第8話「職人と鑑定士」
【前回までのあらすじ】
D級鑑定士として影守りに採用された悠真。
雪兎を護衛に連れ、コンビニに復帰した。
鑑定結果に表示された『呪印』という言葉が、頭から離れない。
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【12月4日(水) 昼1時 中野】
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「……さっむ」
翌日、午後一時。
俺は自宅のアパートで目を覚ました。
布団から出た瞬間、真冬だというのに冷蔵庫の中のような冷気が肌を刺す。エアコンの設定温度を確認するが、スイッチは切れている。
犯人は明白だ。
枕元に、雪でできたウサギがちょこんと座っていた。
式神の『雪兎』だ。
こいつが俺の護衛として張り付いているせいで、俺の六畳一間は常に極寒地帯と化している。12月の東京で暖房なしは普通に死ねる。
「おはよう。……頼むから、もう少し『快適』な設定温度にしてくれないか。俺は人間なんだ」
俺が頼むと、雪兎は「任せろ」とばかりに耳をピョコリと動かし、気合を入れた。
そして——自身の冷気をさらに放出した。
パキパキパキッ……。
その瞬間、部屋の窓ガラスに霜が走り、俺の吐く息が真っ白になった。室温が18度から一気に氷点下へと急降下する。
「寒い寒い寒い! 逆だ馬鹿! お前にとっての『快適』じゃなくて、俺にとっての『快適』に合わせろ!」
こいつ、俺が「温度調整してくれ」と言ったのを、「(雪兎基準で)もっと過ごしやすくしてやる」と解釈しやがった。
まあ、こうなるだろうとは思っていた。人外との意思疎通というのは、なかなか一筋縄ではいかないものだ。
俺は慌てて布団を被り直した。
前途多難だ。
◆ ◆ ◆
そんな時、枕元のスマホが震えた。
画面には『氷の魔女』という、俺が勝手につけた登録名が表示されている。
「……はい、もしもし(ガタガタ)」
『おはよう、ユウマ君。……何、その震え声?』
「お宅の式神が俺を冬眠させようとしてきまして……。今日は何をするんです?」
『装備の支給よ。迎えの車が下に着いたから、準備して降りてきて。あなたは貧弱すぎるから、最低限の護身用具を持たせないと、私が安心できないの』
過保護なお母さんかよ。
まあ、ありがたいことではある。俺としても、丸腰で裏社会を渡り歩く趣味はない。損得で言えば、装備があった方が生存率は上がるわけで、断る理由はなかった。
俺はため息をつきつつ、ダウンジャケットを着込んで部屋を出た。
◆ ◆ ◆
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【12月4日(水) 昼3時 霞が関・影守り本部】
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影守り本部、地下4階。
『特殊装備保管庫』と呼ばれるそのフロアは、機械油と鉄錆、そして古びた書物のような独特の匂いが充満していた。
薄暗い通路の両側には、ガラスケースに入った剣や鎧、怪しげな水晶玉などが所狭しと並べられている。どこかのRPGに出てくる武器屋のようだ。
「ここはダンジョンから回収された『遺物』や、魔物の素材で作った武具を管理する場所よ」
案内役のシオリさんが説明する。
彼女は今日も完璧なパンツスーツ姿だが、その肩には雪兎が乗っかっていた。俺の護衛任務から一時的に戻ったらしい。歩くたびに、スーツの下で豊満な双丘がふわりと揺れる。
——いや、そこは見るな、俺。
「ここを取り仕切っているのが、ちょっと偏屈な人でね……」
シオリさんが言い淀んだその時。
奥の工房から、雷のような怒鳴り声が響いてきた。
「帰れ帰れッ! 半端モンに貸す武具なんざ、ここにはねぇッ!!」
ガシャン! と何かが投げつけられる音。
泣きそうな顔をした若い隊員が、慌てて逃げ出してくるのとすれ違った。
「……相変わらずね」
シオリさんは苦笑し、工房の暖簾をくぐる。
中では、身長150センチほどの、樽のように分厚い体躯をした初老の男が、ハンマーを片手に仁王立ちしていた。
伸び放題の髭。筋肉隆々の腕。炉から立ち上る熱気と、金属を叩く残響音。
どう見てもファンタジー映画に出てくる『ドワーフ』そのものだ。
「源造さん、こんにちは」
「あん? ……なんだ、シオリ嬢ちゃんか」
源造と呼ばれた男は、シオリさんを見ると少しだけ表情を緩めたが、すぐに俺を見て眉をひそめた。
「その後ろのヒョロいのは誰だ? 新入りか?」
