撃を受け止めていた魔法使いさんが、杖をバットのように持ち直して、振りぬく。壮絶な破裂音を伴って、敵の肉が削ぎ落とされる。削られた前足と頬をかばうようによろめき、後ろ足で立ち上がるコマイヌ。追い打ちの火球が眉間で炸裂。


 後ろの炎はランスさんに任せて大丈夫だろう、僕は剣を構えると走り、立ち上がった事で見えた柔らかい腹部へ飛び込んだ。一閃、膝を突いて爪を回避しながら、上から下に表皮を裂く。

 片膝を先に上げ、もう片方で土を後ろへ押すように蹴りあげる。その勢いのまま柄のスイッチを押し、宙で縦に一回転。剣が先程付けた傷をなぞり、もう一段深い物へと変えてゆく。

 地面へ着地して軽く両手を着くと、追撃を受けないために横へ跳躍。


 脇腹から抜け出して、動きを観察する。敵は前足を振り回し、狂った重機の様に地面を掘り返していた。時間が経たないと、また下から斬るのは難しいだろう。


「ファイアウォール!」


 魔法使いさんが流暢な発音で能力名を叫ぶと、地面から炎の防壁が噴き出す。人の身長を優に超えるその中でも、氷のコマイヌは暴れていた。

 効果時間の数秒を使って、僕は弱点を見やすい位置に走り寄る。これは、起き上がった時に背中を狙うのが良いか。


 炎が消え、青い氷をまとった怪物が四肢を踏み鳴らす。その側面からじりじりと歩み寄り、死角を探す僕。


 咆哮を上げて魔法使いさんへ飛び掛かろうとした、その背中目掛けて突進。手前で飛び上がって、速度を乗せた刀身で打撃。

 硬く重い感触が腕を揺らす、そのまま空中で身を捻り、敵の背骨めがけて横一文字の斬撃を見舞う。砕けた氷と血飛沫が、ぱらぱらと辺りへ降る。


 コマイヌの左後ろ脚を視界に収めながら落下する、靴底にしっかりした感触を感じた。今度は低く、膝を曲げてしゃがみ、地をはう様な一撃。


 敵の巨躯がぐるりと反転して、手を伸ばせば届く距離に犬歯が出現する。視線が合った、どうやら反応してくれたらしい。揺れる剣先をしまい、拳銃を取り出して顔面へと発砲。とっさに目をつぶられたらしく、弾丸のほとんどはまぶたに跳ね返されてしまった。

 急いで相手と距離を開ける。まるで砂や水を掛けられた人の様に、前足で顔を覆っていた。


 とっさに拳銃を取り出せたのは、日頃単独行動をしているお陰だ。すぐ取り出せる位置にサブウェポンを入れていたから。もっとも、この戦闘が長引いているのは、自分一人用のスキル構成で火力が足らないからだけれど。


「そろそろ終わらせるよ、頑張って!」


 そう言った魔法使いさんが高威力の詠唱に入る。攻撃魔法特有の、大きい円形魔法陣が頭上と足元に展開。


「了解した! こっちは任せろ!」


 盾と肩で牙を受け止め、右手の槍で前足の爪と互角に押し合いながら、ランスさんは言葉を返す。左手の指先をせわしなく動かしているのは、手元の表示を使ってスキルを発動しているのだろうか。巨大な四角い盾がさらに大きさを増し、その表面には雪の結晶を模した六角形の印が浮かび上がる。外周には鉄のとげが生え揃った。


 氷のコマイヌへ視線を戻す。高い場所まで上げられた敵の口内に、吹雪が渦巻いている。あれをはき出して、遠距離から攻撃するつもりか。させない。


 正面から、すたすたと歩いて距離を詰める。寒さで悪い影響バッドステータスを受けていないか、ゆっくりと移動しながら身体を確認する。氷だけならまだいい方、こちらが半径一メートル以内に入ると、身体を痺れさせる敵もいた。油断は即死を招く。


