第16話「強欲の御子柴」
【前回のあらすじ】
奥多摩ダンジョンで隠し部屋を発見した悠真とシオリ。
蒼薔薇の結晶群という大当たりを引き、悠真の取り分は1億5000万円に。
しかし、呪印を解くにはまだ足りない。
解呪のカギとなる聖遺物「女神の涙」を求めて、二人は六本木の闇バーへ向かう——
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【12月10日(火) 深夜1時 六本木】
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眠らない街、六本木。
その裏路地の奥深くに、会員制のバー『煉獄』はあった。
重厚な扉の前には、明らかに堅気ではない黒服の男たちが立っている。刺青を隠しもしない腕が、夜の街灯に照らされていた。
俺はその光景を見て、即座にUターンしようとした。
「帰っていいですか」
「ダメに決まってるでしょ」
シオリさんに腕を掴まれ、強制的に引き戻される。
「いや、俺コンビニ店員なんですけど。本業。こういう場所は専門外っていうか——」
「今日はあなたの『目』が必要なの。観念なさい」
ため息が漏れる。
昨日のダンジョン探索で発見した『蒼薔薇の結晶群』は、正規ルートでオークションにかけることになった。落札予想は五億円以上。影守りと折半して、俺の取り分は一億五千万に達する見込みだ。
……一億五千万。
コンビニの時給1200円で計算すると——やめておこう。脳がバグる。
だが、問題はそれでも足りないということだ。
バチカンへの根回しには数億必要。さらに、俺の呪印を解くためには『聖遺物』が必要らしい。
その聖遺物——『女神の涙』の情報を探るために、今夜はこの怪しげな店を訪れている。
「御子柴という男がいるわ」
シオリさんが声を潜めて説明する。
「表向きは美術商だけど、裏ではダンジョン産の希少品を扱う闇ブローカー。聖遺物の情報も持っているかもしれない」
「闘ブローカー……。つまり、犯罪者ですよね?」
「グレーゾーンよ。……行くわよ」
俺は深くため息をつきながら、彼女の後に続いた。
◆ ◆ ◆
通されたVIPルームは、成金趣味の極みだった。
本革のソファ、クリスタルのシャンデリア、壁には有名画家の絵画が飾られている。
——俺の『目』には、その絵が『贋作』だと即座に見抜けたが。
ソファの中央で、葉巻をくゆらせる男がいた。
恰幅のいい中年男。脂ぎった顔に、ギラギラと光る金の腕時計。指には宝石をあしらった指輪が三つもはめられている。
御子柴。
その目は、まるで獲物を値踏みする蛇のようだった。
「……へぇ。『氷の魔女』がお忍びで闇取引とはねぇ。世も末だ」
御子柴が爬虫類のような視線で、シオリさんを舐めるように見る。
俺の中で、何かがカチンと鳴った。
「皮肉はいいわ。……今日は情報を買いに来たの」
シオリさんは冷徹な声で切り出した。彼女がソファに腰を下ろすと、パンツスーツの裾が揺れる。
その動作で、ジャケットの下の豊かな膨らみが形を変えた。
着痩せするタイプだが、確かにそこにある。
俺は慌てて視線を逸らした。
「情報? 俺は物を売る商売でね。情報屋じゃあない」
「『女神の涙』について知りたいの」
御子柴の目が、一瞬だけ鋭く光った。
「……ほう」
葉巻の煙を吐き出しながら、彼はニヤリと笑った。
「聖遺物か。随分と大物を探してるじゃねえか」
「情報があるなら、相応の対価は払うわ」
「情報ねぇ……」
御子柴は芝居がかった仕草で顎を撫でた。
「情報だけじゃ面白くねえな。……実は、俺んとこに『現物』があるんだわ」
「現物?」
シオリさんの眉が跳ね上がる。
俺も思わず身を乗り出した。
聖遺物の現物? そんな簡単に見つかるものなのか?