「ええ。専属鑑定士の橘悠真くんです。彼に合う防具を見繕ってほしくて」
「鑑定士ィ?」
源造は鼻を鳴らし、俺を値踏みするように睨みつけた。
「ケッ。どうせまた、本庁の役人が連れてきた『数値しか見れない』頭でっかちの分析屋だろ? 俺の武具の価値も分からねえ奴に、渡すモンはねえよ」
凄い言われようだ。
どうやら、過去に「鑑定士」と呼ばれる連中と何かあったらしい。まあ、職人と鑑定士の相性が悪いというのは、どの業界でもありがちな話ではある。
「あの、俺は……」
「口答えすんな! 俺は忙しいんだ。そこに積んである『未鑑定のゴミ』の山でも見て、さっさと帰んな!」
源造が顎でしゃくった先には、泥や煤にまみれたガラクタの山があった。
直近の探索で回収されたものの、鑑定課の分析でも「価値なし」と判断された廃棄予定品らしい。
俺はムッとした。
初対面でここまで馬鹿にされて、黙っていられるほど俺も人間が出来ていない。それに、シオリさんの手前、ここで役立たずだと思われたら、今後の給料交渉にも響くかもしれない。損得勘定で言えば、ここは実力を見せておくべき場面だ。
「……分かりました。じゃあ、そのゴミの中から『お宝』を見つけたら、俺の話を聞いてくれますか?」
「あぁ? ゴミはゴミだ。鑑定課のエリート様たちが『Fランク』の烙印を押したもんだぞ」
「エリート様が見落とすこともありますよ」
俺はガラクタの山に近づき、目を細めた。
スキル発動。
視界に青いウィンドウの嵐が吹き荒れる。
【名称:欠けた壺】→【価値:F】
【名称:錆びたナイフ】→【価値:F(鉄くず)】
【名称:石化した木の枝】→【価値:E(燃料)】
確かにゴミばかりだ。
源造が鼻で笑う気配がする。
だが、俺は山の下敷きになっていた、一つの薄汚れた『指輪』に目を留めた。
泥にまみれ、装飾も摩耗している。一見すれば、ただの錆びた銅の輪っかだ。他の鑑定士なら「劣化により魔力消失」と判断するだろう。
だが、俺の『目』は、その奥にある微かな輝きを見逃さなかった。
「……アンタ、これ捨てようとしてたのか?」
俺は指輪を拾い上げ、源造に見せた。
「あ? なんだその汚ねえリングは。魔力反応もゼロだ。溶かして素材にする価値もねえよ」
「いいえ。これは『魔力遮断』のコーティングがされているだけです」
俺は指輪の表面についた泥を、親指で強く擦った。
そして、そこにある一点の「継ぎ目」に指を当てる。
(……ここだ。ここに魔力を通せば、封印が解ける)
この世界において、スキルを持つ「覚醒者」には、すべからく体内に「魔力回路」が存在する。俺は戦闘訓練こそ受けていないが、Cランク相当の魔力回路自体は持っている。水道の蛇口をひねるように、指先にエネルギーを集中させるだけなら可能だ。
要は、スイッチを押すだけの作業。
俺は深呼吸し、指先に意識を集中させて魔力を流し込んだ。
パキーンッ!
指輪を覆っていた錆が弾け飛び、中からプラチナのような美しい銀色の輝きが溢れ出した。
「なっ……!?」
源造が目を丸くする。
俺は空中に浮かび上がったステータスを読み上げた。
【名称:守護精霊の指輪】
【ランク:A】
【効果:装着者の致死ダメージを一度だけ無効化し、身代わりとなって砕ける】
【状態:完全(未使用)】
「Aランクの『身代わりアイテム』ですよ。市場価格なら一億は下らない。これをゴミ扱いとは、影守りの鑑定課も節穴揃いですね」
シン、と工房が静まり返った。
シオリさんは「さすがね」と満足げに頷いているが、源造は口をパクパクさせて固まっている。
「偽装魔法……いや、古の封印加工か。それを一目で見抜いて、解除までしやがったのか……?」
源造は震える手で指輪を受け取ると、職人の目でまじまじと観察し、やがて深いため息をついた。
「……俺の負けだ、坊主。いや、悠真と言ったか」
源造の雰囲気が変わった。
頑固な職人の顔から、認めるべき相手を見る敬意のこもった目に。
「大した『目』だ。俺の工房にあるモン、好きに持ってけ。……と言いたいところだが、お前さん、魔力の使い方がド下手くそだな?」
「うっ……」
痛いところを突かれた。
たった今、指輪の封印を解いただけなのに、全力疾走した後のように息が上がっている。
「Cランク相当のタンク(魔力総量)はあるようだが、蛇口が壊れてやがる。コップ一杯の水を出そうとして、バケツ一杯分を撒き散らしてる状態だ。そんな燃費じゃ、まともな魔法武器は扱えねぇぞ」
さすがは武器職人。俺の欠点を一瞬で見抜いたようだ。まあ、こうなるだろうとは思っていたが。
◆ ◆ ◆
「お前に必要なのは、魔力を使わずに『生き残るための装備』だ」
