第19話「聖女護衛任務」
【前回のあらすじ】
ウロボロスの追手を撃退した翌日、影守り本部で報告を終えた悠真とシオリ。
カフェで「私たちの老後資金」発言が飛び出し、シオリは大照れ。
そんな中、新たな任務が舞い込む——「聖女が行方不明」。護衛任務の始まりだった。
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【12月11日(水) 夕方6時 影守り本部・局長室】
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「——聖女が、行方不明?」
俺は局長の言葉に、思わず聞き返した。
「ああ。今朝から連絡が取れなくなっているそうだ」
天城局長が渋い顔で腕を組む。
隣に立つシオリさんも、眉をひそめている。
「教団からの正式依頼だ。聖女の捜索および護衛。……お前たちに任せる」
「俺たちに?」
「聖女様は、どうやらお前を気に入っているらしいからな」
局長がニヤリと笑った。
「『あの店員さんに会いたいですぅ』と、何度も言っていたそうだ」
「……はぁ」
俺は深くため息をついた。
たった二度会っただけなのに、随分と懐かれたものだ。
「報酬は教団持ちだ。悪い話じゃないだろう?」
「まあ、そうですけど……」
俺は渋々頷いた。
聖女護衛。
正直、面倒事の匂いしかしない。
だが、報酬が出るなら仕方ない。
◆ ◆ ◆
局長室を出て、廊下を歩きながらシオリさんが口を開いた。
「心当たり、ある?」
「ないですね。マリアさんは気まぐれっぽいですし、どこにいてもおかしくない」
今日の彼女は、いつものパンツスーツ姿だ。
歩くたびに、ジャケットの下で何か大きなものが揺れているのが分かる。
着痩せするタイプだが、確かにそこにある。
俺は視線を逸らしながら、ふと思い出した。
「……あ、待ってください」
「どうしたの?」
「心当たり、あるかもしれません」
俺はポケットから小さなコインを取り出した。
青白く光る、五百円玉ほどの結晶だ。
以前、スカベンジャーから安く買ったダンジョンアイテム。ペアで1セットになっていて、片方を持っていれば、もう片方の位置が分かるという代物だ。
暇つぶしに色を塗って遊んでいたら、片方が妙に可愛いタルト券っぽくなってしまった。
で、コンビニに来た聖女様に「また来てくださいね」と軽いノリで渡したのだ。
……まさか、こんな形で役に立つとは。
俺はコインを握りしめ、意識を集中した。
瞬間——脳裏に、地図のようなイメージが浮かび上がる。
赤い点が、ある場所を指し示していた。
「……秋葉原。ネットカフェ『サイバー・ダンジョン』305号室」
「は? なんで分かるの?」
「以前、聖女様にタルト引換券を渡したんですけど……元はこれとペアのダンジョンアイテムで」
シオリさんの目が、すぅっと細くなった。
「……あなた、自分がやってること、分かってる?」
「え?」
「女の子に追跡アイテムを渡して、居場所を把握できるようにした。——それ、ストーキングよ」
「いや、そんなつもりは……」
「つもりがなくても、やってることは同じ。下手したら逮捕案件よ?」
シオリさんの声が氷点下に下がった。
俺は冷や汗をかいた。
確かに、言われてみればそうだ。好意を持った女性に追跡アイテムを渡すなんて、完全に変質者の所業である。
「あ……いや、その、本当にただの引換券のつもりで……」
「言い訳は聞かないわ」
シオリさんがスッと手を差し出した。
「見つけ次第、そのアイテムは没収。マリアのも、あなたのも。いいわね?」
「……はい」
俺は項垂れながら頷いた。
正論すぎて、何も言い返せない。
「まったく……」
シオリさんがため息をつく。
だが、その頬がわずかに赤く染まっているのを、俺は見逃さなかった。
「……他の女の子には、渡してないでしょうね?」
「渡してませんよ! あれ一つしかないですし!」
「ならいいけど」
シオリさんはそっぽを向いた。
……なんか、怒ってるポイントがズレてる気がする。
◆ ◆ ◆
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【12月11日(水) 夜7時 秋葉原】
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電気街、秋葉原。
無数のネオンと萌えアニメの看板が輝くこの街に、俺たちは降り立った。
俺はスマホの地図を確認しながら歩いた。
コインが示した住所は、駅から少し離れた雑居ビルの一角だ。
「場所は特定できました。あのビルです」
「インターネットカフェ……?」
「個室があって、ドリンク飲み放題で、ネットも使い放題。家出人が身を隠すには最適の場所ですよ」
俺たちは埃っぽいエレベーターに乗り込み、六階の『サイバー・ダンジョン』という店へ向かった。
受付のバイト店員が、シオリさんの美貌を見てギョッとしている隙に、俺は慣れた手つきで会員証を提示し、ブースエリアへと入り込む。
薄暗い廊下には、カップラーメンの匂いと、PCの排熱の匂いが充満している。
俺は鑑定の反応が最大になる場所で足を止めた。
