第4話「半竜化した男」
【前回までのあらすじ】
異能がバレてS級事件の捜査に協力することになった悠真。
シオリと共に権田を追跡し、廃ビルに追い詰めた。
3階奥に権田とS級相当の脅威がいることを発見。
シオリが強行突破を決断した。
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【12月3日(火) 深夜4時 新宿】
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ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!
風を切る音と共に、シオリが生み出した無数の氷柱が、薄暗い階段を駆け上がっていく。
「ギャッ——」
「ギギッ!?」
断末魔を上げる暇もなかった。
襲い来る異形の鼠たちは、眉間、喉、心臓といった急所を正確に貫かれ、次々と絶命して階段を転がり落ちていく。
俺はその光景を、副隊長の背後から呆然と眺めていた。
凄まじい。
ただの乱れ撃ちじゃない。彼女は俺の忠告通り、建物の壁や柱には傷一つつけず、魔物だけをピンポイントで射抜いているのだ。
◆ ◆ ◆
「……3階に着くわよ。残弾(魔力)は温存したいから、指示を出して」
副隊長が肩で息をしながら、鋭く告げる。
額には薄らと汗が滲んでいた。いくらA級とはいえ、これだけの精密操作を連発すれば精神力の消耗は激しいはずだ。
彼女は髪を払いながら振り返った。
その動きに合わせて、スーツの胸元がふわりと揺れる。
——いや、今はそんなこと見てる場合じゃない。
「了解。……廊下の奥、突き当たりの『305号室』だ」
俺は『鑑定』の視界を凝らし、ドス黒い魔力の奔流を見極める。
「扉の前に罠はない。……けど、中の反応が膨れ上がってる。急いだほうがいい」
「ええ」
副隊長が頷き、俺たちは腐りかけた廊下を走る。
床板がミシミシと悲鳴を上げ、天井からは正体不明の粘液が糸を引いて垂れ下がっていた。
305号室。
かつては消費者金融の事務所か何かだったのだろうか。
鉄製の重厚なドアの隙間から、赤黒い光が漏れ出している。
「開けるわよ」
副隊長はドアノブに手をかざすと、一瞬で凍結させて破壊した。
そして、流れるような動作で室内へと踏み込む。
「影守りだ! 抵抗をやめ——っ!?」
副隊長の警告は、途中で凍りついた。
俺もまた、彼女の背中越しにその光景を見て、言葉を失った。
そこは、地獄の釜の底だった。
◆ ◆ ◆
部屋中の家具は弾け飛び、壁も床も、脈打つような血管状の組織に覆われている。
そして部屋の中央。
かつて権田だったモノが、そこにいた。
「あ……あぁ……、すげぇ……力が……」
権田は、部屋の真ん中で膝をつき、両手で『黒い石』を大事そうに捧げ持っていた。
だが、その姿は異様だった。
石を持った腕から、漆黒の鱗が皮膚を突き破って増殖し、肩へ、首へと侵食しているのだ。
右目は赤く充血し、瞳孔が爬虫類のように縦に裂けている。
口からは涎と共に、黒い霧のような瘴気が吐き出されていた。
「け、警察か……? 渡さねぇ……これは俺のもんだ……」
権田がギロリと俺たちを睨む。
その瞬間、俺の視界に禍々しい赤のウィンドウが炸裂した。
【緊急警報:高脅威対象検知】
【対象:眼前・距離3m】
【脅威レベル:B+(上昇中)】
【状態:深淵の王の呪い / 半竜化(Dragonoid)】
ドクンッ!!
心臓が跳ね上がる。
同時に、対象への詳細鑑定が自動で発動した。
【氏名:権田(侵食率:78%)】
【状態:深淵の王の呪い / 半竜化(Dragonoid)】
【脅威度:B+(上昇中)】
【思考(表層):殺戮衝動 / 独占欲】
【弱点:侵食核となっている右腕の切断】
「……マズい! 副隊長、あいつもう人間じゃねえ!」
俺は叫んだ。
「手に持ってる『逆鱗の欠片』に乗っ取られてる! あと少しで完全に自我が消えて、化け物になるぞ!」
「ッ! 確保は不可能と判断、排除する!」
副隊長が即断し、右手を突き出す。
瞬時に生成された氷の槍が、権田の腕を狙って射出された。
だが。
「俺の……宝だァアアアッ!!」
権田が獣のような咆哮を上げた。
すると、彼を覆う黒い瘴気が爆発的に膨れ上がり、副隊長の氷槍を空中で粉砕したのだ。
パァアンッ!
砕け散った氷の破片が、ダイヤモンドダストのように舞う。
「なっ……私の氷を、障壁だけで!?」
副隊長が驚愕に目を見開く。
A級異能者の攻撃を、たかがブローカー風情が防げるはずがない。あれは『逆鱗の欠片』そのものが持つ魔力による自動防御だ。
◆ ◆ ◆
「殺す……俺の宝を奪う奴は、殺すッ!!」
権田の背中から、影でできた翼のようなものが噴き出した。
彼は人間離れした跳躍力で床を蹴り、副隊長に向かって突っ込んでくる。
速い。
しかも、その腕にはコンクリートすら粉砕しそうな魔力が圧縮されている。
俺の視界に警告が激しく点滅する。
【緊急警報:攻撃接近】
【回避推奨】
「くっ!」
副隊長は咄嗟に目の前に分厚い氷の壁を展開した。
ドガァアアンッ!!
