第17話「ウロボロスの影」
【前回のあらすじ】
聖遺物「女神の涙」の情報を求めて、六本木の闇バー「煉獄」へ。
闇ブローカー・御子柴が持ち出した「女神の涙の欠片」は、悠真の鑑定で偽物と判明。
店の商品が9割偽物であることを暴き、情報提供を約束させた悠真だったが——
面子を潰された御子柴は、裏社会の組織に通報。追手が迫る——
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【12月10日(火) 深夜1時半 首都高・都心環状線】
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エンジンが悲鳴を上げている。
シオリさんの黒いセダンは、首都高を矢のように疾走していた。
深夜の首都高は比較的空いているが、それでも時速一五〇キロを超える速度で車線を縫うのは正気の沙汰じゃない。
「ちょ、シオリさん! 速い! 速すぎる!!」
「うるさいわね! 追手を振り切るにはこれくらい必要よ!」
バックミラーには、依然として三つのヘッドライトが映っている。
どれだけ加速しても、距離が縮まらない。だが、離れもしない。
——こいつら、ただ者じゃない。
俺は後部座席に身を乗り出し、追手の車を『鑑定』した。
青白いウィンドウが展開される。
【名称:魔導強化車両】
【ランク:B】
【特殊装備:魔力エンジン(通常の3倍出力)/ 追尾システム / 結界発生装置】
【所属:ウロボロス・東京支部】
「ウロボロス……!」
俺は思わず声を上げた。
「知ってるの?」
「裏社会の最大勢力です。闇ギルド、密輸、暗殺——何でもやる犯罪組織」
コンビニ時代に耳にした噂だ。関わったら最後、生きては帰れないと。
「御子柴のやつ、そんなところに繋がってたのか……」
「厄介ね。……でも、振り切れないわけじゃないわ」
シオリさんがハンドルを切り、レインボーブリッジ方面へ進路を変える。
その瞬間——
ドォンッ!!
後方から、火球が飛んできた。
「魔法攻撃!?」
「伏せて!」
シオリさんが片手をかざすと、車体の後部に氷の障壁が展開された。
火球が障壁に激突し、蒸気が爆発的に広がる。
視界が白く染まった。
◆ ◆ ◆
「くっ……!」
シオリさんが舌打ちする。
「運転しながらの防御は限界があるわ。……ユウマ君、あいつらの情報をもっと頂戴」
「了解です」
俺は目を凝らし、追手の車両を詳細に鑑定した。
【車両①:先頭】
【乗員:2名(運転手+魔導士)】
【魔導士ランク:C】
【使用魔法:火炎系】
【弱点:魔力タンクが車体後部に露出】
【車両②:左後方】
【乗員:2名】
【魔導士ランク:C】
【使用魔法:風刃系】
【特記:結界維持を担当。こいつを倒せば隔離空間が解除される】
【車両③:右後方】
【乗員:3名】
【魔導士ランク:B×1、D×2】
【使用魔法:雷撃系】
【警告:B級魔導士は要注意】
「三台とも魔導強化車両! 乗員は合計七名、魔導士が四人!」
「ランクは!?」
「C級が三人、B級が一人! 一番やばいのは右後方の車です!」
シオリさんの目が鋭く光る。
「B級が最高? ……舐められたものね」
その声には、怒りと——どこか余裕の響きがあった。
そりゃA級の彼女からすれば、B級なんて格下だろうけど。
いや、今そんな余裕ある?
◆ ◆ ◆
ヒュンッ!!
風の刃が車体を掠める。
サイドミラーが吹き飛び、ガラスの破片が宙を舞った。
「きゃっ!」
シオリさんが小さく悲鳴を上げる。
その拍子に、ハンドルが一瞬ブレた。
俺は咄嗟にハンドルを掴み、軌道を修正する。
「大丈夫ですか!?」
「ええ……ありがとう」
シオリさんが俺を見た。その頬に、小さな切り傷ができている。
ガラスの破片で切れたのだろう。
赤い血が、白い肌を伝って流れ落ちる。
——許さない。
俺の中で、何かがカチンと音を立てた。
「シオリさん、作戦があります」
「言って」
「左後方の車——あいつが結界を維持してます。あいつを潰せば、隔離空間が解除されて一般車両が戻ってくる」
「それで?」
「そうなれば、連中も派手な魔法は使えなくなる。一般人を巻き込めば、影守りどころか警察まで動く」
シオリさんが一瞬考え込み、頷いた。
「いい判断ね。……でも、どうやって潰すの? 私は運転で手一杯よ」
「俺がやります」
「はぁ?」
シオリさんが目を丸くする。
「あなた、戦闘能力ゼロでしょ?」
「戦闘はしません。……『鑑定』で弱点を突くんです」
俺は後部座席に手を伸ばし、さっき御子柴の店から持ち出した——いや、『証拠品として押収した』ガラクタの山を漁った。
その中に、一つだけ本物があったのだ。
【名称:反魔の石】
【ランク:C】
【効果:魔力を一時的に無効化する。半径5m、持続時間10秒】
【備考:御子柴が偽物だと思い込んでいた本物】
あの店で唯一の『当たり』だ。
御子柴は自分の店の商品を正しく鑑定できていなかった。だから俺がこっそりポケットに入れておいた。
……まあ、窃盗だが。命がかかってるので許してほしい。
「これを結界維持してる車にぶつけます。魔力が無効化されれば、結界も消える」
「……本気?」
「本気です。窓開けてください」
シオリさんは一瞬躊躇したが、やがて助手席の窓を開けた。
夜風が轟音と共に車内に吹き込む。
俺は窓から身を乗り出し、左後方の車を睨んだ。
距離は約三十メートル。時速一五〇キロで並走しながらの投擲。
普通なら不可能だ。
だが——
俺には『目』がある。
◆ ◆ ◆
俺は石を握りしめ、集中した。
『鑑定』を極限まで研ぎ澄ます。
風の流れ。車の速度。相手の軌道。
すべてが、青白いデータとなって視界に浮かび上がる。
【風速:12m/s(右から左)】
【相対速度:時速8km(こちらが優位)】
【目標車両の予測位置:0.3秒後に現在地点から左へ2m移動】
【最適投擲角度:右斜め上方42度】
【推奨リリースタイミング:0.7秒後】
世界がスローモーションになる。
俺は息を止め——
投げた。
◆ ◆ ◆
石が夜空を切り裂く。
風に煽られながらも、まるで導かれるように——
左後方の車のフロントガラスに、直撃した。
パリィィンッ!!