「正確には『女神の涙の欠片』だがな。昔、あるダンジョンで発掘されたブツだ。……見るか?」
御子柴が指を鳴らすと、奥から黒服の男がベルベットの箱を持ってきた。
蓋が開かれる。
中には、涙の形をした青い宝石が鎮座していた。
淡い光を放ち、神秘的な美しさを湛えている。
——だが。
俺は無意識に『鑑定』を発動させていた。
青白いウィンドウが展開される。
【名称:硝子の模造品】
【ランク:E】
【品質:粗悪】
【価値:3,000円】
【備考:安物の青色ガラスに魔力コーティングを施しただけの偽物。聖遺物としての効果は皆無】
——やっぱりな。
俺は内心でため息をついた。
こんな簡単に見つかるわけがない。砂漠でダイヤを探すようなものだとシオリさんも言っていた。
「どうだ? 本物の聖遺物だ。こいつがあれば、どんな呪いも解ける」
御子柴が自信満々に語る。
「ただし、値は張るぜ。……三億だ」
「三億……」
シオリさんが眉をひそめる。
だが、その表情には迷いがあった。
もし本物なら、三億でも安い。俺の呪印を解くためなら——
「シオリさん」
俺は彼女の袖を軽く引いた。
「ちょっと、見せてもらっていいですか?」
「あぁ? なんだお前は」
御子柴が俺を見た。その目には、明らかな侮蔑があった。
「ただの荷物持ちだろ? 引っ込んでな」
「いえ、俺——鑑定士なんで」
俺はヘラヘラと笑いながら、宝石に手を伸ばした。
「ちょっと触らせてもらえますか?」
「……フン、好きにしろ」
御子柴は鼻を鳴らした。自信があるのだろう。
俺は宝石を手に取り、わざとらしく首を傾げた。
「うーん……」
「どうした? 本物だろ?」
「いやぁ、残念ですけど」
俺はニッコリと笑って、宝石を箱に戻した。
「これ、ただのガラスですね」
◆ ◆ ◆
空気が凍りついた。
「……なんだと?」
御子柴の笑みが消える。
「青色ガラスに魔力コーティングしただけの偽物です。市場価値は——まあ、三千円くらいですかね」
「ふざけるな! うちの専属鑑定士が本物だと——」
「その鑑定士さん、眼鏡変えた方がいいですよ」
俺は肩をすくめた。
「あ、ついでに言うと——」
俺は店内を見回した。
壁の絵画。棚に並ぶ『ダンジョン産の希少品』。ガラスケースに収められた『聖遺物』の数々。
全部、俺の『目』には丸見えだ。
「あそこに飾ってある『竜の牙』。ワイバーンの骨を削って着色した偽物ですね」
「な……」
「その『聖女の涙』って宝石。ただの着色ガラスです」
「ば、馬鹿な……!」
「壁の絵画は三年前の贋作事件で出回ったコピー品。……いやぁ、この店、九割方ニセモノですね」
俺が次々と指摘するたびに、御子柴の顔色が青ざめていく。
黒服たちがザワザワと動揺し始めた。
「き、貴様……!」
御子柴がダンッ! と机を叩いて立ち上がる。
その拍子に、指輪が光を反射した。
俺の『目』が、自動的にそれを捉える。
【名称:呪いの指輪】
【効果:装備者の精力を吸収し、慢性的な機能不全を引き起こす】
【備考:通称『インポテンツの輪』。男性にとって最悪の呪具】
……うわぁ。
これは言うべきか、言わざるべきか。
だが、ここまで来たら——
「あ、それと」
俺はニッコリと笑った。
「社長が自慢げにはめてる、その指輪」
「……なんだ」
「呪いのアイテムですよ。『装備者の精力を吸い取ってインポテンツにする』っていう、男としては最悪の呪いですけど」
御子柴の顔が、みるみる蒼白になった。
「……大丈夫ですか? 心当たり、あります?」
「ぶっ!!」
後ろでシオリさんが噴き出した。
御子柴はガタガタと震えながら、指輪を見つめている。
「ば、馬鹿な……! 最近調子が悪いのは、こいつのせいだったのか……!?」
心当たりがあったらしい。
彼は慌てて指輪を外し、床に叩きつけた。
「く、くそっ……! くそっ……!!」
俺は内心で(やりすぎたかな)と思いつつ、表情は崩さなかった。
「さて、御子柴社長」
俺は声を低くし、冷徹な『裏世界鑑定士』の顔で笑った。