 体力がわずかに減っていく以外は普通らしい、歩調を速め、駆け出し、一気に目の前へ。

 後ろで大きな音はしない、準備中って奴かな。ウイングブレイドを取り出して、柄を両手で包み込む。


 右下から刃を跳ね上げ、左上に向かって振り抜く。コマイヌの巨大なあごに赤い線が走り、ぱっと血液が散った。


 攻撃を受けながら、眼球だけで僕の動きを追っていた敵、その顔があざ笑う様に歪んだ。

 これは危険だ。杭よろしく、剣を地面に突き立てる。慌てた割には真っ直ぐ刺さった、ドラキュラが真下に眠っていたら、一人や二人は絶命したかもしれない。


 それさえも嘲弄するように、吹雪が吐き出された。氷と寒気によって盾代わりの刀身はなめ上げられ、ウイングブレイドの表面に生えた羽毛が逆立って、ばたばたとはためく。

 巨大な武器だから、後ろへの一撃を通していない自信はあるけれど、それは僕がダメージを受ける事と表裏一体である。ああ、手がかじかんできた。


 体力の半分以上を奪い取られ、数値が危険を示す黄色に変わる。霜柱が茶色の土を押し上げて、周囲を掘り起こして回る。ぐらりと根本から剣が傾いだ。


 手の中に嫌な感触が伝わった次の瞬間、僕は吹き飛ばされていた。遠くなった下の方で、吹雪が弱まり消えていく。

 前衛の役目を果たせたかな。時に、視界が回転し過ぎてどこの空中に居るか理解できない。


 剣は握ったままだ、何かに当たらないかと伸ばしたら、すぐ側で血が吹き出た。そして堅いものに両足が着く。

 すねが焼ける感覚に見下ろすと、炎をまとったコマイヌの背中だった。刃の先端が、背骨へと食い込んでいる。更に目線を下へとやると、ランスさんの頭部が見えた。素敵な兜ですね。


「やっちゃうよ! 攻撃するよ! 頭上に注意!」


 魔法使いさんの声に上を見上げると、黒い雷雲が渦巻いていた。注意ということは、発動が完了したのだろう。


 攻撃力の一点を高めた魔法は、ボスの切り札に匹敵する。ふざけている場合じゃない。僕はウイングブレイドを持って背中から飛び降り、ランスさんも槍を背中にしまって走りだした。


「パワーライトニング・アタックマキシマイズ・サンダーボルト!」


 魔法使いさんが杖を両手で握り締め、スキル名を叫ぶ。閃光が辺りを白く染めた。二体のコマイヌ目掛けて、黒い雲から二つの雷が滑り落ちる。それが一対の敵に命中すると爆音がとどろき、この場所全体が、上下に激しく揺さぶられた。


 階層ごとがくがくと振動する光景が収まると、敵を確認。


 一対のコマイヌが四肢に力を込めて立ち上がり……やがて膝から下をボロボロと崩して倒れ込む。


「やった!」


 僕が思わず叫ぶと、苦痛でにごった目が見返してくる。相手も息はあるようだったが、炭化した前足は関節から先を失っていた。


「おめでとうね!」


 背後から元気な声が聞こえてくる。


「頑張ったな」


 肩にぽんと手が置かれる、振り返ると、兜を付けたままのランスさんが居た。


「君の努力した結果だ、止めは任せるよ」


 防具でくぐもった声が聞こえる。僕は、まだ息のある二体へと向き直った。


 ウイングブレイドを構えると、離れていく気配。ありがとう。


 戦闘で地面に開いた穴を避けて、走りだす。


 まずは炎のコマイヌ。手前で手元のスイッチを押し、剣を体ごと回転しながら、こまの様に横へ喉を裂く。一回、二回。大量の血を流すそれを背景に、もう一方へ足を動かす。


 氷のコマイヌは縦に斬る、袈裟懸けに斬り下ろし、斬り上げる。相手のまぶたはゆっくりと閉じる。


 ウイングブレイドを紐で縛り、その全てを背中に収めると、強敵達の死体が灰になり、風に運ばれくずれていった。




 その後、二人にお礼を言いながらボスのドロップ品を回収し、そのまま解散する事になった。


「お疲れ様ー、まったねー!」


 声を張り上げながら手を振り、去っていく魔法使いさん。


「お疲れ様、また呼んでくれ」


 軽く手を振って、鎧をがちゃがちゃと鳴らして去って行くランスさん。


「ありがとうございました、また宜しくお願いします」


 僕は、静かに頭を下げた。

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