ブース番号『305』。
「……ここですね」
シオリさんが俺に目配せをする。
「開けるわよ。確保して」
「了解です。……失礼します」
俺はスライドドアを開け放った。
「——ふぁ?」
狭い個室の中から、間の抜けた可愛らしい声が聞こえた。
そこにいたのは、テレビで見ない日はない、日本でただ一人の『聖女』にして国民的アイドル——神宮寺マリア、その人だった。
だが、その姿はテレビの向こうの彼女とはかけ離れていた。
ブカブカの赤いジャージを着て、フードをすっぽりと被っている。
リクライニングシートの上でぺたん座りをし、左手にはポテトチップス、右手にはゲーミングマウス。
ジャージの前が大きく開いており、そこからはち切れんばかりの豊満な胸元が「I ♡ AKIBA」とプリントされたTシャツを押し上げているのが見て取れる。
周囲には、スイーツの空き箱が山積みになっていた。
「あ、あれぇ……?」
少女がのんびりと振り返るだけで、その巨大な双丘がたぷん、と重たげに揺れた。
その圧倒的な存在感に、俺の視線が吸い寄せられる。
——その瞬間。
俺の『鑑定』スキルが、勝手に発動した。
【対象:神宮寺マリア】
【職業:聖女(日本教会本部所属)】
【状態:堕落(Depraved)、糖質・脂質過多】
【スリーサイズ:B99(I)/W57/H89】
【現在思考:このポテチの塩加減、神……!】
(……うわ、見ちゃいけないものまで見ちゃった)
俺は慌てて視線を逸らした。
「あなた、この前のコンビニの店員さん……ですよねぇ?」
聖女様は俺の顔を見ると、ポテトチップスを持ったまま立ち上がり、よろめくように距離を詰めてきた。
「え、ちょ、聖女様?」
「やっぱりそうですぅ! タルト券くれた店員さん!」
彼女は嬉しそうに俺の腕をガシッと掴むと、覗き込むように顔を近づけてきた。
近い。あまりにも近すぎる。
彼女が動くたびに、先ほど数値で見てしまった「Iカップ」の信じられないほど柔らかな感触が、二の腕にむにゅりと押し付けられる。
甘いお菓子の匂いと、彼女自身のフローラルな香りが鼻腔をくすぐった。
(……柔らかい。というか、重い。これがIカップの質量か……)
「あの、近いですよ聖女様……!」
「ふぇ? そうですかぁ?」
彼女はキョトンとして、さらに身を乗り出してくる。
たわわに実った果実が、重力に従って形を変えながら、俺の腕を圧迫した。
「——マリア。殿方との距離が近すぎるわよ」
背後から、氷点下の声が響いた。
シオリさんが冷ややかな眼差しで聖女様を見下ろしている。
「ふぇぇ……ご、ごめんなさいぃ……」
聖女様はシュンとして、名残惜しそうに俺から離れた。
助かった。このままでは俺の理性が崩壊するところだった。
だが、俺は心の中で盛大にツッコまざるを得なかった。
(……シオリさん、あなたもですよ)
出会ってから何度も、平気な顔で腕を組んでその豊満な胸を押し付けてくる「氷の魔女」の姿が脳裏をよぎる。
どうやらこの世界の実力者たちは、揃いも揃ってパーソナルスペースの概念が欠落しているらしい。
◆ ◆ ◆
「……で、こんな場所で何をしているの?」
シオリさんが話題を戻すと、聖女様は「ふぇっ!?」と驚き、慌ててマウスを投げ出した。
その拍子に、ジャージに収まりきらない果実が大きく波打ち、視覚的な暴力となって俺の目に飛び込んでくる。
「ま、魔女のおばさんが来たってことは……連れ戻されちゃうってことですよねぇ?」
「おばさん言うな」
シオリさんの声が氷点下を突破した。
「や、やだなぁ。私、もっと遊びたいんですけどぉ……」
「問答無用です。あなたを連れ戻さないと、俺たちの任務が終わらないんですよ」
俺が一歩踏み出すと、聖女様は「むぅ」と頬を膨らませた。
「帰りたくないですぅ! 枢機卿のおじさま、お説教が長いんですもん! ……えいっ!」
彼女がふわりと立ち上がった瞬間、その体が一瞬でブレた。
狭いブースの壁を蹴り、俺の頭上を軽やかに飛び越えていく。
おっとりした言動とは裏腹に、その動きは達人のそれだ。
「あ、逃げた! 待ってください!」
「ごめんあそばせ~♪」
聖女様はふわりと着地すると、その衝撃で胸をボヨンと弾ませ、脱兎のごとく廊下を駆け抜けていった。
走るたびに、豊かな胸がたぷんたぷんと左右に暴れ回り、まるで生き物のようにジャージを突き上げている。
「ユウマ君! 追って!」
「シオリさんは!?」
「このヒールじゃ走れないわよ! 先に行きなさい!」
「了解です!」
俺は全速力で追いかけた。
聖女様は非常階段を駆け下り、ビルの裏口から路地裏へと飛び出す。
俺も続いて路地へ出ると、彼女は行き止まりの壁の前で立ち止まっていた。
荒い息をするたびに、その胸が大きく上下し、圧倒的な存在感を放っている。
「はぁ、はぁ……追いつきましたよ、聖女様」
「むぅ……しつこい男性は嫌われますよぉ?」
彼女が困ったように眉を下げた、その時だ。
俺の『緊急警報』が発動した。
(……なんだ? この不快な魔力の揺らぎは)
聖女様の足元。マンホールの蓋が、ガタガタと不自然に震えている。
「聖女様! そこから離れてください!」
「ふぇ?」
ドォォォン!!