「この店の商品が『九割偽物』で、社長が『男性機能に問題あり』だってこと、裏社会のSNSに書き込まれたくなかったら……」
「……っ」
「本物の情報を持ってきてください。聖遺物の入手ルート。それが分かれば、今日のことは忘れます」
完全な脅迫だ。
だが、御子柴は震える手で顔を覆いながら、絞り出すように言った。
「……分かった。分かったよ……」
◆ ◆ ◆
店を出た俺たちは、六本木の夜風に当たりながら歩いていた。
「……信じられないわ」
隣を歩くシオリさんが、呆れたように俺を見た。
「あの『強欲の御子柴』相手に、一歩も引かずに情報提供を約束させるなんて。……あなた、本当にコンビニ店員?」
「ええ。クレーマー対応で鍛えられてますから」
俺は肩をすくめた。
モンスターペアレントや酔っ払いに比べれば、損得勘定で動く悪党の方がよほど話が通じる。
「でも、これで聖遺物の情報が手に入るかもしれませんね」
「そうね。……見直したわ、ユウマ君」
シオリさんが珍しく素直に褒めてくれた。
その横顔は、夜の街灯に照らされて美しかった。
だが。
俺たちは気づいていなかった。
◆ ◆ ◆
二人が去った後のVIPルーム。
御子柴は、屈辱に震える手でスマートフォンを取り出した。
「……クソガキが。俺の店で好き勝手しやがって」
面子を潰された怒りが、腹の底でマグマのように煮えたぎっている。
このまま黙って帰すわけにはいかない。
御子柴は短縮ダイヤルを押し、受話器の向こうの相手に低い声で告げた。
「……おい、俺だ。今、店から出た男女がいる。黒のセダンだ」
『……用件は?』
電話の向こうから、無機質な声が返ってくる。
「あの男、とんでもない『鑑定眼』を持ってやがる。どこのダンジョンにお宝が眠ってるか、全部分かるタイプだ。……『特異点』かもしれねぇ」
『ほう……』
声のトーンが変わった。明らかに興味を示している。
「あいつらを追え。そして——情報を吐かせろ。俺の店の評判を潰しかけたんだ。相応の報いを受けてもらう」
『了解。……ちょうど近くにいる』
通話が切れる。
御子柴はニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、グラスの酒を飲み干した。
「『強欲の御子柴』を舐めるなよ。……秘密は、死体から回収させてもらう」
◆ ◆ ◆
一方、俺とシオリさんは車に乗り込み、六本木の夜を走り出していた。
「さて、次はバチカンへの根回しね」
シオリさんがハンドルを握りながら言う。
「オークションが終われば、資金も揃う。聖遺物の情報も手に入れば、呪印を解く道が見えてくるわ」
「そうですね。……なんか、急に忙しくなってきたな」
俺は助手席に深く沈み込みながら、窓の外を見た。
六本木のネオンが流れていく。
コンビニ店員だった俺が、いつの間にか裏社会の交渉人みたいなことをやっている。
人生、何があるか分からないものだ。
——だが、その時。
バックミラーに、不審な光が映った。
「……シオリさん」
「分かってるわ」
シオリさんの声が、急に鋭くなる。
「尾行されてる。……三台」
俺が振り返ると、闘夜の中に三つのヘッドライトが浮かんでいた。
明らかに、こちらを追っている。
「御子柴の差し金か……」
「たぶんね。……振り切るわよ。掴まって」
シオリさんがアクセルを踏み込んだ。
エンジンが咆哮を上げ、俺の体がシートに押し付けられる。
——こうして、俺たちは御子柴の報復という新たな厄介事に巻き込まれることになった。
時給、発生するんだろうな?
(第16話 完)
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
御子柴の指輪、まさかの呪いアイテムでした。
悠真、言っていいことと悪いことがあるぞ……。
次回「ウロボロスの影」
御子柴の報復開始。首都高カーチェイス回です。
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