ガラスが砕け散る。
同時に、石から青白い光が爆発的に広がった。
「な、なんだこれ——ッ!?」
車内から悲鳴が聞こえる。
反魔の石が起動したのだ。
半径五メートルの魔力無効化。
それは——結界維持の魔法も例外ではない。
◆ ◆ ◆
バチィッ!!
空間が歪み、景色がぐにゃりと揺れた。
次の瞬間——
周囲に、一般車両が『戻ってきた』。
トラック、タクシー、乗用車。
深夜とはいえ、首都高には一定の交通量がある。
今まで隔離空間に隠されていたそれらが、突然俺たちの周囲に出現したのだ。
「結界が解けた……!」
「今よ!」
シオリさんがハンドルを切る。
俺たちの車は、大型トラックの陰に滑り込んだ。
追手の視界から消える。
◆ ◆ ◆
後方で、悲鳴とクラクションが響いた。
結界が解けたことで、追手の車両は突然現れた一般車両を避けきれなかったのだろう。
派手な衝突音。
爆発音。
バックミラーには、炎上する車両が映っていた。
「……やったのか?」
「ええ。三台とも自滅したわ」
シオリさんが深く息を吐く。
俺もシートに沈み込み、全身の力が抜けるのを感じた。
心臓がまだバクバクと暴れている。
「……あなた、本当に何者なの」
シオリさんが呆れたように俺を見た。
「時速一五〇キロで走る車から、三十メートル先の標的に石を当てるなんて……。イチローでも無理よ」
「鑑定で軌道計算しただけですよ。……まあ、ぶっつけ本番でしたけど」
「それを平然とやるのがおかしいって言ってるの」
シオリさんがため息をつく。
だが、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。
◆ ◆ ◆
数分後。
俺たちは芝浦パーキングエリアに車を滑り込ませた。
エンジンを切ると、静寂が戻る。
「……はぁ」
シオリさんがハンドルに突っ伏して、大きな息を吐いた。
「本当に、あなたといると寿命が縮むわ」
「お互い様ですよ」
俺は自販機で買ってきた缶コーヒーを、彼女の頬にピタッと押し当てた。
「冷たっ!」
「傷、冷やしてください。あとで絆創膏貼りましょう」
シオリさんは少し驚いた顔をしたが、やがてふっと笑った。
「……優しいのね、あなた」
「コンビニ店員ですから。お客様への気配りは基本です」
「私、お客様じゃないんだけど」
「まあ、広義の意味で」
俺は自分のコーヒーを開け、一口飲んだ。
苦い。だが、生きている実感がする。
夜景が綺麗だった。
レインボーブリッジの光が、東京湾に反射してキラキラと輝いている。
さっきまで命がけのカーチェイスをしていたとは思えない、穏やかな光景だ。
「……これで、御子柴の追手は片付いたわね」
シオリさんが缶コーヒーを開けながら言う。
「今の部隊は御子柴が私的に雇った連中だったようね。全滅したとなれば、ウロボロス本部も状況を把握するまで迂闊には動けないはず」
「じゃあ、しばらくは安全ってことですか」
「たぶんね。……でも」
シオリさんが俺を見た。
その瞳には、複雑な感情が渦巻いていた。
「今夜のことで、あなたは完全に『裏社会』に足を踏み入れたわ。ウロボロスに顔を覚えられた可能性もある」
「……ですね」
俺は夜景を見つめながら、静かに頷いた。
もう、『ただのコンビニ店員』には戻れない。
闇ブローカーを脅し、犯罪組織の追手を返り討ちにした。
俺は完全に、グレーゾーンの住人になってしまった。
「後悔してる?」
シオリさんが静かに問いかける。
俺は少し考えて——首を横に振った。
「いいえ。……俺は、生き残るためにここにいます」
呪印を解くため。
平穏な日常を取り戻すため。
そのためなら、多少の泥は被る覚悟がある。
「それに——」
俺はシオリさんを見た。
「一人じゃないですからね。心強い『共犯者』がいますから」
シオリさんは一瞬きょとんとして——やがて、夜景に負けないくらい綺麗な笑顔を見せた。
「……そうね。私たちは『共犯者』だものね」
彼女は自分の缶コーヒーを、俺の缶にカチンとぶつけた。
「乾杯しましょう。私たちの生還と——これからの『茨の道』に」
「乾杯。……お手柔らかに頼みますよ、相棒」
安っぽい缶コーヒーの音が、夜のパーキングエリアに響いた。
こうして、俺たちは御子柴の報復を切り抜けた。
だが、これはまだ序章に過ぎない。
次なる戦いが、すぐそこまで迫っていることを——この時の俺たちは、まだ知らなかった。
(第17話 完)
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
時速150キロで石を投げて命中させる鑑定士。
もはや何でもありですね……。
次回「共犯者」
嵐の後の静けさ。二人の絆が深まります。
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