マンホールが内側から跳ね飛ばされた。
飛び出してきたのは、コールタールのような黒い汚物を全身に纏った、異形の獣だった。
「きゃあぁぁっ!?」
聖女様が悲鳴を上げて尻餅をつく。
その衝撃で、巨大な果実がブルンッ!! と凄まじい質量を持って揺れ動いた。
◆ ◆ ◆
俺は咄嗟に鑑定を発動した。
【対象:汚染変異種】
【元種:ドブネズミ】
【原因:ダンジョン産業廃棄物による突然変異】
【ランク:D(ただし狂暴化中)】
【弱点:頭部中央】
【状態:聖女の芳醇な魔力に興奮中】
聖女の持つ純度の高い魔力に引き寄せられたのか、黒い怪物はぎらりと赤い目を光らせて彼女に覆いかぶさろうとした。
「た、食べられちゃいますぅ~!」
刹那。
俺の体は思考よりも早く動いていた。
路地裏に落ちていた錆びた鉄パイプを、走り抜けざまに拾い上げる。
怪物が爪を振り上げた瞬間、俺は泥臭く地面を転がりながら、弱点めがけて鉄パイプを叩きつけた。
「オラッ! 離れろ化け物ッ!!」
ドゴォッ!
鈍い音が響き、急所を直撃する。
怪物の巨体がゴロリと吹き飛んだ。
「はぁ、はぁ……!」
だが、怪物は「ギィィ!」と耳障りな声を上げて起き上がった。
浅かったか。
汚物にまみれた尻尾が、鞭のようにしなり、俺に向かって振り下ろされる。
避けられない——そう覚悟した瞬間。
「——『雪兎』!」
俺が名前を呼ぶと同時に、足元の「影」から白い塊が勢いよく飛び出した。
シオリさんの式神、『雪兎』だ。
万が一のためにと、俺の影に潜ませてもらっていて正解だった。
ドォォン!
雪兎は怪物の顔面に強烈な体当たりを見舞い、猛烈な冷気が奔流となって怪物を包み込む。
「ギィィィ……!」
断末魔と共に、怪物は一瞬にして凍りつき、醜悪な氷の彫像へと変えられた。
「……はぁ、はぁ。助かった……」
俺はその場にへたり込んだ。
◆ ◆ ◆
だが、まだ終わってはいなかった。
怪物が這い出してきたマンホールの穴から、どす黒い汚水が溢れ出し始めていたのだ。
「うぅ……く、臭いですぅ」
聖女様が鼻をつまみながらマンホールへ近づいていく。
歩くたびに、胸元の質量がふわりふわりと揺れている。
彼女はためらうことなく、汚水に向かって手をかざした。
「ゲームに集中できないので、消しちゃいますね。……『聖なる浄化』」
可愛らしい声と共に、眩いばかりの黄金の光が溢れ出した。
魔力を放出した瞬間、その反動で聖女様の豊満なバストがぶるんっ! と大きく震え、その聖なる輝きと共に神々しいまでの存在感を見せつけた。
光はマンホールから溢れる汚物を一瞬にして蒸発させ、あたりに漂う瘴気をきれいに消し去っていく。
俺はその間に、凍りついた怪物の死骸に近づいた。
氷の表面に付着した黒い汚れ——あれが気になる。
『鑑定』を発動。
【名称:ダンジョン産業廃棄物(C級指定汚染物質)】
【危険度:中~高】
【発生源:ダンジョン浄化事業における不法投棄】
【備考:本来は専門業者による厳重処理が必要。一般下水への流出は重大な法令違反】
「……やっぱりか」
俺は眉をひそめた。
ダンジョンから発生する廃棄物は、専門の処理業者が厳重に管理するルールになっている。
それがなぜ、秋葉原の下水道に流れ込んでいたのか。
誰かが不法投棄したか、処理業者が手抜きをしているか——いずれにせよ、まともな話じゃない。
俺はポケットからビニール袋を取り出し、汚染物質のサンプルを採取した。
「シオリさんへの報告案件ですね。……証拠は確保しました」
これは後で影守りに提出しよう。
誰がこんな杜撰な処理をしているのか、調査が必要だ。
「ふふん、どうですかぁ? マリアだってやるときはやるんですぅ」
聖女様は腰に手を当ててドヤ顔をした。
張った胸がぷるんと弾む。
だが、すぐに「むぅ」と頬を膨らませた。