源造は工房の奥へ行くと、一つの黒いベストを持ってきた。
薄手だが、触れると爬虫類の革のような独特の質感がある。
「『黒竜のインナーベスト』だ。ドラゴンの脱皮した皮を加工して作った試作品だよ」
「ド、ドラゴン!?」
「まあ下級竜クラスだがな。刃物も銃弾も通さねぇし、中級以下の魔法なら無効化する。軽くて服の下に着ても目立たねぇ」
源造はそれを俺に押し付けた。
俺はお礼を言って受け取ろうとしたが——その前に、横から白い手が伸びてきた。
「ちょっと待って。サイズは合ってるの?」
シオリさんだ。
彼女は俺の手からベストを奪い取ると、真剣な顔で俺の胸元に当てがった。
「これ、伸縮性はあるけど、密着させないと効果が半減するわよ。ユウマ君、ちょっと着てみなさい」
「え、ここでですか?」
「当たり前でしょう。源造さんがいるうちに調整しないと」
シオリさんは有無を言わせぬ勢いで、俺が着ていたダウンジャケットのジッパーを下げ、その下のTシャツを捲り上げた。
「ちょ、シオリさん!? 自分でやりますって!」
「じっとしてて。背中側のフィッティングを見るから」
シオリさんは俺の言葉を無視し、強引に俺の背中に回り込むと、ベストをTシャツの下に滑り込ませた。
そして——。
「ひゃっ……!」
俺は変な声が出た。
シオリさんの両手が、俺の服の中に侵入してきたからだ。
冷たい。
氷の魔女と呼ばれる彼女の指先はひんやりとしていて、それが俺の脇腹や背中の素肌に直接触れる。
それだけならまだいい。
問題は、彼女がサイズ確認のために俺の背後から密着していることだ。
彼女が腕を回して俺の腹部の留め具を調整するたびに、背中に「柔らかくて弾力のある何か」がムギュッ、ムギュッと押し当てられる。
(当たってる! めちゃくちゃ当たってるから!)
昨日のコンビニで見た、あの豊満な谷間の感触だ。薄着のTシャツ越しだと、その形や柔らかさがダイレクトに伝わってくる。
「んー、脇がちょっと緩いかしら……」
シオリさんは全く気にしていない様子で、さらにグイグイと体を寄せてくる。
柑橘系のいい匂いが鼻をくすぐり、冷たい指先と温かい肢体のコントラストが、俺の理性をゴリゴリと削っていく。
(勘弁してくれ……! これは拷問か何かか……!?)
「シ、シオリさん! もう大丈夫です! ぴったりです!」
「だめよ。命に関わるのよ? ……よし、これで完璧」
シオリさんは最後に、俺の胸板を服の中からパンパンと叩いて、ようやく手を引き抜いた。
「うん、これなら動きを阻害しないわね」
彼女は涼しい顔で頷いている。
俺は顔を真っ赤にして、乱れた服を整えるのに必死だった。
「……おうおう、熱いねぇ。新婚さんか?」
一部始終を見ていた源造が、ニヤニヤしながら冷やかす。
「「違います! 仕事です!」」
俺とシオリさんの声が重なった。
……この人、本当に無自覚なのか。天然なのか。
どっちにしろ、この護衛任務、魔物に殺される前に、俺の心臓が持たない気がする。厄介事にも程がある。
「とにかく、ありがとな源造さん。大切にするよ」
「おう。メンテナンスはタダでやってやるから、いつでも来な」
こうして俺は、最強の盾役に加えて、最強の防具を手に入れた。
損得で言えば、今日は完全にプラスだ。……これで少しは、死亡率が下がっただろうか。
◆ ◆ ◆
本部からの帰り道。
送迎車の後部座席で、俺はインナーベストの感触を確かめていた。
まだ背中に、あの柔らかい感触が残っている気がする。まったく、困ったものだ。
その時、シオリさんのスマホが鳴った。
彼女は画面を見て表情を引き締め、短く応答する。
「……はい。……ええ。了解しました」
通話を終えたシオリさんが、真剣な眼差しで俺を見た。
「ユウマ君。装備の慣らし運転をする時間はないみたいよ」
「……まさか」
「仕事よ。都内のDランクゲートで、調査隊が行方不明になったわ。至急、捜索に向かう」
俺の「平穏」は、どこにいった。
まあ、こうなるだろうとは思っていたが——厄介事を引き寄せる体質は相変わらずらしい。
俺は大きくため息をつきながら、新品のベストの上から胸を叩いた。
(第8話 完)
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
装備職人・源造との出会い!
悠真の鑑定眼が認められました。
「魔力の使い方がド下手くそ」と言われてしまいましたが……。
そして早速、新しいミッションが!
次回、Dランクゲート探索へ!
少しでも面白い、続きが気になる!
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