凄まじい衝撃音が響き、氷壁に亀裂が走る。
その余波で、部屋全体が大きく揺れた。
天井からパラパラと粉塵が落ちてくる。
「っ……!」
俺は悲鳴を上げそうになった。
建物の耐久度は限界なんだ。こんな怪獣大決戦を室内でやられたら、俺たちは瓦礫の下敷きになって死ぬ。
「副隊長! 正面からやり合うな! 建物が保たない!」
「分かってるわよ! でも、あんなデタラメな出力、どう抑えろって言うの!?」
副隊長が珍しく焦りの声を上げた。
彼女の氷結魔法は強力だが、相手を無力化するには火力が要る。だが火力を出せば建物が崩壊する。完全に詰み(チェックメイト)だ。
権田が二撃目を振り上げる。
副隊長が防戦一方になれば、いずれ押し切られる。
どうする。
俺に何ができる?
俺はただの鑑定士だ。戦う力なんてない。
——いや。
戦う力はないが、『見る』力はある。
◆ ◆ ◆
俺は必死に目を凝らし、暴れ狂う権田の姿をスキャンした。
情報の奔流が脳を焼くような痛みを伴って流れ込んでくる。
見ろ。探せ。
あの無敵に見える瘴気の鎧にも、必ず『穴』があるはずだ。
魔力の流れ。筋肉の動き。侵食のパターン。
全てを情報として処理しろ。
……見えた。
権田の右腕。鱗に覆われたその肘の関節部分。
そこだけ、魔力の巡りが薄い一点がある。
かつて古傷でもあったのか、あるいは侵食のズレか。
「……副隊長!」
俺は叫んだ。
「右肘だ! 奴の右肘の内側、数センチだけ防御が薄い!」
「えっ?」
「そこを狙えば腕ごともげる! 一点集中で撃ち抜いてくれ!」
一瞬の躊躇。
だが、副隊長は俺の言葉を信じた。
「……信じるわよ、鑑定士!」
副隊長は防御壁を解除し、身を低くして権田の懐へと滑り込んだ。
捨て身のカウンター。
権田の爪が彼女の髪を裂くよりも速く、副隊長の指先が権田の右肘に突き立てられる。
「——穿て(ピアス)!」
ズドンッ!!
極限まで圧縮された氷の弾丸が、ゼロ距離で放たれた。
それは権田の魔力障壁の隙間を縫うように通り抜け、脆弱な関節を内部から破裂させた。
「ギャアアアアアッ!?」
ドサリ、と重い音が響く。
肘から先を切断された権田の右腕が、黒い石を握りしめたまま床に落ちたのだ。
本体から切り離された瞬間、『逆鱗の欠片』の輝きが失われる。
同時に、権田の体を覆っていた鱗や瘴気が、行き場を失って霧散していった。
◆ ◆ ◆
「あ……が……、ぁ……」
権田は白目を剥き、泥人形のようにその場に崩れ落ちた。
切断面からはどす黒い血が溢れ、全身が小刻みに痙攣している。
俺はおそるおそる近づき、彼を『鑑定』した。
【氏名:権田】
【状態:昏睡(重体) / 精神汚染(重度)】
【備考:侵食は停止したが、脳細胞の30%に不可逆的な損傷あり】
「……なんてザマだ」
俺は顔をしかめた。
「息はありますが、ボロボロだ。……肉体の変異は腕を落として止まりましたが、脳へのバックラッシュが酷すぎる。助かっても、もうまともな意識は戻らないかもしれない」
「……そう。それでも、サンプルとして生きて回収できるだけマシよ」
副隊長は冷徹に言い放ちながらも、その表情には僅かな痛ましさが浮かんでいた。
彼女は乱れた髪を払い、床に転がる切断された右腕——そこにある『黒い石』を見下ろして、小さく息を吐いた。
その拍子に、汗で張り付いたシャツの胸元が強調される。
戦闘の激しさを物語るように、スーツのボタンが一つ外れていた。
隙間から覗く白い肌と、押し上げられた豊満な曲線——
——いや、今はそんなこと見てる場合じゃない。何回目だ俺。
「本当に、見えているのね」
彼女は振り返り、へたり込んでいる俺を見た。
その瞳には、先ほどまでの冷徹な評価者としての色ではなく、確かな信頼と、少しの畏怖が混じっていた。
「ナイスアシストよ、鑑定士君。あなたの指示がなければ、私も危なかったわ」
「……どうも。追加手当、ガッツリ期待してますよ」
俺が震える声で軽口を返した、その時だった。
◆ ◆ ◆
ゴゴゴゴゴ……。
不気味な地響きが、足元から伝わってきた。
いや、建物が崩れる音じゃない。
これはもっと、底知れない場所から響いてくる——
「なんだ……?」
俺は床に落ちている『黒い石』を見た。
権田から離れたはずの石が、再び明滅を始めている。
その瞬間、俺の視界に最悪の警告が浮かび上がった。
【緊急警報:異常事態発生】
【対象:深淵の王の逆鱗(欠片)】
【状態:共鳴反応を検知】
【リンク先:新宿大深度地下迷宮・第99層『王の間』】
【警告:ゲート・リンク構築中——退避を推奨】
「……嘘だろ」
俺の呟きに、副隊長が緊張した面持ちで問う。
「何? 何が見えているの?」
「逃げましょう、全力で」
俺は立ち上がり、副隊長の手首を掴んだ。
「この石、ただの素材じゃない。『端末』だ」
「端末?」
「本体……第99層にいる『深淵の王』が、この石を通してこっち側(地上)を見つけてしまった」
次の瞬間。
黒い石を中心に空間がねじれ、小さな、しかし決定的な『穴』が開いた。
そこから覗いていたのは——巨大な金色の眼球だった。
(第4話 完)
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
権田、半竜化!
そして黒い石から覗く、巨大な金色の眼球……。
第99層の『深淵の王』が、悠真を見つけてしまった!?
次回、運命の邂逅——。
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