「でもやっぱり帰りたくないですぅ。せっかくいい気分で敵も倒したんですから、ご褒美に朝までゲームさせてくださいぃ」
……前言撤回。やっぱり中身はポンコツだ。
俺は懐から切り札を取り出した。
「……分かりました。帰りたくないなら仕方ありません」
「ほ、本当ですかぁ?」
「ええ。ですが、この『チケット』も無効になりますね」
俺はヒラヒラと、あの「タルト引換券」——追跡の欠片を加工したやつ——の控えを見せつけた。
「そ、それは……タルト券の控え……!」
「残念だなぁ。これがあれば、帰ったら『有名パティシエ監修・季節の最高級フルーツタルト』と交換できたのに。しかも特典として、とろけるプリンも3個お付けする予定だったんですが」
「ぷ、プリン3個ぉ!?」
聖女様がゴクリと喉を鳴らした。
彼女の脳内で、「自由なゲーム時間」と「極上スイーツ」が天秤にかけられているのが分かる。
「……帰ったら、本当にもらえますかぁ?」
「ええ、約束しますよ」
俺は精一杯の営業スマイルを作った。
聖女様はとろけるような笑顔になり——
「帰りますぅ! タルト食べて、プリン食べて、それからお説教聞きますぅ!」
彼女は喜びのあまり、俺の腕にぎゅっと抱き着いてきた。
むにゅん。
豊満な果実が押し潰される感触がダイレクトに伝わる。
Iカップの質量が、俺の腕を包み込んでいた。
柔らかい。温かい。そして重い。
(……これは事故だ。断じて故意ではない)
「ちょ、聖女様!? 当たってます!」
「へ? 何がですかぁ?」
「はぁ……」
追いついてきたシオリさんが、氷点下の目で俺たちを見下ろした。
「どうやらマリアには、後で『距離感』についてのお説教も追加する必要がありそうね」
「おばさん怖いですぅ……」
「おばさん言うなっ!」
俺は心の中で(あなたもですよ……)とツッコミながら、二人に挟まれて溜息をついた。
◆ ◆ ◆
俺たちは聖女様を保護し、大通りでタクシーを拾った。
「さて、次は枢機卿への報告ね」
シオリさんがスマホを操作しながら言う。
「明日、銀座で黒田枢機卿との会談がセッティングされているわ。聖女様の件と……あなたの呪印の件、両方話し合う予定よ」
「黒田枢機卿……」
俺は窓の外を見ながら呟いた。
バチカンへの道が、また一歩近づいている。
だが——
タクシーの後部座席は、この世の楽園であり、地獄だった。
「ん~……タルトぉ、プリン~……」
俺の右腕には、聖女様がしがみついている。
糖分への渇望からか、彼女はうわ言のようにスイーツの名を呟きながら、俺の二の腕にIカップを押し付けていた。
左側では、シオリさんが足を組み、俺の肩に寄りかかっている。
着痩せするGカップが、肩にむにゅりと当たっていた。
(……勘弁してくれ……)
右からは無自覚な天然聖女の爆乳プレス。
左からは距離感の壊れたクール上司の隠れ巨乳アタック。
俺のHPはもうゼロよ。
「……あの、お二人とも。少し離れていただけませんか」
「えぇ~? だって揺れると怖いじゃないですかぁ」
「あら、私は普通に座っているだけよ?」
二人とも離れる気配はない。
どうやらこの世界のハイスペック美女たちは、揃いも揃ってパーソナルスペースという概念を母親の胎内に置いてきたらしい。
……時給、ガッツリ期待していいんですよね?
(第19話 完)
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
タルト券の正体が判明しました。
まさかの追跡アイテム……悠真、何を加工してるんだ。
次回「銀座の対決」
黒田枢機卿との会談。悠真の鑑定眼が不正を暴く!
少しでも面白い、続きが気になる!
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